※本記事は、TuneSightに登場する架空のライターによる創作対談です。
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シングルの裏側、あるいはCDシングルの2曲目、3曲目。B面は長いあいだ、アルバムという本編からこぼれた曲の置き場所であると同時に、ミュージシャンが本編では見せにくい顔を残す場所でもあった。The Beatles「Rain」、Prince「17 Days」、The Cure「The Exploding Boy」、Oasis「Acquiesce」など、後から振り返れば「なぜこれが脇役だったのか」と思う曲も少なくない。今回はAlex、Sophie、Marcus、Naomiの4人が、単純な名曲ランキングではなく、「B面であること」が曲の魅力に何を加えたのかまで含めて史上最高の一曲を考える。
※本記事は、TuneSightに登場する架空のライターによる創作対談です。
そもそも「最高のB面」をどう決めるのか
最初に基準を決めないと、単に「有名な非アルバム曲」のランキングになってしまうと思うんです。僕にとって最高のB面は、A面より売れなかった名曲というだけでは足りない。アルバムに入れると少し居場所がない、でも捨てるには強すぎる、その宙ぶらりんな感じまで含めて魅力になっている曲が面白い。The Cureの「The Exploding Boy」なんてまさにそうで、「In Between Days」の裏に置かれた1985年の曲だけど、『The Head on the Door』に入っていても驚かない完成度がある。それでもアルバムにないからこそ、あの時期のThe Cureにはまだ別の扉があったように聞こえる。
でも私は「アルバムに入っていても成立する」という評価だけだと、B面の面白さを半分しか拾えない気がする。「アルバムに入るべきだった曲」を選ぶなら簡単なのよ。難しいのは、アルバムに入らなかったこと自体がその曲の意味になっている場合。90年代の英国だとシングルを買う行為そのものがアルバムとは別の体験だったから、B面を知っていることがファンとしての距離感にもつながっていた。Oasisはその極端な例で、「Acquiesce」や「Talk Tonight」まで「Some Might Say」のシングルに入っている。いま見ると曲の配分がおかしい(笑)。
その「配分がおかしい」はPrinceにもそのまま当てはまるよ。「When Doves Cry」のB面が「17 Days」で、「Let’s Go Crazy」のB面には「Erotic City」がある。普通ならアルバムの核になり得る曲を、シングルの裏側へ平然と置いてしまう。だから最高のB面を考えるとき、僕は「余った曲」ではなく「その時期の創作力がフォーマットから溢れた曲」を評価したい。Princeの80年代中盤なんて、アルバムの外側にもう一枚アルバムがあるような状態だからね。
そこにもう一つ、実験場としてのB面という基準を加えたいです。A面はラジオやチャートを意識して数分で輪郭を作る必要があるけれど、裏側では少し奇妙な音色や構成を試せる。だからB面を年代順に聴くと、次のアルバムで大きくなるアイデアが先に現れることがある。そう考えると「最高」というのは完成度だけではなく、アーティストの未来が偶然漏れ出してしまった曲でもいい。そこで私は最初からかなり強く「Rain」を推したいですね。
もう出したか(笑)。でも「Rain」は確かに厄介なんですよ。あれを候補にすると、ほかの曲に対して基準が急に厳しくなる。曲そのものがいいだけじゃなく、演奏も録音も後のサイケデリック期へつながっているし、しかも「Paperback Writer」のB面として1966年に出ている。B面史を語るときの模範解答すぎて、逆に別の曲を選びたくなるくらいです。
The Beatles「Rain」──未来がA面ではなく裏側に入っていた
「Rain」で最初に面白いのは、サイケデリックという言葉以前に、演奏の時間感覚そのものが変なんです。リズム・トラックを速いテンポで演奏して録音し、それを遅く再生することで、ドラムやギターのアタックが普通の演奏では出ない質感になっている。リンゴのドラムは重いのに鈍くなく、ベースも音程を支えるというより曲の中を歩き回っている。そして最後には逆回転のヴォーカルまで入る。珍しい効果音を飾ったというより、テープという媒体そのものを楽器として扱い始めているところが大きいです。
しかもギター・バンドとして聴いても強い。僕は「Rain」を実験曲として説明しすぎると、この曲の肉体性を見落とすと思うんです。テンポ感は重いけれど、演奏にはかなり荒っぽい推進力がある。「Tomorrow Never Knows」まで行くとスタジオ作品としての異形さが前面に出るけど、「Rain」はまだバンドが部屋で鳴っている感じとテープ操作が半々なんですよ。その境界にいるから、1966年のThe Beatlesが何を捨てて何を獲得しようとしていたのかがよく分かる。
僕はポールのベースをかなり大きく評価したい。ロックのベースがルートを補強するだけではなく、ヴォーカルに対するもう一つのメロディとして動いている。それによってジョンの歌が単純な前後運動ではなく、下から押されたり横へ引っ張られたりするように聞こえるんだよね。「Paperback Writer」も低音の存在感が強いシングルだけれど、裏の「Rain」ではその発想がもっと奇妙な方向へ進んでいる。A面が新しい音を大衆に提示して、B面ではその音をさらに壊してみる。その組み合わせ自体が素晴らしい。
だから私は、「Rain」がアルバムに入らなかったことを単純に損失とは思わないの。『Revolver』に入っていたら当然名曲扱いされただろうけれど、「Paperback Writer」を買って裏返したらこれが出てくるという体験は、1960年代のシングル文化だから成立するでしょう。A面とB面がヒット曲と余り物ではなく、同じ瞬間の二つの方向を見せている。B面というフォーマットが「二軍」ではなかったことを証明するなら、「Rain」はほとんど理想的な例だと思う。
Prince「17 Days」──削ぎ落としたグルーヴはなぜアルバムから漏れたのか
ただ、僕が一曲だけ選ぶなら「Rain」ではなく「17 Days」に傾く。「When Doves Cry」のB面として出た1984年の曲だけど、この曲はPrinceの強さをものすごく簡潔に見せている。失恋の歌なのに感情を大げさに爆発させず、反復するグルーヴの中へ孤独を沈めていく。Princeというと多重録音、ギター、ファンク、派手なステージといった要素を全部盛りにした天才像で語られやすいけれど、「17 Days」は逆で、引き算したときにどれだけ強いかが分かる曲なんだ。
そこは「Rain」と正反対で面白いですね。「Rain」は録音技術によってバンドの音を変形していくけれど、「17 Days」は空間を整理することでグルーヴを強くしている。ドラムマシンの硬い反復があって、その周囲に鍵盤やギター、声が必要な量だけ置かれている。音数だけならもっと派手にできるのに、余白を残すことで一つ一つの音が身体に当たる。雨というイメージもありますが、「Rain」の雨が知覚を変えるものだとすれば、「17 Days」の雨はずっと同じ場所に閉じ込めるものに聞こえます。
それに「When Doves Cry」と並べると、あのシングル自体が異様に強い。「When Doves Cry」はポップ・スターとしてのPrinceが最も大胆なことを巨大なヒットにしてしまった曲でしょう。その裏側に「17 Days」があることで、表では劇的で性的で挑発的なPrince、裏ではもっと内向きに反復へ沈んでいくPrinceが見える。B面だから格下なのではなく、スターの表面から半歩外れた場所を担当している。その意味では「B面らしさ」という基準なら「Rain」以上かもしれない。
僕も曲としてはものすごく好きだけど、史上最高のB面というテーマだとPrinceは一曲に絞る段階で困るんですよ。「Erotic City」もあるから。あっちはもっとファンクの圧が強くて、B面なのにクラブでは完全に主役になれる曲でしょう。「17 Days」を選ぶとPrinceの抑制された側面を評価することになり、「Erotic City」を選ぶとアルバム外で欲望を解放した側面を評価することになる。同じアーティストのB面同士で思想が違うのが面白い。
それがPrinceの恐ろしいところだね。余り物の質が高いんじゃない。余り物という概念そのものが成立しない。
The Cure「The Exploding Boy」──アルバムに入らなかった「もう一つの入口」
そこで僕は「The Exploding Boy」を残したい。1985年、「In Between Days」のB面で、The Cureが『The Head on the Door』へ向かう時期の曲です。アコースティック・ギターの高速なストロークとドラムが前へ走っていて、Robert Smithの声はその上で沈むというより飛ばされそうになっている。「In Between Days」と近い速度感を持ちながら、A面ほど輪郭を整えていない。少し乱暴で、そこがいいんです。
「In Between Days」と姉妹曲のように聞こえるのに、片方だけアルバムの入口になったというのが面白い。『The Head on the Door』はThe Cureが一つの様式に閉じこもらず、明るい色や異なるリズムをどんどん取り込んだ作品でしょう。「The Exploding Boy」もそこに置けたはずだけれど、入れるとアルバムの別の曲と役割がぶつかったかもしれない。つまりB面には「悪いから落ちた曲」だけではなく、「いいけれどアルバムの建築上は不要だった曲」がある。
それはアルバムというフォーマットを考えるうえで大事です。10曲の良い曲を並べれば良いアルバムになるわけではなく、似た速度、似た質感、似た役割の曲が多すぎれば全体が平坦になる。「The Exploding Boy」を単体で聴くと落とす理由が分からないけれど、『The Head on the Door』という流れを考えると、外に出す判断にも意味が見えてくる。B面はその意味で、アルバム編集によって切り落とされた「別の可能性」を保存する場所なんですよね。
だから僕はこの曲を最高傑作とは言わないけれど、B面文化を説明するにはかなり好きな例だな。ヒップホップでいう未発表ヴァースやミックステープの曲に近い感覚がある。正史だけ追っているとアーティストの成長が一直線に見えるけれど、周辺作品まで聴くと、実際には同時にいくつもの方向を試していたことが分かる。「The Exploding Boy」を聴くと、The Cureの1985年が『The Head on the Door』一枚では完全には説明できない。
Oasisはなぜ名曲をB面へ大量投入できたのか
そして90年代へ来ると、B面文化の一つの頂点がOasisだと思う。「Some Might Say」のシングルだけ見ても「Talk Tonight」「Acquiesce」「Headshrinker」が付いている。これ、後世のベスト盤を作っているんじゃなくて、一枚のシングルだからね(笑)。しかも三曲が同じタイプではない。「Talk Tonight」は静かなNoelの歌、「Acquiesce」はLiamとNoelの声の対比が核になり、「Headshrinker」はもっと荒々しい。シングルを買うことでバンドの別の三面まで持ち帰れた。
「Acquiesce」は特におかしいですよ。イントロからバンド全体が巨大な塊で押してくるし、ヴァースをLiam、コーラスをNoelが歌う構造自体がOasisというバンドの関係性を音にしている。普通なら「このバンドは何者か」を説明する代表曲として使える。それをB面にするんだから、初期Oasisの曲の在庫がどれだけ強かったかが分かる。でも僕は「Acquiesce」より「Headshrinker」の方がB面として好きなんです。あれはアルバムの威厳を気にせず、バンドがただ暴走している感じがあるから。
私は逆に「Acquiesce」派。なぜならB面なのに、バンド神話の中心みたいな曲になってしまったから。OasisはLiamの声とNoelの曲という単純な分業では語れないけれど、その二人の声が一曲の中で役割を交換しながら成立していることを、あれほど分かりやすく聞かせる曲は少ない。「Wonderwall」や「Don’t Look Back in Anger」より知られていなくても、バンドそのものを理解するという意味では全然周辺的じゃない。
でもOasisから一曲なら僕は「Talk Tonight」だな。理由は逆で、巨大化するバンドのイメージから一番遠いから。初期Oasisの魅力って、壁みたいなギターとLiamの声だけじゃなく、Noelが非常に古典的なコード進行とメロディで小さな歌を書けることにもある。「Talk Tonight」はその部分をほとんど装飾せずに出している。A面で世界を取りに行って、B面では部屋に戻る。その落差がシングルという単位の中にあるのがいい。
OasisのB面をまとめた『The Masterplan』が一枚の作品として普通に成立してしまったことが、その異常さをいちばん端的に示していますね。ただ、後からコンピレーションで整理されると少し意味が変わるとも思うんです。本来は「Some Might Say」や「Wonderwall」を買った人が、その横に知らない曲を発見する体験だった。それを『The Masterplan』で一気に聴くと「もう一つのOasisのアルバム」になる。B面は発見される順序によっても印象が変わるんです。
「アルバムに入れればよかった」は本当に褒め言葉なのか
ここまで話して気づいたけど、「アルバムに入っていてもおかしくない」という言葉を僕らは褒め言葉として使いすぎているかもしれない。Princeの「Erotic City」は、むしろアルバムに収まらない感じが魅力でしょう。長いヴァージョンで聴けば特に、曲が目的地へ向かうというよりグルーヴそのものを延々と楽しむ感覚が強い。『Purple Rain』は映画と結びついた非常に明確な世界を持つアルバムだから、そこへ何でも入れればいいわけではない。
そう。アルバムは美術館で、B面は倉庫という考え方ではないんです。むしろアルバムが一つの空間として設計されているからこそ、そこに合わない優れた曲が必ず生まれる。録音時期が同じでも、テンポや音色、歌詞の視点がアルバムの流れを壊す場合がある。それをB面へ出すことで曲は単独の生命を持てる。「収録されなかった」という否定形ではなく、「別の場所を与えられた」と考えた方が正確なケースもあります。
ロックだと特に、アルバム至上主義が強すぎるんですよ。名盤に入った曲が一軍で、それ以外はアウトテイクという序列を作りがち。でもシングル文化が強かった英国のバンドをその基準だけで見ると、キャリアのかなり大事な部分を落としてしまう。The Smithsなんてアルバムだけ追うのとシングルまで追うのでは見える景色が違うし、The Cureもそう。Oasisになると、その差が露骨すぎて『The Masterplan』という裏口から入っても主要部分に到達できてしまう。
そしてB面には「ファンだけが知っている」という小さな社会性もあったと思う。もちろん排他的な優越感だけではないのよ。アルバムを一枚買って終わりではなく、次のシングルを待ち、店で手に取り、知らないタイトルを聴く。その積み重ねによってバンドとの関係が続いていく。B面の名曲は作品であると同時に、その継続的な関係への報酬でもあった。ストリーミングでは曲自体は残せても、この時間の構造をそのまま再現するのは難しい。
CDシングル時代がB面を「第二のアルバム」に変えた
ここで7インチのA面/B面と、90年代のCDシングルを同じ「B面」でまとめていいのかという問題もある。Oasisの例がまさにそうで、一曲の裏に一曲ではなく、複数のカップリングを入れられるようになった。するとシングルは小さな作品集になる。「Some Might Say」に三曲の非アルバム曲が付くというのは、物理的な裏面という意味でのB面からはかなり遠い。でも文化としては、むしろB面精神が肥大化した状態なんですよね。
僕はそこが90年代のシングルを好きな理由です。アルバム制作ほど構えずに録った曲、カヴァー、ライブ、妙に荒い曲が同居できる。バンドの公式ディスコグラフィーなのに、少し海賊盤を買うような楽しさがあるんですよ。Radioheadの「Talk Show Host」なんかも、「Street Spirit (Fade Out)」のシングル側から現れた曲として面白い。『The Bends』の延長に聞こえる部分はあるけれど、リズムや空間の作り方は次の段階へ少し身体を向けている。
「Talk Show Host」は私も候補に入れたいですね。あの曲はギター中心のバンドが、音を鳴らすことより「空いている場所」を意識し始めた感じがある。ベースとビートが作る低い重心の上で、ギターが壁を作らず断片として現れる。後のRadioheadを知っているからそう聞こえる部分には注意が必要だけれど、『The Bends』期のバンドから少し違う空間感覚が出てきているのは確かです。B面を未来の予告編として聴くなら非常に魅力的な一曲です。
ただし、それを全部「次作への布石」と呼ぶのも危険だと思う。アーティストは未来を知って録音しているわけじゃないからね。B面には発展しなかった道も大量にあるし、僕はそっちも好きなんだ。歴史は成功した方向だけを太線で描くけれど、B面を聴くと細い道が何本も伸びている。「この方向へ行くRadioheadもあり得た」「この音を続けるThe Cureもあり得た」と想像できる。そこがアルバム史とは違う。
B面だから許された「少し変な曲」に価値がある
その「発展しなかった道」で考えると、最高のB面は代表曲に似ていない方が面白い場合があります。A面のコピーをもう一曲付けるのではなく、リズムを極端にしたり、録音を荒くしたり、普段とは違う編成にしたりする。リスナーもA面ほど「このバンドらしい曲」を要求しないから、実験が成立する。B面は商業フォーマットの一部なのに、その内部に小さな自由区域が存在していたんです。
ヒップホップの12インチにも似た発想があった。インストゥルメンタル、リミックス、別ヴァージョンが同じ盤に入り、一曲が固定された完成品ではなく素材として見えてくる。ロックのB面とは文化が同一ではないけれど、「表に出ているヴァージョンだけが曲の全体ではない」という感覚は共通していると思う。だから僕はB面文化をノスタルジーだけで語りたくない。重要なのは裏返す動作ではなく、中心から外れた場所に別の創作スペースがあったことだから。
そう考えると、僕が「The Exploding Boy」やOasisの「Headshrinker」に惹かれる理由も分かるな。完成度が低いわけではないけれど、アルバム曲ほど「意味」を背負わされていない。ギターがうるさくて、ドラムが走っていて、三分くらいで終わる。それだけで成立している。名盤の中に入ると曲はアルバム全体との関係で分析されるけど、B面には「この三分が最高だからそれでいい」という乱暴さが残せるんですよ。
ただ、そこから逆説が生まれるのよね。ファンがその曲を愛し続けると、最初は自由だったB面がやがて「隠れた代表曲」になってしまう。「Acquiesce」なんてもう隠れていないでしょう(笑)。ライブやコンピレーションを通じて共有され、B面という出生だけ残して実質的には主要曲になる。名曲は永遠に秘密ではいられないんです。
最高傑作を一曲ずつ選ぶなら
僕は最後まで迷うけれど、「The Exploding Boy」ではなくThe Beatlesの「Rain」にします。少し王道すぎるのは承知している。でも、B面なのにバンドの未来が入っていて、なおかつ後世の価値だけで持ち上げなくても単純に演奏が格好いい。テープ操作を全部知らなくても、リンゴのドラムとポールのベース、ジョンの声だけで成立する。実験性を説明した後に音楽が残る曲は強いです。
僕はPrince「17 Days」。B面という場所に、Princeのポップ・スターとしての表の顔とは少し違う孤独と反復が保存されているから。しかも曲の核がシンプルで、時代のプロダクションを超えて残る。Princeの凄さを派手さだけで理解している人に一曲渡すなら、僕はこれを選びたい。「こんな曲まで裏側だったのか」という驚きも含めて、B面というテーマにふさわしい。
私はOasis「Acquiesce」にする。純粋な録音上の革新なら「Rain」に敵わないし、繊細さなら「17 Days」を選ぶ気持ちも分かる。でも「B面がファンの中で第二の代表曲へ育っていく」という文化まで含めるなら、これほど象徴的な曲は少ない。LiamとNoelの声が一曲の中で補い合い、巨大なギターの塊が押し寄せる。初期Oasisの核心みたいなものを持った曲が「Some Might Say」のカップリングだったという事実自体が、90年代のB面文化を物語っている。
私は最初に挙げた通り「Rain」です。ただAlexとは理由が少し違って、私は録音という行為が作曲や演奏と同じレベルまで上がってきた瞬間として選びたい。速度を変えたテープ、逆回転する声、異様な重量感を持つリズム。それらが特殊効果の見本市にならず、一つのポップソングとしてまとまっている。未来の音が実験室に置かれていたのではなく、普通のヒット・シングルを裏返した場所に存在した。その配置まで含めて美しいです。
初心者に渡すB面、そして「一曲だけ」なら
初心者にB面文化を説明するなら、僕はむしろOasisから入るのがいいと思う。『The Masterplan』を聴けば、「B面=出来の落ちる余剰曲」という前提が数曲で壊れるから。「Acquiesce」「Talk Tonight」「Half the World Away」「The Masterplan」と聴いていくと、なぜこんなに曲をアルバム外へ出せたのかという疑問が自然に生まれる。そこからThe SmithsやThe Cureへ遡れば、英国のシングル文化そのものが見えてくる。
同意するけれど、一曲だけなら私は「Rain」を入口にしたい。理由は、説明なしでも曲として強く、説明を加えるとさらに面白くなるから。1966年の「Paperback Writer」を買った人が盤を裏返してこの音に遭遇した、と考えるだけでB面の意味が伝わるでしょう。最高のB面という称号には、曲の良さだけではなく「裏返したときの驚き」も必要だと思う。
過小評価枠なら僕は「The Exploding Boy」を最後にもう一度推します。「Rain」「17 Days」「Acquiesce」はB面好きの間ではすでに王者級だけど、この曲はThe Cureの代表曲だけを知っている人にはまだ抜け落ちやすい。「In Between Days」が好きならほぼ間違いなく引っかかるのに、同じ1985年の世界を少し荒い角度から見せてくれる。B面を掘る楽しさって、結局こういう「自分の知っていたアルバムの周囲にまだ部屋があった」という発見なんですよ。
そして総合的に一曲だけ決めるなら、私も「Rain」を残します。全員の候補を比べると、B面には少なくとも三種類あると分かった。アルバムから構成上こぼれた名曲、スターの別の顔を置いた曲、そして次の可能性が偶然現れた曲。「Rain」はその三つをかなり高いレベルで同時に満たしている。だから「史上最高」を一曲に固定すること自体は乱暴でも、B面という文化全体を代表させるなら最も説得力があると思います。
じゃあ判定は「Rain」でいい。ただ、僕は家に帰ったら「17 Days」をかけるけどね(笑)。最高という言葉と、一番好きという言葉は同じじゃない。それも今回の話には合っている気がする。B面そのものが、公式の中心と個人的な愛着が一致しない場所だったんだから。
対談を終えて
「史上最高のB面」を選ぶ議論から見えてきたのは、B面が単なる楽曲の序列ではなかったということだ。The Beatles「Rain」にはスタジオ技術によって変貌していくバンドの未来があり、Prince「17 Days」には巨大なスター像の陰にある抑制されたグルーヴがある。The Cure「The Exploding Boy」はアルバム編集によって消えた別の可能性を残し、Oasis「Acquiesce」は本来周辺にあった曲がファンの支持によって代表曲へ育つ過程を示している。総合的な一曲として対談が辿り着いたのは「Rain」だった。しかしB面の本質は、正史の外側に価値が残ることそのものなのかもしれない。アルバムという完成された物語だけでは見えない試行錯誤、余白、別の顔。それを保存していた場所こそ、盤を裏返した先にあった。

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