1. 歌詞の概要
「Crosseyed and Painless」は、Talking Headsが1980年にリリースしたアルバム『Remain in Light』に収録された楽曲で、彼らの音楽的実験精神と都市的な切迫感が結晶化したような一曲である。タイトルの「Crosseyed（寄り目） and Painless（痛みのない）」というフレーズは、混乱と無感覚、つまり感情と知覚が鈍くなっている状態を象徴しており、この曲全体を覆うテーマと深く結びついている。
歌詞は、都市生活者が直面する情報過多、真実の不確かさ、そしてアイデンティティの崩壊を鋭く描いている。語り手は「事実」とされるものに疑念を持ち、それらを一つひとつ解体しながら、現代の不条理な日常を冷静かつ焦燥感をもって言語化していく。
特に終盤に登場するラップのようなセクションでは、「事実の欠点（facts are simple and facts are straight…）」というフレーズが反復されることで、現代社会における真実の不安定さが象徴的に表現される。Talking Headsはここで、単なる政治批判や都市生活のスケッチではなく、“情報”そのものに対する懐疑の感覚を音楽に落とし込んでいるのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Remain in Light』は、ブライアン・イーノを共同プロデューサーに迎え、アフリカ音楽、ファンク、電子音響、ポストパンクを融合させた革新的な作品であり、「Crosseyed and Painless」はその中でも最もビート主導で攻撃的な楽曲である。アフロビートのリズム構造、リズムギターの反復、ミニマリズム的アレンジが緊張感を持続させながら、そこにバーンの機械的かつ情緒を排したボーカルが重なる。
この曲は、1980年のアメリカが抱えていた情報社会への不信や都市の暴力性、アイデンティティの崩壊といった問題を鋭く突きつけるものであった。特に「事実」が不安定なものとして描かれる点は、現代のフェイクニュースや情報操作が蔓延する状況を予見していたかのような洞察に満ちている。
「Crosseyed and Painless」というタイトル自体が、都市の中で感じる目眩まし的混乱と、感覚の麻痺という二重の状態を象徴しており、これはバーン自身が持つ“都市への畏怖”とも呼ぶべき感覚が反映されたものでもある。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、印象的な部分を抜粋し、和訳を添えて紹介する。
Lost my shape
形を失ったTrying to act casual
平然を装おうとしてCan’t stop
止まれないI might end up in the hospital
このままだと病院行きかもしれないFacts are simple and facts are straight
事実は単純で、真っ直ぐなはずだがFacts are lazy and facts are late
事実は怠惰で、遅れてやって来るFacts all come with points of view
事実はすべて主観とともにやって来るFacts don’t do what I want them to
事実は俺の望むようには動いてくれない
出典：Genius – Talking Heads “Crosseyed and Painless”
4. 歌詞の考察
この楽曲の核心には、「現代社会における“事実”とは何か？」という根源的な問いがある。冒頭の「Lost my shape, trying to act casual（平然を装っているうちに、自分の形を失った）」というラインは、都市生活における偽りの振る舞いと自己喪失を見事に言語化している。
また、「Facts」のセクションは、詩的というよりもむしろロジカルな反復によって、事実の相対性と操作可能性を告発している。これは単なる社会批判ではなく、自分自身の認識すら揺らいでいく感覚──つまり“痛みなき混乱”を描いているのだ。
「彼は逃げていった（He’s gone, he’s gone back to the place where he came from）」という一節は、語り手が逃げ出した相手を指すのか、それとも自分自身を見失った結果なのか、明示されないまま残されている。この曖昧さが、むしろ現代における自己と世界の関係性の曖昧さを強調しているようにも思える。
※歌詞引用元：Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Born Under Punches (The Heat Goes On) by Talking Heads
同じく『Remain in Light』収録曲で、より狂気に満ちた自己崩壊を描いている。 - The Magnificent Seven by The Clash
アフロビートとヒップホップを融合させた社会批評的トラック。 - Numbers by Kraftwerk
情報とデータに支配される世界観を無機質なサウンドで描いたテクノの先駆者による作品。 - Once in a Lifetime by Talking Heads
個人のアイデンティティ喪失と、社会構造の中での無意識な選択を鋭く問う名曲。 -
Paranoia Key of E by Lou Reed
混乱と監視社会のリアルを、ロックの語法で描いた現代的な視点の楽曲。
6. デジタル時代の預言者としてのTalking Heads
「Crosseyed and Painless」は、1980年という時代にあって、すでに21世紀的な不安──情報過多、自己喪失、メディア操作、過剰なスピード感といった問題を予見的に捉えていた。アフリカ音楽と電子音響を融合させたこの曲のサウンドは、まさに“地球規模で混乱する都市”の音であり、それがバーンの平坦でありながらも緊迫した声に乗って語られることで、より深い切迫感を生んでいる。
興味深いのは、この曲が後年のヒップホップ、テクノ、ポストロックなど、様々なジャンルのアーティストに影響を与えてきたことである。反復的リズムとスピーチ風のボーカルというスタイルは、ラップや電子音楽の文法と親和性が高く、彼らの先進性を物語っている。
「Crosseyed and Painless」は、単なる1曲を超えた“状態”である。痛みを感じなくなった社会で、目を見開いてもなお混乱する。そんな時代の予兆を、音と言葉で的確に表現した、まさに時代を超えた預言のような楽曲である。
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