
1. 楽曲の概要
「Babies」は、イギリス・シェフィールド出身のバンド、Pulpが1992年に発表した楽曲である。最初はGift Recordsからシングルとしてリリースされ、後に1994年のアルバム『His ’n’ Hers』に収録された。作詞はJarvis Cocker、作曲はPulp。プロデュースはEd Bullerが担当している。
Pulpは1978年に結成されたが、長い間大きな商業的成功には恵まれなかった。1980年代にはポスト・パンク、ニューウェイヴ、アート・ロック的な要素を試しながら活動を続けていたが、1990年代初頭に入ってから、Jarvis Cockerの観察眼とバンドのポップなサウンドが噛み合い始める。「Babies」は、その転換点を示す重要曲である。
この曲は、最初の1992年リリース時には大きなチャート成功を収めなかった。しかし、1994年に『His ’n’ Hers』へ収録され、同年の『The Sisters EP』にリミックス版が収められたことで再評価される。『The Sisters EP』はUKシングル・チャートで19位を記録し、Pulpがブリットポップ期に大きく浮上する直前の代表的な成果となった。
「Babies」は、Pulpの後の代表曲「Common People」や「Disco 2000」へつながる要素をすでに持っている。つまり、性、階級、思春期、覗き見、恥、欲望、記憶を、ポップ・ソングとして非常に聴きやすい形に変換する力である。サウンドは明るく、ギターとシンセが軽快に進むが、歌詞はかなり気まずい青春の記憶を扱っている。
2. 歌詞の概要
「Babies」の歌詞は、少年時代の性的好奇心と、そこに伴う恥ずかしさを描いている。語り手は、友人の姉に惹かれ、彼女の部屋のワードローブに隠れて様子を見ようとする。これはロマンティックな初恋というより、思春期特有の未熟で身勝手な欲望の記憶である。
Pulpらしいのは、この題材をきれいなノスタルジーとして処理しない点である。語り手は、自分の過去の行動を美化していない。むしろ、その滑稽さ、気まずさ、倫理的な危うさを含めて語っている。Jarvis Cockerの歌詞では、欲望はしばしば崇高なものではなく、部屋、階段、ベッド、衣服、壁の薄さといった生活の細部に結びつく。「Babies」もその典型である。
タイトルの「Babies」は、単に赤ん坊を指す言葉ではない。歌詞の中では、思春期の少年少女たちが、自分では大人のように振る舞っているつもりでも、まだ未熟で、感情や身体の変化に振り回されている存在として描かれる。彼らは恋愛や性を理解しているつもりだが、実際には何も分かっていない。その未熟さがタイトルに反映されている。
また、この曲は覗き見ることと、見られることの関係を扱っている。語り手は誰かを見ようとするが、最終的には自分の恥ずかしさや未熟さが露呈する。Pulpの歌詞では、観察者であるはずの人物が、同時に滑稽な存在として観察されることが多い。「Babies」は、その構造を非常に分かりやすく示している。
3. 制作背景・時代背景
「Babies」が録音されたのは1992年7月で、Island RecordsのFallout Shelterで制作された。Pulpはこの時期、長い下積みを経て、ようやく自分たちのポップな方向性を明確にしつつあった。1980年代の作品にあった暗さや不安定さは残しながらも、メロディ、リズム、歌詞の語り口はより明快になっている。
この曲のギター・リフは、ドラマーのNick BanksがJarvis Cockerに聴かせたフレーズがきっかけになったとされる。そこから、Cockerが歌詞とメロディを発展させていった。Pulpの楽曲は、Cockerの歌詞が注目されやすいが、「Babies」ではバンド全体の軽快な演奏も重要である。リフとリズムの明るさが、歌詞の気まずさをポップに変換している。
1994年の『His ’n’ Hers』は、Pulpのブレイク前夜を象徴するアルバムである。UKアルバム・チャートで9位を記録し、マーキュリー賞にもノミネートされた。アルバムには「Lipgloss」「Do You Remember the First Time?」「Acrylic Afternoons」「Babies」など、性と記憶をめぐる楽曲が並んでいる。Pulpはこの作品で、単なるインディー・バンドから、90年代英国ポップを代表する語り手へと進んだ。
当時のイギリスでは、後にブリットポップと呼ばれる流れが形成されつつあった。Blur、Suede、Oasisなどが注目を集める中で、Pulpは少し異なる位置にいた。彼らは若い新人ではなく、長い活動歴を持つ遅咲きのバンドだった。そのため、Pulpの歌詞には、青春のただ中からの叫びではなく、大人になった語り手が過去の恥や欲望を振り返る視点がある。「Babies」はその意味で、Pulpらしい成熟した思春期ソングである。
4. 歌詞の抜粋と和訳
I wanted to see as well
和訳:
僕も見たかったんだ
この一節は、曲の中心にある覗き見る欲望を端的に示している。語り手は、自分の行動を立派な感情として説明しない。見たかったから見ようとした、という非常に直接的で未熟な動機が示される。そこに、思春期の欲望の滑稽さと危うさがある。
I hid inside her wardrobe
和訳:
僕は彼女のワードローブの中に隠れた
この場面は、曲の物語を決定づける。ワードローブは、子どもっぽい隠れ場所であると同時に、性的な好奇心を持つ少年が身を隠す場所でもある。ここでは、子ども性と性的好奇心が同じ空間に押し込められている。タイトルの「Babies」が示す未熟さは、この場面によく表れている。
なお、歌詞の引用は批評・解説に必要な最小限に留めている。原詞の権利は権利者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「Babies」のサウンドは、Pulpの1990年代前半のポップ化をよく示している。ギターは軽快で、リズムは明るく、曲全体には疾走感がある。重いロックではなく、インディー・ポップ、ニューウェイヴ、ブリットポップ前夜のギター・ポップが混ざった音像である。
冒頭から聴こえるギター・フレーズは、曲の印象をすぐに決定づける。明るく跳ねるような響きがあり、歌詞の気まずい物語とは対照的である。この対照が重要だ。もしこの曲が暗く重い演奏で進んでいたら、歌詞の内容はかなり不穏に聞こえただろう。しかしPulpは、軽快な演奏によって、恥ずかしい記憶をポップ・ソングとして語れる距離に置いている。
リズム隊は、曲を過度にドラマティックにしない。ドラムはシンプルに前へ進み、ベースはメロディの下で軽く弾む。Pulpのサウンドは、後の『Different Class』でさらに洗練されるが、「Babies」の時点ですでに、踊れる軽さと物語性を両立させている。
Jarvis Cockerのボーカルは、歌うというより語る感覚が強い。彼の声には、少し芝居がかった抑揚がある。これはPulpの大きな特徴である。Cockerは、歌詞の主人公になりきると同時に、その主人公を少し外から眺めているようにも聞こえる。つまり、語り手は自分の過去を語っているが、その語りには自嘲も含まれている。
この自嘲が、「Babies」を単なる覗き見の歌に留めない。語り手は、昔の自分の欲望をそのまま正当化しない。恥ずかしい記憶として、しかし完全には捨てきれない記憶として歌っている。Pulpの歌詞では、欲望の滑稽さを見つめる視点が非常に重要であり、この曲はその初期の完成形といえる。
シンセやギターの配置も、曲の軽さを支える。Pulpはギター・バンドでありながら、シンセの使い方が重要なバンドでもある。「Babies」ではシンセが前面に出すぎるわけではないが、全体に少し人工的で明るい色を加えている。この音色が、90年代初頭の英国インディーらしい空気を作っている。
歌詞とサウンドの関係で見ると、「Babies」は思春期の気まずさを、明るい速度で処理する曲である。歌詞の内容は、冷静に考えればかなり問題のある行為を含んでいる。しかし、曲はそれを露悪的に重く描かず、当時の未熟さと距離を置いた語りに変える。聴き手は笑ってしまうが、その笑いの中には、自分の過去の恥ずかしさを思い出す感覚もある。
『His ’n’ Hers』の中で見ると、「Babies」はアルバムの主題をよく示している。このアルバムは、男女関係、性、記憶、都市生活、部屋の中の欲望を扱う作品である。「Acrylic Afternoons」では郊外的な生活の中の性的な想像が描かれ、「Do You Remember the First Time?」では初体験と記憶が主題になる。「Babies」は、その中でも最も直接的に思春期の未熟な欲望を描く曲である。
後の「Common People」と比較すると、「Babies」はより個人的である。「Common People」は階級と欲望を結びつけ、社会的な広がりを持つ曲だが、「Babies」は狭い部屋の中で起きる出来事を描く。しかし、どちらにも共通するのは、Jarvis Cockerが人物の言葉や行動を細かく観察し、その中に社会的・性的な力関係を見つける点である。
「Disco 2000」と比べると、「Babies」の青春観はより気まずい。「Disco 2000」は幼なじみへの未練を、比較的明るいノスタルジーとして描く。一方、「Babies」は、思春期の欲望をもっと生々しく、恥ずかしいものとして扱う。どちらも過去を振り返る曲だが、「Babies」はノスタルジーよりも暴露に近い。
この曲が現在もPulpの代表曲として聴かれる理由は、メロディの強さだけではない。Pulpは、誰もが忘れたいような若い頃の気まずさを、ポップ・ソングとして歌える形にした。しかも、それを単なる笑い話にせず、欲望と未熟さの記録として残した。「Babies」は、その才能が初めて大きく開いた曲である。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Do You Remember the First Time?
『His ’n’ Hers』収録曲で、初体験と記憶を主題にしている。「Babies」と同じく、性をロマンティックに美化せず、時間が経った後の視点から振り返る曲である。Pulpの語り口を理解するうえで重要な楽曲である。
- Lipgloss by Pulp
『His ’n’ Hers』収録のシングルで、容姿や自己像、恋愛における不安を扱う。「Babies」よりも女性の視点に寄った題材だが、外見や欲望をめぐる社会的な圧力がよく描かれている。Pulpの初期ブレイク期を知るために聴きたい。
- Acrylic Afternoons by Pulp
同じアルバムに収録された楽曲で、郊外的な生活空間と性的な想像が絡み合う。「Babies」のワードローブのように、日常の部屋が欲望の舞台になる。Pulpの少し不気味で官能的な側面が強く出ている。
- Disco 2000 by Pulp
『Different Class』収録の代表曲で、青春の記憶と叶わなかった恋をポップに描く。「Babies」よりも明るくノスタルジックだが、過去の自分を少し距離を置いて見る視点は共通している。Pulpの大衆的な魅力を知る入口になる。
- Animal Nitrate by Suede
1990年代初頭の英国ロックにおいて、性、退廃、若さを劇的に描いた曲である。「Babies」と同時代のブリットポップ前夜の空気を知るうえで比較しやすい。Pulpよりもグラマラスで危険な響きを持つ。
7. まとめ
「Babies」は、Pulpが1992年に発表し、1994年の『His ’n’ Hers』で広く知られるようになった重要曲である。1994年の『The Sisters EP』収録リミックス版はUKシングル・チャートで19位を記録し、Pulpがブリットポップの中心へ向かう直前の代表的な成果となった。
歌詞は、少年が友人の姉に惹かれ、ワードローブに隠れて覗こうとするという、かなり気まずい思春期の記憶を描く。Pulpらしいのは、それを美しい初恋としてではなく、未熟で滑稽で、少し危うい欲望として描く点である。タイトルの「Babies」は、性に目覚めかけた少年少女たちの未熟さを示している。
サウンドは軽快で、ギターとシンセが明るく進む。歌詞の気まずさに対して、演奏はポップで聴きやすい。この対比によって、曲は暗くなりすぎず、しかし単純な青春ソングにもならない。Jarvis Cockerの語るようなボーカルが、その微妙な距離感を成立させている。
「Babies」は、Pulpが後に「Common People」や「Disco 2000」で完成させる、欲望、記憶、階級、恥をポップに語る技術の出発点にある曲である。小さな部屋の中の恥ずかしい出来事から、90年代英国ポップを代表する語り口が生まれていく。その意味で、この曲はPulpのキャリアにおける決定的な転換点といえる。
参照元
- Official Charts「Pulp songs and albums」
- Official Charts「His ’n’ Hers – Pulp」
- Discogs「Pulp – Babies」
- Discogs「Pulp – His ’N’ Hers」
- Pulp – Babies(YouTube)
- Spotify「Babies – Pulp」
- Apple Music「His ’n’ Hers – Pulp」
- Pitchfork「Pulp: The Peel Sessions」
- The Quietus「Jarvis Cocker Interview」

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