
発売日:2024年4月12日 ジャンル:インディー・ポップ、オルタナティブ・ポップ、ポップ・ロック、シンセ・ポップ
概要
『I’M DOING IT AGAIN BABY!』は、ノルウェー出身のシンガーソングライター、Marie Ulvenによるプロジェクト、girl in redが2024年に発表した2作目のスタジオ・アルバムである。内向的なベッドルーム・ポップから出発した彼女が、より大きな音響、明快なポップ構造、演劇的な自己表現を採用し、国際的なポップ・アーティストとしての立場を再定義した作品に位置づけられる。
girl in redは、2010年代後半にインターネットを通じて支持を広げた。初期の「i wanna be your girlfriend」「we fell in love in october」では、簡素なギター、曖昧な残響、親密な歌声を用い、同性への恋愛感情や若者の孤独を率直に描いた。特にクィアな若いリスナーにとって、彼女の音楽は自らの感情を肯定するための重要な言語となった。
2021年のデビュー・アルバム『if i could make it go quiet』では、恋愛、不安、自己嫌悪、精神的な不調を扱いながら、ベッドルーム・ポップの規模を越えたプロダクションへ進んだ。「Serotonin」では、頭のなかに侵入する破壊的な思考を、歪んだギターとヒップホップ的なリズムへ結びつけている。そこでは、私的な告白と大規模なポップ・サウンドの間に緊張があった。
『I’M DOING IT AGAIN BABY!』では、その緊張がさらに外向的な方向へ進む。アルバム・タイトルはすべて大文字で表記され、控えめな独白というより、ステージ上からの宣言に近い。「もう一度やっている」という言葉には、再び音楽を作ること、同じ失敗を繰り返すこと、成功を更新すること、自分自身を大胆に演じることなど、複数の意味が含まれる。
本作のMarie Ulvenは、傷つきやすい若者としてのみ自分を提示しない。自信、ユーモア、誇張、欲望、自己演出を積極的に用い、ポップ・スターとしての人格を構築している。しかし、その自信は完全に安定したものではない。「I’m Back」で復帰を宣言した直後から、恋愛における不均衡、他者の評価、身体的な痛み、見捨てられる恐怖が繰り返し現れる。
そのため本作の華やかさは、精神的な問題を克服した後の単純な勝利を意味しない。むしろ、不安を抱えたまま大きな声を出し、自信を演じることで前へ進む方法が示される。タイトル曲の誇らしげな態度と、「Phantom Pain」「Ugly Side」における内面の傷は、同じ人物の異なる側面である。
音楽面では、ギター中心のインディー・ロックに、シンセサイザー、打ち込み、ストリングス的な装飾、ヒップホップ由来の低音、ミュージカルを思わせる劇的な展開が加えられている。初期の録音にあった手作りの粗さより、各楽曲のフックと音響的な即効性が優先される。
また、楽曲は短く、場面転換が速い。静かな導入から巨大なサビへ移り、会話的な歌唱から叫びやラップに近いフレーズへ切り替わる。アルバム全体が一人の人物による小規模な舞台作品のように進み、Marie Ulvenは曲ごとに異なる役割や感情を演じる。
本作は、クィアな恋愛を扱うアーティストが、内密な告白や周縁的な表現へ限定される必要はないことも示している。恋愛対象の性別を特別な説明として扱わず、嫉妬、欲望、別れ、虚栄、依存といった普遍的なポップ・ソングの題材として提示する。その姿勢は、クィア表現を一つの専門的なジャンルから、メインストリームのポップ文化へ自然に組み込む役割を持つ。
全曲レビュー
1. I’m Back
「I’m Back」は、アルバムの開幕を告げる復帰宣言である。静かなピアノと声から始まり、次第に音響が広がる構成によって、私的な空間から公の舞台へ戻ってくる過程が表現される。
歌詞では、しばらく活動や精神的な安定から離れていた人物が、自分は再び戻ってきたと告げる。ただし、完全に回復したという報告ではない。過去の問題を抱えながらも、再び姿を見せること自体が前進として扱われる。
「戻ってきた」という宣言には、聴衆や音楽産業へのメッセージだけでなく、自分自身へ向けた確認も含まれる。長く不安定な状態にいた人物が、自らの存在をもう一度言葉にすることで、現実へ接続しようとしている。
Marie Ulvenの歌唱は、冒頭では慎重だが、曲が進むにつれて力を増す。この変化が、内向的なgirl in redから、本作の大胆な人格への移行を示す。
アルバムの序曲として、勝利と不安を同時に提示する重要な一曲である。
2. DOING IT AGAIN BABY
タイトル曲「DOING IT AGAIN BABY」は、誇張された自信、ユーモア、自己演出を前面に出した楽曲である。重いビート、派手なアクセント、会話とラップの中間にある歌唱によって、従来のgirl in red像を意図的に拡張する。
歌詞の語り手は、自分の成功、魅力、行動力を繰り返し強調する。これは一般的なヒップホップやポップに見られる自己神話化の形式に近い。弱さを告白するのではなく、自分を大きく見せることで場を支配しようとする。
しかし、その誇張には自己風刺もある。完全に自然な自信というより、自信満々な人物を楽しみながら演じているように聞こえる。「またやっている」という言葉には、成功の再現と、同じ衝動や失敗の反復が重なる。
音楽は突然の停止や声色の変化を含み、単純なポップ・アンセムにならない。過剰な態度そのものを舞台化し、リスナーへ見せる曲である。
girl in redが内省的なインディー・アーティストから、演劇的なポップ・パフォーマーへ進んだことを象徴する。
3. Too Much
「Too Much」は、恋愛関係のなかで自分の感情や行動を「重すぎる」「多すぎる」と扱われる経験を描く。題名は、他者から向けられる評価であると同時に、主人公が内面化した自己批判でもある。
歌詞では、相手が主人公の感情の強さ、言葉の量、愛情表現を負担に感じている。主人公は自分を抑えようとするが、相手に合わせて縮小し続けることにも苦しんでいる。
恋愛において「重すぎる」と言われることは、単に一方の性格が過剰であるという問題ではない。感情を表す速度や量が異なる二人の間で、どちらの基準が正常とされるかという力関係がある。
音楽は明るく、リズムも軽快だが、歌詞には自己否定がある。キャッチーなサビによって、苦痛が即効性の高いポップ・ソングへ変換されている。
終盤へ向かうにつれて声の切迫感が増し、相手の評価へ従うことへの怒りも現れる。自己縮小を拒む本作の重要曲である。
4. Phantom Pain
「Phantom Pain」は、すでに失われたはずのものが、なお身体的・精神的な痛みとして残る状態を扱う。題名は、切断された身体部位に痛みを感じる「幻肢痛」を意味し、終わった関係や過去の傷の比喩として用いられている。
歌詞の主人公は、相手がいなくなった後にも、その存在を感覚として経験する。頭では関係の終わりを理解していても、身体や習慣は以前の状態を記憶している。
失恋は、相手への考えを意識的にやめれば解決するものではない。日常の動作、場所、匂い、言葉が、失われた関係を突然呼び戻す。この曲は、その非合理的で身体的な記憶を中心に置く。
音楽は比較的内向的で、柔らかな旋律と広がりのある音響を持つ。タイトル曲の誇張された自信から距離を取り、本作の傷つきやすい側面を示す。
Marie Ulvenの歌唱も抑制され、痛みを劇的に叫ぶより、消えない違和感として伝える。喪失と身体感覚を結びつけた精密な一曲である。
5. You Need Me Now?
「You Need Me Now?」は、Sabrina Carpenterを迎えたデュエットであり、別れた後に再び連絡してくる相手への苛立ちを描く。題名の疑問形には、「今になって自分が必要なのか」という驚きと軽蔑が含まれる。
歌詞では、関係が続いていた時期には主人公を十分に評価しなかった人物が、別れた後になって再接近する。主人公はその身勝手さを見抜き、以前の立場へ戻ることを拒む。
二人のボーカルは、同じ相手を批判する友人同士のようにも、恋愛関係の異なる立場を演じる人物同士のようにも聞こえる。声質の違いによって、楽曲に会話劇の性格が生まれる。
途中には、ポップ・ソングの制作そのものを意識したような言葉や場面転換があり、深刻な失恋歌へ閉じない。二人が自分たちのスター性を楽しみながら、相手を曲の題材へ変えていく構造である。
傷つけられた側が、相手の帰還によって再び価値を確認するのではなく、すでに自分の価値を理解している点が重要である。
6. A Night to Remember
「A Night to Remember」は、強烈な一夜の記憶を描く、ロマンティックで映画的な楽曲である。題名は特別な夜を肯定的に記憶する表現だが、そこには永続しない時間への意識もある。
歌詞では、人物同士が日常から一時的に離れ、強い親密さや高揚を共有する。その夜が関係の始まりなのか、すでに終わりへ近づいた瞬間なのかは明確にされない。
「忘れられない夜」として語られる時点で、その出来事はすでに過去になっている。現在の幸福より、後から振り返られる記憶としての美しさが中心となる。
音楽はゆるやかに広がり、ストリングスを思わせる音色や柔らかな歌唱によって、アルバム中でも特に叙情的な空間を作る。
前半の誇張されたポップ・サウンドに対し、ここではMarie Ulvenの繊細なメロディ感覚が前面に出る。一時的な幸福と、その後に残る記憶を扱った楽曲である。
7. Pick Me
「Pick Me」は、他者から選ばれたいという欲望と、その欲望に対する自己嫌悪を描く。題名は「私を選んで」という直接的な要求であり、恋愛だけでなく、社会的な承認や競争にもつながる。
歌詞の主人公は、相手の注意を得るために自分を調整し、より魅力的に見せようとする。自分らしくあることより、選ばれることが優先される。
現代のインターネット文化における「pick me」という言葉には、他者との差別化を図り、特定の相手から承認されようとする人物への批判的な意味がある。曲はこの言葉を外部への非難ではなく、自分自身の欲望へ向ける。
音楽は軽快で、サビも親しみやすいが、反復される要求には切迫感がある。主人公は選ばれることで自分の価値を確認しようとするが、その方法では不安は消えない。
恋愛における競争、自己演出、承認依存を、皮肉と率直さの両方で扱った一曲である。
8. Ugly Side
「Ugly Side」は、自分のなかにある醜い側面を相手へ見せることへの恐怖を描く。題名の「醜さ」は外見ではなく、嫉妬、怒り、依存、支配欲、自己中心性などの内面的な性質を指す。
恋愛の初期には、人は望ましい自分を提示しようとする。しかし関係が深まれば、隠していた感情や行動も現れる。主人公は、相手がその側面を知った時にも残ってくれるのか不安を感じている。
この曲は、無条件の愛を単純に求めるものではない。相手に受け入れてほしいと願いながら、自分の有害な行動を正当化してよいのかという問題も残される。
演奏は暗く、低音と声の距離が近い。派手な自己演出を抑え、告白の不快さを前面に出す。
本作における自信は、この曲によって大きく揺らぐ。タイトル曲で作られた強い人格の内側に、拒絶を恐れる人物が存在することを明らかにする一曲である。
9. New Love
「New Love」は、新しい恋愛の始まりに伴う高揚と警戒を描く。過去の関係による傷を抱えた人物が、再び他者へ近づこうとする場面である。
歌詞では、新しい相手との時間が喜びをもたらす一方、以前と同じ失敗が起こるのではないかという恐怖も示される。新しさは希望だが、過去を完全に消すことはできない。
題名は単純で明るいが、本作の文脈では「もう一度やっている」というアルバム・タイトルとも結びつく。新しい恋を始めることは、新しい可能性へ進むことであると同時に、同じ感情の循環へ戻ることでもある。
音楽は開放的で、メロディには温かさがある。Marie Ulvenの歌唱も比較的落ち着いており、過度な理想化を避けながら相手へ近づく。
愛を完全な救済として扱わず、それでも再び関係を選ぶ行為に価値を置いた楽曲である。
10. ★★★★★
終曲「★★★★★」は、評価を示す五つ星を題名にした楽曲である。商品、作品、サービス、人間まで数値化される現代において、最高評価を自ら掲げる言葉となっている。
題名には強い自己肯定がある。自分は五つ星に値すると宣言し、他者の低い評価によって価値を決められることを拒む。しかし、評価記号そのものを題名にすることで、承認への執着も浮かび上がる。
人は評価制度を批判しながら、最高評価を求めることから完全には逃れられない。この曲では、自信と承認欲求が分離されず、同時に存在する。
音楽は華やかで、アルバムを祝祭的に閉じる。大きなサウンドと軽いユーモアによって、深刻な自己分析だけで終わることを避けている。
本作のMarie Ulvenは、醜い側面も、依存も、過去の痛みも抱えている。それでも最後に自らへ五つ星を与える。完全だから価値があるのではなく、不完全さを含めて自分を評価するという結論である。
総評
『I’M DOING IT AGAIN BABY!』は、girl in redがベッドルーム・ポップの親密さから、より演劇的で大規模なポップ表現へ移行した作品である。初期の簡素なギターとささやくような声を期待する場合、本作の派手な音響や自己演出は大きな変化に聞こえる。しかし、その中心にある感情は従来から連続している。
本作の根本的な主題は、自信と不安の共存である。「DOING IT AGAIN BABY」では大胆に自己を誇示し、「★★★★★」では自らに最高評価を与える。一方、「Too Much」では自分の感情が過剰だと感じ、「Pick Me」では選ばれることを求め、「Ugly Side」では拒絶を恐れる。
この矛盾は、作品の一貫性を損なうものではない。人間の自信は常に安定しているわけではなく、状況や相手によって変化する。強い自己肯定も、ときには不安を覆うための演技として必要になる。本作は、その演技を偽物として否定せず、生き延びるための実践として扱う。
アルバム・タイトルの「またやっている」という言葉も、この考えを支える。恋愛、創作、自己演出、失敗、回復は一度きりではない。人物は同じ問題へ戻り、以前と似た傷を負い、それでも再び始める。
音楽面では、短い楽曲のなかで多くの場面を切り替える構成が特徴である。ギター・ポップ、シンセ・ポップ、ヒップホップ的なビート、ピアノ・バラード、劇的なコーラスが一枚に共存する。統一されたジャンル感より、感情ごとに最適な音響を選ぶ方法が採用されている。
この多様性は、現代のポップ・アルバムらしい編集感覚とも関係する。楽曲は長い演奏展開より、瞬間的なフック、声色の変化、強い一節を重視する。短い映像や断片的な情報が連続するメディア環境に適した速度で進みながら、アルバム全体には一人の人物の心理劇が保たれている。
Marie Ulvenの歌唱も大きく変化している。初期には、声の小ささや録音の近さが親密さを作っていた。本作では、低い独白、鋭い発音、誇張された叫び、会話的なフレーズ、柔らかなバラード歌唱を使い分ける。声は感情を伝えるだけでなく、曲ごとの人格を演じるための道具となる。
歌詞は詳細な物語より、強い感情を短い言葉へ凝縮する。「Too Much」「Pick Me」「You Need Me Now?」のような題名は、そのまま人物の心理と対人関係を示す。言葉の単純さは、楽曲の即効性を高める一方、複雑な感情を標語へ縮小する危険も持つ。
実際、本作にはデビュー作ほど深く精神状態を掘り下げない曲もある。華やかなプロダクションやユーモアが、歌詞の葛藤を軽く見せる場面も存在する。しかし、それは必ずしも感情の欠如を意味しない。苦痛を詳細に説明し続けることから離れ、遊びや誇張を表現へ取り戻すこと自体が、本作の変化である。
クィア・ポップとしての意義も大きい。girl in redは初期から、同性への恋愛感情を隠さず歌ってきた。本作では、その事実を特別な説明や告白として強調するより、ポップ・スターが歌う通常の恋愛、欲望、失恋として扱う。
これは、クィアなアーティストが常にアイデンティティの代表者や教育者として振る舞う必要はないという姿勢にもつながる。豪華さ、虚栄、失敗、自己中心性、ユーモアを含め、複雑な人物として表現されることが重要である。
同時代のポップ・シーンでは、Billie Eilish、Olivia Rodrigo、Chappell Roan、Sabrina Carpenterらが、個人的な告白と演劇的なスター性を異なる方法で結びつけている。本作もその流れに位置しながら、インディー・ロック由来のギター感覚と、girl in red固有の率直なクィア表現を保持している。
特にSabrina Carpenterを迎えた「You Need Me Now?」は、インターネット発のインディー・アーティストと、メインストリーム・ポップの境界が薄れていることを示す。両者の声と人格が会話的に交差し、ポップ・ソングそのものを一種の社交空間へ変えている。
『I’M DOING IT AGAIN BABY!』は、統一された内省的アルバムを求めるリスナーには、意図的に軽く、散漫に聞こえる可能性がある。曲調の変化が速く、深刻な感情の直後にユーモアや自己賛美が現れるからである。
しかし、この不安定な振幅こそが作品の主題に合っている。自信に満ちた瞬間と、拒絶を恐れる瞬間は、現実の人格のなかで連続して起こる。本作はその矛盾を整えて一つの成熟像へまとめず、変化する感情の速度をそのまま残す。
デビュー作が「静かにできない頭のなか」を描いた作品だとすれば、本作は、その騒がしい内面を舞台へ上げ、衣装と照明を与えたアルバムといえる。不安は消えていないが、それを隠れて耐えるのではなく、ポップ・ショーの材料として扱う。
本作は、インディー・ポップから現代的なメインストリーム・ポップへの移行、クィアな自己表現、恋愛における承認欲求、演劇的なボーカルを重視するリスナーに適している。
『I’M DOING IT AGAIN BABY!』が最終的に示すのは、回復や成長は同じ失敗を二度と繰り返さないことではないという認識である。人はまた恋をし、また選ばれたいと願い、また傷つく。それでも戻り、自分を大きく見せ、ときには自らに五つ星を与える。その反復を恥ではなく生命力として提示した点に、本作の価値がある。
おすすめアルバム
girl in red『if i could make it go quiet』
不安、自己嫌悪、恋愛、侵入的な思考を、ギター・ロックと現代的なポップ・プロダクションで描いたデビュー作。『I’M DOING IT AGAIN BABY!』における外向的な自己演出へ至る前の、より切迫した内面を確認できる。
Olivia Rodrigo『GUTS』
失恋、嫉妬、自己評価、若者の不安を、ポップ・パンク、ピアノ・バラード、演劇的なポップへ展開した作品。ユーモアと自己嫌悪、大きなサビと私的な告白を共存させる点で本作と関連する。
Chappell Roan『The Rise and Fall of a Midwest Princess』
クィアな欲望、失恋、地方から都市への移動、自己演出を、華やかで演劇的なポップへまとめた作品。内面の不安をステージ上の誇張された人格へ変える方法が、girl in redの本作と共鳴する。
MUNA『MUNA』
クィアな恋愛、別れ、自己肯定を、シンセ・ポップ、ダンス・ポップ、ギター・ロックによって描いた作品。悲しみを共同体的な高揚へ変換する構成と、親密さを大規模なポップへ広げる姿勢が共通している。
Sabrina Carpenter『Short n’ Sweet』
恋愛における駆け引き、失望、自信、皮肉を、簡潔で明快なポップ・ソングへまとめた作品。ユーモアを使って失恋や承認欲求を処理し、歌手自身の人格を楽曲の中心へ置く点で関連性が高い。

コメント