発売日: 2021年12月10日
ジャンル: エレクトロポップ、オルタナティブ・ヒップホップ、エモ・ポップ
概要
『NEED』は、3OH!3が2021年にリリースした通算6枚目のスタジオ・アルバムであり、デビューから15年を超えた彼らが「今、自分たちが本当に必要としているもの」を問い直す、静かなる再出発の記録である。
かつて『Want』『Streets of Gold』で一世を風靡し、パーティー文化とエレクトロポップを象徴する存在だった3OH!3は、その後『Omens』『Night Sports』を経て、音楽的・内面的にも深みを増していった。
そしてこの『NEED』では、パンデミック以降の社会的停滞と個人的孤独の中で、「欲望（WANT）」ではなく「必要（NEED）」にフォーカスを当て、自己と他者、騒音と沈黙、快楽と空白を行き来する、陰影に満ちたポップスケープを構築している。
ノスタルジア、希望、諦念、そして小さなユーモアが交錯する全10曲。
派手さよりも“本質”を探るような誠実なトーンが印象的で、3OH!3という名が記号ではなく“声”として響くようになったことを実感させる作品である。
全曲レビュー
1. I’M SO
「自分自身でいることのしんどさ」をテーマにしたエレクトロ・バラード。
ミニマルなビートに、Auto-Tuneを抑えたリアルなボーカルがのる。彼らの新境地を告げる一曲。
2. 3OH!3
セルフタイトル曲にして、セルフパロディ的メタソング。
かつての“チャラ男イメージ”を自虐的に再構築し、軽快なビートとユーモアが交差する。
3. LONELY MACHINES (feat. 100 gecs)
本作のハイライトのひとつ。100 gecsとの共演によって、ノイジーでグリッチなHyperpop色が強まり、機械仕掛けの孤独をテーマにした異形のポップ。
破壊と美の同居が鮮烈。
4. LAST BREATH
死や終末を暗示するタイトルだが、サウンドは意外と温かい。
「最後の一呼吸で誰を想うか？」という問いが切実に響く、シンプルで叙情的なトラック。
5. VIOLENT GAMES
不健全な関係性を“暴力的なゲーム”と捉えたダーク・ポップ。
シンコペーションの効いたビートと、不穏なシンセが絡み合う中で、冷めた語り口が際立つ。
6. PARANOIA
「被害妄想」と「SNS時代の監視」を重ねた、エレクトロ×トラップな一曲。
サウンドは尖っているが、歌詞にはユーモラスな余白もある。
7. PHOTOGRAPHIC MEMORY
失われた関係と、それを記憶に焼きつけようとする切実さを描いたスロー・チューン。
3OH!3にしては異例ともいえる、完全に真面目で美しいバラード。
8. MEET ME IN THE MIDDLE OF HELL
地獄の真ん中で会おう――というブラックな愛の誓い。
重厚なベースラインとドリーミーなコーラスが交錯する、アルバム中最もダイナミックな構成。
9. BACK TO LIFE
かつての同名曲とは異なる新曲。
失望の先にある微かな再生を描いた、静かで希望を孕んだポップソング。
10. NEED
タイトル曲にして、今作の核心。
「僕らに本当に必要なのは何か？」という問いを、極限まで削ぎ落としたアレンジで歌う。
残響音のように言葉が残る、静謐で崇高なクロージングトラック。
総評
『NEED』は、3OH!3のキャリアにおいて最も内面的で、最も“音数が少ない”アルバムかもしれない。
だがその静けさこそが、彼らの声と姿勢を明確に浮かび上がらせている。
これまでの作品が“声を張り上げること”で世界に爪痕を残してきたとすれば、『NEED』では“語りかけること”で深く入り込んでくる。
そこには、歳を重ねた彼らの成熟、そして世界の変化を見つめる冷静なまなざしがある。
一方で、「3OH!3」や「LONELY MACHINES」のように遊び心も忘れておらず、“ふざけること”の中に真実を見出すという、彼ら独自の表現も健在である。
音楽性としては、エレクトロポップを基盤にしながら、トラップ、Lo-Fi、Hyperpop、オルタナティブR&Bの要素をさりげなく織り交ぜることで、ポップの境界線を柔らかく揺らしている。
『NEED』は、これまでの“派手さ”の対極にあるが、だからこそ真に「必要なもの」を静かに指し示す、2020年代型のエモーショナル・ポップとして高く評価されるべきアルバムである。
おすすめアルバム（5枚）
- 100 gecs『1000 gecs』
『LONELY MACHINES』との親和性が非常に高く、破壊的でユーモラスなHyperpopの代表格。 - Joji『Nectar』
静寂とメロウネス、悲しみを美しく描くR&Bポップ。『NEED』の内省的な側面と地続き。 - Oliver Tree『Ugly Is Beautiful』
ふざけた中に孤独がある。3OH!3の皮肉とポップを受け継いだユニークなアーティスト。 - Twenty One Pilots『Scaled and Icy』
軽快なポップの裏に潜む不安。構造的・感情的に『NEED』と響き合う。 -
Bastille『Doom Days』
世界の終わりとパーティーの共存を描いた作品。3OH!3の祝祭と諦念のバランスに近い。
歌詞の深読みと文化的背景
『NEED』の歌詞は一貫して、「喪失」「欲望の終わり」「つながりへの渇望」というテーマを内包している。
「PARANOIA」では、常時接続された世界における不安感と監視社会への違和感が、「I’M SO」では、自己肯定と自己疲弊の間にある苦しさが描かれる。
また、「PHOTOGRAPHIC MEMORY」や「LAST BREATH」のような楽曲では、関係の終焉を“映像”や“呼吸”といった身体的メタファーで捉える手法が用いられ、感情と記憶の距離感が詩的に表現されている。
特筆すべきは、タイトル曲「NEED」に込められたメッセージである。
ここでは、“今の時代に本当に必要なのは、ただ誰かと心を通わせることではないか”という、シンプルで普遍的な想いが語られる。
ポップであること、ふざけること、叫ぶことを武器にしてきた3OH!3が、あえて“静かに必要を語る”という行為に出たこと自体が、音楽シーンにおける小さな事件なのかもしれない。
コメント