
発売日:2015年10月9日
ジャンル:ミニマル・ファンク、ソウル、ポップ・ファンク、ジャズ・ファンク、インストゥルメンタル・ファンク、AOR
概要
Vulfpeckの『Thrill of the Arts』は、2010年代のインディー・ファンク/ミニマル・ファンクの流れを決定づけた重要作である。Vulfpeckは、ジャック・ストラットン、ジョー・ダート、ウッディ・ゴス、テオ・カッツマンを中心に、1970年代のファンク、ソウル、Motown、Stax、The Meters、Stevie Wonder、Steely Dan、セッション・ミュージシャン文化、テレビ音楽、ライブラリー・ミュージックを、インターネット時代の短く、軽く、視覚的に共有されやすいフォーマットへ再構築したバンドである。本作は、その美学がフル・アルバムとして最初に広く整理された作品のひとつといえる。
Vulfpeckの音楽は、派手なロック的爆発や長尺のソロ合戦ではなく、音数を削ぎ落としたグルーヴ、ベースラインの明快さ、乾いたドラム、柔らかな鍵盤、短いギター・カッティング、ユーモラスな曲名と構成によって成立する。『Mit Peck』『Vollmilch』『My First Car』『Fugue State』といった初期EP群では、そのアイデアが短いスケッチのように提示されていたが、『Thrill of the Arts』では、インストゥルメンタル、ヴォーカル曲、ポップ・ソング、機能音楽的な小品、瞑想音源のパロディのような曲までが一枚に並び、Vulfpeckの多面的な魅力がより大きな形で示されている。
タイトルの『Thrill of the Arts』は、「芸術のスリル」と読める一方で、どこか大げさな芸術至上主義を軽く茶化しているようにも響く。Vulfpeckは高度な演奏力を持つバンドでありながら、自分たちを深刻な芸術家として演出しない。彼らの音楽には、職人的な精密さと、脱力したユーモアが同居している。これは本作全体にも表れており、ファンクの基本原理を極めて正確に扱いながら、楽曲の表情は軽く、親しみやすく、時に冗談のようでもある。
本作で特に重要なのは、ヴォーカル曲の完成度が高まっている点である。「Back Pocket」「Funky Duck」「Christmas in L.A.」「Conscious Club」などは、Vulfpeckのミニマルなファンク・グルーヴを、ポップ・ソングとして記憶に残る形へ結びつけている。Antwaun StanleyやTheo Katzmanの歌唱は、Vulfpeckの演奏にソウルフルな人間味を与え、インストゥルメンタル・バンドとしての側面だけではない広がりを生んでいる。
同時に、ジョー・ダートのベースは本作でも中心的な存在である。Vulfpeckの楽曲では、ベースが単なる低音の支えではなく、曲の主旋律、フック、リズムの推進力として機能することが多い。本作でも、彼のベースラインは楽曲の顔になり、歌以上に耳に残る場面がある。これはJames Jamerson、Rocco Prestia、George Porter Jr.、Bernard Edwardsなどのファンク/ソウル・ベーシストの伝統を、現代的で明快な形に翻訳したものといえる。
また、ウッディ・ゴスの鍵盤も本作の温度を決定づけている。エレクトリック・ピアノやオルガン風の柔らかな響きは、楽曲にソウル・ジャズ的な温かさを加える。ジャック・ストラットンのリズム設計は、バンド全体のミニマルな美学を支え、テオ・カッツマンの歌やドラム、ギターの感覚は、Vulfpeckを単なる技巧派ファンク集団ではなく、ポップ・ソングを作れるバンドにしている。
『Thrill of the Arts』は、2010年代の音楽環境とも密接に関係している。Vulfpeckは、従来型のメジャー・レーベル戦略よりも、YouTubeやBandcamp、SNS、ライブ映像を通じて支持を広げたバンドである。彼らの楽曲は短く、演奏映像として見ても面白く、各メンバーの個性が分かりやすい。『Thrill of the Arts』は、そのインターネット時代のファンク・バンド像を強く体現している。
日本のリスナーにとって本作は、Vulfpeckの魅力を理解するうえで非常に入りやすい作品である。ファンクのリズム構造、ソウルの温かさ、AOR的な軽さ、シティ・ポップにも通じるメロウなコード感、そしてミニマルなバンド・アンサンブルが一枚の中でバランスよく聴ける。演奏は高度だが、聴感は軽やかで、音楽理論を知らなくても自然に身体が反応する。そこに本作の大きな強みがある。
全曲レビュー
1. Welcome to Vulf Records
「Welcome to Vulf Records」は、アルバムの冒頭を飾る導入曲であり、Vulfpeckの架空レーベル的な世界観を提示する楽曲である。タイトルは、聴き手を「Vulf Records」という小さな音楽共同体へ招き入れるように響く。巨大なレーベルや大仰なショービジネスではなく、仲間内のセッション、短い映像、手作り感のある録音、ユーモアを含んだ音楽空間へようこそ、という雰囲気がある。
音楽的には、Vulfpeckらしい短く機能的な構成が特徴である。長いイントロダクションや派手な演出ではなく、軽いグルーヴと親しみやすい音色によってアルバムが始まる。ドラムは乾き、ベースは無駄なく動き、鍵盤は温かく、全体には小さなスタジオで演奏されているような距離感がある。
この曲の役割は、アルバム全体の空気を整えることにある。Vulfpeckの音楽は、聴き手を圧倒するのではなく、近い距離へ招く。高度な演奏をしているにもかかわらず、入口は非常に軽い。「Welcome to Vulf Records」は、その姿勢を端的に示す。
また、この曲には、Vulfpeckが自分たちの音楽を単なるバンド活動ではなく、架空のレーベル、コミュニティ、ブランドとして捉えている感覚もある。これはインターネット時代のDIY音楽文化と深く結びついている。音楽、映像、ユーモア、メンバーのキャラクターが一体となり、Vulfpeckという世界を作っている。
2. Back Pocket
「Back Pocket」は、『Thrill of the Arts』を代表する楽曲のひとつであり、Vulfpeckのポップ・ファンクとしての完成度を示す名曲である。軽快なリズム、親しみやすいメロディ、コーラスの明るさ、そしてミニマルな演奏が見事に結びついている。
この曲の魅力は、非常に少ない音数でポップ・ソングとして成立している点にある。ドラムは大きく鳴りすぎず、ベースは曲を弾ませ、鍵盤とギターは必要な隙間にだけ配置される。各パートが控えめでありながら、全体として強いグルーヴを作っている。これはVulfpeckのアンサンブル美学そのものである。
歌詞は、日常的で少しユーモラスな恋愛感覚を持つ。タイトルの「Back Pocket」は、後ろポケットに入れておくもの、身近に持っているもの、あるいは秘密や控えめな親密さを連想させる。大げさなラヴ・ソングではなく、軽く、少し照れたような感情が曲全体に漂っている。
ヴォーカルは明るく、過度に感情を誇張しない。Vulfpeckのポップ曲では、歌が前面に出ながらも、バンドのグルーヴの一部として機能する。この曲でも、声、ベース、ドラム、鍵盤が自然に溶け合い、非常に親しみやすいファンク・ポップを作っている。
「Back Pocket」は、Vulfpeckが演奏の巧さだけではなく、優れたソングライティング能力を持つことを示す楽曲である。ファンクの構造を持ちながら、ポップ・ソングとして記憶に残る。これがVulfpeckを広い層へ届けた大きな理由のひとつである。
3. Funky Duck
「Funky Duck」は、タイトルからしてVulfpeckらしいユーモアが感じられる楽曲である。アヒルという軽いイメージと、ファンクの身体性が組み合わさることで、曲にはコミカルで親しみやすい表情が生まれている。しかし演奏そのものは非常に精密であり、この軽さと高度さの共存がVulfpeckらしい。
Antwaun Stanleyのヴォーカルが加わることで、曲は一気にソウルフルになる。彼の声は滑らかで、R&Bやゴスペルの伝統を感じさせる一方、過剰に劇的にならず、Vulfpeckの軽快なグルーヴに自然に馴染む。「Funky Duck」では、彼のヴォーカルが曲のユーモアとファンク感を同時に支えている。
ベースは曲の推進力として非常に重要である。ジョー・ダートのラインは、低音でありながらメロディアスで、リズムの中に強いフックを作る。ドラムは乾いていてタイトで、ギターと鍵盤は隙間を彩る。音の配置は非常に整理されているが、聴感は堅苦しくない。
歌詞や曲調には、ダンス、動物的な身体性、軽い冗談の感覚がある。ファンクは本来、身体を動かす音楽であり、時に滑稽さやユーモアも重要な要素となる。「Funky Duck」は、そのファンクの遊び心を現代的に再提示した曲である。
この曲は、Vulfpeckのライブでも強い効果を持つタイプの楽曲である。コールしやすく、リズムが分かりやすく、観客が身体で反応しやすい。高度な演奏をしていながら、入口は非常に楽しい。Vulfpeckの魅力が凝縮された一曲である。
4. Rango II
「Rango II」は、初期EP『Mit Peck』に収録された「Rango」の続編的な楽曲であり、Vulfpeckが同じアイデアを発展させるセッション文化的な姿勢を示している。彼らの音楽では、楽曲が固定された完成品というより、何度も演奏され、少しずつ形を変えるグルーヴの素材として扱われることがある。
音楽的には、軽快で小回りの利くインストゥルメンタル・ファンクである。ベースとドラムはタイトに噛み合い、鍵盤とギターが短いフレーズを重ねる。派手な展開はないが、反復の中に小さな変化があり、聴き手を飽きさせない。
「Rango II」の魅力は、Vulfpeckの小品作家としてのセンスにある。大きなテーマや劇的な構成ではなく、短いグルーヴの中でキャラクターを作る。タイトルの響きも含め、曲にはどこか映像的で、少しとぼけた雰囲気がある。
演奏面では、各メンバーが音を出しすぎないことが重要である。ファンクにおいては、音の隙間がグルーヴを作る。Vulfpeckはそのことをよく理解しており、この曲でも各パートが必要な場所にだけ現れる。結果として、曲は軽く聴こえるが、実際には非常に精密に設計されている。
「Rango II」は、アルバムの中でヴォーカル曲の間に挟まれることで、Vulfpeck本来のインストゥルメンタル・ファンクの魅力を再確認させる役割を持つ。短いながら、バンドの基本体質がよく表れた楽曲である。
5. Game Winner
「Game Winner」は、タイトルからスポーツの決勝点、最後の一撃、勝負を決める瞬間を連想させる楽曲である。Vulfpeckはしばしば、日常的な言葉やポップ・カルチャー的な語彙を、ファンクの小品へ変換する。この曲もその一例であり、競技的な緊張感と軽いユーモアが同居している。
音楽的には、タイトなリズムと明快なフレーズが中心にある。ドラムは無駄なくビートを支え、ベースは曲の輪郭をはっきりと描く。ギターや鍵盤は、スポーツ中継の短いジングルのような機能的な感覚を持ちながら、ファンクとしての温かさを失わない。
この曲では、Vulfpeckの「ライブラリー・ミュージック」的な感覚がよく表れている。ライブラリー・ミュージックとは、映像や番組のために作られた機能音楽を指すことが多いが、Vulfpeckはそうした短く、用途を持った音楽に独特の愛着を見せる。「Game Winner」には、テレビスポーツ番組のブリッジ音楽のような、短く印象的な機能性がある。
しかし、単なるパロディではない。演奏はしっかりとグルーヴしており、ベースとドラムの精度は高い。Vulfpeckは、冗談のような題材でも音楽的には手を抜かない。この真面目さと軽さのバランスが、彼らの作品を単なるネタに終わらせない理由である。
6. Walkies
「Walkies」は、タイトルから犬の散歩や軽い歩行を連想させる、Vulfpeckらしい日常的な小品である。大きなドラマや壮大なテーマではなく、歩くこと、軽い移動、リズムに乗って進むことが音楽の中心にある。
曲調は軽く、リズムには歩行感がある。テンポは急がず、ドラムとベースが自然な足取りのように曲を支える。ギターと鍵盤は、散歩中に目に入る風景のように、短いフレーズで曲に色を加える。Vulfpeckのインストゥルメンタル曲には、こうした日常の小さな行為を音楽化する力がある。
「Walkies」では、ファンクの身体性が非常に穏やかな形で表れている。踊るというより、歩く。激しく身体を揺らすのではなく、軽く足を出す。そのリズム感は、Vulfpeckのミニマルな音楽性とよく合っている。
この曲は、アルバムの流れの中でリラックスした場面を作る。大きなフックを持つヴォーカル曲の間に置かれることで、作品全体に余白とユーモアを与える。Vulfpeckが、短いインストゥルメンタルでも十分に曲のキャラクターを立ち上げられることを示す一曲である。
7. Christmas in L.A.
「Christmas in L.A.」は、Vulfpeckの初期を代表するヴォーカル曲のひとつであり、『Fugue State』にも収録されていた楽曲が本作の文脈で再び重要な位置を占めている。タイトルは「ロサンゼルスのクリスマス」を意味するが、伝統的な雪景色や厳かなクリスマス・ソングとは異なり、温暖な西海岸の空気、都会的な孤独、軽い違和感が中心にある。
音楽的には、穏やかなソウル・ポップとして非常に完成度が高い。コード進行は柔らかく、ヴォーカルは親密で、リズムは控えめながら心地よいグルーヴを持つ。ベースは歌を支え、ドラムは大きく主張せず、鍵盤とギターが暖色の空気を作る。
歌詞では、ロサンゼルスで迎えるクリスマスの奇妙さが描かれる。クリスマスに一般的に結びつく寒さや雪、家族的な温かさとは異なり、L.A.には太陽、車、都市の距離感、少し人工的な祝祭感がある。そのズレが曲の独特なムードを生んでいる。
この曲の魅力は、ユーモアと哀愁のバランスである。タイトルだけなら軽い冗談のようにも見えるが、実際には都会で季節を過ごす孤独や、伝統的な祝祭イメージから少し外れた場所にいる感覚がにじむ。Vulfpeckはそれを過度に重くせず、洒脱なソウル・ポップとしてまとめている。
「Christmas in L.A.」は、Vulfpeckがファンクだけでなく、感情の微妙な色合いを持つポップ・ソングも作れることを示す重要曲である。『Thrill of the Arts』の中でも、メロディと歌詞の余韻が特に強い楽曲である。
8. Conscious Club
「Conscious Club」は、Vulfpeckの中でもディスコ/ファンク寄りの明るいグルーヴを持つ楽曲である。タイトルには、「意識的であること」と「クラブ」という身体的な場が並んでいる。この組み合わせは、Vulfpeckらしい知的な言葉遊びと、踊れる音楽への志向を同時に示している。
曲調は軽快で、ベースとドラムが作るリズムの上に、鍵盤とギターが短いフレーズを重ねる。Vulfpeckのファンクは基本的にミニマルだが、この曲ではよりポップで開放的な方向へ広がる。ヴォーカルやコーラスも加わり、聴き手が参加しやすい雰囲気を作っている。
歌詞やタイトルからは、クラブで踊ることと、ただ無意識に流されるのではなく、自分の状態を意識することの二重性が感じられる。Vulfpeckの音楽は、身体的でありながら、常にどこか理知的である。「Conscious Club」は、その二面性をよく表している。
ライブでの効果も想像しやすい曲である。反復するグルーヴ、分かりやすいフック、観客が身体で反応しやすい構成がある。Vulfpeckのミニマル・ファンクが、より集団的なダンス・ミュージックへ開かれる瞬間といえる。
「Conscious Club」は、本作の中で祝祭的な役割を担う楽曲である。難解ではなく、明るく、踊れる。しかしその裏には、非常に精密なリズム設計がある。Vulfpeckのポップな側面と職人的な側面が自然に結びついた一曲である。
9. Smile Meditation
「Smile Meditation」は、タイトルからしてVulfpeckのユーモアが強く表れた楽曲である。瞑想、リラクゼーション、自己啓発音源のような言葉をファンク・アルバムの中に置くことで、彼らは音楽と機能性、真面目さと冗談の境界を軽くずらしている。
音楽的には、派手なファンク・ナンバーというより、穏やかで、少し奇妙な空気を持つ小品である。リズムや音色は控えめで、聴き手を高揚させるというより、タイトル通りリラックスさせるような雰囲気がある。ただし、そこには本気の癒やし音楽というより、癒やし音楽をVulfpeck流に演じているような感覚もある。
この曲の面白さは、Vulfpeckがファンク・バンドでありながら、音楽の用途性にも強い関心を持っている点にある。テレビ音楽、ジングル、BGM、教育番組、企業音楽、瞑想音源。そうした通常は「芸術作品」として語られにくい音楽の形式を、彼らは自分たちの作品の中に取り込む。
「Smile Meditation」は、本作のアルバム構成において、終盤の空気を少し奇妙に変える役割を持つ。明確な歌やグルーヴの快感ではなく、Vulfpeckのコンセプト感覚、音楽へのメタ的な視線が表れている。これは、彼らが単にファンクを演奏するだけのバンドではなく、音楽の形式そのものを遊ぶ集団であることを示している。
10. Guided Smile Meditation
「Guided Smile Meditation」は、前曲「Smile Meditation」をさらにコンセプト的に展開した終曲である。タイトルに「Guided」と付くことで、瞑想音源や自己啓発テープのような性格が強まる。アルバムの最後を通常のクライマックスではなく、このような奇妙で脱力したトラックで締めくくる点に、Vulfpeckの独自性がある。
この曲は、音楽作品であると同時に、音楽の機能や聴き方に対する軽いパロディとしても機能する。聴き手を盛り上げて終わるのではなく、笑顔や瞑想へ導くような形式を取りながら、どこまで本気で、どこから冗談なのかを曖昧にしている。Vulfpeckのユーモアは、この曖昧さにある。
サウンドは抑制され、終曲としてはかなり静かである。だが、この静けさは単なる余韻ではなく、アルバム全体の「芸術のスリル」を少し茶化すような役割を持つ。ファンク、ソウル、ポップを高度に演奏してきた後で、最後に瞑想音源のようなトラックを置くことで、Vulfpeckは自分たちの作品を過度に神格化しない。
この終わり方は、Vulfpeckの美学に非常に合っている。彼らは高い演奏技術を持ちながら、決して大げさに終わらない。笑い、軽さ、余白、日常性を最後まで残す。「Guided Smile Meditation」は、そうしたVulfpeckの態度を象徴する終曲である。
総評
『Thrill of the Arts』は、Vulfpeckが初期EP群で培ったミニマル・ファンクの美学を、フル・アルバムとして整理し、ポップ性とコンセプト性を広げた重要作である。『Mit Peck』『Vollmilch』『Fugue State』では、短いインストゥルメンタルやセッション的な楽曲が中心だったが、本作では「Back Pocket」「Funky Duck」「Christmas in L.A.」「Conscious Club」といったヴォーカル曲が強い存在感を持ち、Vulfpeckが単なる演奏職人集団ではなく、優れたポップ・ソングライター集団でもあることが明確になっている。
本作の最大の特徴は、音数の少なさと楽曲の親しみやすさが両立している点である。Vulfpeckの演奏は非常に高度だが、それを聴き手に重く見せない。ドラムは乾き、ベースは歌い、鍵盤は温かく、ギターは隙間を彩る。各パートは最小限の音で最大限のグルーヴを生む。これはファンクの本質をよく理解したアンサンブルである。
ジョー・ダートのベースは、本作でも中心的な役割を果たしている。彼のベースラインは、曲を支えるだけでなく、曲の顔として機能する。特にVulfpeckのように音数を削ったバンドでは、ベースの一音一音が非常に重要になる。音の長さ、切り方、休符、第一拍への落とし方が、楽曲の快感を決定づけている。
ウッディ・ゴスの鍵盤も、本作の温度を作るうえで欠かせない。ソウル・ジャズやAORに通じる柔らかいコード感は、Vulfpeckのファンクを鋭すぎるものにせず、親しみやすく温かいものにしている。テオ・カッツマンやAntwaun Stanleyのヴォーカルは、その上に人間的な表情を加える。これにより、Vulfpeckの音楽はインストゥルメンタル・ファンクの枠を越え、ポップ・ソウルとしても機能する。
歌詞の面では、Vulfpeckは大きな社会的物語や深刻な個人告白を中心にしない。むしろ、日常的な言葉、少し奇妙なタイトル、軽い恋愛感覚、都市的な季節感、自己言及的なユーモアを用いる。これは彼らの音楽の軽さと深く関わっている。演奏は非常に精密だが、歌詞やタイトルは肩の力が抜けている。このバランスが、Vulfpeckを重苦しい技巧派バンドから遠ざけている。
また、『Thrill of the Arts』には、音楽の機能性への関心も強く表れている。「Game Winner」「Walkies」「Smile Meditation」「Guided Smile Meditation」のような曲は、通常のポップ・ソングやファンク・ナンバーとは異なり、ジングル、BGM、テレビ音楽、瞑想音源のような形式を連想させる。Vulfpeckは、こうした周辺的な音楽形式を軽視せず、自分たちの美学の中に取り込む。これが彼らの独特な現代性である。
一方で、本作はファンクの歴史的な重みや政治性を深く掘り下げる作品ではない。James BrownやSly & the Family Stoneのような社会的な爆発力、The Metersのニューオーリンズ的な土臭さ、Parliament-Funkadelicの宇宙的な過剰さとは異なり、Vulfpeckのファンクはより小さく、軽く、理知的で、インターネット時代のセッション音楽に近い。その点は評価が分かれる部分でもあるが、まさにそこにVulfpeckの独自性がある。
日本のリスナーにとって『Thrill of the Arts』は、Vulfpeck入門として非常に優れた作品である。『Fugue State』のような短いEPよりも曲の幅があり、『The Beautiful Game』ほど代表曲の印象に寄りすぎず、初期Vulfpeckの魅力がバランスよく味わえる。ファンク、ソウル、AOR、シティ・ポップ、ジャズ・ファンク、インストゥルメンタル・バンドに関心があるリスナーにとって、本作は多くの入口を持つ。
総じて『Thrill of the Arts』は、Vulfpeckがミニマル・ファンクをポップでユーモラスなアルバム形式へ拡張した重要作である。高度な演奏、音数の少なさ、ベース中心のグルーヴ、ソウルフルな歌、日常的なユーモア、機能音楽への愛着が一枚にまとまり、Vulfpeckというバンドの個性を明確に示している。小さな音で大きなグルーヴを作るという彼らの哲学が、最も親しみやすい形で表れた作品のひとつである。
おすすめアルバム
1. Vulfpeck『Fugue State』(2014年)
『Thrill of the Arts』直前の重要EP。タイトル曲「Fugue State」や「1612」「Christmas in L.A.」を収録し、ミニマル・ファンクとヴォーカル入りソウル・ポップの両面からVulfpeckの魅力を理解できる。『Thrill of the Arts』の前提となる作品である。
2. Vulfpeck『The Beautiful Game』(2016年)
『Thrill of the Arts』の次作にあたり、Vulfpeckのポップ性とファンク性がさらに広がった代表作。「Dean Town」などを収録し、ジョー・ダートのベースの存在感がより強く打ち出されている。本作からの発展を知るうえで重要である。
3. Vulfpeck『Mit Peck』(2011年)
VulfpeckのデビューEP。短いインストゥルメンタル・ファンクを中心に、ベース主導のグルーヴ、乾いたドラム、ミニマルなアンサンブルがすでに確立されている。『Thrill of the Arts』の原点を確認できる。
4. The Meters『Rejuvenation』(1974年)
ニューオーリンズ・ファンクの古典的名盤。ドラム、ベース、ギター、オルガンが音の隙間を活かしてグルーヴを作る美学は、Vulfpeckのミニマル・ファンクと深く通じる。Vulfpeckの背景にあるファンクの原理を理解するために欠かせない。
5. Stevie Wonder『Talking Book』(1972年)
ソウル、ファンク、ポップ、キーボード主体の温かいコード感が高い水準で結びついた名盤。Vulfpeckのソウルフルなメロディ感覚や、ポップでありながら演奏面でも緻密な音楽性を理解するうえで重要な参照点となる。



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