
発売日:1989年6月
ジャンル:オルタナティヴ・ロック/インディー・ロック/カレッジ・ロック/パンク・ロック/パワー・ポップ
概要
The Lemonheadsの3作目『Lick』は、バンドが初期のハードコア/パンク寄りの荒々しさから、後に広く知られることになるメロディアスなオルタナティヴ・ロックへ移行していく過程を記録した重要作である。The Lemonheadsは、Evan Dandoを中心にボストンのインディー・ロック・シーンから登場したバンドであり、1980年代後半のアメリカ地下ロックにおけるパンク、カレッジ・ロック、ギター・ポップの交差点に位置していた。
『Lick』以前のThe Lemonheadsは、まだ粗削りなパンク・バンドとしての色が濃かった。デビュー作『Hate Your Friends』や2作目『Creator』には、スピード感のある演奏、青臭い怒り、無造作な録音、若いバンド特有の衝動が強く刻まれている。それに対して『Lick』では、そうした勢いを残しながらも、Evan Dandoのメロディメイカーとしての資質がより明確に表れ始めている。短く荒い曲の中にも、後の『Lovey』や『It’s a Shame About Ray』へつながる甘く切ない旋律が顔を出す。
1989年という時代背景も重要である。アメリカのメインストリームではまだ80年代型のハードロックやポップが強い影響力を持っていた一方、地下ではR.E.M.、Hüsker Dü、The Replacements、Dinosaur Jr.、Sonic Youth、Pixiesといったバンドが、パンク以降のギター・ロックの可能性を押し広げていた。The Lemonheadsもその流れの中にいたが、彼らはノイズの実験性や政治性よりも、パンクの粗さとポップ・ソングの甘さを結びつける方向へ進んでいく。
本作で特に重要なのは、Suzanne Vegaの「Luka」のカバーである。原曲は児童虐待をテーマにした静かなフォーク・ポップだが、The Lemonheadsはそれを歪んだギターとラフなバンド・サウンドによって、まったく異なる質感に変換している。この選曲は、The Lemonheadsが単なるパンク・バンドではなく、ポップ・ソングの構造や歌詞の情感に強い関心を持っていたことを示している。後に彼らがSimon & Garfunkelの「Mrs. Robinson」のカバーで大きな成功を収めることを考えると、「Luka」はその予兆として非常に興味深い。
『Lick』の魅力は、完成度の高さよりも、過渡期の危うさにある。演奏は時に乱暴で、音作りも洗練されていない。楽曲によってはパンクの勢いが先行し、構成が荒く感じられる部分もある。しかし、その未整理な状態の中に、The Lemonheadsが後に獲得する独特の魅力、すなわち甘さと投げやりさ、メロディの親しみやすさと感情の不安定さがすでに存在している。
Evan Dandoのボーカルも、本作の重要な要素である。後年の彼は、気だるく甘い声で90年代オルタナティヴ・ロックのアイコン的存在となるが、『Lick』ではまだより荒く、若く、不安定である。それでも、声の奥にはすでに彼特有の柔らかさとメランコリーがある。叫ぶように歌っていても、そこにどこか無防備な響きが混ざる。この二面性が、The Lemonheadsの音楽を単なるパンクから引き離している。
日本のリスナーにとって『Lick』は、The Lemonheadsを「It’s a Shame About Ray」以降のメロディアスなオルタナティヴ・ロック・バンドとして知っている場合、やや荒く、未完成に聴こえるかもしれない。しかし、その荒さこそが本作の価値である。ここには、90年代オルタナティヴが大衆化する直前の、アメリカ地下ギター・ロックの生々しい温度がある。パンクの速さ、カレッジ・ロックの無造作さ、パワー・ポップの芽生えが同時に鳴っている作品である。
全曲レビュー
1. Mallo Cup
アルバム冒頭の「Mallo Cup」は、『Lick』の方向性を象徴する楽曲である。タイトルはアメリカの菓子を連想させるが、曲そのものは甘さと荒さが同居したThe Lemonheadsらしいギター・ロックである。冒頭からラフなギターが鳴り、パンク由来の勢いを保ちながらも、メロディにはどこか切ないポップ感覚がある。
この曲で重要なのは、The Lemonheadsが単なる高速パンクではなく、短い曲の中に印象的なメロディを組み込むバンドであったことが明確に示されている点である。ギターは荒く歪んでいるが、歌のラインは意外なほど親しみやすい。Evan Dandoの声も、完全に攻撃的ではなく、若さ特有の不安定な甘さを含んでいる。
歌詞は抽象的で、明確な物語を持つというより、若者の曖昧な感情や日常の断片が投げ出されるように展開する。The Lemonheadsの初期作品では、感情を整理して語るよりも、勢いの中で言葉がこぼれるような表現が多い。この曲もその例であり、意味よりも語感、メロディ、声の温度が強い印象を残す。
「Mallo Cup」は、アルバムの入口として非常に効果的である。パンクの粗さを残しながらも、後年のThe Lemonheadsにつながるポップな核心をすぐに提示する。『Lick』が単なる初期の未熟な作品ではなく、バンドの変化が始まったアルバムであることを示す重要曲である。
2. Glad I Don’t Know
「Glad I Don’t Know」は、タイトルからしてThe Lemonheadsらしい斜に構えた感覚を持つ楽曲である。「知らなくてよかった」という言葉には、無知でいることへの安堵、知ることによって傷つくことへの恐れ、あるいは面倒な現実から距離を置く態度が含まれている。若いオルタナティヴ・ロックにしばしば見られる、諦めと防衛の感情が表れている。
サウンドは軽快で、パンクの勢いを保ちながらも、メロディは比較的明るい。ギターはざらつき、リズムは直線的だが、曲全体は重くなりすぎない。The Lemonheadsの特徴である、投げやりな感情をポップな形で鳴らす手法がよく出ている。
歌詞では、真実や相手の本心を知らないままでいることへの複雑な感情が読み取れる。知ることは成熟の一部だが、同時に痛みを伴う。語り手は、その痛みを避けるために「知らない方がいい」と言っているようにも聴こえる。これは単なる無関心ではなく、傷つきやすさの裏返しである。
「Glad I Don’t Know」は、The Lemonheadsの初期における感情表現の軽さと深さを同時に示す曲である。表面上は短く勢いのあるギター・ロックだが、その奥には、他者や現実と向き合うことへの不安がある。後年のDandoの作風にもつながる、無防備さを皮肉で包む感覚がすでに見られる。
3. 7 Powers
「7 Powers」は、初期The Lemonheadsのパンク的な勢いが強く表れた楽曲である。曲は短く、ギターは荒く、演奏には急ぎ足の緊張感がある。『Lick』の中でも比較的ラフな側面が前面に出ており、バンドがまだ地下パンク・シーンの空気を強く引きずっていたことが分かる。
タイトルの「7 Powers」は、宗教的、神秘的、あるいは漫画的な響きを持つが、歌詞は明確な物語よりも断片的なイメージを重視している。The Lemonheadsの初期作品では、言葉の意味を整然と追うよりも、曲の勢いや声の表情と一体化したフレーズとして捉える方が自然である。この曲も、タイトルが持つ奇妙な響きと、荒い演奏のエネルギーが結びついている。
音楽的には、ハードコア以降のスピード感と、カレッジ・ロック的なざらつきが混在している。演奏はタイトに磨き上げられているわけではなく、むしろ少し崩れそうな勢いが魅力になっている。この危うさは、後年の洗練されたThe Lemonheadsには薄れる要素であり、初期ならではの魅力である。
「7 Powers」は、『Lick』の中でメロディアスな曲との対比を作る役割を持つ。The Lemonheadsがポップ化していく過渡期にあっても、まだパンクの衝動を強く保持していたことを示す楽曲である。
4. A Circle of One
「A Circle of One」は、タイトルから孤立や自己完結を連想させる楽曲である。「一人だけの円」という言葉には、他者との関係から切り離された状態、あるいは自分の内側だけで回り続ける感覚がある。The Lemonheadsの初期作品にある若い孤独感が、この曲では比較的明確に表れている。
サウンドは荒いギターを中心にしているが、メロディには後年のDandoらしい柔らかさがある。曲はパンク的な勢いを持ちながらも、完全に攻撃的ではない。むしろ、内側に閉じこもるような感情が、ギターのノイズと声の揺れの中に見える。
歌詞のテーマは、自己の閉塞感として読むことができる。人とつながりたい気持ちがありながら、自分の殻から出られない。あるいは、関係の中にいても結局は一人であるという感覚がある。このようなテーマは、90年代オルタナティヴ・ロックに広く見られる疎外感ともつながる。
「A Circle of One」は、『Lick』の中でバンドの内省的な側面を示す曲である。The Lemonheadsは後に、明るいメロディの中に孤独や喪失感を忍ばせるスタイルを確立するが、この曲にはその初期形がある。粗さの中に、すでに感情の影が見える楽曲である。
5. Cazzo di Ferro
「Cazzo di Ferro」は、タイトルからして挑発的で、The Lemonheadsの初期に見られる悪ふざけやパンク的な粗野さが前面に出た楽曲である。イタリア語の俗語的な響きを持つタイトルは、意味そのものよりも、その音の乱暴さや馬鹿馬鹿しさが重要である。The Lemonheadsは初期には特に、知的に整理された歌詞よりも、衝動的で冗談のような言葉を好んでいた。
サウンドは荒く、短く、勢い重視である。ギターはざらつき、リズムは前のめりで、曲全体にパンク・バンドとしての若い無遠慮さがある。後年のThe Lemonheadsを特徴づける甘いメロディや気だるい魅力よりも、ここでは騒々しさや勢いが中心である。
この曲の役割は、アルバムに初期パンク的な混乱を残すことにある。『Lick』はメロディアスな方向へ進み始めた作品だが、同時に、まだバンドが完全に自己整理されていないこともよく示している。「Cazzo di Ferro」は、その未整理さを象徴するような曲である。
歌詞の深い意味を読み解くよりも、この曲は若いバンドが持つ悪ノリ、雑さ、勢いを味わうべき楽曲である。The Lemonheadsの魅力は、必ずしも整った美しさだけではない。時に無意味に近い衝動や冗談が、そのまま音になっているところにもある。
6. Anyway
「Anyway」は、タイトルの通り、諦めや開き直りの感覚を持つ楽曲である。「どのみち」「それでも」「まあいいか」といったニュアンスを含むこの言葉は、The Lemonheadsの音楽にある投げやりなロマンティシズムと相性がよい。何かがうまくいかなくても、完全には落ち込まず、少し斜めから受け流すような感覚がある。
音楽的には、アルバムの中でも比較的メロディが立っている。ギターは荒いが、歌のラインにはポップな魅力があり、Evan Dandoのソングライターとしての成長を感じさせる。曲の構成も、初期の単純な勢いだけではなく、歌として聴かせる方向へ近づいている。
歌詞では、状況を完全に変えられないことへの諦めと、それでも進むしかないという感覚が読み取れる。The Lemonheadsの楽曲では、明確な解決が提示されることは少ない。感情は曖昧なまま残り、語り手はその曖昧さを抱えながら、軽く言葉を投げる。この曲の「Anyway」という姿勢は、まさにその感覚を象徴している。
「Anyway」は、『Lick』の中でも後年のThe Lemonheadsに近い雰囲気を持つ楽曲である。ラフな演奏と甘いメロディが自然に結びつき始めており、バンドの次の段階を予感させる一曲である。
7. Luka
Suzanne Vegaのカバーである「Luka」は、『Lick』の中でも特に重要な楽曲である。原曲は1987年に発表されたフォーク・ポップの名曲であり、児童虐待という重いテーマを、抑制された言葉と穏やかなメロディで描いた作品である。The Lemonheadsはこの曲を、より歪んだギター・ロックの形式へ変換している。
このカバーの面白さは、原曲の持つ静かな痛みが、バンドの荒い演奏によって別の種類の切迫感を得ている点にある。原曲では、語り手の沈黙や抑圧が控えめなアレンジによって強調されていた。The Lemonheads版では、ギターのノイズとラフなボーカルが、その痛みをより若いバンドの不安定な感情として響かせる。
歌詞のテーマは、子どもが家庭内の暴力を隠しながら語るという非常に重いものである。The Lemonheadsの演奏は、歌詞を過剰にドラマ化するのではなく、むしろ無造作に鳴らすことで、かえって痛みの不自然さを浮かび上がらせている。深刻な内容をあえてインディー・ロックのラフな形式に置くことで、原曲とは異なる現実感が生まれている。
この曲は、The Lemonheadsのカバーセンスを示す重要な例でもある。彼らは後に「Mrs. Robinson」のカバーで大きく知られるが、「Luka」はそれ以前に、優れたポップ・ソングを自分たちの粗いギター・ロックへ取り込む能力を示した楽曲である。『Lick』の中でも、バンドの将来を強く予感させる一曲である。
8. Come Back D.A.
「Come Back D.A.」は、短く勢いのあるパンク・ナンバーであり、アルバムの中で再びラフなエネルギーを前面に出す楽曲である。タイトルの“D.A.”が具体的に何を指すかは曖昧だが、その曖昧さも含めて、初期The Lemonheadsらしい断片的で勢い重視の曲として機能している。
サウンドはスピード感があり、演奏はタイトというより勢いで押し切る。ギターは荒く、ドラムは直線的で、曲全体が短い時間で駆け抜ける。『Lick』ではメロディアスな曲も増えているが、この曲のようなパンク的な瞬発力は、バンドの出自を明確に示している。
歌詞は詳細な物語よりも、呼びかけやフレーズの勢いが中心である。「戻ってこい」という感覚には、誰かへの未練、怒り、あるいは単なる冗談めいた叫びが含まれているように聴こえる。The Lemonheadsの初期曲では、感情が明確に分類される前に、音と一緒に放り出されることが多い。
「Come Back D.A.」は、アルバム全体の中で大きなメロディの魅力を担う曲ではないが、The Lemonheadsの若い勢いを伝える重要な小品である。『Lick』がポップ化の過程にありながらも、まだパンクの荒れた熱を失っていなかったことを示している。
9. I Am a Rabbit
「I Am a Rabbit」は、タイトルからして奇妙で、The Lemonheadsのユーモアと不条理感が表れた楽曲である。「自分はウサギだ」という言葉は、深刻な自己表明というより、脱力したナンセンス、あるいは自分を小さく弱い存在として捉える比喩のようにも響く。
音楽的には、短く荒いパンク/インディー・ロックの形式を取っている。曲は大きな展開を持たず、勢いと語感で進む。The Lemonheadsの初期作品におけるこうした曲は、後年のメロディアスな代表曲とは異なるが、バンドの根底にある冗談めいた軽さを理解するうえで重要である。
歌詞の意味を過度に深読みする必要はないが、タイトルの奇妙さには、若いバンド特有の自己戯画化がある。自分を強く見せるのではなく、むしろ馬鹿げた存在、逃げる存在、弱い存在として提示する。これはパンクの反ヒロイズムともつながる。ロック・スター的な誇張された自己像ではなく、冗談のように自分を小さくする感覚である。
「I Am a Rabbit」は、『Lick』の中でThe Lemonheadsの軽妙さと雑さを示す楽曲である。完成度よりも、短いアイデアをそのまま音にする初期インディー・バンドの魅力がある。
10. Sad Girl
「Sad Girl」は、タイトル通り悲しみを抱えた女性像を描く楽曲であり、『Lick』の中でも比較的感情の輪郭が分かりやすい曲である。The Lemonheadsの楽曲には、しばしば距離のある人物描写や、他者への曖昧なまなざしが登場する。この曲では、悲しみを抱えた存在に向けられる視線が中心にある。
音楽的には、パンクの粗さを残しながらも、メロディにはポップな感触がある。Evan Dandoの声は、完全に同情的というより、少し距離を置いて対象を見ているように響く。その距離感が、曲を過度に感傷的にしない。悲しい人物を歌いながらも、音は軽く、荒く、若い。
歌詞では、悲しみを抱えた女性が描かれるが、その内面が細かく説明されるわけではない。The Lemonheadsは、人物を詳細な物語として描くより、短いフレーズや雰囲気によって印象を作る。この曲でも、「Sad Girl」という言葉自体が、聴き手に多くの解釈を委ねる記号として機能している。
「Sad Girl」は、後年のThe Lemonheadsに見られる、切ない人物描写の初期形として聴くことができる。荒いギターの中に、どこか寂しいメロディがあり、アルバムの感情的な幅を広げている。
11. Ever
「Ever」は、『Lick』の中で比較的メロディアスな性格が強い楽曲である。タイトルは短く、永続性や問いかけを連想させる。“ever”という言葉は、いつまでも、かつて、一度でも、といった多様な意味を持ち、恋愛や記憶、時間の感覚と結びつく。
サウンドはThe Lemonheadsらしいギター・ロックでありながら、曲の中心には明確なメロディがある。初期の荒い演奏の中に、Evan Dandoのポップ・ソングライターとしての感覚がよりはっきり見える。こうした曲は、後に彼らがカレッジ・ロックからより広いオルタナティヴ・ロックのリスナーへ届いていくための基礎になった。
歌詞は多くを説明しないが、時間や関係の継続性に対する不安がにじむ。何かが永遠に続くのか、かつてあったものは本当に存在したのか、そうした曖昧な感覚がタイトルの短さに込められているように聴こえる。The Lemonheadsの魅力は、こうした大きな感情を小さな言葉とラフな演奏に閉じ込める点にある。
「Ever」は、アルバムの中で派手な代表曲ではないが、The Lemonheadsの転換期を示す重要な楽曲である。パンクの粗さとポップなメロディが自然に交差しており、バンドが次の段階へ進む準備をしていたことが分かる。
12. Strange
「Strange」は、タイトル通り奇妙さ、違和感、普通ではない感覚を扱う楽曲である。The Lemonheadsの音楽には、明確な反抗よりも、世界に対して少しずれている感覚がしばしばある。この曲は、その違和感を短く、ラフに表現している。
音楽的には、シンプルなギター・ロックで、演奏には初期バンドらしい荒さがある。曲の構成は複雑ではなく、ギターの反復とボーカルの勢いで進む。サウンドの未整理さが、タイトルの持つ奇妙さと合っている。きれいに整えられていないからこそ、違和感がそのまま残る。
歌詞では、自分自身や周囲の状況に対して「変だ」と感じる感覚が中心にあるように聴こえる。これは若いオルタナティヴ・ロックにおいて非常に重要な感情である。社会に対して大きな反乱を起こすわけではないが、普通に馴染めない。何かがずれている。そのずれを、The Lemonheadsは重苦しくではなく、軽く投げ出すように歌う。
「Strange」は、『Lick』の中でバンドの不安定さや雑さを逆に魅力として示す曲である。整った完成度よりも、違和感そのものを音にすることが重要な楽曲である。
13. Mad
「Mad」は、怒り、狂気、苛立ちといった感情をタイトルに持つ楽曲である。The Lemonheadsの初期パンク色が強く出た曲の一つであり、感情を複雑に説明するより、短い時間で放出するタイプの楽曲である。
サウンドは荒く、前のめりで、ギターのノイズとリズムの勢いが中心にある。ボーカルも整った歌唱というより、感情を吐き出すように響く。初期The Lemonheadsの魅力は、こうした曲で特に分かりやすい。演奏の精度よりも、いま鳴らさなければならないという衝動が優先されている。
歌詞のテーマは、怒りそのものというより、怒りの原因を整理できない状態に近い。若いパンク・バンドにとって、怒りはしばしば具体的な政治的主張よりも、日常の苛立ちや自己嫌悪、関係の不満から生まれる。この曲も、そのような感情の短い爆発として機能している。
「Mad」は、アルバムの終盤に荒々しいエネルギーを戻す楽曲である。『Lick』がポップ化の過程にある作品であっても、バンドの根本にはまだ粗いパンク衝動があることを明確に示している。
14. Sad Girl / Mad
アルバムの構成や版によっては、「Sad Girl」と「Mad」が連続的に扱われる印象を持つことがある。この二つの曲はタイトルの面でも対照的であり、「悲しみ」と「怒り」という若い感情の両極を示しているように聴こえる。The Lemonheadsの初期作品では、感情が整理されていないまま短い曲に分散されることが多いが、この連なりはその特徴をよく表している。
「Sad Girl」が他者の悲しみを見つめる曲だとすれば、「Mad」はより直接的に感情を吐き出す曲である。悲しみと怒りは別々の感情のように見えるが、恋愛や若い人間関係においてはしばしば隣り合う。傷ついた結果として怒りが生まれ、怒りの奥に悲しみがある。The Lemonheadsはそれを明確なコンセプトとして語るのではなく、短い曲の並びの中で感覚的に提示している。
音楽的にも、この対比は興味深い。メロディアスな切なさと、パンク的な放出がアルバムの中で共存している。『Lick』の本質は、この共存にある。The Lemonheadsは、完全にハードコアでもなく、完全にギター・ポップでもない。その中間で揺れているからこそ、この時期の作品には独特の不安定な魅力がある。
この流れは、The Lemonheadsが後により洗練されたソングライティングへ進む前の、感情の未加工な形を示している。悲しみと怒りがまだ分離されず、同じ音の中で鳴っている。それが『Lick』の生々しさを支えている。
総評
『Lick』は、The Lemonheadsのキャリアにおいて、初期パンク・バンドから90年代オルタナティヴ・ロックの重要バンドへ変化していく途中にある作品である。後年の代表作『It’s a Shame About Ray』のような洗練や、メロディの明快な完成度を期待すると、本作は荒く、散漫に感じられるかもしれない。しかし、その荒さこそが『Lick』の魅力であり、歴史的な意味でも重要である。
本作には、The Lemonheadsの複数の顔が同時に存在している。パンクの勢いをそのまま残した短い曲、カレッジ・ロック的なざらついたギター・サウンド、パワー・ポップへ向かう甘いメロディ、冗談めいたタイトルやナンセンスな言葉、そして失恋や孤独の影。これらはまだ完全に整理されていないが、その未整理さがバンドの若さと可能性を伝えている。
Evan Dandoのソングライターとしての成長も、本作の大きな聴きどころである。彼はこの時点で、まだ後年のような余裕のある歌唱や完成されたポップ・センスには到達していない。しかし、「Mallo Cup」「Anyway」「Ever」などには、すでに彼特有のメロディ感覚がはっきりと表れている。投げやりに歌っているようでいて、曲の中心には忘れがたい旋律がある。この二面性は、The Lemonheadsの最大の魅力の一つである。
また、「Luka」のカバーは、本作の中でも特に重要である。Suzanne Vegaの静かなフォーク・ポップを、The Lemonheadsは粗いギター・ロックへ変換した。この選曲と解釈には、バンドがポップ・ソングへの深い関心を持っていたことが示されている。彼らはパンクの勢いだけでなく、既存の名曲を自分たちの無造作な感性で再構築する才能を持っていた。この姿勢は、後の「Mrs. Robinson」にもつながる。
音楽史的には、『Lick』は1980年代末のアメリカ地下ギター・ロックの空気をよく伝えるアルバムである。パンクの初期衝動が残りつつ、オルタナティヴ・ロックがよりメロディアスで開かれた形へ変わっていく時期の作品であり、The ReplacementsやHüsker Dü、Dinosaur Jr.、Pixiesなどが切り開いた道と緩やかにつながっている。ただし、The Lemonheadsの場合、その中でも特にポップな甘さが重要だった。『Lick』は、その甘さが荒い殻を破って現れ始めたアルバムである。
歌詞面では、深い物語性や政治的な主張よりも、若い感情の断片が中心である。知らない方がいいこと、戻ってきてほしい誰か、悲しい少女、自分の奇妙さ、怒り、孤独。これらは一つの大きなコンセプトへ統合されるわけではない。しかし、まさにその断片性が、若いバンドのリアルな感情に近い。整理される前の感情が、短い曲の形で次々と現れる。
日本のリスナーにとって『Lick』は、The Lemonheadsの完成形を知るための入口というより、その前史を知るための作品である。『It’s a Shame About Ray』や『Come on Feel the Lemonheads』から入ったリスナーには、音の粗さが意外に感じられるかもしれない。だが、この作品を聴くことで、The Lemonheadsの甘いメロディが、もともとはパンクの雑さや地下シーンの空気の中から生まれたことが分かる。
総じて『Lick』は、完成された名盤というより、変化の瞬間を捉えたアルバムである。The Lemonheadsはここで、初期のパンク衝動を捨てきらないまま、よりメロディアスで感情的なギター・ロックへ向かっている。その過渡期の揺れ、不安定さ、荒さ、そして時折顔を出す美しいメロディが、本作を魅力的なものにしている。90年代オルタナティヴ・ロックの到来を前に、地下のパンク・バンドがポップな光を見つけ始めた、その記録として『Lick』は重要な作品である。
おすすめアルバム
1. The Lemonheads『Lovey』
『Lick』の次作であり、The Lemonheadsがよりメロディアスなオルタナティヴ・ロックへ進んでいく過程を示す作品。荒さは残っているが、楽曲の輪郭はよりはっきりし、Evan Dandoのソングライターとしての個性が強まっている。『Lick』から『It’s a Shame About Ray』への橋渡しとして重要である。
2. The Lemonheads『It’s a Shame About Ray』
The Lemonheadsの代表作。短く明快なギター・ポップ、気だるく甘いEvan Dandoの歌声、90年代オルタナティヴの空気が見事に結びついている。『Lick』で芽生えたメロディ感覚が、より洗練された形で完成したアルバムである。
3. The Replacements『Tim』
アメリカン・カレッジ・ロック/オルタナティヴ・ロックの重要作。パンクの荒さと切ないメロディ、若者の不器用な感情が共存しており、The Lemonheadsの背景を理解するうえで有用である。粗さの中に名曲性が宿るという点で、『Lick』と共通する魅力を持つ。
4. Hüsker Dü『Warehouse: Songs and Stories』
ハードコア・パンクからメロディアスなギター・ロックへ展開したHüsker Düの後期作。荒いギターとポップな旋律の融合という点で、The Lemonheadsの変化を理解する助けになる。アメリカ地下ロックがパンク以降にどのように広がったかを示す重要作である。
5. Dinosaur Jr.『Bug』
1980年代末のアメリカン・インディー・ロックを象徴する作品。ノイジーなギター、気だるいボーカル、メロディの甘さが共存しており、The Lemonheadsと同じ時代の地下ギター・ロックの空気を共有している。より轟音寄りの作品だが、パンクとポップの間で揺れる感覚には共通点がある。

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