
発売日:2022年9月16日
ジャンル:インディー・ロック、パワー・ポップ、インディー・ポップ、ギター・ポップ、オルタナティヴ・ロック
概要
The Beths の Expert in a Dying Field は、2022年に発表された3作目のスタジオ・アルバムであり、ニュージーランド・オークランド出身のインディー・ロック・バンドが、持ち前のメロディ感覚、ギター・ポップの推進力、感情の細やかな観察をさらに成熟させた作品である。The Beths は、Elizabeth Stokes の明快で少し不安げなボーカル、Jonathan Pearce の鮮やかなギター・ワーク、Benjamin Sinclair のベース、Tristan Deck のドラムを軸に、パワー・ポップの即効性とインディー・ロックの繊細な自意識を結びつけてきたバンドである。
2018年のデビュー作 Future Me Hates Me では、失恋や自己嫌悪を明るいギター・ポップに乗せる手法が注目を集めた。2020年の Jump Rope Gazers では、より内省的で柔らかい側面が強まり、ツアー生活、距離、友情、恋愛の不安定さが丁寧に描かれた。Expert in a Dying Field は、その2作を経て、The Beths の音楽的特徴を最も高いバランスでまとめたアルバムといえる。ギターは鋭く、コーラスは大きく、メロディは非常にキャッチーでありながら、歌詞は過去の関係や記憶が心に残り続ける苦さを扱っている。
タイトルの Expert in a Dying Field は、「死にゆく分野の専門家」という意味を持つ。これは非常に The Beths らしい言葉である。恋愛が終わった後、その関係についてだけは誰よりも詳しくなってしまう。しかし、その知識はもう役に立たない。相手の癖、会話の記憶、関係が崩れた理由、自分がどこで間違えたのか。そうした情報は膨大に残るが、関係そのものはすでに終わっている。つまり、語り手は「失われた関係」の専門家になってしまったのである。
このタイトルは、アルバム全体のテーマと深く結びついている。本作で描かれるのは、失恋そのものの瞬間だけではない。むしろ、終わった関係の後に残る記憶、知識、習慣、言葉の断片、生活の中に空いた穴である。The Beths の歌詞は、感情を大げさな悲劇として描くのではなく、日常の中でふと残ってしまう小さな違和感として表現する。相手がいなくなった後も、その人に関する知識だけが残る。その知識が、役に立たないのに消えない。そこに本作の切実さがある。
音楽的には、パワー・ポップの伝統を強く感じさせる。Big Star、The Go-Go’s、The Breeders、Teenage Fanclub、The New Pornographers、Alvvays などに通じる、明るいギター、跳ねるリズム、重なるコーラス、切ないメロディが本作の基盤となっている。ただし、The Beths の場合、サウンドが明るいほど歌詞の不安が浮かび上がる。疾走するギターの裏側で、語り手は過去に囚われ、自己分析をやめられず、自分の感情の扱い方に困っている。
Elizabeth Stokes のソングライティングの大きな魅力は、知的な自己分析と感情の素直さが同時に存在する点である。彼女の歌詞は、ただ「悲しい」と言うのではなく、悲しみを観察し、分類し、言葉にしようとする。しかし、その分析が必ずしも救いになるわけではない。むしろ、考えれば考えるほど、失ったものの輪郭がはっきりしてしまう。その矛盾が、Expert in a Dying Field の中心にある。
本作は、The Beths のアルバムの中でも特にソングライティングの完成度が高い。曲ごとのフックは明快で、アルバム全体の流れも非常に自然である。短く鋭いギター・ポップ、穏やかなミッドテンポ、感情が爆発するロック・ナンバー、静かな終曲がバランスよく配置されている。ポップで聴きやすいが、聴き込むほど歌詞の細部が刺さる。そうした二重構造こそ、The Beths の最大の強みである。
全曲レビュー
1. Expert in a Dying Field
タイトル曲「Expert in a Dying Field」は、アルバムのテーマを最も明確に示すオープニングである。軽快なギターと跳ねるリズムによって曲は明るく始まるが、歌詞の中心にあるのは、終わった関係についてだけ詳しくなってしまった人間の虚しさである。
タイトルの「死にゆく分野」は、終わった恋愛や失われた関係の比喩である。相手のことをよく知っている。二人の間で何が起きたのかも知っている。どんな会話をしたか、何が好きだったか、どこで間違えたかも覚えている。しかし、その知識はもう使えない。関係が終わった後に残る知識は、まるで消滅した学問分野の専門知識のように、誰にも必要とされない。
サウンドは非常に The Beths らしい。明るいギター・ポップの形を取りながら、メロディには切なさがある。サビは大きく開け、合唱したくなるほどキャッチーだが、歌われている内容は苦い。この「歌える悲しみ」が、The Beths の音楽の核心である。
歌詞の巧さは、失恋を単なる感情ではなく、知識の問題として捉えている点にある。人は誰かを愛すると、その人について詳しくなる。しかし別れた後、その知識は行き場を失う。曲はこの残酷な事実を、軽やかなポップ・ソングとして提示する。アルバム冒頭として、これ以上ないほど象徴的な一曲である。
2. Knees Deep
「Knees Deep」は、自己防衛と危険への接近をテーマにした楽曲である。タイトルは「膝まで浸かっている」という意味を持ち、完全に沈んでいるわけではないが、すでに安全な岸にはいない状態を示している。感情、関係、あるいは不安の中へ入り込みすぎてしまった状態として読むことができる。
サウンドは疾走感があり、ギターは軽快に鳴る。The Beths は、重いテーマを扱うときでも、音楽を過度に暗くしない。この曲も、テンポとメロディの明るさによって、聴き手をすぐに引き込む。しかし歌詞の中では、何かに巻き込まれつつある自分を冷静に見ているような感覚がある。
歌詞では、危険だと分かっていながら踏み込んでしまう心理が描かれる。完全に安全な場所から分析しているのではなく、自分自身もすでにその感情の中にいる。つまり語り手は、問題を理解しているが、理解しているからといって抜け出せるわけではない。この点が The Beths らしい。自己認識はある。しかし、自己認識は必ずしも解決ではない。
曲全体としては、パワー・ポップの明るさと、感情的な足場の不安定さが見事に共存している。アルバム序盤に置かれることで、タイトル曲で提示された「過去の分析」が、現在進行形の不安へと広がっていく。
3. Silence Is Golden
「Silence Is Golden」は、本作の中でも特に勢いのあるロック・ナンバーであり、音と沈黙の対比をテーマにした楽曲である。タイトルは「沈黙は金」という慣用句を用いているが、曲そのものはむしろ騒がしく、ノイジーで、焦燥感に満ちている。この矛盾が非常に効果的である。
歌詞では、周囲の騒音、頭の中のノイズ、止まらない思考への疲労が描かれる。沈黙がほしい。しかし沈黙は手に入らない。外の世界も、自分の内面も、絶えず何かを鳴らし続けている。現代的な不安、情報過多、自己分析の過剰が、この曲の背景にある。
サウンド面では、ギターの音が鋭く、ドラムも前のめりで、バンドのエネルギーが強く出ている。The Beths はメロディアスなバンドとして語られることが多いが、この曲ではノイズとスピードの力も前面に出ている。ポップな構造を保ちながら、音の密度によって不安を表現している点が見事である。
タイトルの皮肉も重要である。沈黙が金なら、この曲の騒がしさは何なのか。語り手は静けさを求めているが、その願望自体が叫びになってしまっている。これは The Beths の歌詞にしばしば見られる、自己矛盾の表現である。静かになりたいのに、静かになりたいという感情があまりにうるさい。この曲はその状態を、ロック・ソングとして鮮やかに鳴らしている。
4. Your Side
「Your Side」は、距離と支持、あるいは相手の側に立つことの難しさを描いた楽曲である。タイトルは「あなたの側」という意味を持ち、恋愛や友情における立場、忠誠、共感を連想させる。The Beths の歌詞において、誰かの側に立つことは単純な献身ではなく、しばしば自分の感情や境界の問題を伴う。
サウンドは比較的穏やかで、メロディには優しさがある。ギターの響きは明るいが、曲全体には少し曇った空気が漂う。Elizabeth Stokes の声は、相手を責めるのではなく、距離を測りながら語りかけるように響く。この距離感が曲の魅力である。
歌詞では、相手を理解したい、支えたいという気持ちと、完全にはそうできない現実が描かれる。誰かの側にいることは、美しいことのように思える。しかし実際には、相手の痛みや選択をすべて引き受けることはできない。自分自身の限界もある。この曲は、その複雑さを静かに扱っている。
The Beths の楽曲は、感情を二項対立で整理しない。愛しているか、愛していないか。味方か、敵か。正しいか、間違っているか。そうした単純な分け方ではなく、相手に寄り添いたいのにうまくいかない曖昧な場所を描く。「Your Side」は、その繊細な中間地点にある楽曲である。
5. I Want to Listen
「I Want to Listen」は、聴くこと、理解すること、相手の声を受け止めることをテーマにした楽曲である。タイトルは非常に直接的だが、そこには The Beths らしい不安がある。ただ聞くのではなく、「聞きたい」と言わなければならない状況がある。つまり、すでに何かがうまく聞けていない、あるいは相手の声を取りこぼしているという前提がある。
サウンドは明るく、バンド・アレンジも軽快である。だが、歌詞には関係性の中での不完全なコミュニケーションが描かれる。相手の話を聞きたい。理解したい。しかし、自分の不安や思考が邪魔をする。聞くことは受動的な行為に見えて、実際にはかなり能動的で難しい行為である。
この曲は、The Beths のバンドとしての特徴とも重なる。彼らの音楽は、個人の不安を大きなコーラスやバンドの響きの中へ置くことで、孤立した感情を共有可能なものにする。「I Want to Listen」でも、相手の声を聞きたいという願いが、バンド全体の明るい音によって支えられる。
歌詞のテーマは、恋愛にも友情にも当てはまる。相手の話を本当に聞くことは、相手を変えようとすることではない。自分の解釈を押しつけずに、相手の言葉を受け取ること。この曲は、その難しさと必要性を、ポップな形で描いている。
6. Head in the Clouds
「Head in the Clouds」は、空想、逃避、現実からの距離をテーマにした楽曲である。「頭が雲の中にある」という表現は、夢見がちで現実を見ていない状態を意味する。The Beths の場合、この空想性は甘いファンタジーというより、不安や現実の痛みから逃れるための一時的な避難場所として描かれる。
サウンドは軽やかで、タイトル通り少し浮遊感がある。メロディは柔らかく、曲全体が空中に浮いているような印象を与える。しかし、その軽さの裏側には、地上に戻らなければならないことへの不安がある。The Beths は、明るい音の中に現実逃避の危うさを忍ばせるのが非常に巧い。
歌詞では、現実から少し離れていたいという欲望が描かれる。考えなければならないこと、向き合わなければならないことがある。しかし、頭は雲の中へ逃げてしまう。これは単なる怠惰ではなく、心を守るための反応でもある。The Beths の歌詞は、そうした弱さを単純に否定しない。
この曲は、アルバム中盤で少し視界を広げる役割を果たす。失恋や関係性の分析だけでなく、現実への向き合い方そのものがテーマになる。空想は救いでもあり、逃避でもある。その二重性を、軽やかなギター・ポップとして表現している。
7. Best Left
「Best Left」は、タイトルから「放っておくのが一番」「触れないほうがいい」という感覚を持つ楽曲である。過去の出来事、終わった関係、言わなかった言葉、掘り返すべきではない記憶。そうしたものを扱っていると考えられる。
サウンドは比較的コンパクトで、The Beths のパワー・ポップ的な構成力がよく出ている。曲は長く引きずらず、明快なメロディとリズムで進む。しかし歌詞のテーマは、むしろ触れずに置いておきたい感情である。ここでも、音楽の明るさと内容の苦さが対照的である。
歌詞では、何かを言葉にすることが必ずしも解決にならないという認識がある。話し合えばよい、分析すればよい、記憶を整理すればよい。そう考えがちだが、実際には、触れないほうが保たれるものもある。The Beths の語り手は自己分析を得意とするが、この曲ではその分析を止めることの難しさが浮かび上がる。
「Best Left」は、アルバム全体のテーマである「終わったものについて詳しすぎること」と強く関係している。すでに死にゆく分野の専門家になってしまった語り手にとって、本当に必要なのは、さらに分析することではなく、放っておくことなのかもしれない。しかし、それができないからこそ、歌が生まれる。
8. Change in the Weather
「Change in the Weather」は、変化の予兆をテーマにした楽曲である。天気の変化は、気分、関係性、人生の局面が変わることの比喩としてよく使われる。この曲でも、外の天候と内面の状態が重ねられている。
サウンドは爽やかさと不安が同居している。ギターの響きには開放感があるが、メロディには少し陰りがある。The Beths の音楽では、こうした「晴れているのに不安」「明るいのに寂しい」という感覚が非常に重要である。天気が変わることは、新しい始まりでもあるが、同時に現在の状態が崩れることでもある。
歌詞では、何かが変わりつつあることを感じながら、それを完全には受け入れられない状態が描かれる。関係の終わり、気持ちの変化、生活の変化。どれも突然やってくるようでいて、実は前から兆しがあったのかもしれない。The Beths は、その微細な兆しを捉えるのが得意である。
この曲は、アルバム後半へ向けて空気を少し変える役割を果たす。過去を分析するだけでなく、これから変わっていくものへの不安が前に出る。天気は止められない。変化もまた止められない。その受容の難しさが曲の核にある。
9. When You Know You Know
「When You Know You Know」は、確信と直感をテーマにした楽曲である。タイトルは「分かるときは分かる」という意味を持ち、恋愛や人生の選択における直感的な理解を示している。しかし、The Beths の文脈では、この言葉は単純なロマンティックな確信ではなく、むしろ不安定な自己認識と結びついている。
曲調は明るく、リズムにも勢いがある。サビの開放感は強く、The Beths のポップ・センスがよく表れている。しかし、歌詞の中では「本当に分かっているのか」「分かったつもりになっているだけではないのか」という疑いも感じられる。
人はしばしば、後になってから「あのとき分かっていた」と思う。しかし実際には、その瞬間には迷っていたり、見ないふりをしていたりする。この曲は、確信というものがどれほど不確かなものかを、明るいポップ・ソングの中で描いている。
タイトルのフレーズは、恋愛の決まり文句としても使われるが、The Beths はそれを少しずらして使う。分かるときは分かる。しかし、分かっていても選べないことがある。分かっていても間違えることがある。その複雑さが、曲に深みを与えている。
10. A Passing Rain
「A Passing Rain」は、通り過ぎる雨をテーマにした楽曲である。雨は悲しみや浄化の象徴であり、「passing」という言葉によって、それが永遠ではなく一時的なものだと示される。アルバム後半において、この曲は感情の嵐が少しずつ過ぎ去る過程を描いているように聴こえる。
サウンドは穏やかで、メロディには静かな美しさがある。The Beths の作品では、激しいギター・ポップだけでなく、このような抑制された楽曲も重要である。ここでは、感情を爆発させるのではなく、雨が通り過ぎるのを見つめるような態度がある。
歌詞では、悲しみや不安が永続するものではないという感覚が描かれる。しかし、それは単純な慰めではない。雨が通り過ぎるとしても、濡れた感覚や地面の匂いは残る。悲しみも同じで、いつか薄れても、その痕跡は消えない。この曲はその余韻を丁寧に捉えている。
「A Passing Rain」は、アルバム全体の感情を少し落ち着かせる役割を持つ。終わった関係や過去の記憶を完全に処理することはできないが、それでも時間は進む。雨はいつか通り過ぎる。その事実を、静かに受け止める曲である。
11. I Told You That I Was Afraid
「I Told You That I Was Afraid」は、非常に直接的なタイトルを持つ楽曲である。「私は怖いと言った」という言葉には、すでに表明した不安が受け取られなかった、あるいはその不安が現実になってしまったという痛みがある。
サウンドは、アルバム終盤らしく感情の密度が高い。ギターとリズムは力を持ちながら、歌の中心には脆さがある。Elizabeth Stokes の声は、ここで特に切実に響く。恐れを口にすることは勇気のいる行為だが、その恐れが理解されないとき、人はさらに孤独になる。
歌詞では、自分の不安を相手に伝えたにもかかわらず、状況が悪化してしまった感覚が描かれる。これは恋愛関係にも、友情にも、自分自身との関係にも当てはまる。不安を言葉にしたのに、それでも避けられなかった。だからこそ、タイトルの言葉は責めにもなり、悲しみにもなる。
この曲は、The Beths の自己分析的な作風の中でも、感情の裸の部分に近い。分析や比喩を通して距離を取るのではなく、「怖いと言った」という直接的な事実が残る。アルバムの終盤で、過去の関係についての知識や分析が、最終的に恐れという根本的な感情へ戻ってくる。
12. 2am
ラストを飾る「2am」は、深夜2時という具体的な時間をタイトルにした静かな終曲である。深夜2時は、日常の活動が止まり、思考だけが過剰に動き出す時間である。眠れない夜、過去の会話を思い出す時間、自分の感情から逃げられなくなる時間。The Beths のアルバムを締めくくるのにふさわしい題材である。
サウンドは抑制され、アルバムの中でも特に親密な雰囲気を持つ。大きなギター・ロックのカタルシスではなく、静かな内省によって終わる。これは非常に効果的である。本作は多くの場面で明るく疾走するが、その根底にあるのは深夜に残る孤独な思考だからである。
歌詞では、眠れない時間に浮かび上がる感情が描かれる。昼間には処理できているように見えることも、夜中には別の形で戻ってくる。過去の関係、言えなかった言葉、自分が恐れていたこと、相手について知っていたこと。そうしたものが、深夜2時に再び心の中で動き出す。
アルバムの最後にこの曲が置かれることで、Expert in a Dying Field は大きな解決を提示せずに終わる。失恋や記憶は完全には終わらない。ただ、夜の中でそれらと一緒にいることになる。The Beths らしいのは、その状態を過度に劇的にせず、静かに、正確に描く点である。「2am」は、終わったものについて考え続ける人間の時間を、美しく締めくくる楽曲である。
総評
Expert in a Dying Field は、The Beths のソングライティング、演奏、アレンジ、歌詞のすべてが高いレベルで結びついたアルバムである。前作までに確立された、明るいギター・ポップと不安に満ちた内省の組み合わせが、本作ではさらに鮮明になっている。全体として非常に聴きやすく、メロディは即効性があり、コーラスは大きい。しかし、歌詞を追うほど、そこにあるのは失恋後の記憶、自己分析の疲れ、恐れ、沈黙への渇望、変化への不安であることが分かる。
本作の中心テーマは、終わった関係の後に残る知識である。誰かを愛した経験は、記憶と情報を大量に残す。相手のこと、二人の関係のこと、自分の失敗のこと。その知識は、関係が続いている間は意味を持つ。しかし、関係が終わると、それは行き場を失う。タイトル曲が示すように、語り手は「死にゆく分野の専門家」になってしまう。この比喩は、アルバム全体を貫く非常に強いコンセプトである。
音楽的には、The Beths はパワー・ポップの伝統を現代的に更新している。ギターはきらびやかで、リズムは軽快で、曲はコンパクトにまとまっている。だが、彼らの音楽は単なる懐古的なギター・ポップではない。現代的な不安、情報過多、自己認識の過剰、関係性の複雑さが、明るいサウンドの中に深く埋め込まれている。The Beths の楽曲は、笑顔で歌えるほどキャッチーでありながら、歌っているうちに胸が痛くなるような構造を持つ。
Elizabeth Stokes の歌詞は、本作で特に冴えている。彼女は感情を抽象的に叫ぶのではなく、正確な比喩や日常的な状況によって描く。「死にゆく分野の専門家」「沈黙は金」「通り過ぎる雨」「深夜2時」といったモチーフは、どれも分かりやすく、同時に深い。感情を知的に整理しようとしながら、整理しきれない痛みが残る。その緊張が、The Beths の歌詞の魅力である。
バンド・サウンドも非常に充実している。Jonathan Pearce のギターは、単に伴奏として鳴るのではなく、曲の感情を押し上げる細かなフックを多く持つ。リズム隊は軽快で、ポップな曲を支えながら、必要な場面ではロックとしての勢いをしっかり出す。コーラス・ワークも重要で、Elizabeth Stokes の個人的な不安が、バンド全体の声によって共有される。この「個人の不安を集団のポップへ変える」力が、The Beths の最大の魅力である。
日本のリスナーにとっては、Alvvays、Camera Obscura、Teenage Fanclub、The New Pornographers、Big Star、The Breeders、初期 Weezer、さらにはアジアン・カンフー・ジェネレーション以降のメロディアスなギター・ロックに親しんでいる層にも響きやすい作品である。メロディの分かりやすさ、ギターの爽快感、歌詞の切なさがバランスよく存在しており、インディー・ロック入門としても非常に聴きやすい。
Expert in a Dying Field は、失恋アルバムであり、記憶のアルバムであり、分析が救いにならないことを知っているアルバムである。しかし、それは暗いだけの作品ではない。明るいギター、伸びやかなコーラス、疾走するリズムによって、失われたものは歌える形に変換される。終わった関係について詳しくなってしまった人間が、その無用な知識をポップ・ソングへ変える。その行為こそが、本作の美しさである。
おすすめアルバム
1. The Beths – Future Me Hates Me
The Beths のデビュー作であり、バンドの基本的な魅力が最も瑞々しく表れた作品。明るいギター・ポップに失恋、自己嫌悪、不安を乗せるスタイルがすでに完成されている。Expert in a Dying Field の原点を知るうえで重要なアルバムである。
2. The Beths – Jump Rope Gazers
2作目にあたる作品で、デビュー作よりも内省的で柔らかい側面が強い。友情、距離、ツアー生活、恋愛の不確かさが丁寧に描かれ、The Beths の感情表現がより成熟したことを示している。Expert in a Dying Field への橋渡しとして重要である。
3. Alvvays – Blue Rev
カナダのインディー・ポップ・バンド Alvvays による2022年のアルバム。ノイジーなギター、甘いメロディ、切ない歌詞の組み合わせは The Beths と親和性が高い。明るく美しいポップの中に、喪失や記憶の痛みが滲む作品である。
4. Teenage Fanclub – Bandwagonesque
パワー・ポップ/ギター・ポップの重要作。美しいメロディ、重なるギター、柔らかいコーラスが特徴で、The Beths の音楽的背景を理解するうえで参考になる。シンプルな構成の中に深い切なさを込める手法に共通点がある。
5. The New Pornographers – Mass Romantic
男女ボーカル、鮮やかなコーラス、勢いのあるパワー・ポップが魅力のアルバム。The Beths の明るく密度の高いギター・ポップを好むリスナーに適している。ポップな高揚感とインディー・ロックの知性が結びついた作品である。

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