1. 歌詞の概要
「Pussy Is God」は、King Princessが2018年にリリースしたスタンドアローン・シングルであり、セクシュアリティと崇拝の関係を遊び心と敬意の両面から描いた、クィア・ポップの中でも異彩を放つ楽曲である。
一見すると挑発的とも取れるこのタイトルとフレーズ。しかしこの曲が内包するのは、単なる性的賛美ではなく、「愛する人を神聖視する感覚」や、「女性の身体性とそのエンパワーメント」に対する大胆で愛情深いリスペクトである。
歌詞は、King Princessの恋人への“信仰に近い愛”を軽やかに語るスタイルで構成されており、深刻さはないが誠実さがある。彼女の声は終始優しく、リリックの中の“Pussy”という言葉が、攻撃性ではなく“崇高さ”として響くよう巧みに設計されている。つまりこの楽曲は、「愛する人の身体性を通じて、自己の存在が祝福される感覚」を美しく、遊び心をもって表現したラブソングなのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
King Princessことミカエラ・ストレウスは、クィアであることを自身の音楽活動の中核に据え続けてきたアーティストである。「Pussy Is God」もその姿勢の延長線上にあり、恋愛感情と身体的欲望、そして精神的なつながりが渾然一体となった彼女ならではの表現である。
この楽曲は、当時のパートナーであった女優・モデルのAmandla Stenbergとの関係性にインスパイアされているとされており、その“崇拝”ともいえる愛情がリリック全体に溢れている。King Princessはこの曲について、「女性の身体が持つ神聖さと力を、ユーモアとロマンスを交えて描きたかった」と語っている。
また、プロダクションにはマックス・ハーシュとKing Princess自身が参加しており、チルなトラップ・ビートに柔らかいエレクトロ・サウンドが重ねられたドリーミーな質感が、この曲の“崇高な浮遊感”を演出している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Your pussy is God and I love it
君の身体は神様みたい、そして私はそれを愛してるGotta have it all the time
ずっとそばにいてほしいYou save me, you hold me down
君は私を救ってくれる、現実に引き戻してくれる存在And when you pray, you make me proud
君が祈るとき、私は心から誇らしくなるSo I take my time, I’ll worship you
だから私は焦らず、君を崇め続けるよ
歌詞引用元:Genius Lyrics – Pussy Is God
4. 歌詞の考察
「Pussy Is God」は、性愛を単なる肉体的関係としてではなく、“信仰”に近い愛の形として描いている点が特徴的である。この曲では、愛する女性の存在が、自分の人生の拠り所であり、祈りの対象にすらなっている。ここにあるのは、性的な魅力以上の「敬意」と「感謝」だ。
また、歌詞における「Pussy」という語は、しばしば社会的にタブー視されてきた女性の身体性を、逆に神聖なものとして逆転させるレトリックでもある。つまりこれは、フェミニズム的・クィア的な視点から見た「再意味化(reclaim)」の試みであり、「貶められてきた言葉を美しく再定義する」King Princessらしい知的な遊びとも取れる。
そして、この曲の魅力は、そうした言葉遊びや哲学を、あくまで柔らかなポップソングとして仕立てている点にある。鋭さや押しつけがましさはない。ただ、愛する人への崇敬と喜びに満ちていて、それを包み込むような歌声が、そのまま“祈り”として聴こえてくるのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Make Me Feel by Janelle Monáe
身体的な快感と精神的な愛が融合する、クィアな欲望の祝祭。 - Cherry by Rina Sawayama
性愛と曖昧な欲望の間をさまよう、優しくて誠実なクィア・ラブソング。 - Touch by Shura
過去の恋人への未練と身体の記憶を繊細に描いた、同性への思慕の曲。 - Girlfriend by Christine and the Queens
ジェンダーや役割を超えて「愛する」という行為に焦点を当てた、哲学的ポップ。
6. “身体”を神とする、新しい愛の神話
「Pussy Is God」は、King Princessが提示する“愛のかたち”の新しい神話である。それは、性愛や女性の身体性が“語ってはならないもの”とされてきた歴史に対して、愛と敬意と少しの皮肉で応答する一つの表現でもある。
この曲の中で描かれるのは、性愛と信仰が交差する場所。そしてその場所は、誰かの身体に宿る神聖さを信じることから生まれている。King Princessは、愛とは「祈り」なのだというメッセージを、キッチュでありながらも美しい旋律に乗せてさりげなく差し出している。
「Pussy Is God」は、単に大胆なタイトルで目を引くポップソングではない。それは、愛するという行為が、どれほど崇高で、どれほど喜びに満ちたものであるかを、ユーモアと真剣さをもって伝える、“クィア・ラブソングの進化形”なのである。タブーを超え、日常に美しく食い込むこの楽曲は、まさに“愛の詩”と呼ぶにふさわしい。
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