発売日: 2017年5月5日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ソウル・ロック、ゴシック・ロック、アート・ロック
概要
『In Spades』は、The Afghan Whigsが2017年に発表した通算8作目のスタジオ・アルバムであり、死と再生、霊性と欲望を描いた“黒い幻想文学のような音楽作品”である。
本作は2014年の『Do to the Beast』に続く再結成後の2作目であり、前作が“自己再構築の儀式”であったとすれば、本作はその新たな身体に魂を吹き込んだような、より有機的で感情的な仕上がりとなっている。
タイトルの「In Spades（スペードのように／極端に）」は、トランプにおけるスペード＝死の象徴をも暗示しており、全体に漂う霊的、幻想的、そして内省的なムードを象徴している。
メンバーのデイヴ・ローゼール（ギター）は本作リリース後に死去しており、結果としてこのアルバムは“失われた者たちへの鎮魂”としての意味も持つようになった。
グレッグ・デュリのボーカルはかつてなく情念に満ち、アレンジも幽玄でドラマチック――まさにバンドの「音楽的遺言」のような濃密な作品である。
全曲レビュー
1. Birdland
幽玄なピアノとストリングスで幕を開けるイントロダクション。
「鳥たちの国」は死後の世界、あるいは記憶の中の楽園を象徴している。
2. Arabian Heights
ファズの効いたギターとビートが炸裂する、緊迫感あるアップテンポ。
中東的イメージを喚起するサウンドと、闘争的な歌詞が印象的。
3. Demon in Profile
本作の核とも言える楽曲。
サックスとコーラスが絡み合い、まるで70年代ソウルとフィルム・ノワールの邂逅。
「輪郭を持った悪魔」という表現は、内面のトラウマや欲望の擬人化だろう。
4. Toy Automatic
内省的なバラードであり、時間と記憶の断片をつなぎ合わせるような歌詞が特徴。
自動的に再生される“オモチャのような過去”が哀しくも美しい。
5. Oriole
ストリングスを大胆に使った、ゴシックな叙情性を持つ名曲。
“オリオール（ムクドリ）”は死者の魂や再生の象徴とも解釈できる。
6. Copernicus
天動説を覆した天文学者の名を冠するこの曲は、自己中心的世界観の崩壊を描いたかのよう。
爆発的なギターとサイケデリックなサウンドが印象的。
7. The Spell
呪文や魔術をテーマにした、妖しいバラード。
中毒性のあるメロディとサウンドは、恋愛の“呪縛性”を浮き彫りにする。
8. Light as a Feather
本作の中では軽快でソウルフルなトラック。
“羽のように軽い”という表現が、死者の魂や解放された愛を示すとも読める。
9. I Got Lost
失われた愛とアイデンティティを巡る静かな告白。
その語り口はまるで内なる亡霊との対話のようでもある。
10. Into the Floor
“床の中へ”というタイトルは、死や地面への回帰を象徴。
デイヴ・ローゼールへの無意識の別れの歌のようにも聴こえる、感情的な締めくくり。
総評
『In Spades』は、The Afghan Whigsの作品群の中でも特に詩的かつ幽玄、そして情念に満ちた異色作である。
そこにはグレッグ・デュリが一貫して描いてきたテーマ――愛、罪、暴力、自己嫌悪、救済の不可能性――が、より抽象的で霊的な表現へと昇華されている。
まるでこれは、音楽という形式で綴られた“黒い祈祷書”であり、死者と対話するためのレクイエムのようですらある。
音楽的にはソウル・ロックという出自を保ちながらも、ストリングスやサックス、幻想的なコーラスワークを駆使し、アート・ロック／ゴシック・ロック的要素を大幅に強化している。
その結果として、かつての“獣の叫び”が“魂の囁き”へと変化したような、静かな迫力を放っている。
失われたもの、断ち切れぬもの、そしてそれでも鳴らさずにはいられない歌――
『In Spades』は、The Afghan Whigsというバンドの“死と再生”の記録そのものなのである。
おすすめアルバム
- Radiohead / A Moon Shaped Pool
喪失と抽象の美学を静謐に描いた作品。 - David Bowie / Blackstar
死と変容を主題にしたアート・ロックの極致。 - Mark Lanegan / Somebody’s Knocking
ダークウェーブとソウルを接続する現代的ロック。 - The National / Sleep Well Beast
中年以降の内面世界と沈黙の感情を音で描いた秀作。 -
Scott Walker / The Drift
深淵と静寂を往復する、“音の詩劇”としての到達点。
歌詞の深読みと文化的背景
本作の歌詞には、過去のThe Afghan Whigs作品以上に象徴性と暗喩、神話的な語彙が多く用いられている。
“Demon”、“Spell”、“Oriole”、“Copernicus”といった語は、すべて愛と罪を超えた“魂の構造”を詩的に可視化する装置である。
また、死や亡霊、再生のモチーフは当時闘病中だったデイヴ・ローゼールの存在や、バンドとしての“終わりと始まり”を内包しているとも読める。
『In Spades』はまさに、音楽が霊的な儀式たり得ることを証明する作品なのである。
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