
発売日:1982年2月
ジャンル:ニューウェイヴ、シンセポップ、ポスト・パンク、ダンス・ロック、エレクトロ・ファンク、アート・ポップ
概要
Thompson Twinsの『Set』は、1982年に発表されたセカンド・アルバムであり、後に『Quick Step & Side Kick』『Into the Gap』で世界的なシンセポップ・グループへ飛躍する以前の、過渡期の姿を捉えた重要作である。Thompson Twinsという名前は、1980年代中盤の「Hold Me Now」「Doctor! Doctor!」「You Take Me Up」といった大ヒット曲のイメージで語られやすい。しかし『Set』に収められているのは、そうした洗練されたポップ・トリオとしての完成形ではなく、よりポスト・パンク的で、実験的で、リズム志向の強い初期Thompson Twinsである。
この時期のThompson Twinsは、まだトム・ベイリー、アラナ・カリー、ジョー・リーウェイの3人体制へ完全に絞り込まれる前の、より大きな編成を持つバンドだった。初期の彼らは、ギター、ベース、ドラム、シンセサイザー、パーカッション、複数の声を使い、ポスト・パンク以降のダンス・ミュージック、ファンク、アフリカ的リズム、エレクトロニック・サウンド、アート・ロック的な構成を混ぜ合わせていた。つまり『Set』は、のちの商業的なシンセポップ・サウンドの前段階であると同時に、1980年代初頭の英国ニューウェイヴがいかに多様な実験を行っていたかを示す作品でもある。
本作の中心にあるのは、リズムへの強い関心である。1970年代末のポスト・パンク以降、英国の多くのバンドは、パンクの直線的なギター・ロックから離れ、ファンク、ダブ、ディスコ、アフリカ音楽、ラテン・パーカッション、エレクトロニック・ビートへ接近した。Talking Heads、Gang of Four、A Certain Ratio、The Pop Group、23 Skidoo、Japan、初期Simple Mindsなどが、それぞれ異なる形で白人ロックと黒人音楽のリズムを再接続していた。Thompson Twinsもまた、この流れの中で、単純なロック・バンドではなく、リズムと電子音を軸にしたポップ・グループへ変化しようとしていた。
『Set』は、その変化の途中にあるアルバムである。デビュー作『A Product Of… (Participation)』では、より実験的で散漫なポスト・パンク色が強かったが、本作では「In the Name of Love」という明確なヒット性を持つ曲が登場し、バンドの方向性が一気に整理され始める。特に「In the Name of Love」は、クラブ・ミュージック的なグルーヴ、シンセのフック、ポップなサビを備え、後のThompson Twinsの成功を予告する楽曲である。一方で、アルバム全体はまだ完全なポップ・アルバムではなく、奇妙な曲構成、パーカッシヴな実験、ポスト・パンク的な硬さも残している。
タイトルの『Set』は、簡潔でありながら多義的である。セットされたもの、組み立てられたもの、舞台上のセット、演奏のセット、あるいは方向性を定める行為。Thompson Twinsはこの作品で、自分たちの音楽をひとつの明確な形へ「セット」しようとしているように聴こえる。まだ完全に固定されてはいないが、リズム、シンセ、ダンス性、ポップ性、異文化的な音色への関心が、一つの新しい方向へまとまり始めている。
歌詞面では、愛、欲望、都市生活、社会的な不安、逃避、幻想、コミュニケーションのずれが扱われる。後年のThompson Twinsに比べると、歌詞はより断片的で、抽象的で、時に奇妙である。だが、その未整理さは初期ニューウェイヴらしい魅力でもある。明確なラヴ・ソングへ向かう途中で、言葉はまだポスト・パンク的な距離感や皮肉を保っている。
キャリア上の位置づけとして、『Set』は非常に重要である。一般的な知名度では『Into the Gap』に及ばないが、Thompson Twinsがポスト・パンクの実験集団から、シンセポップ/ダンス・ポップのヒット・メーカーへ変わる過程を記録している。完成形ではなく、変化の瞬間を聴くアルバムであり、その不安定さにこそ価値がある。
全曲レビュー
1. In the Name of Love
「In the Name of Love」は、『Set』を代表する楽曲であり、Thompson Twinsが後に進む方向を明確に予告した重要曲である。タイトルは「愛の名のもとに」という意味を持つが、ここでの愛は単純に甘いロマンスではなく、人を動かし、惑わせ、時に支配する力として描かれている。ポップなフックを持ちながら、曲全体にはニューウェイヴらしい冷たさと距離感がある。
音楽的には、強いリズム、シンセサイザーの反復、ファンク的なベース感覚、パーカッションの躍動が中心にある。ギター主体のロックというより、クラブで身体を動かすことを意識したダンス・トラックに近い。とはいえ、後年のThompson Twinsほど滑らかに整えられているわけではなく、まだポスト・パンク的な硬さや角ばった音が残っている。この硬さが、曲に独特の緊張感を与えている。
歌詞では、「愛」という言葉が一種のスローガンのように扱われる。人は愛の名のもとに行動し、嘘をつき、関係を正当化し、相手に近づく。愛は救いであると同時に、危険な口実にもなる。この曲は、その曖昧さをダンサブルなサウンドの中で表現している。だからこそ、単なるラヴ・ソングではなく、愛という言葉が社会的・心理的な力を持つことを示すニューウェイヴ的な曲として聴ける。
「In the Name of Love」は、初期Thompson Twinsの実験性と、後のポップ性が最も理想的に交差した楽曲である。本作の入口として、非常に強い印象を残す。
2. Living in Europe
「Living in Europe」は、タイトル通りヨーロッパで生きること、あるいは1980年代初頭のヨーロッパ的な都市感覚を扱った楽曲である。冷戦下の政治的緊張、国境を越える文化、消費社会、都市の匿名性といった要素が背景に感じられる。Thompson Twinsは、ここで個人的な恋愛だけではなく、場所や時代の空気を音楽に取り込んでいる。
音楽的には、硬質なシンセとリズムが印象的で、曲全体にやや機械的な推進力がある。ヨーロッパという言葉が持つ歴史や文化の重さよりも、ここでは80年代的な都市の冷たさ、移動、無国籍感が前面に出る。ポスト・パンク以降の英国バンドにとって、ヨーロッパはしばしば異国的で、知的で、少し冷たい空間として想像された。この曲にもその感覚がある。
歌詞では、ヨーロッパで生活することの感覚が断片的に描かれる。そこには憧れもあるが、居心地の悪さもある。人は国境や都市を移動しながら、自分の居場所を探す。しかし、その移動は必ずしも自由を意味しない。むしろ、どこにいても同じような不安や孤独がつきまとう。
「Living in Europe」は、『Set』の中で社会的・地理的な広がりを与える曲である。後年のThompson Twinsがより普遍的なポップ・ソングへ向かう前に、初期の彼らが持っていたニューウェイヴ的な都市感覚をよく示している。
3. Bouncing
「Bouncing」は、タイトルが示す通り、跳ねるようなリズム感を前面に出した楽曲である。初期Thompson Twinsの特徴であるパーカッシヴなアプローチがよく表れており、メロディよりもまず身体の動きが重要になる曲である。ニューウェイヴとファンク、ポスト・パンクとダンス・ミュージックの中間に位置するサウンドが印象的である。
音楽的には、リズムの反復が中心にあり、曲は直線的なロック構成よりも、グルーヴの積み重ねによって進む。シンセやギターは装飾というより、リズムを補強する要素として配置される。タイトルの「Bouncing」という言葉通り、音は重く沈むのではなく、跳ね返るように動く。
歌詞では、明確な物語よりも、身体感覚や気分の変化が中心にある。跳ねること、動くこと、落ち着かないこと。これはダンスの比喩であると同時に、1980年代初頭の若者文化における神経質なエネルギーの表現でもある。ポスト・パンクがパンクの怒りをリズムの実験へ移し替えた流れの中で、「Bouncing」はその身体的な側面を担っている。
この曲は、本作の中でThompson Twinsが単なるシンセポップ・バンドになる前の、よりリズム実験的な姿を示している。後年のヒット曲に比べると粗いが、その粗さが初期の魅力である。
4. Tok Tok
「Tok Tok」は、タイトルからして擬音的で、パーカッションやリズムの反復を連想させる楽曲である。意味の明確な言葉というより、音そのものの響きが重要になっている。初期Thompson Twinsは、言語やメロディだけでなく、音の断片、声のリズム、パーカッションの質感を使って曲を作ることに関心を持っていた。この曲はその傾向をよく示している。
音楽的には、反復するビートと奇妙な音の配置が中心で、曲全体に実験的なムードがある。後年の洗練されたシンセポップに比べると、かなり角ばっており、ポスト・パンク的な遊び心が強い。リズムは一定だが、音色や声の使い方によって曲に不安定な動きが生まれる。
歌詞というより、音声のリズムやフレーズの反復が印象に残る。これは、ポップ・ソングというより、リズムを中心にした音響実験として聴くこともできる。Thompson Twinsが当時、アフリカ的なパーカッションや非西洋的なリズム感に関心を持っていたことも、この曲の背景に感じられる。
「Tok Tok」は、アルバムの中で非常に初期ニューウェイヴ的な曲である。ヒット曲的な分かりやすさは少ないが、Thompson Twinsがリズムと音色を使って自分たちのサウンドを模索していたことがよく分かる。
5. Good Gosh
「Good Gosh」は、タイトルから軽い驚きや叫びを思わせる楽曲である。初期Thompson Twinsらしいユーモア、奇妙な言葉遣い、リズム志向が組み合わさっており、アルバムの中でも少し風変わりなポップ感覚を持つ曲である。
音楽的には、リズムの反復とシンセの装飾が中心で、曲には軽快さがある。だが、単純に明るいポップ・ソングというより、どこか斜めにずれた感覚がある。リズムは踊れるが、メロディや言葉は少し奇妙で、ポスト・パンク以降のアート・ポップ的な空気が残っている。
歌詞では、驚き、困惑、欲望、日常の混乱が断片的に描かれる。タイトルの「Good Gosh」は感情の強い表現でありながら、どこか子どもっぽく、軽い。そのため、曲全体にも深刻になりすぎない遊び心がある。Thompson Twinsの後年の作品にも、宗教的・精神的なイメージとポップな軽さが同居するが、この曲ではその前段階として、言葉の響きそのものを楽しむ感覚が強い。
「Good Gosh」は、『Set』の中でポップ性と実験性の中間にある曲である。分かりやすいヒット曲ではないが、バンドの柔軟な音楽感覚をよく表している。
6. The Rowe
「The Rowe」は、アルバムの中でもやや謎めいたタイトルを持つ楽曲である。タイトルの意味は明確に限定しにくいが、地名、人名、あるいは何らかの行列や通りを思わせる響きがある。初期Thompson Twinsの歌詞には、このように意味を固定しない言葉がしばしば現れる。
音楽的には、リズムと空間の使い方が印象的で、曲はやや暗く、硬質なムードを持つ。メロディが前面に出るというより、グルーヴと音の配置によって雰囲気を作るタイプの曲である。後年のThompson Twinsのカラフルなシンセポップに比べると、かなりポスト・パンク寄りの感触がある。
歌詞では、具体的な物語よりも、場所や状況の断片が提示される。聴き手は、その断片をつなぎ合わせて曲の世界を想像することになる。これは1980年代初頭のニューウェイヴに多く見られた方法であり、明確なメッセージよりも、不穏な空気や視覚的なイメージが重視される。
「The Rowe」は、アルバムの中でやや実験的な深みを与える楽曲である。『Set』が単なるヒット曲集ではなく、ポスト・パンク的な探索を含んだ作品であることを示している。
7. Runaway
「Runaway」は、逃走、逃避、自由への衝動をテーマにした楽曲である。タイトルはロックやポップの歴史において非常に古典的な言葉であり、若者が日常や関係から逃げ出す感覚を思わせる。Thompson Twinsはこのテーマを、ギター・ロックではなく、ニューウェイヴ的なリズムとシンセの中で表現している。
音楽的には、曲には前へ進む推進力があり、逃げ出す感覚とよく合っている。ビートは軽快だが、そこには不安もある。逃走は自由であると同時に、追い詰められていることの表れでもある。シンセの音色やヴォーカルの処理が、曲に少し冷たい都市的な感覚を与えている。
歌詞では、どこかへ逃げたい、現在の場所や関係から抜け出したいという感情が描かれる。これは恋愛の歌にも、社会的な閉塞からの逃避にも読める。1980年代初頭の英国における若者の不安、都市生活の窮屈さ、音楽による脱出願望が、この曲には反映されている。
「Runaway」は、『Set』の中で比較的分かりやすいテーマを持つ曲であり、後のThompson Twinsが得意とする感情的なポップ・ソングへの接近も感じられる。
8. Another Fantasy
「Another Fantasy」は、幻想、逃避、想像上の世界をテーマにした楽曲である。タイトルは「もうひとつの幻想」を意味し、現実から離れること、あるいは繰り返し幻想に逃げ込むことを示している。Thompson Twinsの音楽には、後年においても幻想、精神性、異国的イメージがしばしば現れるが、この曲はその初期的な表れとして聴ける。
音楽的には、シンセサイザーの質感が幻想的な空気を作り、リズムは曲をゆるやかに支える。ポップなメロディはあるが、全体には少し夢のような距離感がある。現実的なロック・サウンドというより、電子音によって作られた別の空間へ入っていくような印象を与える。
歌詞では、現実に満たされない人物が、別の幻想を求める感覚が描かれる。幻想は救いであると同時に、逃避でもある。人は現実に耐えられない時、物語、恋愛、音楽、イメージの中に別の自分を作る。この曲は、その欲求を冷静に見つめている。
「Another Fantasy」は、本作の中で後年のThompson Twinsのロマンティックで少し神秘的な側面を予告する曲である。まだ完成されたポップではないが、幻想を音で作る感覚がすでに表れている。
9. Fool’s Gold
「Fool’s Gold」は、「愚者の金」、つまり本物の金に見えるが価値のない鉱物を意味する言葉である。比喩としては、偽りの価値、見せかけの成功、欲望に惑わされることを示す。Thompson Twinsはこの曲で、見た目の輝きと実際の空虚さの対比を扱っている。
音楽的には、ダンサブルなリズムとやや不穏な音色が組み合わされている。表面的には動きがあるが、曲の奥には皮肉な空気が漂う。これはタイトルのテーマとよく合っている。輝いて見えるものが本物ではないという感覚が、サウンドの少し冷たい質感によって表現されている。
歌詞では、欲望や幻想にだまされる人間の姿が描かれる。金のように見えるものを追いかけても、それは実際には価値のないものかもしれない。恋愛、成功、名声、消費、社会的な地位。どれも「Fool’s Gold」になりうる。1980年代の消費社会が拡大していく時代背景を考えると、このテーマは非常に時代的である。
「Fool’s Gold」は、『Set』の中で社会的な皮肉とダンス・ポップ的な感覚が結びついた楽曲である。後年のThompson Twinsがより明るい表面を持つようになっても、こうした批評性は初期作品の重要な特徴として残っている。
10. Crazy Dog
「Crazy Dog」は、タイトルからして荒々しく、少しコミカルで、動物的なエネルギーを感じさせる楽曲である。初期Thompson Twinsの音楽には、整理されたポップの美しさだけでなく、こうした奇妙で衝動的な要素が強く存在している。
音楽的には、リズムが前面に出ており、曲全体には少し暴れるような感触がある。ギターやパーカッションの使い方も、きれいに整えられたシンセポップというより、ポスト・パンク的な粗さを残している。タイトルの「Crazy Dog」というイメージにふさわしく、曲はどこか制御しきれないエネルギーを持つ。
歌詞では、理性から外れた行動、衝動、野性、社会的な規範からの逸脱が感じられる。犬というイメージは忠実さや親しみやすさを示すこともあるが、「crazy」が付くことで、制御不能な存在になる。人間の中にある動物的な衝動、都市生活の中で抑えきれない不安が、この曲には反映されているように読める。
「Crazy Dog」は、アルバム終盤に荒々しいアクセントを加える楽曲である。Thompson Twinsが後年の洗練されたポップ・グループへ変化する前に持っていた、奇妙で少し危険なエネルギーを伝えている。
11. Blind
アルバムの最後を飾る「Blind」は、見ることができない状態、認識の欠如、愛や社会の中で真実を見失うことをテーマにした楽曲である。終曲として置かれることで、『Set』は単なるダンス・ニューウェイヴ作品ではなく、視覚や認識の不安を残して閉じられる。
音楽的には、やや暗く、緊張感を持った構成である。アルバム冒頭の「In the Name of Love」がダンス・ポップへの可能性を開いたとすれば、「Blind」はポスト・パンク的な影を再び引き戻す。シンセやリズムは冷たく、ヴォーカルにもどこか不安がある。
歌詞では、何かを見ようとしても見えない、あるいは見えているはずなのに理解できない感覚が描かれる。人は愛の名のもとに行動し、ヨーロッパで生活し、幻想を追い、愚者の金を求める。しかし最後に、自分が何を見ていたのか分からなくなる。この構成は、アルバム全体のテーマとも響き合う。
「Blind」は、『Set』をやや暗い余韻で締めくくる楽曲である。後年のThompson Twinsの華やかなポップ性だけを知っているリスナーにとっては、初期の彼らが持っていた不安や実験性を強く感じさせる終曲である。
総評
『Set』は、Thompson Twinsがポスト・パンク的な実験性から、シンセポップ/ダンス・ポップの成功へ向かう過程を記録した重要なアルバムである。後年の代表作『Into the Gap』のような完成されたポップ・アルバムではないが、その未完成さ、粗さ、方向転換の途中にある緊張感が大きな魅力になっている。
本作の最大の特徴は、リズム志向の強さである。ギター・ロックの形式にとどまらず、ファンク、ダンス・ビート、パーカッション、シンセの反復を使い、身体を動かす音楽へ向かっている。ただし、そのダンス性はまだ完全に商業的なポップへ整理されておらず、ポスト・パンク的な硬さや奇妙さを含んでいる。これにより、『Set』は1980年代初頭のニューウェイヴらしい実験精神を強く持つ作品になっている。
「In the Name of Love」の存在は非常に大きい。この曲はThompson Twinsの後の方向性を決定づけるような楽曲であり、ダンス・ポップ、シンセのフック、愛をめぐる曖昧な歌詞が高い水準で結びついている。しかし、アルバム全体はこの曲だけに還元されない。「Living in Europe」には都市的な時代感覚があり、「Tok Tok」にはリズム実験があり、「Fool’s Gold」には社会的な皮肉があり、「Blind」にはポスト・パンク的な不安がある。『Set』は、ポップな入口と実験的な奥行きを同時に持つアルバムである。
歌詞面では、愛、幻想、逃避、見せかけの価値、都市生活、視覚の不安が繰り返される。後年のThompson Twinsは、より普遍的で分かりやすいラヴ・ソングを多く書くようになるが、本作ではまだ言葉が断片的で、少し謎めいている。その謎めいた感覚が、初期ニューウェイヴの魅力でもある。意味が完全に固定されないからこそ、曲はリズムや音色と結びついて独特の空気を作る。
サウンド面では、後の3人体制Thompson Twinsとは異なる、より大所帯的で雑多な質感がある。これは時に散漫に聞こえるが、同時に豊かでもある。パーカッション、シンセ、ギター、複数の声が混ざり、バンドが自分たちの形を探している様子がそのまま記録されている。洗練された完成品ではなく、変化しつつある生きた音楽である。
歴史的に見ると、『Set』は1980年代初頭の英国ニューウェイヴにおける重要な過渡期作品である。ポスト・パンクの実験性が、クラブ・ミュージックやシンセポップのポップ性へ接続される過程がここにある。The Human League、Heaven 17、Japan、Talking Heads、A Certain Ratio、Simple Mindsなどと同時代的に、Thompson Twinsもまた、ロック・バンドの形式を拡張しようとしていた。
日本のリスナーにとっては、『Into the Gap』や「Hold Me Now」の印象でThompson Twinsを知っている場合、本作はかなり粗く、奇妙に感じられるかもしれない。しかし、その粗さは欠点だけではない。むしろ、本作を聴くことで、Thompson Twinsが最初から完成されたシンセポップ・グループだったのではなく、ポスト・パンク、ファンク、リズム実験、都市的な不安を通って、後のポップな成功へ至ったことが分かる。
『Set』は、Thompson Twinsの変身直前のアルバムである。愛の名のもとに踊り、ヨーロッパの都市で暮らし、幻想を追い、愚者の金に惑わされ、最後に盲目のまま残される。そこには、1980年代のポップへ向かう直前の、冷たく、リズミックで、少し不安定な音楽の魅力がある。完成形ではないからこそ、バンドの進化の熱が刻まれた一枚である。
おすすめアルバム
1. Thompson Twins『A Product Of… (Participation)』
1981年発表のデビュー・アルバム。『Set』よりもさらにポスト・パンク的で実験性が強く、大所帯バンドとしてのThompson Twinsの出発点を知ることができる作品である。初期のリズム志向やアート・ポップ的な感覚を理解するうえで重要である。
2. Thompson Twins『Quick Step & Side Kick』
1983年発表のアルバム。3人体制のThompson Twinsが本格的に確立され、シンセポップ/ダンス・ポップとしての方向性が明確になった作品である。『Set』の実験性が、より洗練されたポップへ移行した段階として聴く価値が高い。
3. Thompson Twins『Into the Gap』
1984年発表の代表作。「Hold Me Now」「Doctor! Doctor!」「You Take Me Up」を収録し、Thompson Twinsの商業的・音楽的ピークを示すアルバムである。『Set』で芽生えたリズムとシンセの要素が、最も完成された形で展開されている。
4. Talking Heads『Remain in Light』
1980年発表の重要作。ポスト・パンク、アフリカ的ポリリズム、ファンク、スタジオ実験を融合した作品であり、『Set』にあるリズム志向や異文化的な音楽への関心を理解するうえで関連性が高い。
5. A Certain Ratio『Sextet』
1982年発表のアルバム。ポスト・パンク、ファンク、ダブ、パーカッションを融合した作品で、初期Thompson Twinsと同じく、ロック以後のリズム実験を追求した英国バンドの重要作である。『Set』のより実験的な側面に関心がある場合、非常に相性がよい。

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