
発売日:2017年1月13日 / ジャンル:インディー・ポップ、エレクトロ・ポップ、ドリーム・ポップ、オルタナティヴR&B、インディー・ダンス
概要
The xxの3作目『I See You』は、2009年のデビュー作『xx』、2012年の2作目『Coexist』で確立されたミニマルな親密性を保ちながら、より明るく、より外向的で、よりクラブ・ミュージックに開かれたサウンドへ進んだアルバムである。初期The xxは、音数を極限まで削ぎ落とし、Romy Madley CroftとOliver Simの静かなヴォーカルの掛け合い、Jamie xxの抑制されたビート、ギターとベースの余白によって、親密さと孤独を描いてきた。『I See You』は、その閉じた夜の空間を少しずつ外へ開き、光や色彩、移動感、クラブ以後の高揚を取り込んだ作品である。
本作の大きな背景には、Jamie xxのソロ作『In Colour』の成功がある。『In Colour』では、UKガラージ、ハウス、レイヴ、サンプリング、カリブ的な音色、クラブ・ミュージックの記憶が、非常に鮮やかな形で展開された。その経験は『I See You』にも明確に反映されている。これまでThe xxのビートは、深夜の部屋で鳴る心拍のように控えめだった。しかし本作では、サンプリング、ブラス、明るいシンセ、跳ねるリズムが入り込み、音の世界が大きく広がっている。
ただし、『I See You』はThe xxが単にダンス・ポップ化したアルバムではない。バンドの核心にあるのは、依然として関係性の距離、親密さの不安、言葉にならない感情である。『xx』では恋愛や欲望の始まりの緊張が、『Coexist』では関係が壊れた後の冷たい共存が描かれた。『I See You』では、その二つを経た後の「相手を見ること」「自分を見られること」が中心になる。タイトルの“I See You”は、単なる視覚的な認識ではない。相手の存在を認めること、相手の傷を見ること、自分の弱さを見られること、そして長い時間を経てようやく相手を理解しようとすることを含んでいる。
The xxの音楽において、「見る」という行為は非常に重要である。初期作品では、二人の声は近くで囁き合っていたが、どこか視線を合わせきれないような距離があった。『I See You』では、その距離が少し変化している。RomyとOliverの声は、相変わらず静かで抑制されているが、以前よりも正面から相手に向き合うように響く。愛、友情、依存、喪失、家族への思い、自分自身への不安が、より率直に歌われる。
音楽的には、本作はThe xxのディスコグラフィーの中で最も色彩豊かである。オープニング曲「Dangerous」のブラス・サンプルは、従来のThe xxにはなかった大胆な華やかさを持つ。「Say Something Loving」ではThe Alessi Brothersのサンプルが使われ、ソウルフルな温かみが加わる。「On Hold」ではHall & Oatesの声が切り刻まれ、失恋の感情がクラブ・ポップ的な高揚へ変換される。これらの要素は、The xxが閉じたミニマリズムから、より大きな音楽的空間へ移行したことを示している。
しかし、音が増えたからといって、The xxの余白が消えたわけではない。むしろ本作では、余白と色彩が共存している。曲の中にブラスやサンプルが入り込んでも、RomyとOliverの声は過度に大きくならない。感情は依然として抑制されており、派手な音の奥に、ためらいや孤独が残る。このバランスが『I See You』の魅力である。前作までのThe xxが暗い部屋の中で鳴っていたとすれば、本作は窓を開け、外の光や街の音を入れながらも、まだ部屋の中の静けさを手放していない。
歌詞のテーマも、初期より成熟している。『I See You』では、恋愛の始まりや終わりだけでなく、長く続く関係の中で相手をどう見るか、自分をどうさらけ出すかが問われる。「Brave for You」ではRomyが亡き両親への思いを歌い、「Performance」では感情を演じることの痛みが描かれる。「Replica」ではOliverが自己の反復や親子関係の影を見つめる。The xxの表現は、恋人同士の小さな会話から、より深い自己理解へ広がっている。
『I See You』は、The xxが自分たちの美学を壊さずに更新したアルバムである。デビュー作の衝撃的なミニマリズムや、『Coexist』の禁欲的な冷たさとは異なり、本作には開放感がある。だが、それは単純な明るさではない。傷を抱えたまま外へ出ること、相手に見られることを恐れながらも向き合うこと、その不安と勇気が本作を支えている。The xxはここで、沈黙のバンドから、沈黙を保ったまま外界と接続するバンドへ進化した。
全曲レビュー
1. Dangerous
オープニング曲「Dangerous」は、『I See You』がこれまでのThe xxとは異なる開かれた作品であることを即座に示す楽曲である。冒頭から鳴るブラスのサンプルは、従来のThe xxの静かなギターと低音の世界からすれば驚くほど大胆である。ここには、Jamie xxのソロ作『In Colour』で培われたサンプリングの感覚、クラブ・ミュージック的な色彩、外向的なリズムがはっきりと反映されている。
タイトルの「Dangerous」は、危険であることを意味する。しかし、この曲での危険は、破滅的な暴力というより、恋愛や関係に踏み込むことの危険である。相手に近づくこと、自分をさらけ出すこと、誰かを深く求めることは、常に傷つく可能性を伴う。The xxはこれまでも親密さの危うさを描いてきたが、「Dangerous」ではそれが以前よりも力強いビートとともに提示される。
RomyとOliverのヴォーカルは、曲の明るい音色の中でも抑制を保っている。彼らは高らかに愛を宣言するのではなく、危険を理解しながら、それでも進んでいくように歌う。初期The xxの恋愛は、触れる前の緊張や沈黙が中心だったが、ここでは一歩踏み出す感覚がある。
「Dangerous」は、The xxが外へ向かうアルバムの入口として非常に効果的である。ブラス、ビート、サンプルの華やかさによって、リスナーは新しいThe xxの空間へ導かれる。しかし、その中心には変わらず、親密さへの不安がある。開放感と危うさが共存する、本作の方向性を示す重要曲である。
2. Say Something Loving
「Say Something Loving」は、愛情ある言葉を求めること、そしてその言葉を信じることの難しさを描いた楽曲である。タイトルは「何か愛のあることを言って」という意味を持つ。非常にシンプルな願いであるが、その裏には深い不安がある。人は愛されたいと願いながら、実際に愛の言葉を受け取ると、それを信じられないことがある。
この曲では、The Alessi Brothersの「Do You Feel It?」のサンプルが印象的に使われている。冒頭に現れる温かい声の響きは、The xxの冷たい空間にソウルフルな光を差し込む。これまでのThe xxでは、声は主にRomyとOliverの内密な会話として機能していたが、本作では外部の声、過去の音楽の記憶が新しい感情を呼び込んでいる。
サウンドは柔らかく、前曲「Dangerous」の大胆さに比べると、より親密で温かい。しかし、その温かさの中にも不安がある。RomyとOliverは、愛の言葉を求めながら、それを受け入れることの怖さを歌う。愛されることは安心をもたらすが、同時に自分の弱さをさらけ出すことでもある。
「Say Something Loving」は、『I See You』のテーマである「見られること」「受け入れられること」と深く結びつく楽曲である。愛の言葉は、単なる甘い表現ではない。それは相手に自分を認めてもらうための証であり、同時に、その証を失うことへの恐怖を呼び起こすものでもある。The xxの成熟したラブソングとして非常に重要な曲である。
3. Lips
「Lips」は、タイトル通り唇をテーマにした楽曲であり、身体的な親密さ、欲望、触れること、言葉を発する器官としての口をめぐるイメージを持つ。The xxの音楽では、身体的な近さと精神的な距離が常に重要なテーマだったが、この曲ではその身体性が非常に滑らかに表現される。
サウンドは、軽やかなリズムと浮遊感のある音響が特徴である。Jamie xxのプロダクションは、ここでThe xxのミニマルな美学を保ちながら、よりリズミカルでしなやかな質感を加えている。ビートは控えめだが、身体を揺らす力がある。ギターやシンセは空間に溶け、声が柔らかく中心に置かれる。
歌詞では、唇という身体の一部を通じて、欲望とコミュニケーションが重ねられる。唇はキスをする場所であり、言葉を発する場所でもある。つまり、触れることと話すこと、身体と感情が交差する場所である。The xxはこの二重性を、露骨に描くのではなく、抽象的で官能的なムードの中に置く。
「Lips」は、『I See You』の中で最も滑らかで、R&B的な質感を持つ曲のひとつである。初期The xxの緊張したミニマリズムに比べると、ここには柔らかい流動性がある。しかし、相手との距離は完全には消えない。唇が触れても、すべてが伝わるわけではない。その余韻が曲の美しさを支えている。
4. A Violent Noise
「A Violent Noise」は、本作の中でも特に内省的で、心理的な重さを持つ楽曲である。タイトルは「暴力的な騒音」を意味する。しかし、この曲での騒音は、外部の大音量だけではなく、頭の中で鳴り続ける不安や自己嫌悪、酒やパーティーの後に残る内的な混乱として響く。Oliver Simのヴォーカルが中心となり、彼の内面の揺れが前面に出る。
サウンドは、The xxらしい抑制を保ちながらも、曲名にふさわしく、内側から圧力が高まっていく。ビートは冷たく、シンセは不穏に鳴り、音の層は徐々に厚くなる。外面的には大きく騒がしい曲ではないが、心理的には非常に騒々しい。静かな音楽でありながら、内側には暴力的なノイズがある。
歌詞では、自己のコントロールを失う感覚、パーティーや酒の中で自分を見失う感覚が描かれる。The xxの音楽は、クラブや夜の場面と結びつきながらも、その快楽を無条件には祝福しない。ここでは、楽しいはずの場所が、自分の不安を増幅する場所になっている。騒音は外にあるのではなく、自分の中にある。
「A Violent Noise」は、The xxが『I See You』でより外向的なサウンドへ進んだとしても、内面の孤独や不安を手放していないことを示す曲である。華やかなサンプルやビートが増えた本作の中で、この曲は暗い中心を担っている。Oliverの自己観察が鋭く表れた重要曲である。
5. Performance
「Performance」は、Romy Madley Croftのヴォーカルが中心となる、アルバム中盤の静かなハイライトである。タイトルは「演技」「パフォーマンス」を意味する。ここでは、感情を隠すこと、平気なふりをすること、人前で自分を演じることがテーマになっている。The xxの中でも特に繊細で、痛みの深い楽曲である。
サウンドは非常に抑制されている。ギターと微かな音響の中で、Romyの声が静かに浮かぶ。『I See You』は全体として音が広がったアルバムだが、この曲では初期The xxのミニマルな美学に近い。音を削ることで、歌詞の痛みがよりはっきりと浮かび上がる。
歌詞では、誰かの前で感情を隠し、まるで傷ついていないかのように振る舞う人物が描かれる。恋愛の終わりや関係の不均衡の中で、人はしばしば「大丈夫な自分」を演じる。相手に弱さを見せたくない、あるいは自分自身にも傷を認めたくない。その演技が、逆に痛みを深める。
「Performance」は、The xxの親密さの美学を別の角度から示す曲である。親密であることは、自分を見せることを意味する。しかし、見られることが怖い時、人は演じる。『I See You』というアルバム・タイトルと照らし合わせると、この曲は非常に重要である。見てほしいのに、見られたくない。その矛盾が、静かな音の中に刻まれている。
6. Replica
「Replica」は、Oliver Simの個人的なテーマが強く表れた楽曲であり、自己の反復、親子関係、同じ過ちを繰り返す恐れを扱っている。タイトルは「複製」「レプリカ」を意味する。自分が誰かのコピーであるように感じること、あるいは自分が避けたいと思っていた人物に似ていくことへの不安が中心にある。
サウンドは、冷たく抑えたビートとミニマルなシンセによって構成される。曲は淡々と進むが、その淡々とした反復が、タイトルの「Replica」という概念と深く結びつく。同じパターン、同じ行動、同じ思考が繰り返される感覚が、音楽的にも表現されている。
歌詞では、自分の中にある過去の影が描かれる。親や家族、過去の自分、自分が見てきた大人たち。その影から逃げたいのに、気づけば似た行動を取ってしまう。これは恋愛の歌というより、自己形成の歌である。The xxの表現が、単なる恋愛の親密さから、より深い自己認識へ向かっていることを示している。
「Replica」は、『I See You』の中でも特に成熟した楽曲である。自分は本当に自分なのか、それとも誰かの繰り返しなのか。その問いは非常に重い。Oliverの抑えた歌声が、その不安を静かに伝えている。本作の内省的な核を担う一曲である。
7. Brave for You
「Brave for You」は、Romy Madley Croftによる非常に個人的で感動的な楽曲である。タイトルは「あなたのために勇敢でいる」という意味を持つ。ここでの「あなた」は、亡くなった両親に向けられていると解釈されることが多く、喪失、記憶、前に進むこと、見守られている感覚が曲の中心にある。
サウンドは、静かで広がりがある。シンセとギターの淡い響きが、喪失の空間を作る。曲は悲しみを過剰に盛り上げるのではなく、非常に抑えた形で進む。Romyの声は柔らかく、しかし強い決意を含んでいる。悲しみの中で、ただ崩れるのではなく、誰かのために生き続けようとする姿勢が感じられる。
歌詞では、失った人に見られているような感覚、そしてその人のために強くあろうとする気持ちが歌われる。これは単なる追悼曲ではない。喪失した相手が、現在の自分の中でどう生き続けるかを歌った曲である。勇敢でいることは、悲しまないことではない。悲しみを抱えながら、それでも前へ進むことを意味する。
「Brave for You」は、『I See You』の中で最も深い情感を持つ楽曲のひとつである。The xxの音楽は、恋愛の静かな不安で知られてきたが、この曲では家族、死、記憶というより大きなテーマへ広がっている。Romyのソングライティングの成熟が強く表れた重要曲である。
8. On Hold
「On Hold」は、『I See You』を代表するシングルであり、The xxが自分たちのミニマリズムを保ちながら、より大きなポップ・フィールドへ踏み出したことを示す重要曲である。タイトルの「On Hold」は、電話で保留にされることを意味すると同時に、関係が宙吊りにされている状態、感情が待たされている状態を示している。
この曲では、Hall & Oatesの「I Can’t Go for That (No Can Do)」のヴォーカル・サンプルが印象的に使われている。Jamie xxはその声を切り刻み、フックとして配置することで、失恋の感情をクラブ・ポップ的な高揚へ変換している。The xxの過去作にはなかった明るいサンプル使いであり、本作の開放感を象徴する要素である。
歌詞では、かつての関係が終わり、相手がもう自分のもとに戻らないことを受け入れようとする感情が描かれる。保留にされていると思っていた関係が、実はすでに終わっていたと気づく。その痛みが曲の中心にある。しかし、サウンドは悲しみに沈み込むのではなく、ビートとサンプルによって前へ進む。
「On Hold」は、The xxの新しいポップ性を象徴する曲である。失恋の歌でありながら、踊れる。痛みを抱えながら、音は軽やかに跳ねる。これはThe xxにとって大きな変化であり、Jamie xxのソロ活動で得たクラブ・ミュージック的な知見がバンドへ還元された成果でもある。本作の中心的な楽曲である。
9. I Dare You
「I Dare You」は、本作の中でも特に明るく、開放的な恋愛の高揚を持つ楽曲である。タイトルは「やってみなよ」「挑んでみて」という意味を持ち、相手に一歩踏み出すよう促す挑発と、恋に飛び込む勇気が含まれている。The xxとしては珍しく、光のあるポップ・ソングとして響く。
サウンドは、軽やかなビートと明るいギター、広がりのあるシンセによって構成される。『xx』や『Coexist』の暗いミニマリズムと比べると、明らかに外向的である。しかし、The xxらしい抑制は残っており、過剰なポップにはならない。光の中にも少しのためらいがある。
歌詞では、恋愛の始まりや、相手に対して心を開くことへの高揚が描かれる。I dare youという言葉には、遊び心と危うさが同居している。恋に踏み込むことは、挑戦である。傷つく可能性があるからこそ、勇気が必要になる。この曲は、その勇気を比較的前向きに描いている。
「I Dare You」は、『I See You』の中で最も開かれた瞬間のひとつである。The xxが、暗さや不安だけでなく、光や期待も表現できるバンドであることを示している。成熟したThe xxのポップ・ソングとして重要な楽曲である。
10. Test Me
ラストを飾る「Test Me」は、アルバムを静かで緊張感のある余韻へ導く楽曲である。タイトルは「私を試して」という意味を持つ。これは挑戦であり、懇願でもあり、関係の中でどれほど耐えられるのか、どれほど本気なのかを問う言葉でもある。『I See You』の終曲として、非常に含みのあるタイトルである。
サウンドは、アンビエント的で、広い余白を持つ。曲は大きなクライマックスを作らず、ゆっくりと漂うように進む。これまでのアルバム全体で広がった色彩やサンプルの後に、この曲では再びThe xxの静かな核心へ戻っていく。外へ開いた後、最後に内側へ沈むような終わり方である。
歌詞では、相手に自分を試してほしい、あるいは関係の強度を確かめたいという感覚がある。見られること、試されること、判断されることへの不安が漂う。『I See You』というタイトルが示した「見る/見られる」のテーマは、ここで「試す/試される」という形に変化する。相手に見られるだけではなく、その視線に耐えられるのかが問われる。
「Test Me」は、アルバムを完全な解決では終わらせない。『I See You』は開放的な作品だが、最後に残るのはやはり不確かさである。The xxは、相手を見つめること、見つめ返されることの難しさを最後まで抱えたまま、音を静かに消していく。この終わり方は、The xxらしい余韻を持っている。
総評
『I See You』は、The xxが自分たちの音楽的美学を大きく更新したアルバムである。デビュー作『xx』の革新的なミニマリズム、2作目『Coexist』の禁欲的な冷たさを経て、本作では音の世界が大きく開かれている。ブラス・サンプル、ソウルフルな声の引用、明るいシンセ、クラブ・ミュージックの反響が入り込み、The xxの音楽はこれまでになく色彩豊かになった。
しかし、この開放はThe xxの本質を失わせるものではない。むしろ、初期からあった親密さ、沈黙、距離、不安が、新しい音の中でより立体的に見えるようになっている。音が増えたことで、彼らの静けさは消えたのではなく、背景とのコントラストによってより際立つ。『I See You』は、The xxが暗い部屋から外へ出たアルバムだが、その内面の静けさは依然として保たれている。
本作の中心テーマは「見ること」である。相手を見ること、自分を見られること、過去の自分を見ること、家族の影を見ること、失った人に見られているように感じること。『xx』や『Coexist』では、声と声の間にある距離が重要だったが、『I See You』では、その距離を認識したうえで、相手に向き合おうとする姿勢が見える。これはThe xxにとって大きな成熟である。
Romy Madley Croftの楽曲は、本作で特に感情の深みを増している。「Performance」では感情を演じることの痛みを、「Brave for You」では亡き両親への思いと生き続ける勇気を歌う。彼女の声は相変わらず静かだが、その静けさの中に強い意志がある。初期のRomyは、親密な関係の中で揺れる声として響いていたが、本作ではより個人的な記憶と喪失を背負った声として存在している。
Oliver Simもまた、重要な内省を担っている。「A Violent Noise」では内的な混乱を、「Replica」では自己の反復や家族的な影を歌う。彼の低く抑えた声は、本作の明るい音色の中でも暗い芯を保っている。The xxの魅力は、RomyとOliverの声が単純な男女デュエットとして機能するのではなく、それぞれ異なる孤独を持ちながら交差する点にある。本作でもその構造は健在である。
Jamie xxの役割は、本作でさらに大きくなっている。『In Colour』以後の彼のプロダクション感覚は、The xxのサウンドを閉じたミニマリズムから、サンプルとクラブ・ミュージックの記憶が息づく空間へ広げた。「Dangerous」「Say Something Loving」「On Hold」などでは、サンプリングが単なる装飾ではなく、感情の装置として機能している。過去の声が現在の歌に入り込み、記憶や喪失の感覚を増幅している。
『I See You』は、The xxの最もポップなアルバムである。しかし、それは商業的にわかりやすくなったというだけではない。ポップであることを通じて、彼らはより複雑な感情を扱えるようになった。悲しみを沈黙だけで表現するのではなく、ビートやサンプルや明るい音色の中にも置くことができるようになった。この変化は、バンドの大きな成長を示している。
一方で、初期The xxの極限まで削ぎ落とされた静けさを好むリスナーにとって、本作はやや装飾が多く感じられるかもしれない。特に『Coexist』の冷たい禁欲性と比べると、『I See You』は明らかに開かれている。しかし、この開放性は安易な拡大ではなく、The xxが自分たちの表現を壊さずに前進するための必然だったといえる。
日本のリスナーにとって『I See You』は、The xxの中でも入りやすい作品である。『xx』のミニマルな暗さや『Coexist』の静けさに比べ、サウンドは明るく、曲ごとのフックも強い。一方で、歌詞のテーマは決して軽くない。恋愛、家族、喪失、自己認識、見られることへの不安が、洗練された音の中に織り込まれている。静かな音楽とクラブ・ミュージックの両方に関心があるリスナーにとって、本作は非常に魅力的な接点となる。
『I See You』は、The xxが相手を見つめ、自分自身も見つめ返されることを受け入れようとしたアルバムである。閉じた部屋の沈黙から、外の光へ。しかし、その光の中でも傷は消えない。むしろ、見えるようになる。The xxは本作で、ミニマルな親密性を保ちながら、より広い音楽的世界へ進んだ。『I See You』は、彼らの成熟と更新を示す、静かで鮮やかな重要作である。
おすすめアルバム
1. The xx – xx
The xxのデビュー作であり、ミニマルなギター、低音、沈黙、RomyとOliverの親密な掛け合いによって、バンドの美学を決定づけた作品。『I See You』の開放感と比較することで、彼らがどれほど音の世界を広げたかがよくわかる。
2. The xx – Coexist
2作目であり、The xxのミニマリズムをさらに禁欲的に深めた作品。音数は少なく、冷たく、関係の距離や別れの余韻が強く描かれている。『I See You』の明るさとは対照的に、バンドの内向的な核心を知ることができる。
3. Jamie xx – In Colour
Jamie xxのソロ・アルバムであり、『I See You』のサウンド面に大きな影響を与えた作品。UKガラージ、ハウス、レイヴ、サンプリング、カリブ的な音色が鮮やかに組み合わされている。The xxが本作で外向的になった背景を理解するうえで重要である。
4. James Blake – Overgrown
ポスト・ダブステップ、R&B、ソウル、電子音楽を融合した2010年代英国音楽の重要作。低音、余白、孤独な声を重視しながら、The xxとは異なる形で内省とクラブ・ミュージックを接続している。『I See You』の電子的な親密さと親和性が高い。
5. London Grammar – If You Wait
広がりのあるギター、深い低音、静謐なヴォーカルを中心にした英国インディー・ポップ作品。The xxよりもヴォーカルは壮大だが、冷たい空間、抑制された感情、親密さの不安という点で関連性が高い。『I See You』の静かな美しさを好むリスナーに適した作品である。

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