1. 歌詞の概要
「Cool(クール)」は、アメリカ・ナッシュビル出身のシンガーソングライター Soccer Mommy(ソッカー・マミー) ことソフィー・アリソンが2018年にリリースしたデビューアルバム『Clean』に収録された楽曲であり、自己像と憧れ、そして社会が押しつける“かっこよさ”という幻想に揺れる青春の断面を鋭く捉えたインディーロックの佳作である。
この曲では、「Liza」という“かっこいい”女の子が登場する。語り手は彼女に憧れを抱きつつも、その憧れの裏にある空虚さや表面的な魅力の危うさを感じ取りながら、「自分はそうなれない」と自覚していく。恋愛感情、ジェンダー、自己評価、承認欲求が絡み合いながら、10代から20代前半の感情の揺らぎを繊細に描き出している。
サウンドはローファイでシンプルだが、その中にあるメロディは親密かつ記憶に残るもので、まるで日記帳をギターで弾き語るような私小説的な語り口が、ソフィーのスタイルを確立している。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Cool」は、ソフィー・アリソンの作品の中でも特に**“自己と他者の比較”というテーマ**が明確に打ち出された楽曲である。彼女はこの曲について、「高校時代、自分よりもはるかに魅力的で自由奔放な子たちに囲まれていた。私は彼女たちみたいにはなれないと思っていたけど、でもどこかで彼女たちになりたかった」と語っている。
この“なりたくて、なれない”という感情は、SNSやカルチャーを通じて流通する「かっこよさ」や「自由さ」との距離感に悩む現代の若者たちにとって、極めて普遍的な問題意識でもある。フェミニズムの文脈とも共鳴しつつ、「クールな女の子像」に潜む自己否定のサイクルを、ソフィーは鋭くも優しい眼差しで見つめている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
She’s got everything
彼女はなんでも持ってるShe can be what she wants to be
なりたいものになれる力があるLiza goes out with her cool friends
ライザはクールな友だちと外に出かけるAnd smokes in her car
車の中でタバコを吸ってさI’m just a loser
でも私はただの負け犬I’ll never be like her
あんなふうにはなれない
歌詞引用元:Genius Lyrics – Cool
4. 歌詞の考察
「Cool」の語り手は、社会が設定する“魅力的な女性像”を体現しているようなライザに強く惹かれつつ、自分はそうなれないと感じている。その感情は単なる劣等感ではなく、ジェンダー的役割への違和感、自己認識と社会的期待のズレ、そして自意識のもつれに根ざしている。
「She’s got everything(彼女はなんでも持ってる)」というラインには、一見した“完璧な他者”への憧れが込められているが、それが続く「I’ll never be like her(あんなふうにはなれない)」によって、“他者の魅力”が同時に“自分の欠如”として作用していることが浮かび上がる。
また、この曲が興味深いのは、ライザの“クールさ”が必ずしも自由や幸福と結びついていないということ。彼女は自由奔放に見えるが、その“クールさ”もまた一種の演技であり、消耗的で、孤独を伴うものかもしれない。つまり、“クール”という仮面の裏にある空虚と痛みまでを、ソフィーは鋭く察知している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- I Know the End by Phoebe Bridgers
社会の中で自分がどう生きるか、その不安と希望を壮大なスケールで描くインディーロックの傑作。 - Your Best American Girl by Mitski
文化的・性的アイデンティティの狭間で揺れる“私”を激しくも繊細に描いたフェミニズム・アンセム。 - Kim by Kim Petras
他者への憧れと同時に芽生える不安定な自己像を、ポップに昇華した一曲。 - Clementine by Halsey
自分を好きになれないままに恋愛と向き合う、孤独な現代人の繊細な感情を描いた楽曲。
6. “なりたい誰かになれなくても、自分でいていい”
「Cool」は、他人と比べてしまうことで生まれる自己否定や不安を、そのまま**“等身大の痛み”として肯定した歌である。ソフィー・アリソンはこの曲で、あえて“かっこよくなれない自分”のままで歌うことで、“それでもいい”というメッセージを静かに、しかし確かに届けている**。
「ライザみたいにはなれないけれど、それでも私は私でありたい」。そんな感情の芽生えは、単なる敗北ではなく、他者ではない“自分自身として生きる”ことの第一歩なのだ。
「Cool」は、クールであろうとしなくていい。そう囁くように、傷ついた心にそっと寄り添ってくれる一曲である。比較の海に溺れそうなとき、この歌を思い出すことで、“誰かになる”のではなく、“自分でいる”ことの価値に気づけるかもしれない。
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