1. 歌詞の概要
「Back Pocket(バック・ポケット)」は、アメリカ・ミシガン州出身のミニマル・ファンク集団 VULFPECK(ヴルフペック) が2015年にリリースしたアルバム『Thrill of the Arts』に収録された楽曲であり、彼らの楽曲の中でもっともポップで、ソウルフルで、そして人懐っこいラブソングとして高く評価されている一曲である。
曲名の「Back Pocket(後ろポケット)」とは、文字通り“ズボンの後ろポケット”を意味するが、この曲では恋心をひそかに忍ばせておく場所=言い出せない想いの比喩として使われている。
語り手は、ずっと伝えられなかった恋の気持ちを「きみに手紙を書いたんだ、でもまだ渡せなくて、それを後ろポケットに入れてるんだ」と語る。
この慎ましく、愛おしい感情の揺れが、メロウなグルーヴと共に優しく響く。
甘酸っぱさとノスタルジー、ユーモアとファンクネスが同居したこの楽曲は、VULFPECKのソングライティング力と、彼らの“人間味”をもっとも象徴する作品のひとつである。
2. 歌詞のバックグラウンド
VULFPECKは、超絶技巧や派手なサウンドよりも、ミニマルで隙間の多い演奏にこだわり、あえて“空気を残す”ような構成美を追求するバンドである。
その上で、彼らが「歌モノ」を作るとこうなる——という理想形が「Back Pocket」なのだ。
この楽曲は、ソウル、R&B、ドゥーワップの要素を下敷きにしながら、あえて“ラブレターを書いたけど渡せない”という10代のような感情を主題にした、究極に無垢でポップな愛の歌として仕上がっている。
また、ファルセットを多用したボーカル、3声のコーラス、ギターの刻みとシンセベースの柔らかいうねり、すべてが“やりすぎない”絶妙な温度感で揃っており、モータウンとプリンスの間をふわふわと漂うような絶妙なムードを作り出している。
3. 歌詞の抜粋と和訳(意訳)
“I wrote a letter to you in my back pocket”
「きみに手紙を書いたんだ、それを後ろポケットに入れてるよ」“I didn’t know, I didn’t know what to do”
「どうしていいかわからなくて、ただしまいこんだ」“I got my eyes on you, you’re everything I see”
「ずっと見てるんだ、きみは僕の視界のすべて」“Don’t you wanna, don’t you wanna / Don’t you wanna be my girl?”
「きみもそう思わない? 僕の彼女になってくれないかな?」
このように、リリックは終始シンプルで、思春期のような不器用な恋心を誠実に、でもユーモラスに表現している。
大げさな表現はないけれど、その等身大の温度感が逆に刺さる。
“言えないけど、ずっと考えてる”——その感情を「バックポケット」という比喩で包み込んだことが、この曲の秀逸な点である。
4. 歌詞の考察
「Back Pocket」は、ラブソングにおける“間接性”や“未完成性”の美学を追求した一曲である。
この曲において語り手は、はっきりと告白をするわけではない。
むしろその一歩手前で、心の中の手紙をポケットにしまったまま、ドキドキしながら君のことを見ている。
それが、リアルである。
このような**“あえて何も起こらない”ラブソング**は、現代において逆に新鮮で、聴き手の想像力をかき立てる。
しかもそのテーマを、レトロでメロウなサウンドに乗せることで、どこか懐かしく、普遍的な感情として立ち上がらせる手法がとても巧みだ。
また、VULFPECKのプレイヤーたちはここでも全員が「必要なことしかしない」。
その潔さと、演奏の中に宿る“空気”こそが、この曲に圧倒的な余白と人間味を与えている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “I Can’t Help It” by Michael Jackson(written by Stevie Wonder)
同じく内気なラブソング。グルーヴと繊細さの共存。 - “Ain’t No Mountain High Enough” by Marvin Gaye & Tammi Terrell
モータウンソウルの名曲。感情をストレートに届ける喜びに溢れる。 - “Shuggie” by Foxygen
ノスタルジックで気の抜けたラブソング。Royel Otisに通じる空気感も。 - “Still Sound” by Toro y Moi
柔らかなベースラインとレイドバックしたボーカルが絶妙。 -
“Birdie” by Vulfpeck
同アルバムの中でのもう一つのやさしい小品。コントラストとしておすすめ。
6. “言えない想い”が、グルーヴになる瞬間
「Back Pocket」は、**不器用な愛と、滑らかな音が出会ったときに生まれる“やさしい名曲”**である。
恋のドキドキをそのまま音にするのではなく、それをずっと言えずにしまっている“あの感じ”を、音楽で再現している。
ベースが語りすぎない。
ドラムが走らない。
コーラスが包み込むように支える。
すべてが、“きみに言えない想い”の温度感にぴったりなのだ。
それは、派手ではないけれど、ずっと忘れられない。
恋が始まる手前で止まっている、その微かな予感こそが、音楽になる。
「Back Pocket」は、そんな感情の“ちょうどよさ”を知っている曲なのだ。
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