発売日: 2017年4月28日
ジャンル: アコースティック・ロック、チェンバー・ポップ、ドリームポップ
『Something Else』は、The Cranberriesが2017年にリリースしたセルフ・カバー＋新曲による特別企画アルバムであり、
バンドの代表曲たちを、アコースティックとストリングスによる室内楽的アレンジで再構築した、静謐で内省的な再解釈集である。
本作において最も印象的なのは、曲そのものの変化よりも、時間と経験を経た歌声の質感であり、
それは、90年代の激情を経て“過去と和解した現在のThe Cranberries”が、丁寧に過去と向き合った記録でもある。
録音はアイルランド・リムリックにあるUniversity of LimerickのIrish Chamber Orchestra Studioで行われ、
バンド全員による生演奏に加えて、アイリッシュ室内オーケストラの繊細なストリングスが随所に溶け込んでいる。
音数を抑えたミニマルな編成によって、歌詞の一語一語がより明瞭に浮かび上がり、
ドロレス・オリオーダンのヴォーカルは、かつての若々しさから“深い静けさ”へと変貌を遂げている。
全曲レビュー
1. Linger (Acoustic Version)
代表曲「Linger」が、より儚く、親密な愛の記憶としてよみがえる。
ストリングスが歌詞の感情を増幅し、かつての恋の余韻がより“遠くの記憶”として感じられる。
2. The Glory
本作唯一の完全な新曲のひとつ。
繊細なアコギと穏やかなリズムが、”glory”という抽象的な概念を“日常の光”として描き出している。
3. Dreams (Acoustic Version)
オリジナルでは瑞々しい疾走感があったが、こちらでは夢の記憶をなぞるような静謐なトーンに変貌。
サビの解放感はそのままに、より成熟した感情がこもる。
4. When You’re Gone (Acoustic Version)
喪失の痛みが、演奏の間合いと声の呼吸にまで染み込んだバージョン。
亡き人を想うレクイエムのようでもあり、今聴くとより深く心に刺さる。
5. Zombie (Acoustic Version)
歪んだギターの轟音を排し、ストリングスと声だけで語られる「Zombie」。
怒りというよりも、哀しみの奥底から届く“非暴力の告発”として再定義された感すらある。
6. Ridiculous Thoughts (Acoustic Version)
バンド初期の不安定な感情を、穏やかに回想するようなアレンジに。
緊張よりも寛解へ向かうエネルギーがある。
7. Rupture
本作のもうひとつの新曲。
内的崩壊＝ruptureをテーマにしながら、静かな語りの中に痛みと再生への欲望が共存する。
ドロレスの声が、風景のように音に寄り添う。
8. Ode to My Family (Acoustic Version)
“Does anyone care?”という問いが、年齢を重ねた今、より重く響く。
アコースティックの柔らかさが、家族への感謝と寂しさを引き立てている。
9. Free to Decide (Acoustic Version)
「自由に選ぶ」ことの切実さと優しさが溶け合うアレンジ。
ヴォーカルとギターの間に生まれる“間”が、美しい余白として機能している。
10. Just My Imagination (Acoustic Version)
幻想の中で生きる幸福と哀しみが、静かなワルツのようなアレンジに映し出される。
原曲以上に“夢を手放した人のための夢”として響く。
11. Animal Instinct (Acoustic Version)
母性と保護本能を描いた名曲が、より内面に向いた歌として深化。
控えめなストリングスが、言葉にしきれない愛情を代弁する。
12. You and Me (Acoustic Version)
アルバムを締めくくるにふさわしい、穏やかな二重奏のような小曲。
「あなたと私」という最小単位の関係性が、世界よりも大切なものだという実感を残して幕を閉じる。
総評
『Something Else』は、The Cranberriesが自身の過去と現在をつなぐ「呼吸のような作品」である。
かつてのヒット曲を、単なる懐古ではなく、“いま、この声、この時間で歌い直す”という試みは、
ノスタルジーを超えた“人生の再解釈”として静かに成立している。
ドロレス・オリオーダンのヴォーカルは、本作でより“語り”に近づき、
そこには痛みも喜びも越えた「許し」に似た穏やかさが宿る。
彼女が亡くなる前に残した最後の“生きている声”であるという点でも、
本作は非常に尊く、リスナーにとっても静かに胸を打つ作品となった。
まさに“Something Else（何か少し違うもの）”というタイトルの通り、
本作はアルバムという形式の中で、歌と記憶、沈黙と呼吸の“中間にあるもの”をすくい上げた、
The Cranberriesの“もうひとつの最後の花束”である。
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