
発売日:2015年4月27日 / ジャンル:ネオ・サイケデリア、サウンドトラック、アンビエント、実験音楽、チェンバー・ポップ
概要
The Brian Jonestown Massacreの『Musique de Film Imaginé』は、バンドの長いディスコグラフィーの中でも異色の位置を占める作品である。タイトルはフランス語で「想像上の映画音楽」を意味し、その名の通り、本作は実在しない映画のサウンドトラックとして構想されている。通常のロック・アルバムのように歌とリフで押し切るのではなく、情景、余白、記憶、幻想を音で描く作品であり、Anton Newcombeの映画的・音響的な志向が強く表れている。
The Brian Jonestown Massacreは、1990年代からガレージ・ロック、サイケデリック・ロック、シューゲイザー、フォーク、ドローン、エレクトロニックなどを横断してきたバンドである。彼らの音楽には常に1960年代への参照があり、The Rolling Stones、The Velvet Underground、The Beatles、Spacemen 3、The Jesus and Mary Chainなどの影響が複雑に混ざっている。しかし本作では、そのロック的な要素は大きく後退し、ヨーロッパ映画音楽、とりわけ1960〜70年代のフランス映画、イタリア映画、アート・シネマのサウンドトラックを思わせる音作りが中心になっている。
本作の重要な点は、サイケデリアを「ロックの形式」ではなく「映像的な感覚」として扱っているところにある。The Brian Jonestown Massacreのサイケデリアは、しばしば反復するギターやドローンによって意識を変容させるものだったが、『Musique de Film Imaginé』では、ストリングス、ピアノ、管楽器、淡い女性ボーカル、環境音的な響きが使われ、聴き手の中に架空の映画を立ち上げるような構成になっている。
アルバムにはフランス語のタイトルや語感が多く使われ、全体としてアメリカのロック・バンドらしさよりも、ベルリンやパリの芸術映画に近いムードが漂う。これはAnton Newcombeがヨーロッパを拠点に活動していた時期の感覚とも深く結びついている。彼はここで、過去のロック史を引用するだけでなく、映画音楽、クラシック、ラウンジ、アンビエントを取り込み、The Brian Jonestown Massacreを架空の映像世界へ拡張している。
本作は、バンドの代表的なガレージ・サイケ作品を期待するリスナーには静かで抽象的に感じられるかもしれない。しかし、Anton Newcombeの作家性を理解するうえでは非常に重要である。彼の音楽はもともと、単なる楽曲集ではなく、特定の時代や場所や記憶を捏造するような性格を持っていた。本作ではその性質が、架空の映画音楽という形で最も明確に示されている。
全曲レビュー
1. Après le Vin
オープニングを飾る「Après le Vin」は、フランス語で「ワインの後に」を意味するタイトルを持つ。冒頭から本作が通常のロック・アルバムではないことが明確に示される。ゆったりとしたテンポ、控えめな楽器の配置、淡い空気感が支配的で、まるで映画の冒頭で夜の街や古い部屋が映し出されるような印象を与える。
音楽的には、ギターのリフよりも空間の響きが重要である。Anton Newcombeの過去作品に見られた粗いサイケデリック・ロックのエネルギーは抑えられ、代わりに室内楽的な繊細さが表れている。タイトルが示すように、酔いの後の静けさ、会話が途切れた後の余韻、記憶がぼやけていく感覚が音に反映されている。
この曲は、アルバム全体の入口として非常に効果的である。物語を直接語るのではなく、聴き手を一つの映像的な空間へ導く。The Brian Jonestown Massacreがここで目指しているのは、ロックの興奮ではなく、意識の中に架空のシーンを作ることだとわかる。
2. Philadelphie Story
「Philadelphie Story」は、タイトルからアメリカ映画的な響きを感じさせる楽曲である。フィラデルフィアという地名は、都市、記憶、移動、古い映画のタイトルのような感覚を持つ。しかし、楽曲自体はアメリカン・ロックというより、ヨーロッパから見たアメリカ映画の幻想に近い。
サウンドは控えめで、メロディはどこかノスタルジックである。The Brian Jonestown Massacreの音楽には、実在の過去というより、音楽や映画を通して想像された過去がしばしば登場する。この曲でも、フィラデルフィアは現実の都市というより、記憶の中にある映画的な場所として扱われている。
歌詞や声の存在は最小限で、情景描写が中心になる。聴き手は、明確な物語を与えられるのではなく、断片的なイメージをつなぎ合わせることになる。これはまさに「想像上の映画音楽」というアルバム・コンセプトに沿った作りである。
3. La Dispute
「La Dispute」は、フランス語で「口論」や「争い」を意味する。タイトルは人間関係の緊張を示しているが、楽曲は激しいロックとして爆発するのではなく、抑えられた不穏さとして進む。怒鳴り合いの場面ではなく、争いの後に残る沈黙や気まずさを描いているように響く。
音楽的には、ストリングスや鍵盤のような響きが心理的な緊張を作る。The Brian Jonestown Massacreの過去の作品では、葛藤はノイズやギターの反復として表現されることが多かったが、本作ではより映画音楽的な方法が取られている。つまり、感情を直接叫ぶのではなく、画面の奥に漂う空気として表現する。
この曲は、アルバム内にドラマ性を与える重要な役割を持つ。架空の映画の中で、登場人物同士の関係が少しずつ壊れていく場面を想像させる。音楽が語りすぎないため、聴き手自身が物語を補完する余地が大きい。
4. L’Enfer
「L’Enfer」は「地獄」を意味するタイトルを持つ。本作の中でも、特に暗い情感を持った楽曲である。ただし、ここでの地獄はヘヴィメタル的な炎や悪魔のイメージではなく、心理的な閉塞、逃げられない記憶、内面の暗部として描かれる。
音楽は静かで、重苦しさよりも冷たさがある。The Brian Jonestown Massacreのサイケデリアは、時に陶酔的で甘美だが、この曲ではその陶酔が不安へと変わっている。美しい旋律の背後に、崩壊の気配がある。
タイトルがフランス語であることも重要である。英語の「Hell」ではなく「L’Enfer」とすることで、楽曲は直接的な恐怖よりも、文学的で映画的な陰影を帯びる。フランス映画やヌーヴェルヴァーグの暗い室内劇のような感触があり、本作のヨーロッパ的な美学を象徴する一曲である。
5. Elle s’échappe
「Elle s’échappe」は「彼女は逃げる」という意味を持つ。タイトルだけで、映画の一場面が立ち上がるような楽曲である。誰かが部屋を出ていく、夜の街へ消える、あるいは記憶の中から逃れていく。そうした逃走のイメージが音楽全体に漂う。
サウンドは軽やかだが、完全に明るいわけではない。逃げることには自由と不安の両方がある。この曲では、その二面性が控えめな旋律と浮遊感のあるアレンジによって表現されている。
The Brian Jonestown Massacreの作品では、逃避は重要なテーマである。現実からの逃走、時代からの逃走、商業音楽からの逃走、自己からの逃走。本作ではそれが映画的な人物像として表れる。「彼女」は具体的な人物であると同時に、音楽そのもの、幻想そのものの象徴にも聞こえる。
6. Le Cadeau
「Le Cadeau」は「贈り物」を意味する。アルバムの中では比較的柔らかく、親密な響きを持つ楽曲である。ただし、その贈り物が幸福なものなのか、過去から届いた重い記憶なのかは明確ではない。
音楽的には、メロディの美しさが際立つ。The Brian Jonestown Massacreの作品には、荒々しい実験性の中にも非常に美しい旋律が現れる瞬間があるが、この曲はその繊細な側面を示している。派手な展開はなく、音がゆっくりと置かれていく。
タイトルの「贈り物」は、アルバム全体の文脈では、映画音楽そのものを指しているようにも読める。実在しない映画のための音楽は、聴き手の想像力に渡される贈り物である。Anton Newcombeはここで、完成された物語を提示するのではなく、物語を想像するための素材を差し出している。
7. Le Sacre du Printemps
「Le Sacre du Printemps」は、ストラヴィンスキーの有名なバレエ音楽『春の祭典』と同じタイトルを持つ。もちろん本作の楽曲はストラヴィンスキーの直接的な再演ではないが、このタイトルの選択は非常に示唆的である。『春の祭典』は20世紀音楽において、原始性、儀式性、不協和、モダニズムの象徴として語られてきた作品である。
The Brian Jonestown Massacreがこのタイトルを用いることで、本作の映画音楽的な世界に、儀式や古典的前衛の気配が加わる。サイケデリック・ロックもまた、一種の儀式音楽として機能することがある。反復する音、意識を変える構造、時間感覚の変容は、ロックでありながら儀式的でもある。
音楽的には、荘厳さと不安定さが同居する。春という言葉が持つ再生や明るさよりも、何かが生まれる前の緊張、あるいは犠牲を伴う再生の感覚が強い。アルバムの中でも、文化的な参照の深さを感じさせる楽曲である。
8. Le Souvenir
「Le Souvenir」は「記憶」や「思い出」を意味する。本作全体を貫くテーマの一つが記憶であり、この曲はその中心にある。想像上の映画とは、実在しないにもかかわらず、どこかで見たことがあるように感じられる映像でもある。その感覚は、個人的な記憶と文化的な記憶の混合から生まれる。
音楽は穏やかで、過去を振り返るような余韻を持つ。明確な懐古ではなく、記憶がぼやけていく過程を描いているように聞こえる。Anton Newcombeの音楽における60年代志向も、単なる復古ではなく、失われた時代の記憶を再構成する行為である。この曲はその姿勢を静かに象徴している。
歌詞が前面に出るわけではないため、聴き手は自分の記憶を曲の中に投影することになる。映画音楽としての本作が機能するのは、まさにこの開かれた構造による。音楽が特定の場面を指定せず、記憶の器になる。
9. Les Trois Cloches
「Les Trois Cloches」は「三つの鐘」を意味する。鐘は宗教、死、結婚、時間、共同体、儀式を象徴する音である。この曲では、その象徴性がアルバムの終盤に深い余韻を与える。
音楽的には、静けさと荘厳さがある。鐘のイメージは、映画の中で重要な場面転換を告げる装置としても機能する。誰かが生まれる、誰かが死ぬ、ある場所を去る、ある時間が終わる。そうした節目の感覚が曲全体に漂う。
The Brian Jonestown Massacreの音楽は、しばしば反復によって時間を引き伸ばすが、この曲では逆に、時間の区切りが意識される。鐘は反復するが、その反復は永遠ではなく、有限な人生の中に響く。架空の映画の終盤にふさわしい、静かで象徴的な楽曲である。
10. Bonbon
「Bonbon」は、フランス語で菓子やキャンディを意味する言葉である。タイトルだけを見ると軽く甘い印象だが、The Brian Jonestown Massacreの作品において甘さはしばしば毒や幻覚と隣り合わせである。
音楽的には、比較的軽やかで、アルバム内の暗いムードを少し和らげる。ただし、単純なポップ・ソングではなく、どこか人工的で、夢の中の菓子のような不思議な質感がある。甘美なものが現実から少しずれている感覚が、本作のサイケデリックな性格と結びついている。
この曲は、映画で言えば一瞬だけ現れる明るい場面、あるいは記憶の中で過剰に美化された小さな幸福のように機能する。タイトルの可愛らしさと音の奇妙さの対比が、The Brian Jonestown Massacreらしい。
11. L’Ennui
「L’Ennui」は「退屈」や「倦怠」を意味する。フランス文学や映画において、退屈は単なる暇ではなく、実存的な空虚、現代生活の無意味さ、欲望の停滞を表す重要な概念である。本作の中でも、このタイトルは非常に象徴的である。
音楽は静かで、劇的な展開を避ける。まさに倦怠そのものを音にしたように、時間がゆっくりと流れる。The Brian Jonestown Massacreのサイケデリアはしばしば過剰な刺激を持つが、この曲では刺激の欠如、停滞、空白が重要になる。
映画音楽として考えると、この曲は登場人物が何もせず窓の外を見る場面、あるいは物語が進まない時間を描いているように聞こえる。退屈は物語の停止であると同時に、内面が露出する瞬間でもある。本作の中でも特にアート・シネマ的な楽曲である。
12. Bonsoir
ラストを飾る「Bonsoir」は「こんばんは」または別れの挨拶としても響く言葉である。アルバムの終曲として、このタイトルは非常に効果的である。架空の映画が終わり、登場人物が夜の中へ消え、聴き手もその世界から離れていく。
音楽的には、静かな余韻が中心となる。大きなクライマックスではなく、ゆっくりと照明が落ちるように終わる。The Brian Jonestown Massacreはここで、ロック・アルバムらしい派手な締めくくりを拒み、映画のエンドロールのような終わり方を選んでいる。
「Bonsoir」という言葉には、親密さと距離の両方がある。挨拶でありながら、別れでもある。本作全体が、どこかで見たようで実在しない映画への旅だったとすれば、この曲はその旅の終幕である。物語は完全には説明されず、余韻だけが残る。
総評
『Musique de Film Imaginé』は、The Brian Jonestown Massacreの中でも、ロック・バンドとしての側面よりもAnton Newcombeの音響作家としての側面が前面に出た作品である。ギター・ロックの興奮、ガレージ・サイケの荒々しさ、ノイズの過剰さを期待すると、本作は非常に静かで抽象的に感じられる。しかし、その静けさこそが本作の核心である。
本作のテーマは、実在しない映画の記憶である。聴き手は映画を見ていないにもかかわらず、音楽を通して場面を想像する。夜の街、古い部屋、逃げる女性、口論、地獄、贈り物、鐘、退屈、別れ。これらは明確な物語として語られるのではなく、音の断片として提示される。そのため、アルバム全体は一つの完成されたストーリーというより、失われたフィルムの断片のように響く。
音楽的には、フランス映画音楽、チェンバー・ポップ、アンビエント、サイケデリア、ラウンジ、クラシック的な語彙が混ざっている。The Brian Jonestown Massacreの過去作に見られた60年代ロックへの憧れはここにもあるが、それはビートルズやストーンズ的な形ではなく、ヨーロッパ映画のサウンドトラックを通した間接的な引用として表れる。つまり、本作はロック史ではなく映画史の記憶へ向かっている。
このアルバムの価値は、The Brian Jonestown Massacreのサイケデリアがどれほど柔軟なものかを示した点にある。サイケデリアは必ずしも歪んだギターや長尺のジャムだけを意味しない。記憶が曖昧になること、時間感覚が揺れること、現実とフィクションの境界が溶けることもまた、サイケデリックな体験である。本作はその考えを、架空の映画音楽という形式で提示している。
一方で、本作はThe Brian Jonestown Massacreの入門編としては適していない。代表的なガレージ・ロック的勢いや、Anton Newcombeの反抗的なロックンロール性は控えめである。しかし、バンドの深層にある美学――過去の文化を引用し、架空の時代や場所を作り出す能力――を理解するには非常に重要な作品である。
『Musique de Film Imaginé』は、聴き手に完成された映像を与えるのではなく、映像を想像する余地を与える。これは、音楽が映画に従属するサウンドトラックではなく、音楽そのものが映画を生み出すという逆転した発想である。The Brian Jonestown Massacreのディスコグラフィーの中でも、最も静かで、最も映像的で、最も文学的な作品のひとつと言える。
おすすめアルバム
The Brian Jonestown Massacre『Their Satanic Majesties’ Second Request』
バンドのサイケデリック・ロック的側面を代表する作品。本作の静かな映画音楽的アプローチとは対照的に、60年代サイケへの直接的な愛着が表れている。
The Brian Jonestown Massacre『Aufheben』
ヨーロッパ的な実験性、ドローン、電子音響、サイケデリアが混ざった作品。『Musique de Film Imaginé』へつながる音響的志向を理解しやすい。
Serge Gainsbourg『Histoire de Melody Nelson』
フランス語圏のポップ、映画音楽、ナレーション、オーケストレーションが融合した名作。本作のフランス的なムードと強く響き合う。
Ennio Morricone『The Mission』
映画音楽が映像を超えて独立した音楽体験になる例として重要な作品。情景と感情を音で描くという点で関連性が高い。
Air『The Virgin Suicides』
架空性、青春の記憶、フランス的なサウンドトラック感覚を持つ作品。『Musique de Film Imaginé』の夢幻的な映画音楽性と比較しやすい。

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