発売日: 2021年4月30日
ジャンル: インディーポップ、オルタナティヴロック、ベッドルームポップ
概要
『If I Could Make It Go Quiet』は、ノルウェーのシンガーソングライターgirl in red（本名：Marie Ulven）が2021年にリリースしたデビューアルバムであり、
心の内側で渦巻く感情──不安、孤独、愛、怒り──を赤裸々に描き出した、現代若者のリアルなポートレートである。
ベッドルームポップの旗手として注目を浴びたgirl in redだが、
このアルバムではよりダイナミックで洗練されたサウンドへと進化を遂げ、
プロデューサーにはMatias Tellez、さらに一部楽曲ではBillie Eilishの兄でありプロデューサーのFINNEASも参加している。
アルバムタイトルに込められた「静かにできたら」という願いは、
自身の中にある絶え間ない雑音──ネガティブな思考や感情の奔流──への切実な願望を象徴しており、
聴き手に深い共感とカタルシスをもたらす。
リリース後、アルバムは英米を中心に高く評価され、
girl in redは「次世代オルタナティヴ・アイコン」としての地位を確立した。
全曲レビュー
1. Serotonin
オープニングを飾る、疾走感あふれるインディーロックナンバー。
強迫的な思考や衝動に苦しむ心情を、ラップ調のパートと轟音ギターで生々しく表現している。
FINNEASの共同プロデュースによる鋭いサウンドメイキングも光る。
2. Did You Come?
セクシュアリティと自己認識をテーマにした挑発的な曲。
シンプルなギターリフに乗せた直球のリリックが、潔い痛快さを放つ。
3. Body And Mind
心と体の乖離を繊細に歌ったバラード。
ミニマルなビートと儚いメロディが、不安定な心情を浮かび上がらせる。
4. hornylovesickmess
愛欲と孤独の狭間でもがく感情を、ポップに、しかし痛切に描いた一曲。
カジュアルな語り口の中に、深い寂しさが潜んでいる。
5. midnight love
優しいギターアルペジオとソフトなボーカルが印象的なバラード。
誰かの「都合のいい存在」として扱われる痛みを、静かに吐露する。
6. You Stupid Bitch
タイトル通りの苛立ちを、軽快なビートに乗せて爆発させたポップパンク調の楽曲。
怒りと愛情がないまぜになった複雑な感情を、ストレートに叩きつける。
7. Rue
HBOドラマ『Euphoria』の主人公Rueにインスパイアされた曲。
精神疾患と向き合う苦しみを、壮大なサウンドスケープで描いている。
8. Apartment 402
孤独と閉塞感を、簡素なピアノとビートで表現した内省的なトラック。
部屋に閉じこもり、出口のない思考に沈む日々が、静かに綴られる。
9. .
タイトルにピリオドだけを冠したインタールード的な小品。
環境音とノイズが交錯し、心の雑音を象徴する。
10. I’ll Call You Mine
愛する人との未来を夢見る、温かくも切ないポップソング。
素朴な幸福感と、それを手にできるか分からない不安が同時に滲む。
11. it would feel like this
アルバムを締めくくる、インストゥルメンタルに近いドリーミーなトラック。
“静けさ”への憧れと、そこに到達するまでの道のりを、
言葉ではなく感覚で伝える、美しいラストである。
総評
『If I Could Make It Go Quiet』は、girl in redが自らの痛みや弱さを恐れず曝け出し、
それをポップソングとして昇華した、勇敢で親密な作品である。
ベッドルームポップというDIY的な出自を持ちながらも、
このアルバムでは、よりスケール感のあるプロダクションと構成力を獲得し、
インディーロック、ドリームポップ、エレクトロニカを横断するサウンドスケープを自在に描き出している。
リリックはときに不器用で、直接的で、痛いほど率直だが、
その剥き出しの言葉だからこそ、聴く者の心にまっすぐ突き刺さる。
girl in redは、本作によって単なる”思春期の声”を超え、
現代に生きるあらゆる不安や孤独を代弁する存在へと成長したのだ。
『If I Could Make It Go Quiet』は、静けさを求め続ける魂の叫びであり、
同時に、静かであることを必ずしも善としない、”生きていることそのもの”への賛歌でもある。
おすすめアルバム（5枚）
- Phoebe Bridgers『Punisher』
痛みとユーモアが交錯するリリックと、静謐なサウンドスケープが共鳴する。 - Clairo『Sling』
内省的なテーマと、柔らかなインディーポップアプローチが近い。 - Billie Eilish『Happier Than Ever』
精神的重荷と自己肯定をテーマに、ポップとエクスペリメンタルを融合させた作品。 - Snail Mail『Valentine』
若さと痛みを鮮烈に描くソングライティングがgirl in redと重なる。 - Soccer Mommy『Sometimes, Forever』
内向的な世界観と、広がりを持ったオルタナティヴポップサウンドが共通する。
ビジュアルとアートワーク
『If I Could Make It Go Quiet』のアートワークは、暗い背景にたたずむgirl in red自身の姿を捉えている。
不安げな表情とシンプルな構図は、アルバム全体に通底する”静けさへの渇望”と”自己との対話”を視覚的に象徴している。
また、ミュージックビデオでは、モノクロームとカラフルな世界を行き来する演出が多用され、
現実と内面世界の交錯を鮮やかに描き出している。
こうしたビジュアル面での一貫したコンセプトが、girl in redの世界観をより強固なものにしているのだ。
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