1. 歌詞の概要
「STFU!」は、Rina Sawayamaが2019年にリリースしたシングルであり、後に彼女のデビューアルバム『SAWAYAMA』（2020年）にも収録された代表曲のひとつである。そのタイトルは「Shut The F**k Up!」の略であり、曲全体を貫くテーマは、アジア人女性としての彼女が日常的に経験してきたステレオタイプや偏見、ミクロアグレッション（軽視や侮辱を含むさりげない差別）への怒りと、そこから解放されるための“爆発”である。
歌詞は挑発的かつ直接的で、「うんざりだ」「黙ってくれ」というフレーズが繰り返される。その一方で、表面的にはポップでスウィートなヴァースを装いながら、サビに向かって突如としてメタル調の重厚なギターとシャウトが炸裂する構成が、抑圧から怒りへと変わる感情の移り変わりを視覚的かつ音響的に体現している。
つまり「STFU!」は、単なる怒りの表現にとどまらず、アジア人女性としての生きづらさや社会的抑圧を“音楽という武器”で切り裂くようにして解放していく、非常にラディカルで意味深い作品なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
Rina Sawayamaは日本生まれ・ロンドン育ちのアーティストであり、東洋と西洋、伝統と革新を自在に行き来するスタイルで注目を集めている。「STFU!」はそんな彼女の出自が色濃く反映された楽曲で、特に「西洋社会におけるアジア人女性」への偏見やフェティシズムを強烈に批判している。
彼女はインタビューで、日常の中で浴びせられる「箸の使い方教えて」「アニメ好きそうだね」といった悪意のない“無神経な発言”が、自分の存在をどれほど無力化するのかを語っている。「STFU!」は、そうした見えない差別に声を上げる曲として、音楽ジャーナリズムやフェミニズム的文脈でも高く評価された。
プロデューサーはRinaと長年タッグを組んでいるクラレンス・クラリティ（Clarence Clarity）。この曲では、2000年代初頭のニューメタル（特にKornやSystem of a Down）とJ-POP的なメロディー、さらにはY2Kカルチャーまでもを融合させ、怒りとアイロニーを併せ持つサウンドを創出している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Have you ever thought about taping your big mouth shut?
そのデカい口にテープでも貼ったらどう？‘Cause I have, many times
私は何度もそう思ったことがあるわYou’re so predictable, I hate people like you
あなたって本当にわかりやすい、こういう人ほんと嫌いJust shut the f*** up (Why don’t you?)
いいから黙って（どうして黙れないの？）STFU!
黙れって言ってんの！
歌詞引用元：Genius Lyrics – STFU!
4. 歌詞の考察
「STFU!」の歌詞は、一見すると過激で攻撃的なように見えるが、その背景には深く複雑な社会的文脈が存在している。Rina Sawayamaはこの楽曲を通じて、アジア人女性として経験してきた「過小評価」「性的消費」「文化的無理解」といった問題を暴き、怒りを隠さずに言葉にしている。
彼女が「Have you ever thought about taping your big mouth shut?」と歌うとき、それは単に目の前の相手を黙らせたいというより、「自分を一方的に定義しようとする社会の声を遮断したい」という切実な願いにも聞こえる。そうした怒りはサビで爆発し、シャウトとディストーションがそのまま感情の噴出となっている。
さらに興味深いのは、ヴァースではかわいらしいR&B調のメロディで微笑みながら語りかけるようなトーンを見せ、そこから一転して激情のロックパートに突入する構成だ。この“ギャップ”こそが、アジア人女性に対して社会が求める「従順で愛らしい姿」と、実際に彼女たちが抱えている怒りや自己主張との乖離を象徴している。
「STFU!」は、ただの怒鳴り声ではなく、構造的抑圧に対する精緻な反撃なのである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- XS by Rina Sawayama
ポップな装いの中に資本主義批判を忍ばせた、彼女らしいアイロニーに満ちた傑作。 - What’s Up by 4 Non Blondes
女性の声が社会へのフラストレーションを叫ぶ、時代を超えたアンセム。 - Brutal by Olivia Rodrigo
10代の不安と怒りをポップパンクに昇華した、現代的な反骨の表現。 - Don’t Touch My Hair by Solange
アフロディアスポラにおける“自己の身体”の神聖さと、無知な消費に対する静かな怒りを描いた一曲。
6. 怒りを“美学”へと昇華したポップの革命
「STFU!」は、単に激しい楽曲というだけでなく、“怒ること”そのものに美学を与えた作品として高く評価されるべきである。これまでポップ音楽が避けてきた「怒り」や「社会的対立」を、Rina Sawayamaはあえて音楽の中心に据えた。それも、鋭く、そしてキャッチーに。
彼女のアプローチは、特定の属性に抑圧されてきた多くの人々にとって、「声を上げてもいい」「怒ってもいい」という強力なメッセージとなった。自己表現が“共感”や“癒し”だけに限定されていたポップの文脈に、強烈な“抗議”と“反逆”を持ち込んだこの曲は、まさに現代的な音楽の在り方を問い直す一撃となっている。
「STFU!」は、Rina Sawayamaというアーティストの核心――それは、弱さを受け入れながらも声を上げる強さ――を体現した一曲であり、怒りを力に変えることの美しさを知らしめる、記念碑的作品なのである。
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