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楽曲概要
“Tisched Off”は、Bartees Strangeが2023年にリリースした単発シングルであり、彼の音楽的実験性と社会批評的な視点が、怒りとエレガンスを同時に纏った形で爆発する異色作である。
タイトルの“Tisched Off”は、“pissed off(キレている)”という口語表現のひねりであると同時に、ニューヨークの有名芸術大学「Tisch School of the Arts」への含意も感じられ、“芸術”と“怒り”の二重構造を備えた言葉遊びとして機能している。
Bartees自身が語るように、この曲は彼が業界内で経験してきた排除、無理解、見せかけの多様性への苛立ちを背景にした、“アート界のパフォーマンス的リベラリズム”へのカウンターであり、音楽・歌詞ともに鋭く、鮮やかに牙を剥く。
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歌詞の深読みとテーマ
“Tisched Off”は、Barteesのキャリアや社会的立ち位置における“期待”と“現実”のズレ、その間に蓄積されてきた怒りと疲弊をむき出しにした内容となっている。
主なテーマは以下のとおり:
- “インディー”に潜む排除構造
→ “多様性”や“実験性”をうたう音楽業界が、実際には誰に機会を与えているのか? という問いかけ。 - “呼ばれるけど、居場所ではない”空間
→ イベントに呼ばれ、褒められ、取り上げられながらも、“本質的には外部の存在”として扱われる経験の反復。 - 芸術と怒りの融合
→ 感情を“洗練された形で表現しなければならない”という抑圧に対する抵抗。叫びと叙情、詩とノイズが同居する構造。
特に印象的なのは、次のようなライン:
“They love it when I smile, but they flinch when I scream”
→ 黒人アーティストが“魅力的”に振る舞うと歓迎されるが、怒りを表現した瞬間に“脅威”とされるという、構造的な偏見を暴き出す言葉。
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音楽的特徴と構成
- ジャンルの暴発的ミックス:
ノイズロック、ハードパンク、インダストリアル、ラップ、ソウルの要素が目まぐるしく交錯。Barteesが持つ音楽的リテラシーの高さと破壊衝動が直結している。 -
ダイナミクスの急旋回:
静から動、囁きから咆哮へ。ひとつの曲の中で複数の感情と声の性質が展開され、まるで複数の人格が交互に語り合っているかのよう。 -
破調の美学:
サビでのリズム崩壊やエフェクトの使い方は、意図的に“乱れ”を作り出し、整ったポップスから距離を置く姿勢を強く感じさせる。
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位置づけと意義
“Tisched Off”は、Bartees Strangeのこれまでの作品群の中でも、最も“怒り”をストレートに、かつ複雑に表現した楽曲である。
彼はここで、「音楽家」と「黒人男性」と「シーンの外部者」という三重のアイデンティティをぶつけ合い、その矛盾や摩擦を逃げずに音にしている。
それは単なる感情の吐露ではない。むしろ、怒りを芸術として成立させる高度な演出と詩性によって、この曲はBartees自身の「いま、ここにいる」証明となっている。
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関連作品のおすすめ
- IDLES「Reigns」
社会への怒りを構造的に表現する、ポストパンクの最前線。 -
Slauson Malone 1「The Message 3」
実験性と怒り、断片的構造で構築された“現代詩”としての音楽。 -
JPEGMAFIA「Jesus Forgive Me, I Am a Thot」
アイロニーとラップ、音響暴力が同居する現代の“ブラックノイズ”。 -
Moses Sumney「Conveyor」
声の変容を通じて自我と構造を揺るがすアートポップ。 -
Rage Against the Machine「Killing in the Name」
怒りを“楽曲”として定義づけた歴史的アジテーション。
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歌詞と文化的背景
“Tisched Off”というタイトルの多義性は、この曲全体のメッセージ性そのものを象徴している。
“怒っている(pissed off)”のではなく、“Tischされた”——つまり、文化産業の“見世物”として扱われることに疲弊し、なおもその中で声を持とうとする者の叫び。
Bartees Strangeはこの楽曲で、「ただ黙って微笑んでいる才能」ではなく、「怒りを引き受けて立ち上がる声」の可能性を示した。
これは、“演じないための音楽”なのだ。
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