発売日: 2018年3月2日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、インディーロック、ローファイ、ノイズポップ
神経のその先へ——再会と現在進行形を鳴らす“再結集のブリーダーズ”
2018年、The Breedersは実に25年ぶりに『Last Splash』と同じ黄金メンバー(Kim Deal, Kelley Deal, Josephine Wiggs, Jim Macpherson)で制作されたアルバム『All Nerve』を発表した。
“再結成”という言葉では括れない、時間の断絶と継続、記憶と更新が折り重なったオルタナ・ロックの“現在”がここにある。
『All Nerve』は、タイトルの通り、神経がむき出しになったような生々しさと、時折見せる優しさ、暴力的な静けさが共存する作品。
“懐かしさ”だけで完結しないのは、Kim Dealたちがなおも“現在の音”を追求しているからであり、
それは単に過去の反復ではなく、年齢と経験を引き受けたうえでのロックの継続なのだ。
録音には再びSteve AlbiniとMike Montgomeryが参加。
音の密度と空気感のリアリズムは、90年代的ローファイ美学の進化系とも言える。
全体として30分強という短さも、一音一語に宿る神経の震えを際立たせている。
全曲レビュー
1. Nervous Mary
不穏なハーモニーとリズムの変化が続く、まるで導火線のようなオープニング。
“Mary”という固有名詞の向こうに、社会と女性と神経の緊張が見え隠れする。
2. Wait in the Car
ミニマルなリフとKim Dealのラップめいた語りが光る、衝動的で攻撃的な瞬間。
たった2分で放たれるエネルギーは、まさにオルタナの醍醐味。
3. All Nerve
タイトル曲にして、本作のテーマを象徴する静かで鋭利なナンバー。
“I’m the one / you don’t want to hurt”と囁く声に、恐れと決意が同居する。
4. Metagoth
Josephine Wiggsがリード・ヴォーカルを担当。
クールで機械的な質感が支配するこの曲は、ブリーダーズの中でも異質な冷たさを放つ。
5. Spacewoman
スペースと名付けられた孤独。
浮遊感あるギターとゆったりとした展開が、閉塞と憧れを同時に運ぶ。
6. Walking with a Killer
Dealがかつてソロで発表していた楽曲のバンド版。
殺人者と歩くという物騒なモチーフを、異様に穏やかで物憂げな調子で歌うことで、むしろ不穏さが倍増する。
7. Howl at the Summit
Kelleyとのツインボーカルが心地よい、シューゲイズにも通じる轟音ポップ。
“Summit(頂上)で遠吠えする”という比喩が、再結集したバンド自身の宣言にも感じられる。
8. Archangel’s Thunderbird
Amon Düül IIのカバー。
オリジナルのカオス性をキープしつつ、ブリーダーズらしい鋭さとユーモアが加わった異色の選曲。
9. Dawn: Making an Effort
夜明けと努力という対照的な概念が重なる、淡く静かなトラック。
人生の後半に差し掛かった視点からのやさしいアンビエント・ロック。
10. Skinhead #2
ナンバリングされた“#2”の意味は曖昧。
だが、粗く疾走するギターが、“90年代の亡霊”を現在に呼び戻すような生々しさを放っている。
11. Blues at the Acropolis
ラストを飾るのは、古代ギリシャの丘(アクロポリス)で鳴る“ブルース”。
終わりのない問い、古代と現在、伝説と日常が交差するような、余白のある終曲。
総評
『All Nerve』は、“かつてのバンド”が“いまのバンド”であることを証明する、奇跡的な再起動である。
ノスタルジーではなく、時間を生き抜いた神経の音=サバイバルとしてのロック。
音数は少ない。
歌詞も簡潔。
だがそのどれもが、過不足なく“伝えること”の核心に迫っている。
Kim Dealは言う。「私はあなたが傷つけたくない人間なのよ」と。
この一言に、過去の痛みも、未来の希望も、今という瞬間の神経のすべてが込められている。
おすすめアルバム
- Sonic Youth – Rather Ripped
成熟したノイズとミニマリズムの融合。再結成後のBreedersとの精神的共鳴。 - Courtney Barnett – Tell Me How You Really Feel
女性的怒りと諦念が、淡々とした語りとギターに乗って響く。 - Speedy Ortiz – Major Arcana
知的で鋭利なオルタナ女性バンドの代表格。Deal的文脈の継承者。 - Yo La Tengo – Fade
静と動、記憶と現在を行き来するバンドの円熟。 - PJ Harvey – Let England Shake
パーソナルな声で社会的世界を撃つ表現。Kim Deal的“個人と集合”の視点と重なる。
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