1. 歌詞の概要
Cannonsの「Bad Dream」は、2022年リリースのメジャー・デビューアルバム『Fever Dream』に収録された楽曲であり、そのタイトルが示すとおり、夢と現実の狭間で揺れる心象を映し出したような一曲である。全体としては、過去の恋や出来事がまるで悪夢のように記憶にこびりつき、そこから抜け出せずに彷徨うような情景が描かれている。
しかしながら、その「悪夢」は必ずしも恐怖そのものではなく、どこか魅力的で、美しくさえある。聴いているうちに、それが本当に“悪夢”だったのか、“未練”や“願望”の変容だったのか、聴き手の側にも問いを残していくような構造となっている。歌詞は曖昧さと詩的な比喩に満ちており、言葉の輪郭がはっきりしない分だけ、聴き手の想像力を深く刺激する。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Bad Dream」は、CannonsがColumbia Recordsと契約してからの楽曲であり、バンドのサウンドがより洗練され、ポップスとしての精度を高めていく過程で生まれた楽曲のひとつである。彼らの持ち味であるドリームポップやシンセ・ウェーブ的な要素はそのままに、より鋭く、よりスタイリッシュなアプローチが取られている。
ヴォーカルのMichelle Joyは、実際の夢の中で感じた混乱や、記憶の中で現実と幻想が曖昧になるような感覚をこの楽曲に投影していると語っており、それは音楽全体にも強く反映されている。心地よくも不穏なシンセの浮遊感、淡々と進行するビート、そして囁くような歌声は、まさに「夢から覚められない感覚」を音で表現している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“I feel like I’m in a bad dream / I can’t wake up, no I can’t wake up”
まるで悪い夢の中にいるみたい 目が覚めないの、どうしても覚めない“Everything is not what it seems / Everything’s just wrong”
すべてが見かけと違っていて 何もかもが間違ってるように感じる“You were just like lightning / Flashing through the night”
あなたはまるで稲妻のようだった 夜の中に突然現れては消えていく“Now I see you in the corner of my eye”
今でも、視界の片隅にあなたが見える気がする“You’re a ghost I can’t erase / A memory I can’t replace”
あなたは消せない幽霊みたい 他の何かでは埋められない記憶なの
引用元:Genius
4. 歌詞の考察
「Bad Dream」の歌詞は、失われた愛の記憶や、過去に体験した何かから抜け出せない苦しみを描いている。しかし、それはストレートな悲しみではなく、むしろ“美しく装われた痛み”として描写されている点が印象的だ。
「稲妻のようだった」という比喩は、突然で劇的な恋の訪れ、あるいは過去の記憶がフラッシュバックのように蘇る感覚を表している。稲妻は一瞬で消えるが、その残像は深く網膜に焼き付き、しばらく離れない。それと同じように、相手の存在は消えても、記憶だけが心に残り続けるという苦しみが語られている。
また、「視界の片隅に見える」「消せない幽霊」といった表現は、恋愛の終焉後に訪れる“後遺症”的な感情を詩的に描いており、忘れたいのに忘れられない、終わったのにまだ終われない、という感情のループが浮かび上がる。これは「Fire for You」や「Hurricane」でも見られたテーマであり、Cannonsの歌詞に一貫して流れる“静かなる執着”とでも言うべき美学が、ここにも息づいている。
夢と現実、過去と現在、その境界線が溶けていく感覚は、サウンドによってさらに強調される。緩やかに波打つシンセのレイヤーは、まるで夢の中を漂っているような浮遊感を作り出し、聴く者を“覚めない夢”の中へと引き込んでいく。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Space Song by Beach House
宇宙のように広がる音像と、愛の記憶がテーマのリリックが「Bad Dream」と強く重なる。 - Night Time My Time by Sky Ferreira
夢と現実の狭間を彷徨うような感覚と、壊れた恋のイメージが鮮烈に表現された作品。 - Cherry-coloured Funk by Cocteau Twins
言葉の意味よりも音と声の感触で“感情”を伝えるスタイルは、Cannonsのリリックに通じるものがある。 - Motion Sickness by Phoebe Bridgers
記憶に絡みつく関係と、それにどう抗うかを静かに歌い上げる視点が共鳴する。 - Lights Out by Angel Olsen
夢と孤独、そして感情の静かな爆発を描いたような曲で、「Bad Dream」の情景に似た夜が広がる。
6. “覚めない夢”としての記憶――Cannonsが描く感情の残像
「Bad Dream」は、Cannonsの持ち味である静かな感情表現を極限まで研ぎ澄ませたような楽曲である。爆発的な感情を叫ぶのではなく、まるで水面に波紋が広がるように、心の奥深くからゆっくりと痛みを伝えてくる。そこには、静けさの中に宿るドラマがあり、ささやきの中に潜む叫びがある。
現代のポップ・ミュージックの中には、自己肯定や前向きさを全面に押し出すものも多いが、Cannonsはそうした表現とは異なる“感情の残像”を描き続けている。恋が終わったあとに残るもの。夢から覚めたはずなのに、まだ目を覚ませない心。そんな曖昧で、掴みどころのない時間を、彼らは確かに音にしている。
「Bad Dream」は、記憶の中で生き続ける感情にそっと触れたい夜、あるいは自分自身の過去に耳を傾けたくなるような瞬間に、そっと寄り添ってくれる。これは悪夢ではないかもしれない。ただ、あまりにも美しいだけなのだ。だからこそ、覚めることができない。そんな甘美な“悪夢”が、ここにはある。
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