発売日: 1987年9月
ジャンル: パンク・ロック、ポスト・ハードコア、オルタナティヴ・ロック
概要
『Hate Your Friends』は、アメリカ・ボストン出身のThe Lemonheadsが1987年に発表したデビュー・アルバムであり、
のちのオルタナティヴ/パワー・ポップ路線とは異なる、ハードコア・パンクと青春性が交錯する荒削りな原点を刻んだ作品である。
当時、バンドのメンバーはまだ10代後半から20代前半という若さで、
大学の同級生だったエヴァン・ダンドゥ、ベン・ディーリー、ジェシー・ペレッツらによって結成された。
その無鉄砲さとDIY精神は、収録曲の短さや衝動的な演奏にも如実に表れており、
特に初期のUSハードコアの流れを汲んだ音像が印象的だ。
リリースはインディー・レーベルのTaang! Recordsからで、アルバムはLPバージョンとCDバージョンで構成が異なり、
CDにはデビューEP『Laughing All the Way to the Cleaners』やボーナストラックも追加されている。
後の『It’s a Shame About Ray』(1992)でのブレイクから振り返ると、
本作は若さと破壊衝動の塊のような時代として、The Lemonheadsというバンドの多面性を理解するうえで欠かせない作品である。
全曲レビュー(LP版13曲)
1. Don’t Wanna
わずか1分未満で駆け抜ける衝動のカタマリ。
ノーウェイヴ的な反抗心とガレージ感が、まさに青春パンクの真骨頂。
2. 3-9-4
電話番号をモチーフにしたシンプルな一曲。
タイトルの数字リフレインが耳に残るが、内容は極めて即物的。
この**“意味より勢い”を優先する姿勢**が、この時期のLemonheadsの美学である。
3. Nothing True
ベースが唸るイントロから始まる、ややミッドテンポ寄りのナンバー。
“何も本当じゃない”というニヒリズムに、思春期の混乱と諦観が滲む。
4. Second Chance
スラッシュ・パンク的な疾走感が魅力。
速さの中にキャッチーな要素がわずかに垣間見え、後のメロディ志向の兆しもある。
5. Sneakyville
不穏なベースラインから始まり、リズムが徐々に崩れていく構成がスリリング。
“スニーカーヴィル”という架空の場所が持つ疎外感と幻想を描く。
6. Amazing Grace(インスト)
伝統的賛美歌の爆音インスト・カバー。
完全に皮肉的・反宗教的なアプローチで、ノイズとパンクをぶつける短編。
7. Belt
不条理な比喩と暴力的なメタファーが入り混じる歌詞。
リズムチェンジの不安定さも含めて、**生々しい“未完成の力”**を感じさせる。
8. Hate Your Friends
タイトル曲にして、本作のテーマを凝縮した怒りのアンセム。
“友達なんてクソくらえ”という精神が直球で表現されているが、
その裏には孤独や自嘲が滲んでおり、むしろ共感性が高い。
9. Don’t Tell Yourself
3コードで突っ走るガレージ・パンク。
語りかけるようなボーカルが、「言い訳をするな」と内省的に締める構成が興味深い。
10. Uhhh
ほぼシャウトとノイズの応酬。
曲名通り、言葉にならない感情が爆発する。
**エモやグランジに先駆ける“未整理の内面”**の吐露として注目。
11. Fed Up
フェドアップ=“もうたくさんだ”というストレートなタイトル。
疲弊と怒りが交錯する、アルバム終盤のハイライト。
12. Rat Velvet
轟音のなかに、わずかにメロディの芽が見えるナンバー。
“ラット”と“ヴェルヴェット”の並置が象徴するように、暴力と繊細さの共存が感じられる。
13. So I Fucked Up…
衝撃的なタイトルの通り、反省と自暴自棄の極み。
ただしサウンドは意外と落ち着いており、セルフパロディ的なクールさも漂う。
総評
『Hate Your Friends』は、The Lemonheadsがのちに辿るパワー・ポップ的美学とは正反対にある、
荒削りで過激なパンク精神の記録である。
リーダーのエヴァン・ダンドゥは後年、感傷的かつメロディアスな作風で注目を集めるが、
本作では怒り・孤独・即興性といった10代の混沌がそのまま音に焼き付けられている。
サウンドは正直に言って粗く、録音もラフ。だがその“粗さ”こそが魅力であり、
このアルバムには失敗も含めて何も捨てられない熱が詰まっている。
これは、のちに“美しいポップ”で称賛されるバンドの“見てはいけない初期衝動”ではなく、
むしろ、その後の進化を際立たせるための重要な地層なのだ。
おすすめアルバム
- Hüsker Dü『Zen Arcade』
メロディとハードコアの融合。Lemonheads初期に強い影響を与えたバンド。 - Dinosaur Jr.『Dinosaur』
パンクとノイズ、叙情が未分化だった頃のJマスキス作品。 - The Replacements『Stink』
同じくミネアポリス産、若さと破壊衝動の記録。 - Fugazi『13 Songs』
知性とDIYの精神で突き抜けたポスト・ハードコア。
The Lemonheadsとはアプローチは異なるが、精神性に共鳴点がある。 -
Sebadoh『Sebadoh III』
内省とノイズ、ラフな録音の魅力。エヴァン・ダンドゥ以降の流れをたどるなら必聴。
歌詞の深読みと文化的背景
本作に通底するのは、**80年代アメリカの“青春の怒りと退屈”**である。
レーガン政権末期の閉塞感、郊外化したティーンエイジャーたちの無目的さ、
そしてMTV的消費文化に対する漠然とした不信感——それらが“友情”という表層を否定するかたちで噴出している。
「Hate Your Friends(友達が嫌い)」というタイトル自体、
仲間や所属というものへの違和感=パンク以後の孤独な叫びとして読むことができるだろう。
これは、音楽以前に“若者の社会的不適応”の記録であり、
だからこそ今聴いても、どこかリアルなのだ。
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