
発売日:2020年5月21日
ジャンル:シンセポップ、ダンス・ポップ、ディスコ・ポップ、エレクトロポップ、インディー・ポップ、80年代風ポップ
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. This Love Isn’t Crazy
- 2. Window
- 3. Felt This Way
- 4. Stay Away
- 5. This Is What They Say
- 6. Heartbeat
- 7. Summer Love
- 8. Fake Mona Lisa
- 9. Let’s Sort the Whole Thing Out
- 10. Comeback feat. Bleachers
- 11. Solo
- 12. Now I Don’t Hate California After All
- 音楽的特徴
- 歌詞テーマの考察
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. Dedicated / Carly Rae Jepsen
- 2. E•MO•TION / Carly Rae Jepsen
- 3. E•MO•TION Side B / Carly Rae Jepsen
- 4. The Loneliest Time / Carly Rae Jepsen
- 5. Body Talk / Robyn
概要
Carly Rae JepsenのDedicated Side Bは、2019年発表のアルバムDedicated制作期に生まれた楽曲を中心に構成された、2020年発表のB面集である。前作E•MO•TION Side Bが、単なるアウトテイク集を超えて独立した名作として評価されたように、本作もまた、Carly Rae Jepsenの創作力の厚みと、ポップ・ソングライターとしての高い水準を示す重要作である。
Carly Rae Jepsenは、2012年の「Call Me Maybe」によって世界的な知名度を得た後、2015年のE•MO•TIONで批評的な評価を確立した。80年代シンセポップ、ダンス・ポップ、ニュー・ウェイヴ、ソフト・ロック的な質感を現代的に再構築し、恋愛感情の高揚と切なさを極めて精密なフックへ変換する能力によって、彼女は単なるヒット・シングルの歌手ではなく、現代ポップの重要な作家として認識されるようになった。
2019年のDedicatedでは、その美学がさらに柔らかく、大人びた方向へ進んだ。E•MO•TIONが恋の爆発、片思いの痛み、逃避的な高揚を鮮烈に鳴らした作品だとすれば、Dedicatedはより成熟した欲望、関係性の距離、自己認識、身体的な親密さを扱ったアルバムだった。ディスコ、ファンク、シンセポップ、ソフトなR&B的感覚が入り混じり、Carly Rae Jepsenの音楽は、少女的な恋の衝動から、大人の関係性の揺れへと視野を広げた。
Dedicated Side Bは、そのDedicatedの影にあった楽曲群を集めた作品である。しかし、ここでも「B面」という言葉は、作品の価値を低くするものではない。むしろ、本編から外れた曲でありながら、楽曲ごとの完成度は非常に高く、Carly Rae Jepsenが一つのアルバム期にどれほど多くの強力なポップ・ソングを生み出していたかを証明している。E•MO•TION Side Bと同様に、Dedicated Side Bもファン向けの補足ではなく、彼女のディスコグラフィにおいて独立して聴くべき作品である。
音楽的には、本作はDedicated本編よりもやや軽やかで、曲ごとのキャラクターがはっきりしている。ディスコ・ポップ的な弾み、シンセポップの透明感、恋愛の高揚、別れの後の未練、身体的な欲望、自己解放の感覚が、明るくコンパクトな形で配置されている。「This Love Isn’t Crazy」「Window」「Stay Away」「This Is What They Say」「Summer Love」「Comeback」「Solo」「Now I Don’t Hate California After All」など、曲ごとに異なる角度から、愛と孤独の間で揺れる感情が描かれる。
本作の重要な特徴は、恋愛の明るさだけでなく、孤独や自己回復のテーマが強く出ている点である。Dedicated期のCarly Rae Jepsenは、恋の相手へ向かう感情だけでなく、自分自身の欲望や不安、関係が終わった後の心の整理にも目を向けていた。Dedicated Side Bでは、その視点がさらに親密な形で表れる。特に「Solo」は、一人でいることを敗北としてではなく、自分を取り戻す時間として描く楽曲であり、「Party for One」にも通じるセルフ・ケアの感覚を持つ。
日本のリスナーにとってDedicated Side Bは、Carly Rae Jepsenの魅力を非常に聴きやすい形で味わえる作品である。全体にメロディが強く、サウンドは明るく、曲の長さもコンパクトである。一方で、歌詞を追うと、恋愛の喜びだけでなく、距離、未練、自己防衛、孤独、再出発といったテーマが丁寧に描かれていることが分かる。明るい音で複雑な感情を鳴らす、Carly Rae Jepsenのポップ美学が、本作でも高い純度で示されている。
全曲レビュー
1. This Love Isn’t Crazy
「This Love Isn’t Crazy」は、アルバム冒頭を飾るにふさわしい、明るく開放的なシンセポップである。タイトルは「この愛はおかしくない」という意味を持ち、周囲から見ると衝動的、非合理的、過剰に見える恋愛感情を、語り手自身が肯定しようとする楽曲である。
音楽的には、Carly Rae Jepsenらしい鮮やかなシンセ、弾むビート、サビの大きな開放感が中心である。Dedicated本編よりも、ややE•MO•TION期に近い直線的な高揚があり、B面集の冒頭として聴き手を一気に引き込む。声の響きも明るく、恋の勢いがそのまま音になったような印象を与える。
歌詞の核心は、恋愛感情の正当化にある。恋に落ちたとき、人はしばしば自分の感情を疑う。これは本気なのか、ただの衝動なのか、周囲から見れば奇妙なのか。しかしこの曲では、その疑いを振り切るように「この愛はおかしくない」と宣言する。Carly Rae Jepsenのポップ・ソングでは、恋愛の一瞬の強度がしばしば描かれるが、この曲ではその強度を自己肯定する姿勢が強い。
「This Love Isn’t Crazy」は、Dedicated Side B全体の入口として重要である。恋愛の過剰さ、明るい音、自己確認としてのサビ。これらが、Carly Rae Jepsenのポップ美学を非常に分かりやすく提示している。
2. Window
「Window」は、タイトル通り「窓」をモチーフにした楽曲であり、距離、視線、外と内の境界を感じさせる。Carly Rae Jepsenの恋愛ソングにおいて、相手との距離感は常に重要なテーマである。近づきたいが、完全には踏み込めない。外から眺めているような感覚が、この曲にはある。
音楽的には、柔らかく、少し浮遊感のあるシンセポップである。ビートは軽快だが、サウンド全体にはどこか夜の空気が漂う。Dedicated期らしい、強く踊らせるというより、感情を滑らかに運ぶポップの質感がある。
歌詞では、相手を見つめること、相手との間にある見えない距離が描かれる。窓は、向こう側が見えるが、直接触れることはできない境界である。この比喩は、恋愛における心理的な距離をよく表している。相手を理解したい、近づきたい。しかし、何かが間にある。
「Window」は、本作の中で比較的穏やかな曲だが、Carly Rae Jepsenらしい感情の観察眼が光る。恋愛を大きなドラマとしてではなく、窓越しの視線のような繊細な距離として描くことで、アルバムに親密な陰影を与えている。
3. Felt This Way
「Felt This Way」は、過去から続く感情、すでに心の中に存在していた恋心を扱う楽曲である。タイトルは「こんなふうに感じていた」という意味であり、自分の気持ちを後から認識するようなニュアンスを持つ。Carly Rae Jepsenの歌詞には、感情が先にあり、言葉や理解が後から追いつく瞬間が多く描かれるが、この曲もその系譜にある。
音楽的には、柔らかいシンセ、穏やかなリズム、軽いディスコ的な揺れが特徴である。派手なサビで爆発するというより、感情が滑らかに流れていく。Dedicated期の大人びたポップ感覚がよく表れている。
歌詞では、相手への感情が突然生まれたのではなく、以前から自分の中にあったことに気づくような心理が描かれる。恋愛において、感情は必ずしも明確な瞬間に始まるわけではない。気づいたときには、すでに深く入り込んでいる。この感覚を、Carly Rae Jepsenは軽やかなメロディへ落とし込んでいる。
「Felt This Way」は、同じアルバム内の「Stay Away」と呼応する楽曲でもある。両曲は似たメロディや構成要素を共有しながら、異なる感情の角度から展開される。この双子的な関係も、本作の面白いポイントである。
4. Stay Away
「Stay Away」は、「Felt This Way」と関連する楽曲でありながら、より切迫した感情を持つ。タイトルは「近づかないで」「離れていて」という意味を持つが、Carly Rae Jepsenの歌詞世界では、こうした拒絶の言葉ほど、実際には強い引力を含んでいることが多い。離れたいのは、近づきすぎると危険だからである。
音楽的には、「Felt This Way」と似た柔らかなグルーヴを持ちながら、より緊張感がある。サウンドは甘く、滑らかだが、歌詞の中には自己防衛がある。好きになってしまうことへの恐れ、相手に心を奪われることへの警戒が、曲の中心にある。
歌詞では、相手に近づかないように自分へ言い聞かせるような感覚が描かれる。しかし、その言葉は完全な拒絶ではない。むしろ、相手に惹かれているからこそ、距離を取ろうとしている。Carly Rae Jepsenが得意とする「好きだから逃げたい」という矛盾が、非常に美しく表れている。
「Stay Away」は、本作の中でも特に完成度の高い楽曲のひとつである。恋愛の高揚ではなく、恋愛に踏み込む直前の危うさを描いている点で、Carly Rae Jepsenの成熟したソングライティングが際立つ。
5. This Is What They Say
「This Is What They Say」は、本作の中でも特に軽快でダンサブルな楽曲である。タイトルは「みんなはこう言う」という意味を持ち、周囲の声、噂、恋愛に対する一般論を意識した曲として読むことができる。Carly Rae Jepsenの楽曲では、自分の感情と外部の期待がぶつかることが多いが、この曲でもその構造が見える。
音楽的には、ディスコ・ポップ的な弾みが強く、ベースとリズムが曲を軽やかに進める。サウンドは明るく、踊りやすい。Dedicated期のファンク/ディスコ的な方向性を、B面らしい自由さで展開した楽曲である。
歌詞では、恋愛に関して他人が言うこと、こうすべきだという助言や常識が背景にある。しかし、語り手はその声に完全には従わない。Carly Rae Jepsenのポップ世界では、恋愛は理屈ではなく、身体と感情の問題である。他人の言葉よりも、自分がどう感じるかが重要になる。
「This Is What They Say」は、明るく親しみやすい曲でありながら、恋愛における自己判断のテーマを含んでいる。外部の声を聞きながらも、自分の欲望や感情を選ぶ。その軽やかな自立感が、この曲の魅力である。
6. Heartbeat
「Heartbeat」は、タイトルが示す通り、心臓の鼓動、恋愛の身体的な反応、内側から鳴るリズムをテーマにした楽曲である。Carly Rae Jepsenの音楽において、恋愛は単に頭で考えるものではなく、身体に現れるものとして描かれることが多い。この曲も、その身体性を中心にしている。
音楽的には、ミドルテンポで、やや抑制されたシンセポップである。大きく爆発するというより、一定の鼓動のように進む。サウンドは滑らかで、夜の親密な空気を感じさせる。派手なダンス・ポップではなく、内側で感情が脈打つような曲である。
歌詞では、相手への感情が身体の反応として現れる。恋愛は言葉で説明できなくても、心拍や緊張、身体の熱として表れる。Carly Rae Jepsenは、その感覚をメロディとリズムで表現している。
「Heartbeat」は、アルバムの中でやや地味に感じられるかもしれないが、Dedicated Side Bの大人びた側面を支える重要曲である。恋愛の派手な瞬間ではなく、内側で続く小さな鼓動を描いている点に、成熟した魅力がある。
7. Summer Love
「Summer Love」は、タイトル通り夏の恋をテーマにした楽曲であり、本作の中でも特に開放感と季節感が強い。Carly Rae Jepsenの音楽には、季節や時間帯の感覚がしばしば重要な役割を果たすが、この曲では夏の光、短い恋、解放感、少しの儚さが前面に出る。
音楽的には、明るく、ディスコ・ポップ的で、非常に軽快である。リズムは弾み、シンセはきらびやかで、聴き手に身体を揺らす感覚を与える。夏の恋を扱いながらも、過剰にトロピカルな装飾へ寄らず、Carly Rae Jepsenらしいシンセポップとしてまとめられている。
歌詞では、夏の一時的な高揚が描かれる。夏の恋は、永続性よりも瞬間の輝きによって成立する。今この時間が楽しいこと、日差しや夜風の中で感情が高まること。その一瞬の強さが曲の中心にある。
「Summer Love」は、本作の中でも最も気持ちよく聴ける曲のひとつである。だが、その明るさの奥には、夏が終わることへの予感もある。Carly Rae Jepsenのポップにおける甘さと儚さが、非常に分かりやすい形で表れている。
8. Fake Mona Lisa
「Fake Mona Lisa」は、本作の中でも特にタイトルの印象が強い楽曲である。モナ・リザは芸術史上最も有名な肖像のひとつであり、謎めいた微笑、観察される存在、イメージとしての女性性を象徴する。そこに「Fake」が付くことで、本物と偽物、演技と本心、魅力と自己演出のテーマが浮かび上がる。
音楽的には、コンパクトで、少しミステリアスなシンセポップである。曲は長く引き伸ばされず、短い時間で印象を残す。Carly Rae Jepsenの声も、ここでは少し遊び心を帯びている。
歌詞では、相手や自分が見せている姿が本物なのか偽物なのかという感覚がある。恋愛において、人はしばしば自分を魅力的に見せようとする。だが、その演出の裏に本当の感情があるのかは分からない。「Fake Mona Lisa」というタイトルは、その曖昧さを巧みに表現している。
この曲は、本作の中で短いながらも強い個性を持つ。Carly Rae Jepsenの楽曲には、感情の率直さだけでなく、こうした少し演劇的でイメージ的な遊びもある。その側面がよく出た曲である。
9. Let’s Sort the Whole Thing Out
「Let’s Sort the Whole Thing Out」は、タイトル通り「全部整理しよう」という意味の楽曲であり、恋愛や関係性の混乱をきちんと話し合おうとする姿勢が感じられる。Carly Rae Jepsenの楽曲には、感情に流される曲が多い一方で、この曲のように関係を整理しようとする視点も存在する。
音楽的には、明るく、軽快で、少しコミカルなポップ感覚がある。サウンドは大げさにならず、日常会話のような親しみやすさを持つ。複雑な関係を扱いながらも、曲は重くなりすぎない。
歌詞では、曖昧な状態を放置するのではなく、関係を整理したいという意志が描かれる。これは恋愛における成熟した態度でもある。感情の高揚だけでは関係は続かない。話し合い、理解し、何が起きているのかを見つめる必要がある。
「Let’s Sort the Whole Thing Out」は、本作の中で軽やかなユーモアと成熟した関係性の意識を併せ持つ楽曲である。Carly Rae Jepsenのポップが、ただの恋の衝動だけでなく、その後の整理にも目を向けていることを示している。
10. Comeback feat. Bleachers
「Comeback」は、Bleachersをフィーチャーした楽曲であり、本作の中でも特に感情的な深さを持つ一曲である。BleachersことJack Antonoffの音楽に通じる、80年代的なシンセ・ロックの広がりと、Carly Rae Jepsenの繊細なメロディ感覚が自然に結びついている。
音楽的には、静かに始まり、徐々に大きく広がる構成が印象的である。派手なダンス・ポップではなく、内省的で、夜明け前のような空気を持つ。シンセの響きには温かさと寂しさがあり、曲全体が再生の感覚を帯びている。
タイトルの「Comeback」は、戻ってくること、再起、回復を意味する。歌詞では、傷ついた後にもう一度自分へ戻ること、関係や人生の中で失われた感覚を取り戻すことが描かれている。これは単なる恋愛の復縁ではなく、自己回復の曲として読むことができる。
「Comeback」は、Dedicated Side Bの中でも特に重要な楽曲である。明るい恋愛ポップが多いアルバムの中で、静かな内省と再生の感覚を与えている。Carly Rae Jepsenの感情表現の深さが強く表れた名曲である。
11. Solo
「Solo」は、本作の中でも特にテーマが明確で、Carly Rae Jepsenの自己肯定的な側面を強く示す楽曲である。タイトルは「一人で」という意味を持ち、恋愛相手がいない状態、一人で過ごす時間、孤独と自立の関係を扱っている。
音楽的には、明るく、軽快で、親しみやすいポップ・ソングである。シンセとビートは弾み、曲全体はポジティヴな方向へ進む。しかし、歌詞の背景には孤独がある。一人でいることを単純に楽しいと歌っているのではなく、一人でいることに慣れ、自分を立て直していく過程が描かれている。
Carly Rae Jepsenは「Party for One」でも一人の時間を肯定したが、「Solo」はそれをより日常的で素直な形にした曲と言える。誰かと一緒でなければ価値がないわけではない。一人でいることは寂しいが、それでも自分の人生は続く。このバランスが曲の魅力である。
「Solo」は、Dedicated Side Bの中で非常に重要なセルフ・ケアの曲である。恋愛を中心に描くCarly Rae Jepsenが、恋愛の外側にある自分自身の時間を肯定している点で、キャリア全体の中でも意味のある楽曲である。
12. Now I Don’t Hate California After All
アルバムの最後を飾る「Now I Don’t Hate California After All」は、本作の中でも最も余韻があり、少し実験的なムードを持つ楽曲である。タイトルは「結局、もうカリフォルニアを嫌いじゃない」という意味であり、場所に対する感情の変化、記憶の更新、時間による癒やしを感じさせる。
音楽的には、ゆったりとしたテンポと浮遊感のあるサウンドが特徴である。アルバム全体の明るくコンパクトなポップ感覚から少し離れ、より夢のような空間へ入っていく。終曲として、開放的というよりも、柔らかな解決を与える。
歌詞では、カリフォルニアという場所が単なる地名ではなく、過去の経験や感情の象徴として機能している。ある場所を嫌いになるのは、そこに辛い記憶が結びついているからである。しかし時間が経つと、その場所への感情も変わる。嫌いだった場所を、もう嫌いではなくなる。それは、自分自身が少し回復したことの証でもある。
「Now I Don’t Hate California After All」は、Dedicated Side Bを静かに閉じる非常に美しい曲である。恋愛の高揚や孤独を経て、最後に場所と記憶への和解が訪れる。派手な終曲ではないが、余韻が深い。
音楽的特徴
Dedicated Side Bの音楽的特徴は、第一にDedicated期の柔らかなシンセポップ/ディスコ・ポップ美学を受け継いでいる点である。E•MO•TION期の直線的で鮮烈なシンセポップに比べると、本作はよりしなやかで、グルーヴがあり、大人びた感触を持つ。
第二に、楽曲ごとの完成度が非常に高い。B面集でありながら、単なる未完成曲の寄せ集めではない。「This Love Isn’t Crazy」「Stay Away」「Summer Love」「Comeback」「Solo」などは、独立したシングルとしても成立し得るフックと構成を持っている。
第三に、明るさと孤独のバランスがある。Carly Rae Jepsenの音楽は、明るいシンセやダンス・ビートの中に、未練や自己防衛、寂しさを織り込むことに長けている。本作でも、恋愛の高揚と一人の時間の回復が共存している。
第四に、ディスコやファンクの影響が柔らかく入っている点が挙げられる。Dedicated本編ほど明確にファンク/ディスコへ振り切る曲ばかりではないが、リズムの弾みやベースの動きには、その影響が感じられる。
第五に、アルバム終盤に向けて内省が深まる構成も特徴である。前半は恋愛の高揚や距離感を描き、中盤では関係の整理や身体的な反応を扱い、終盤では「Comeback」「Solo」「Now I Don’t Hate California After All」によって自己回復と記憶の更新へ向かう。この流れにより、B面集でありながら作品としてのまとまりが生まれている。
歌詞テーマの考察
Dedicated Side Bの歌詞テーマは、恋愛の高揚、距離、自己防衛、身体的な欲望、孤独、自己回復、記憶の変化である。Carly Rae Jepsenの作品らしく、恋愛は単純な幸福としてではなく、複数の感情が同時に存在する場として描かれる。
「This Love Isn’t Crazy」では、恋愛感情を肯定しようとする強い宣言がある。「Stay Away」では、惹かれているからこそ離れようとする矛盾が描かれる。「Heartbeat」では、恋愛が身体の反応として表現され、「Summer Love」では、季節の中で一時的に輝く恋が描かれる。
一方で、本作の後半には、恋愛の外側にある自己回復のテーマが強くなる。「Comeback」は、傷ついた後に自分へ戻る曲であり、「Solo」は、一人でいることを肯定する曲である。「Now I Don’t Hate California After All」では、場所に結びついた過去の感情が、時間によって変化していく様子が描かれる。
このように、本作は恋愛の始まりや高揚だけではなく、関係の終わり、その後の一人の時間、記憶との和解までを含んでいる。Dedicated期のCarly Rae Jepsenが、恋愛をより成熟した視点で捉えていたことがよく分かる。彼女のポップは明るいが、その明るさは傷ついたことのない人の明るさではない。傷ついた後に、もう一度明るさを選ぶ人の音楽である。
総評
Dedicated Side Bは、Carly Rae JepsenのB面集として発表された作品でありながら、独立したアルバムとして十分に成立する完成度を持つ。E•MO•TION Side Bが本編に匹敵するシンセポップ集として高く評価されたように、本作もまた、Dedicated期の創作力の豊かさを証明している。
本作の最大の魅力は、明るいポップ・サウンドの中に、恋愛の複雑さと自己回復の感覚が自然に組み込まれている点である。「This Love Isn’t Crazy」や「Summer Love」のような高揚感のある楽曲がある一方で、「Stay Away」や「Comeback」には自己防衛や再生の感情がある。「Solo」では、一人でいることを前向きに捉え直し、「Now I Don’t Hate California After All」では、過去の記憶との和解が静かに描かれる。
音楽的には、Dedicated本編のディスコ・ポップ/シンセポップ路線を受け継ぎながら、より軽やかで多彩な表情を見せている。E•MO•TION期の鋭いシンセポップと比べると、全体に柔らかく、大人びたグルーヴがある。Carly Rae Jepsenの音楽が、単なる80年代風ポップの再現ではなく、恋愛感情を鳴らすための柔軟な器として発展していることが分かる。
歌詞面では、恋愛の「好き」という感情だけでなく、近づきすぎることへの恐れ、関係を整理したい気持ち、一人でいる時間、場所に宿った記憶の変化までが描かれる。これは、Carly Rae Jepsenのポップがより成熟した段階へ進んでいたことを示している。彼女は恋の始まりを歌うだけでなく、恋が残した後味や、その後の自分自身の立て直しも歌えるアーティストになっている。
日本のリスナーにとって、Dedicated Side Bは非常に聴きやすい作品である。曲数は12曲と適度で、サウンドは明るく、メロディは強い。一方で、歌詞や曲順を意識して聴くと、単なるポップ集ではなく、恋愛と孤独、自己回復をめぐる一つの流れが見えてくる。
総合的に見て、Dedicated Side Bは、Carly Rae Jepsenのディスコグラフィの中でも見逃せない作品である。B面集という位置づけながら、楽曲の質は高く、彼女のポップ作家としての厚みを強く示している。明るく、切なく、踊れて、少し寂しい。Carly Rae Jepsenの音楽が持つ魅力が、柔らかく成熟した形で結晶化したアルバムである。
おすすめアルバム
1. Dedicated / Carly Rae Jepsen
2019年発表の本編アルバムであり、Dedicated Side Bの直接的な母体となる作品である。ディスコ・ポップ、シンセポップ、ファンクの要素を取り込みながら、恋愛、欲望、距離感、自己認識を描いている。「Julien」「No Drug Like Me」「Too Much」など、成熟したCarly Rae Jepsenの魅力がよく表れた楽曲を収録している。
2. E•MO•TION / Carly Rae Jepsen
2015年発表の代表作で、80年代シンセポップと現代的なポップ・ソングライティングを高い完成度で融合した名盤である。「Run Away with Me」「Your Type」「All That」などを収録し、Carly Rae Jepsenの批評的評価を確立した作品である。Dedicated Side Bの前提となるポップ美学を理解する上で重要である。
3. E•MO•TION Side B / Carly Rae Jepsen
2016年発表のB面集であり、Dedicated Side Bと並ぶ重要な補遺作品である。「Higher」「Fever」「Cry」「Store」など、本編に匹敵する完成度の楽曲を収録している。Carly Rae JepsenがB面集でも高いクオリティを保つアーティストであることを示す作品である。
4. The Loneliest Time / Carly Rae Jepsen
2022年発表のアルバムで、孤独、時間、自己開示、成熟した恋愛観をテーマにした作品である。Dedicated Side Bの自己回復や孤独のテーマは、このアルバムでさらに深められる。「Surrender My Heart」「The Loneliest Time」など、より広い音楽性と内省が特徴である。
5. Body Talk / Robyn
2010年発表のダンス・ポップ名盤で、恋愛、孤独、クラブの高揚を結びつけた作品である。Carly Rae Jepsenの「明るい音で切ない感情を鳴らす」手法を理解するうえで重要な比較対象である。ポップでありながら、孤独と自己回復を深く扱っている点で関連性が高い。

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