
1. 楽曲の概要
「Initiation」は、アメリカの音楽プロジェクトCrosses、表記上は†††としても知られるユニットが2022年に発表した楽曲である。2022年3月18日に「Protection」とともにダブル・シングル「Initiation / Protection」としてリリースされた。Crossesにとっては、2014年のセルフタイトル・アルバム『†††』以来となるオリジナル新曲であり、長い空白を経た再始動を示す重要な一曲である。
Crossesは、DeftonesのボーカリストであるChino Morenoと、FarのギタリストでありプロデューサーでもあるShaun Lopezを中心とするプロジェクトである。初期にはChuck Doomも関わっていたが、2022年以降の活動ではMorenoとLopezのデュオとしての性格が強くなっている。「Initiation」は、その新体制に近いCrossesの音を提示した曲といえる。
曲名の「Initiation」は、「開始」「加入儀礼」「通過儀礼」といった意味を持つ。Crossesの音楽には、宗教的、儀式的、ゴシック的なイメージがしばしば用いられるが、このタイトルもその美学とよく結びついている。曲の内容は、新しい段階へ入ることを示しながらも、明るい再出発ではなく、関係の切断、炎、変化、不可逆性を伴ったものとして描かれる。
サウンドは、Crossesらしいエレクトロニック・ロックを基調としている。冷たいシンセサイザー、重く揺れるビート、Chino Morenoの滑らかなボーカルが中心にあり、そこに暗いポップ性が加わる。2010年代初期のCrossesが持っていたダークウェーブ、トリップホップ、ドリームポップ、インダストリアル寄りの質感を引き継ぎつつ、2020年代の音としてより整理された仕上がりになっている。
2. 歌詞の概要
「Initiation」の歌詞は、関係の変化と切断を中心に進む。冒頭では、語り手が「私たちの人生はもう同じではない」と述べる。これは一時的な感情ではなく、後戻りできない変化が起きたことを示している。続いて、語り手は相手を「フレーム」から切り取ったと歌う。ここでのフレームは、写真や記憶、関係の構図を示すものとして読める。
歌詞の中で重要なのは、別れや断絶が単なる喪失としてだけではなく、変化のための儀式として描かれている点である。切り離された結びつきは残り続けるが、それによって互いがよりよく成長する可能性も示される。痛みを伴うが、必要な分離として表現されている。
一方で、この曲の語り手は完全に冷静ではない。相手を切り離すと言いながら、歌詞には炎、消費、身体的な接近、危険な魅力を思わせる言葉が現れる。関係を終わらせる意思と、まだ相手に引き寄せられる感覚が同時に存在している。Crossesの歌詞らしく、愛情、欲望、破壊、再生が明確に分けられていない。
タイトルの「Initiation」を踏まえると、この曲は何かが始まる歌である。しかし、その始まりは純粋な希望ではない。過去の関係を燃やし、切断し、変質させることで初めて新しい段階に入る。Crossesの暗い美学において、始まりはしばしば終わりと同時に起こる。「Initiation」は、その二重性をコンパクトに表した楽曲である。
3. 制作背景・時代背景
Crossesは2011年に活動を開始し、同年に『EP †』、2012年に『EP ††』を発表した。その後、2014年にセルフタイトル・アルバム『†††』をリリースし、Deftonesとは異なるChino Morenoの表現として注目された。重いギター・リフを中心にしたDeftonesに対し、Crossesはシンセサイザー、電子音、ビート、暗いポップ・メロディを重視するプロジェクトである。
2014年以降、Crossesは長く本格的な新作を発表していなかった。そのため、2022年に「Initiation」と「Protection」が公開されたことは、単なる新曲の追加ではなく、プロジェクトの再始動として受け止められた。この2曲は、2014年のアルバム以来となるオリジナル楽曲であり、後に発表されるEP『PERMANENT.RADIANT』や、2023年のアルバム『Goodnight, God Bless, I Love U, Delete.』へ続く流れの起点になった。
2022年時点のCrossesは、Chino MorenoとShaun Lopezのデュオとしての性格が強くなっていた。Morenoはボーカルとメロディの中心を担い、Lopezはプロダクション、楽器、音響設計の面で大きな役割を果たしている。「Initiation」は、この二人の強みが明確に表れた曲である。Morenoの声は官能的で浮遊感があり、Lopezのトラックは冷たく、緻密で、夜の都市的なムードを持っている。
2020年代初頭のロック周辺では、シンセウェーブ、ダークポップ、インダストリアル、トリップホップ的な要素を取り込んだ作品が再び注目されていた。Crossesはその流れに後から乗ったというより、2010年代初期からその方向性を示していたプロジェクトである。「Initiation」は、初期Crossesの美学を保ちながら、より現代的な音圧とミックスで更新した曲といえる。
また、この曲にはミュージック・ビデオも制作された。映像では、Crossesの作品群にしばしば登場する女優Thais Molonが出演し、炎や鏡、空間的な不穏さを含むイメージが用いられている。映像も含めて見ると、「Initiation」は単なる復帰シングルではなく、Crossesの視覚的・音響的な世界観を再提示する作品だった。
4. 歌詞の抜粋と和訳
Our lives will never be the same
和訳:
私たちの人生は、もう二度と同じではない
この一節は、曲の出発点である。語り手は、関係や状況が決定的に変わったことを理解している。ここには迷いよりも、すでに起きてしまった変化への認識がある。曲名の「Initiation」と合わせると、この変化は新しい段階へ入るための通過点として読める。
I’ve cut you out of the frame
和訳:
私は君をそのフレームから切り取った
この表現は、相手を記憶や関係の構図から排除する行為を示している。写真のフレームから誰かを切り取るように、語り手は過去の関係を編集し直そうとしている。しかし、完全な消去ではなく、切り取った跡が残るところにこの曲の緊張がある。
引用した歌詞は、批評と解説に必要な最小限の範囲にとどめている。歌詞の権利は作詞者および権利者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「Initiation」は、低く湿ったシンセサイザーとビートによって始まる。Crossesの音楽に特徴的な冷たさはあるが、同時にリズムには身体性がある。完全に無機質なエレクトロニック・ミュージックではなく、ロックやR&Bに近い揺れを持っている。この重心の低さが、曲全体に誘惑と危険の感覚を与えている。
Chino Morenoのボーカルは、Deftonesで見せる激しいシャウトではなく、柔らかく滑るようなメロディを中心にしている。声はトラックの前面で強く主張するというより、シンセやビートの中に溶け込みながら曲を導く。語り口は抑制されているが、言葉の内容は穏やかではない。関係の切断や不可逆な変化を、冷たい音像の中で歌うことで、感情の温度差が生まれている。
サビでは、メロディがより開け、曲のスケールが広がる。Crossesの楽曲では、暗いヴァースから広がりのあるサビへ移る構成がよく見られるが、「Initiation」でもその方法が効果的に使われている。サビは明るくなるのではなく、暗さのまま空間が広がる。ここにCrossesのポップ性がある。キャッチーでありながら、軽さには向かわない。
リズム面では、ビートの反復が重要である。曲は大きく展開しすぎず、一定のグルーヴを保ちながら進む。この反復は、歌詞にある「切断」や「変化」を逆説的に強調している。語り手は新しい段階に入ったと歌うが、音楽は同じ感覚の中を回り続ける。変化を認識しても、身体や欲望はすぐには過去から離れない。その状態がリズムの持続によって表されている。
Shaun Lopezのプロダクションは、音を詰め込みすぎない点に特徴がある。シンセ、ビート、低音、声の配置が明確で、それぞれの音が暗い空間の中で輪郭を持っている。初期Crossesの作品に比べると、音像はより洗練され、ミックスも整理されている。2011年の「This Is a Trick」が初期衝動の強い曲だとすれば、「Initiation」はその美学を保ったまま、より成熟した音に更新した曲である。
歌詞とサウンドの関係では、炎のイメージが重要である。歌詞には、関係を燃やすような感覚や、相手との結びつきが熱を持って残るような表現がある。サウンドは冷たいが、ビートと低音は熱を帯びている。この冷たさと熱さの同居が、Crossesの魅力である。感情を叫びとして爆発させるのではなく、暗い電子音の中に閉じ込めることで、かえって強い緊張を生む。
同じダブル・シングルの「Protection」と比較すると、「Initiation」はより前に進む力が強い。「Protection」は、タイトル通り守りや隔離の感覚を想起させるが、「Initiation」は新しい段階へ踏み込む曲である。どちらも暗い電子音を基調としているが、「Initiation」のほうが再始動の宣言としての性格が明確である。
2014年の「The Epilogue」と比べると、「Initiation」はより硬質で、音の余白が整理されている。「The Epilogue」はゴシックなロマンティシズムと重いビートを持つ曲だが、「Initiation」はより直線的で、復帰シングルとしての即効性がある。また、「This Is a Trick」と比べると、歌詞のテーマにも変化が見える。「This Is a Trick」は相手の策略や誘惑を見抜く曲だったが、「Initiation」は関係を切り取り、新しい儀式へ入る曲である。
Deftonesとの比較では、Morenoの声の扱いが大きく異なる。Deftonesでは、ギターの壁やバンドの爆発力と声が衝突することが多い。Crossesでは、声はより電子的な空間に置かれ、肉体的な叫びよりも、官能的で幽霊のような存在感を持つ。「Initiation」は、その違いを端的に示している。Morenoの声は強く押し出されるのではなく、暗いトラックの中で光る。
聴きどころは、サビのメロディとトラックの重さが両立している点である。メロディは比較的覚えやすいが、背景の音は明るくない。ポップな輪郭と暗い質感が同時に存在することで、曲は聴きやすさと不穏さを併せ持つ。Crossesの楽曲が、単なるサイド・プロジェクトではなく、独立した美学を持つ理由もそこにある。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Protection by Crosses
「Initiation」と同時に発表された楽曲であり、2022年のCrosses再始動を理解するうえで欠かせない曲である。「Initiation」が通過儀礼や変化を示すのに対し、「Protection」はより内側に閉じた防御の感覚を持っている。
- This Is a Trick by Crosses
2011年の『EP †』に収録され、2014年のアルバム『†††』にも収録された初期代表曲である。暗いシンセ、重いビート、Chino Morenoの浮遊するボーカルというCrossesの基本形を知るうえで重要である。
- The Epilogue by Crosses
セルフタイトル・アルバム期の代表曲のひとつで、ゴシックな雰囲気と広がりのあるサビが特徴である。「Initiation」の暗いポップ性が好きな人には、よりドラマティックなCrossesとして聴ける。
- Sensation by Crosses
2022年のEP『PERMANENT.RADIANT』の冒頭曲で、再始動後のCrossesが持つ洗練された電子音とグルーヴを示している。「Initiation」から続く2020年代Crossesの方向性を理解しやすい曲である。
- Digital Bath by Deftones
Chino Morenoの声が持つ官能性と不穏さを、Deftonesの文脈で聴ける楽曲である。Crossesの電子的な音像とは異なるが、声の浮遊感、暗い美しさ、危険なムードには共通点がある。
7. まとめ
「Initiation」は、Crossesが2022年に発表した再始動の重要曲である。2014年のセルフタイトル・アルバム以来となるオリジナル新曲として、「Protection」とともにリリースされ、プロジェクトが再び動き出したことを明確に示した。
歌詞では、関係の不可逆な変化、切断、炎、成長の可能性が描かれる。曲名が示すように、これは新しい段階へ入る歌である。ただし、その開始は明るい再出発ではなく、過去を燃やし、関係を切り取り、痛みを伴って進む通過儀礼として表現されている。
サウンド面では、冷たいシンセサイザー、重いビート、Chino Morenoの滑らかなボーカル、Shaun Lopezの緻密なプロダクションが結びついている。初期Crossesの暗い電子ロックを引き継ぎながら、より洗練された音像へ更新されている点が特徴である。「Initiation」は、Crossesの過去と現在をつなぎ、2020年代の活動へ向かう入口となった楽曲といえる。
参照元
- Spotify – Initiation by ††† (Crosses)
- Spotify – Initiation / Protection by ††† (Crosses)
- Dork – ††† (Crosses), Initiation
- Pitchfork – Chino Moreno’s ††† (Crosses) Share New Songs “Initiation” and “Protection”
- Paste Magazine – Exclusive: ††† (Crosses) Returns With New Single “Initiation”
- mxdwn Music – ††† (Crosses) Release Two New Songs Entitled “Initiation” and “Protection”
- Discogs – ††† (Crosses), Initiation / Protection
- Apple Music – PERMANENT.RADIANT by ††† (Crosses)
- Kerrang! – ††† (Crosses) announce new EP PERMANENT.RADIANT
- Consequence – ††† (Crosses) Release New EP PERMANENT.RADIANT

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