



※本記事は、TuneSightに登場する架空のライターによる創作対談です。

Talking Headsを「ポストパンク」と呼ぶことには、どこか引っかかりがある。1975年にニューヨークで結成され、CBGBを足場にRamonesやTelevision、Blondieらと同時代を生きた彼らは、英国でパンクが爆発するより前から活動していた。1977年のデビュー作『Talking Heads: 77』にはパンクの簡潔さがあるが、その服装も演奏も攻撃性の表現方法も、Sex Pistolsとはまるで違う。そしてBrian Enoを迎えた『More Songs About Buildings and Food』『Fear of Music』『Remain in Light』では、ファンク、ダブ、アフリカ音楽、電子的なスタジオ処理を吸収しながら、英国ポストパンクと驚くほど近い場所へ進んでいった。
ではTalking Headsは、ニューヨークから英国のポストパンクを先取りしたバンドなのか。それとも「ポストパンク」という言葉では収まらない、独自のポップ・グループだったのか。今回はAlex、Sophie、Marcus、Naomiの4人が、CBGBから『Remain in Light』までをたどりながら、この微妙な位置関係を考える。
※本記事は、TuneSightに登場する架空のライターによる創作対談です。
- そもそも「ポストパンク」と呼ぶには、登場するのが早すぎる
- 『Talking Heads: 77』──パンクなのに、なぜこんなに余白があるのか
- Brian Enoが入って、ニューヨークと英国の回路がつながる
- 『Fear of Music』で、ポストパンクとの距離が最も近づく
- ニューヨークの不安と、マンチェスターの不安は同じではない
- Tina WeymouthとChris Frantz──「頭脳派バンド」というイメージへの反論
- 『Remain in Light』──ロック・バンドをやめずに、ロックの作曲法を捨てる
- 「Once in a Lifetime」は、実験音楽がポップになった瞬間なのか
- 英国ポストパンクはTalking Headsから何を受け取ったのか
- 「異端のポップ」だったから、ポストパンクに閉じ込められなかった
- 最高傑作は『Remain in Light』なのか──入口と一曲は全員割れる
- 対談を終えて
- 関連レビュー
そもそも「ポストパンク」と呼ぶには、登場するのが早すぎる
最初から答えを濁しますけど(笑)、Talking Headsをポストパンクと呼ぶのは間違っていない。でも、ポストパンク・バンドだと言い切ると歴史の順番がおかしくなるんですよ。
1975年にはもうニューヨークで活動している。
『Talking Heads: 77』が出たのは1977年ですけど、彼らの発想自体が「英国パンクが起きて、その次に何をやるか考えた」ものではない。
そこが英国から見ると面白いんです。
Wire、Gang of Four、Public Image Ltd、Joy Divisionみたいなバンドを「パンクの後」として理解すると、Talking Headsは同じ場所にいるように聞こえる。でも時間軸では横にいるんですよね。
英国のポストパンクがパンクから逃げようとしていた頃、Talking Headsは最初からパンクの典型的な身体性にあまり入っていなかった。
CBGBのバンドなのに、革ジャンで威嚇する感じがない。
David Byrneなんて、むしろ「ロック・スターに見えないこと」が異様に目立つ。
そこです。
Talking Headsの服装は初期からかなり普通なんですよ。シャツ、パンツ、短い髪。英国パンクのように安全ピンやレザーで身体を記号化しない。
でもその「普通」が逆に不穏だった。
僕は音もそうだと思います。
「Psycho Killer」って題名だけなら凶悪なパンク・ソングにもできる。でも実際はベースがものすごく重要で、ギターも空間を空ける。
怒りを塊としてぶつけてこない。
一つ一つのパーツが分離している。
そして、その分離が後のポストパンク的な感覚に非常に近い。
ギター、ベース、ドラムが一枚のロック・サウンドにならず、それぞれ独立した機能を持っている。
だから歴史的には「ポスト」ではないのに、音響的にはポストパンクと呼びたくなる。
つまり「パンクの後に出てきたからポストパンク」ではなく、「パンクが壊そうとしたロックの構造を、別の方法で壊していたから結果的に合流した」。
私はその理解が一番しっくりきます。
『Talking Heads: 77』──パンクなのに、なぜこんなに余白があるのか
デビュー作を聴き直すと、一番驚くのはTina Weymouthのベースですよ。
「Psycho Killer」が分かりやすいけど、彼女のベースラインって単に低音を支えていない。
曲の人格そのものを作っている。
ギターより覚えてますもんね。
そう。
これは後のGang of Fourにも通じるし、Public Image LtdのJah Wobbleを思い出してもいい。
もちろん演奏スタイルは違うけれど、「ベースがギターの補助から解放される」という点ではかなり共通している。
しかもTalking Headsのギターは、初期から妙に痩せている。
David Byrneがコードをジャーンと鳴らして全部埋めるタイプじゃない。「Tentative Decisions」や「Pulled Up」を聴くと、ギターがリズムの一部なんですよね。
音を伸ばすより、置いて消す。
それなのに『77』は暗くないんですよ。
ここが英国のポストパンクとかなり違う。
Joy Divisionのような都市的な陰鬱さもなければ、PiLのような崩壊感もない。
むしろ明るい色彩がある。でも人間関係が妙。
「Don’t Worry About the Government」なんて、タイトルだけ見れば政治的な曲を期待するでしょう。でも内容は建物や生活について、妙に無邪気で妙に管理された感覚がある。
Byrneの政治性って、直接「政府が悪い」と言うところにはあまり行かないんですよね。
むしろ現代生活を営んでいる人間の思考が、どう奇妙に変形しているかを見る。
そう。
Gang of Fourなら「あなたの欲望は社会によって作られている」と分析する。
Talking Headsは、その社会によってすでに少し変になってしまった人を主人公にする。
だからDavid Byrneの歌詞って、一人称なのに告白に聞こえない。
「僕はこう感じている」と歌っているのに、「これは本当にDavid Byrne本人なのか?」という距離がある。
それ、かなりポストパンク的ですよ。
ロックの一人称を信用しない。
Brian Enoが入って、ニューヨークと英国の回路がつながる
大きな転換は、やはり1978年の『More Songs About Buildings and Food』ですね。
ここからBrian Enoがプロデュースに入る。
ここで一気に英国との回路が見える。
EnoはRoxy Music以後、グラム、アンビエント、実験的なスタジオ制作を横断していた人物ですからね。
Talking Headsにとって彼は単に「音を良くするプロデューサー」ではなかった。
そう思います。
『Talking Heads: 77』でも演奏の分離はすでにあります。でも『More Songs About Buildings and Food』になると、その分離を録音技術でも拡張していく。
例えばギターを何層かに重ねても、巨大なロックの壁にはしない。
むしろ細かいパターンを組み合わせる。
スタジオが演奏を強化する場所ではなく、演奏を再編成する場所になっていく。
「Artists Only」はかなり象徴的ですね。
ギターの音はロックなんだけど、組み方がロックじゃない。
それと、この時期からリズムへの関心がさらに明確になります。
Talking HeadsはAl Greenの「Take Me to the River」をカバーするでしょう。
これが重要。
パンク・バンドがソウルをカバーした、という話ではないんですよ。
彼らはR&Bやファンクのグルーヴが、自分たちの音楽をどう変えられるか本気で考えている。
しかも原曲をそのままソウルっぽく演奏しない。
そう。
原曲の官能性をそのまま再現しないんです。
Talking Heads版は、もっと硬い。
Tinaのベースは深いけど、Byrneのヴォーカルには妙な緊張がある。
セクシーな歌を、セックスに慣れていない身体が歌っているような感じさえある。
それが彼ららしい(笑)。
でも笑い話じゃなくて、重要なんですよ。
ブラック・ミュージックの身体性を借りて、白人アートスクール出身者がそれっぽく振る舞うだけなら簡単だった。
Talking Headsはむしろ、自分たちの身体のぎこちなさを残したままグルーヴへ入る。
Talking Headsはファンクを演奏して「黒く」なろうとしたのではなく、自分たちの硬い身体をファンクによって作り変えようとした。
その不一致が後の音楽を生むんですよね。
完全に馴染んでしまったら、あの音にはならない。
『Fear of Music』で、ポストパンクとの距離が最も近づく
僕がTalking Headsを「ポストパンク」と呼びたくなるアルバムは、『Fear of Music』です。
分かります。
1979年という年も大きい。同じ頃、英国ではPiLの『Metal Box』、Gang of Fourの『Entertainment!』、Joy Divisionの『Unknown Pleasures』が出ている。
もちろん全部違うバンドだけど、「ロックの基本編成を維持しながら、その中身を別のものへ変える」という動きが同時多発的に起きている。
一曲目が「I Zimbra」なのも重要です。
従来型のロック・ソングというより、反復するリズムと複数の音の層で構成されている。
歌詞にはHugo Ballのダダ詩が使われていて、言葉さえ意味の伝達からリズムへ近づく。
そこは僕、少し複雑に感じる部分でもあります。
Talking Headsがアフリカ音楽へ接近していく過程は革新的だった一方、後から見れば文化的な非対称性について考えなければならない。
誰が誰の音楽を取り込み、それがどの市場で評価されたのか。
ただ、『Fear of Music』の時点では、まだ「アフリカ的なものを装飾として足しました」という感じではない。
自分たちの作曲法そのものをリズム中心に変え始めている。
はい。
「I Zimbra」はギター、ベース、パーカッションをそれぞれ別の反復単位として扱う。
コード進行で時間を進めるのではなく、パターンの重なりによって状態を作る。
これは後の『Remain in Light』で徹底されます。
でも『Fear of Music』はまだギター・アルバムでもあるんですよ。
「Memories Can’t Wait」とか「Air」とか、かなり異様なギターがある。
「Electric Guitar」に至ってはタイトルそのものがギターなのに、ギター礼賛にはまったく聞こえない。
むしろ電気ギターを、都市の機械音みたいに扱っている。
そう。
ここまで来ると英国ポストパンクと完全に会話できる。
Keith LeveneやAndy Gillとは弾き方が違うけれど、共通しているのは「ギターはなぜギターらしく弾かなきゃいけないのか?」という疑いですね。
ニューヨークの不安と、マンチェスターの不安は同じではない
ただ、ここでTalking Headsと英国勢を一緒にしすぎたくないんですよ。
例えば『Fear of Music』の不安感とJoy Divisionの不安感は、似ているようでかなり違う。
都市の違い?
それもあります。
Joy Divisionをマンチェスターの脱工業化や都市景観と完全に一対一対応させるのは単純化ですが、それでも英国北部の社会的な空気と切り離せない。
Gang of Fourにはリーズと階級政治がある。
PiLにはLydonが経験した英国パンク後の文化的な崩壊がある。
Talking Headsの不安はもっと「現代生活の神経症」みたいなんです。
「Cities」なんてまさにそうですね。
都市を社会構造として批判するというより、自分が住める場所を探している人物の異常な思考が前面に出る。
「Air」では空気まで危険に感じる。
「Animals」では動物にまで苛立つ。
全部、自分の認識がおかしくなっていく感じ。
そう。
政治的制度そのものを描くというより、制度化された現代社会の中で暮らしている個人が、世界をどう知覚し始めるか。
だからDavid Byrneの人物像が重要になる。
「Life During Wartime」も面白いですよ。
タイトルだけなら政治的プロテストソングを想像する。でも実際には、戦時下のような状況を生き延びる主人公の断片的な生活が描かれる。
クラブや文化的な記号も出てくるけど、世界はもう文化を楽しめる状態ではない。
その主人公が政治を分析するわけじゃない。
状況へ適応している。
それが怖い。
英国ポストパンクには社会を批評しようとする声がかなりある。でもTalking Headsでは、社会に適応しすぎた結果、奇妙になった人間が出てくる。
Tina WeymouthとChris Frantz──「頭脳派バンド」というイメージへの反論
Talking Headsを語るとき、David ByrneとBrian Enoばかりになりすぎるのは本当に危険なんですよ。
来ましたね。
だって、このバンドが踊れる理由のかなり大きな部分はTina WeymouthとChris Frantzです。
『Fear of Music』の「Life During Wartime」もそう。
Byrneの言葉だけ読めば、神経症的なアートロックにもできる。
でも実際の曲にはファンクの推進力がある。
Tinaのベースって派手な技巧じゃないけど、曲の重心を決めますよね。
そしてChris Frantzは、複雑さを見せびらかさない。
ここが大きい。
Talking Headsは「インテリのバンド」というイメージが強いけれど、リズム隊は頭でカウントしないと踊れないような変拍子へ行くわけじゃない。
ちゃんと身体へ直接届く。
だから上にどれだけ奇妙な音を載せても成立する。
低域が安定しているんです。
これ、Gang of Fourと似ているようで違いますね。
Gang of Fourではベースとドラムもカクカクしていて、踊れるけど身体に緊張を要求する。
Talking Headsはもう少し丸い。
ええ。
ファンクへの接近が深くなるほど、その違いは大きくなる。
そしてTina Weymouthは後にChris FrantzとTom Tom Clubを作るでしょう。
それを考えても、Talking Headsのダンス性を「EnoとByrneの知的な実験の結果」とだけ理解するのは無理があります。
バンド内の物語としても、その見方は重要ですね。
後年のTalking Heads像はどうしてもByrne中心になりやすい。でも音を聴けば、四人の役割はかなり明確。
Jerry Harrisonも含めて。
Harrisonはギター、キーボードを使い分けられるので、Eno期の音響拡張には非常に重要です。
四人編成になったことで、『77』以後のアレンジの選択肢が一気に増える。
『Remain in Light』──ロック・バンドをやめずに、ロックの作曲法を捨てる
そして1980年の『Remain in Light』。
ここまで来ると、ポストパンクという分類が当てはまると同時に、もう足りなくなる。
「Born Under Punches」の最初から別世界ですよね。
曲をコード進行から作る発想がかなり後退する。
メンバーが長いジャムを行い、その反復断片を素材として組み合わせていく。そこへさらに演奏やヴォーカルを重ねる。
完成した曲を四人で演奏して録音するというより、録音された断片から曲を発見する。
これはロック・バンドの制作法を大きく変える発想です。
Fela Kutiをはじめとするアフリカ音楽からの影響が大きいですね。
ただし、ここは「アフリカ音楽」という巨大なくくりで済ませたくない。
Talking HeadsとEnoが特に参照した重要人物としてFelaのアフロビートがある。
長い反復、複数のリズム層、個々の楽器が小さな役割を持って全体で巨大なグルーヴを作る。
ロックの「リフ」とは違うんですよね。
そう。
Jimmy Page的なリフなら、一つの強いギター・フレーズが曲の顔になる。
『Remain in Light』では、顔がない。
複数のパターンを同時に鳴らした結果として曲が見えてくる。
それが「The Great Curve」で極端になります。
ギターも一つの主旋律ではない。Adrian Belewのリード・ギターまで含めて、各音が大きなネットワークの中に置かれる。
Belewのギターはめちゃくちゃ目立つけど、ギターソロの英雄性とは違うんですよ。
動物の鳴き声みたいな、制御不能な電子音みたいな音を出す。
ギター・ヒーローがセンターへ立つんじゃなく、巨大なリズム機械の中で一瞬暴走する。
だからGang of FourやPiLと同じ問いに、全然違う答えを出している。
「ギター中心のロックからどう逃げるか」。
PiLは低音と空間へ逃げる。
Gang of Fourはギターを打楽器化する。
Talking Headsは、全員をリズムの網へ入れてしまう。
「Once in a Lifetime」は、実験音楽がポップになった瞬間なのか
でも『Remain in Light』が特殊なのは、実験的なのに「Once in a Lifetime」があることですよね。
ものすごく変な曲なのに、ものすごくポップ。
David Byrneのヴォーカルは、普通の歌唱というより説教者やテレビ伝道師を思わせる話法を取り入れている。
そして歌詞は、家、車、配偶者といった「成功した人生」の記号を手に入れた人が、突然「なぜ自分はここにいるんだ?」と感じる内容になっている。
初期からあったTalking Headsのテーマが、一番明快に出ています。
つまり政治的なんですよ。
でもGang of Four的な意味で政治的ではない。
中流生活の成功モデルが、本人の実感と一致していない。
家もある。車もある。社会的には成功している。
なのに、自分で選んだ人生だという感覚がない。
それを大仰な悲劇にしない。
「人生に意味がない」と絶叫するのではなく、自分の生活をテレビで見ているような距離で眺める。
これがTalking Heads。
しかも曲は踊れる。
そこが重要。
もし暗いピアノで歌っていたら、実存的なバラードになります。
でも巨大なグルーヴの上でそれをやることで、「疎外された現代人」というテーマが身体と矛盾する。
自分を見失っているのに身体は動く。
『Remain in Light』全体がそうです。
頭が世界を理解できなくなっていくほど、リズムは強くなる。
Talking Headsでは、身体が安定するほど意識が不安定になる。
それ、バンドのかなり本質的なところかもしれない。
英国ポストパンクはTalking Headsから何を受け取ったのか
ここでタイトルの「ニューヨークと英国をつないだ」に戻りたい。
Talking Headsが英国ポストパンクへ与えた影響を一本の直線で説明するのは危険です。
Gang of FourやWireにはそれぞれ独自の背景があるし、PiLにはレゲエやダブとの直接的な関係がある。
でも70年代末にニューヨークと英国の間で、アイデアがかなり速く行き来していたことは重要だと思う。
Ramonesが英国パンクへ与えた刺激みたいな分かりやすい話だけじゃないんですよね。
そう。
ニューヨーク側にはTalking Heads、Television、Patti Smithがいて、それぞれが「パンク」という言葉の外側へはみ出していた。
英国側はそれを見ながら、自分たちのアートスクール文化、ダブ、ファンク、電子音楽、クラウトロックなどを混ぜていく。
その一方でBrian Enoのような英国人がニューヨークのTalking Headsと仕事をする。
流れが往復しているんです。
Enoが接続点として面白いですね。
彼自身がTalking Headsを英国化したわけではない。
むしろニューヨークのミニマルなバンドへ、スタジオ、電子音、非ロック的なリズムへの関心を持ち込み、それがTalking Heads自身のファンク志向と混ざった。
結果として、英国ポストパンクと近い語彙を持つようになる。
それと「白人ロックがファンクをどう受け取るか」という問題も、両岸で同時に起きている。
Gang of Four、Talking Heads、A Certain Ratio、後のOrange Juiceなんかも、それぞれ違う形でファンクのリズムをギター・バンドへ持ち込む。
でもJames Brownをそのままコピーするわけじゃない。
コピーできないし、コピーしないほうが良かった。
そう。
その不完全な翻訳からポストパンク独特の硬いファンクが生まれる。
Talking Headsは、その中でも最終的に最もポップの中心へ近づいた存在だと思います。
「異端のポップ」だったから、ポストパンクに閉じ込められなかった
僕は結局、Talking Headsをポストパンクに分類することへの違和感って、彼らがポップ・バンドとして成功しすぎたことも大きいと思う。
「Burning Down the House」まで行くと、もう普通に大きなポップ・バンドですからね。
1983年の『Speaking in Tongues』。
でも音楽的な考え方は『Remain in Light』から完全に後退したわけじゃない。
リズムは中心にあるし、シンセもある。違うのは、それをもっと直接的な曲へまとめるようになったこと。
「This Must Be the Place (Naive Melody)」なんて特に興味深いです。
複数のメンバーが普段とは異なる楽器を担当することで、通常の演奏習慣から離れた曲になっている。
そして結果は非常に温かい。
初期Talking Headsのような神経症的な距離感とはかなり違う。
だから「ポストパンクの実験性を捨ててポップになった」という物語にもしたくない。
彼らは実験によってポップになったんです。
そこは大きいですね。
多くのバンド史では、実験期と商業期を分けたくなる。
難しい音楽を作っていた時期が芸術的で、ヒット曲が増えると商業的になった、と。
Talking Headsにはその二分法があまり当てはまらない。
「Once in a Lifetime」は実験的でありながら後に代表曲になるし、「Burning Down the House」だってグルーヴから作られた音楽。
実験がポップの敵ではない。
むしろ新しいポップの構造を見つけるために実験している。
それが英国の典型的なポストパンクと少し違うところかもしれない。
英国勢には、メインストリームから距離を取ること自体が作品の意味になるバンドも多かった。
Talking Headsは最終的に、テレビ、映画、大規模なツアーといったポップ文化の中心へ入っていく。
そしてDavid Byrneは、その中心にいながら「普通のロック・スター」にはならない。
巨大なスーツを着ますしね。
あれこそTalking Headsですよ(笑)。
ロック・スターの身体を巨大化しているのに、セクシーにはならない。
スターのシルエットそのものを奇妙にする。
最高傑作は『Remain in Light』なのか──入口と一曲は全員割れる
最高傑作なら、僕は『Remain in Light』です。
「Born Under Punches」「Crosseyed and Painless」「The Great Curve」「Once in a Lifetime」という前半だけでも異常。
ただ、歴史的重要性だけで選んでいるわけじゃない。
グルーヴの快楽と、自分が何者なのか分からなくなる不安が完全に一つになっている。
Talking Headsがずっと持っていたテーマとリズム志向が、一番大きな形で結びついた作品だと思います。
最高傑作という意味なら僕も『Remain in Light』を認める。でも一番好きなのは『Fear of Music』。
出ました、その違い。
『Remain in Light』は完成されすぎてるんですよ。
『Fear of Music』にはまだ四人組のギター・バンドと、Enoとのスタジオ実験がぶつかっている感じがある。
「I Zimbra」で新しい方向へ行くのに、「Cities」や「Air」では神経質なギター・バンドでもある。
「Memories Can’t Wait」は本当に怖い。
僕にはあの不均衡のほうが面白い。
一曲だけなら「Psycho Killer」にします。
意外に王道。
王道には理由がありますよ(笑)。
Tinaのベースだけでこのバンドの特殊性が分かるし、Byrneのヴォーカルも一発で分かる。ギターも余計なことをしない。
まだEnoもいない。
つまりTalking Headsの奇妙さが外部から与えられたものじゃないことを証明する曲なんです。
私は最高傑作なら『Fear of Music』。
お。
『Remain in Light』が最も革新的だという評価は理解します。でもTalking Headsというバンドの文化的位置を考えると、『Fear of Music』が一番興味深い。
ニューヨークのニューウェイヴ、英国ポストパンク、ファンク、アートロック、それから来る80年代のポップが全部交差している。
しかもジャケットまで黒一色の工業製品みたいで、タイトルが『Fear of Music』。
音楽を作っている人たちが「音楽への恐怖」という題名を付ける。その自己不信が好きです。
一曲だけなら「Life During Wartime」。
Talking Headsの知性、身体性、都市感覚、ユーモア、不安が全部ある。
私は最高傑作ならやはり『Remain in Light』です。
ただ、初心者向けなら『More Songs About Buildings and Food』を選びたい。
そこ?
はい。
『77』のミニマルなバンド感も残っているし、Enoによる音響拡張も始まっている。「Take Me to the River」があるので、彼らとブラック・ミュージックの関係への入口にもなる。
そこから『Fear of Music』『Remain in Light』へ行けば、リズムとスタジオの考え方がどう変わったか分かりやすい。
一曲だけなら「Born Under Punches」。
私は音楽の各要素が、「伴奏」「主旋律」「装飾」と分類できなくなる瞬間が好きなので。
過小評価された作品なら?
アルバムなら『Fear of Music』は過小評価というには評価されすぎていますね(笑)。
曲なら「Listening Wind」。
『Remain in Light』後半の暗さは、前半の有名曲ほど語られない。でも反復、電子音響、政治的な不穏さが非常に独特です。
僕は「The Big Country」。
『More Songs About Buildings and Food』の最後ですけど、Talking Headsの「アメリカを見る視線」がすごく出ている。
都会の知識人が上空から地方を見ている。でも、その視線自体も信用できない。
私は『Talking Heads: 77』の「Don’t Worry About the Government」。
後期の巨大なリズム実験を知ったあとだと地味に聞こえるけれど、あの曲にはすでにByrneの世界観がほとんど全部ある。
建物、制度、生活、安全、幸福。
普通なら安心を作るはずのものが、少しずつ不気味に聞こえてくる。
結局、「Talking Headsはポストパンクなのか」の答えは?
半分イエス。
その質問自体が、英国中心の時系列で作られていると思う。
音響的にはかなりイエス。歴史的にはもっと複雑。
僕は「ポストパンクでもあるポップ・バンド」。
一番ずるい答えだ(笑)。
でも、このバンドに一個の箱を用意するほうが無理ですよ。
対談を終えて
Talking Headsは、英国パンクの後から登場したバンドではない。それでも『Talking Heads: 77』の余白、Tina WeymouthとChris Frantzが作る独立したリズム、David Byrneの非告白的な一人称、そしてBrian Enoと進めたスタジオでの解体と再構築は、英国で「ポストパンク」と呼ばれることになる実践と驚くほど多くの場所で重なっていた。
ただし、Talking Headsをその言葉だけへ閉じ込めると、彼らの重要な部分が消える。Gang of Fourがファンクを緊張へ変え、PiLが低音と空間によってロックを崩したのに対して、Talking Headsは非ロック的なアイデアを最終的にポップへ戻した。『Remain in Light』の複雑な反復は「Once in a Lifetime」という巨大なポップソングと共存し、その先には『Speaking in Tongues』があった。
ニューヨークと英国の間にあったのは、どちらか一方からもう一方への単純な影響ではない。パンク、ファンク、ダブ、アートスクール、電子音楽、アフリカ音楽、スタジオ技術が大西洋を往復し、その交差点の一つにTalking Headsがいた。
だから彼らはポストパンクだったとも言えるし、最初からその「後」という時間軸の外にいたとも言える。Talking Headsの異端性は、ジャンルを拒絶したこと以上に、実験とポップ、知性と身体、ニューヨークと英国という、本来別々に語られがちなものを同じダンスフロアへ置いてしまったことにある。

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