
発売日: 2019年11月15日
ジャンル: インディーポップ、オルタナティブR&B、ベッドルームポップ
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概要
『STELLA & STEVE』は、ニュージーランド出身のシンガーソングライター BENEE(本名:Stella Rose Bennett)が2019年にリリースした2枚目のEPであり、耳馴染みの良いベッドルームポップと予測不能なポップ感覚が絶妙に融合した、“Z世代の軽やかな不安とユーモア”を象徴する一作である。
タイトルの“STELLA”は自身の名前、“STEVE”は架空の人物とも、BENEEの創造性の象徴とも言われており、この作品は彼女自身とその“もう一つの側面”との対話=スケッチブックのように機能している。
前作『FIRE ON MARZZ』で注目を集めたBENEEは、本作でよりポップに寄りつつも、その底には不安や不条理への鋭い感受性が横たわっており、心地よさと奇妙さの同居という彼女のスタイルが明確に確立された。
代表曲「Supalonely(feat. Gus Dapperton)」がTikTokで世界的にヒットしたことで、彼女の存在はインターネット・ポップの新世代象徴として世界に拡散することとなった。
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全曲レビュー
1. Find an Island
スチールギター風のサウンドと軽快なリズムが特徴のオープニング曲。
人間関係に疲れ、「1人で島にでも行きたい」という逃避願望を、ユーモラスかつ甘やかに歌う。
喧嘩の後の感情を「火山」に例える比喩も印象的。
2. Monsta
可愛らしい曲調に反して、内容は“ベッドの下のモンスター”という不安を描いたもの。
夜に忍び寄る不安や恐怖を、あくまでキャッチーなポップソングとして昇華している。
子どもっぽさと哲学的な視点の混在がBENEEらしい。
3. Glitter
夢見心地のサウンドと恋のときめきを描いたリリックが融合した、最も“キラキラ”した楽曲。
サビの「I like glitter and you like glitter too」というフレーズは、無邪気さと衝動的な感情の肯定そのもの。
4. Blu
本作中でもっとも内省的なトラック。
音数を減らしたミニマルなアレンジで、“ブルー”な感情をそのまま音に落とし込んでいる。
恋愛の余韻と虚しさを、無理にポジティブにせず、そのまま肯定するという姿勢が印象的。
5. Supalonely (feat. Gus Dapperton)
本EPのハイライトであり、世界的ヒット曲。
失恋による孤独をテーマにしながら、それを「私はスーパー孤独」と自嘲気味に歌い上げる。
ベースラインはファンキー、Gus Dappertonの脱力系ラップとの掛け合いも抜群で、悲しみをダンスに変えるZ世代的ポップソングの代表作。
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総評
『STELLA & STEVE』は、BENEEというアーティストが持つ“憂鬱さえも装飾にしてしまうポップセンス”を凝縮した作品である。
ここには大仰な悲劇も劇的な展開もない。
あるのは、恋の終わりや夜の不安、ちょっとした孤独といった日常的な“感情のさざ波”を切り取る感性であり、それを耳心地よいサウンドに乗せることで、むしろリスナーの心に強く残る。
ジャンル的にはベッドルームポップ、オルタナティブR&B、ローファイなインディーポップの文脈に属しながら、TikTok以降のミーム的展開を含んだポップスとしても非常に現代的。
BENEEの声はどこまでも飾らず、時に素朴で、時に皮肉っぽく、しかし常に“今”のムードを的確に映し出す。
それは彼女がZ世代の語り部としてだけでなく、世界のどこかでこっそり揺れている感情の代弁者としての存在でもあることを証明している。
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おすすめアルバム(5枚)
- Clairo『Immunity』
内省的ベッドルームポップの決定盤。繊細な語り口と音像が近い。 - Beabadoobee『Fake It Flowers』
90sギターポップの再解釈と、少女的視点がBENEEと共鳴。 - girl in red『if i could make it go quiet』
心のざわつきを音にしたような、Z世代らしい誠実なポップ。 - King Princess『Cheap Queen』
ラブソングに皮肉と脆さを織り交ぜるスタイルが共通。 - Billie Eilish『dont smile at me』
若さと暗さ、ポップさと毒を両立させた初期EPの金字塔。
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7. 歌詞の深読みと文化的背景
『STELLA & STEVE』におけるBENEEの歌詞は、深刻さをあえて軽やかに語るというアプローチに貫かれている。
「Supalonely」では、恋人に捨てられたことを嘆くのではなく、「ひとりぼっちだけどまあ仕方ないよね」と笑ってみせる。
そこにはZ世代特有の「感情をアイロニカルに語る」姿勢があり、シリアスな問題を自虐やユーモアで処理する文化的特徴が見られる。
また「Monsta」や「Blu」では、メンタルヘルスや夜間不安といったテーマを、決してドラマチックには描かない。
むしろそれは「そこにあって当たり前」のものとして静かに存在しており、“不安と共存する”という感覚が根底にある。
BENEEはこのEPで、「ポップは明るくなくてもいい」「悲しみは装飾されてもいい」と教えてくれる。
それは、私たちの小さな感情を優しく肯定してくれる音楽なのである。
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