Babies by Pulp(1992)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Babies(ベイビーズ)」は、Pulp(パルプ)が1992年にリリースした楽曲で、後に1994年のアルバム『His ’n’ Hers』に収録された、彼らのブレイク以前の代表曲にして、最も愛されているポップソングのひとつである。

物語の中心にあるのは、“性的好奇心”と“嫉妬”、そして“境界線を越える瞬間”――ティーンエイジャーならではのモヤモヤした衝動である。
語り手の少年は、友人(またはガールフレンド)の姉の部屋に隠れ、彼女の恋愛模様を盗み見ている。やがてその“のぞき見”が、“参加”へと変わる。だがその結果、親しい人間との関係は取り返しのつかないところまで行ってしまう。

Pulpはこの曲で、若さの残酷さと無邪気さをユーモラスに、しかし鋭く描き出す
それはどこか甘く、どこか気まずく、どこまでも“人間臭い”。
「Babies」は、誰もが経験してきたようでいて、誰にも語れなかった“あの頃”の欲望の記憶なのである。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Babies」は、PulpがStill under the radar(世間の注目をまだ十分に集めていなかった)な存在だった時期に生まれた楽曲であり、彼らがメインストリームに躍り出る直前の“予兆”を秘めた作品である。

Jarvis Cocker(ジャーヴィス・コッカー)は、この曲が単なる妄想や逸脱ではなく、ティーンエイジのリアリティをシニカルに観察した結果であると語っている。
彼の語り口はどこまでも親密で、まるで誰かにこっそり秘密を打ち明けるようなトーンで物語が進行する。
この“語りのスタイル”こそ、Pulpが同時代のバンドと一線を画していた最大の要因であり、音楽と物語の境界を溶かした最初期の傑作が、この「Babies」なのだ。

プロデューサーのEd Bullerによって、シンセとギターのキッチュでポップな響きが加えられ、楽曲は80年代風味と90年代的な逸脱の両方を備えた魅力的なサウンドとなった。
とりわけ終盤で鳴り響くギターのフレーズは、語られる“衝動”の高まりを完璧に可視化している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Babies」の象徴的な歌詞を抜粋し、日本語訳を添える。

Well, it happened years ago
When you lived on Stanhope Road
We listened to your sister
When she came home from school

あれは何年も前のこと
君がスタンホープ・ロードに住んでた頃
僕らは君の姉さんの話を盗み聞きしてた
彼女が学校から帰ってくるのを

I only went with her ‘cause she looked like you
僕が彼女と付き合ったのは
君に似てたからにすぎないんだ

I want to take you home
I want to give you children

君を家に連れて帰りたい
君との子どもがほしいんだ

And you said: “I’m not sure that we should.”
でも君は言った
「それって、どうなのかな……」って

(歌詞引用元:Genius – Pulp “Babies”)

4. 歌詞の考察

「Babies」がユニークなのは、そのストーリーテリングが愛と性の境界を曖昧に描きながら、それをとことんポップに仕上げているところにある。

語り手は、自分の欲望を自覚しつつ、それをコントロールできていない。
姉のベッドの下に隠れ、耳を澄まし、やがて行動に移ってしまう――この流れには、“覗き見ること”から“触れてしまうこと”への移行という、人間の本能的な欲望のかたちが刻まれている。

しかしこの曲に罪悪感はない。
むしろジャーヴィスは、若さの無責任さをあたたかく見つめている
「君との子どもがほしい」という突拍子もないセリフは、子どもじみた妄想でありながら、真剣でもある。その不器用さが、この曲をただのユーモアや皮肉で終わらせず、リスナーの胸に刺さる普遍的な情景として成立させている。

加えて、タイトルの「Babies」が複数形であることにも注目したい。
これは文字通り“子どもたち”を意味するだけでなく、子どもじみた大人たち、または“大人になりかけの子どもたち”という意味にも取れる。
つまりこの曲は、性の目覚めに戸惑う全人類への“青春の寓話”なのだ。

(歌詞引用元:Genius – Pulp “Babies”)

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Lipgloss by Pulp(from His ’n’ Hers
    恋愛の終わりと化粧の関係を描いた鋭い歌詞と、カラフルなサウンドが魅力の名曲。
  • Disco 2000 by Pulp(from Different Class
    子どもの頃の恋が、20代になってどう変わるのかを描いたノスタルジックなダンス・ポップ。
  • Teenage Dirtbag by Wheatus
    十代の性的憧れと孤独、そして音楽への依存を軽妙に描いたポップ・ロック。
  • She’s in Fashion by Suede
    触れられそうで触れられない女性像を追いかける、幻のような美しさを湛えた一曲。

6. 欲望と無垢が交差する、ポップの奇跡

「Babies」は、Pulpがポップミュージックという形式の中で、語られなかった欲望や気まずさを解放することに成功した記念碑的作品である。
それは誰もが経験したようでいて、誰も口に出せなかったこと――
「友だちの姉に欲情してしまった」「それを秘密にしていた」「でも心はどこかでわかっていた」――そんなことを、堂々と歌い上げてしまう大胆さ。

それでいて、どこかあたたかい。
それは、ジャーヴィス・コッカーという語り手が、すべての“やらかし”を笑ってくれる友人のような存在だからだろう。

「Babies」は、恥ずかしさも、興奮も、痛みも、すべて混ざり合った青春という名の一夜の記憶である。
そしてそれは、決して綺麗じゃないけど、とても愛おしい。

誰の心にもある秘密の引き出しを、音楽でそっと開けてみせたこの曲こそ、Pulpというバンドの真骨頂なのだ。

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