発売日: 2006年10月30日
ジャンル: ロック、アートロック、アコースティック・ロック、ロックオペラ
概要
『Endless Wire』は、The Whoが2006年に発表した通算11作目のスタジオ・アルバムであり、前作『It’s Hard』(1982年)から実に24年ぶりの新作として、長い沈黙を破って世に送り出された“帰還”の作品である。
オリジナルメンバーのうち、ピート・タウンゼントとロジャー・ダルトリーの2人による再出発的なアルバムであり、The Whoの“過去”と“未来”を静かに、しかし力強くつなぐ試みがなされている。
タイトルの「Endless Wire」は、“終わることのない繋がり”“見えない通信回路”を象徴しており、死、信仰、技術、孤独といったテーマを貫く象徴的なモチーフとして機能している。
キース・ムーン、ジョン・エントウィッスルという中心メンバーを失った後のバンドにとって、この作品は追悼であり、継承であり、そして再生の物語である。
音楽的にはアコースティック主体の楽曲と、ミニロックオペラ「Wire & Glass」を含む構成が中心で、ピート・タウンゼントの文学的なリリックが一貫してアルバムの核を成している。
かつての爆発力や即興性は抑えられているものの、その分、成熟した視点と内省的な語り口が深く響く内容となっている。
全曲レビュー
1. Fragments
アルバムの序章として、電子的なイントロと語り口で静かに始まる。
『Baba O’Riley』を想起させる構造で、過去と現在を繋ぐ重要な意味を持つ。
2. A Man in a Purple Dress
宗教権威に対する痛烈な批判を込めたアコースティック・バラード。
ロジャー・ダルトリーのボーカルが、怒りと祈りの狭間で切実に響く。
3. Mike Post Theme
テレビ番組のテーマ曲作家をモチーフに、メディアと表現の関係を風刺的に描いたロックナンバー。
リフの疾走感が懐かしさと新しさを併せ持つ。
4. In the Ether
ピート・タウンゼントがリードボーカルを務める、奇妙なファルセットが印象的な実験的トラック。
“エーテル=目に見えない通信”を象徴とし、孤独と繋がりを問う。
5. Black Widow’s Eyes
誘拐や洗脳をテーマにした、ダークでミステリアスな一曲。
緊張感のあるリズムとメロディが、心理的な闇を描き出す。
6. Two Thousand Years
時間の流れと歴史の蓄積をテーマにした短い曲。
宗教的叙情が垣間見える、叙述詩のような感触を持つ。
7. God Speaks of Marty Robbins
“神がカントリー歌手マーティ・ロビンスについて語る”という奇抜なアイデアを持つ、静謐なバラード。
死後の世界、記憶、音楽の永続性をめぐる深い思索が込められている。
8. It’s Not Enough
タウンゼントとダルトリーの協調が際立つ、力強くも哀愁を帯びたポップ・ロック。
生きることの不十分さを、音楽の中で昇華する。
9. You Stand By Me
優しく静かなラブソング。
“そばにいてくれるあなた”への感謝と信頼がしみじみと伝わってくる、アルバム内でも屈指の温かみを持つ楽曲。
10〜19: Wire & Glass(ロックオペラ組曲)
以下の楽曲は一連のストーリーとして構成されており、かつての『A Quick One』や『Tommy』を思わせる組曲構成である。
- Sound Round
短く爆発的なイントロ。ロックオペラの幕開けを告げる。 - Pick Up the Peace
崩壊からの再構築をテーマにした、緊張感のある展開。 - Unholy Trinity
“神・人・虚構”の三位一体を象徴する哲学的な内容。 - Trilby’s Piano
静かなピアノが導く内面的な独白。演劇的な美しさがある。 - Endless Wire
アルバムのタイトル曲にして、コンセプトの核心をなす一曲。
目に見えない絆と繋がりを詩的に描き出す。 - Fragments of Fragments
アルバム冒頭のテーマの再構築。時間と記憶のループを表現。 - We Got a Hit
自己パロディ的な軽快な曲。ポップと批評のバランスが絶妙。 - They Made My Dream Come True
成功と代償をテーマにした感傷的ロック。 -
Mirror Door
亡き音楽家たちへのオマージュ。“彼らは鏡の向こうにいる”。
フレディ・マーキュリー、エルヴィス・プレスリー、ジョン・レノンへの追悼が印象的。 -
Tea & Theatre
アルバムのエピローグ。
ダルトリーとタウンゼント、二人の対話のように静かに歌われる。
終わりと始まり、記憶と絆を象徴する感動的なクロージング。
総評
『Endless Wire』は、The Whoが老成とともに到達した“静かなるロックオペラ”であり、喪失と再生、記憶と継承を巡る音の黙示録である。
バンドとしてのエネルギーは過去ほど荒々しくはないが、代わりに詩的な深みと構成の精緻さがアルバム全体を貫いている。
ピート・タウンゼントはここで、“音楽とは何か”“自分たちが何者であるか”という問いに改めて向き合い、ロジャー・ダルトリーはそれを誠実に歌い上げる。
とりわけ、アルバムの終盤に配置された『Wire & Glass』の組曲と「Tea & Theatre」は、ロックオペラという形式を40年越しに再定義し、リスナーに“生き続ける音楽”とは何かを静かに問いかけてくる。
『Endless Wire』とは、過去と未来を繋ぐ、目には見えない“音の糸”のことなのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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Who / The Who
2019年の最新作。『Endless Wire』以降のThe Whoの現在地を示す、さらに円熟した一作。 -
Quadrophenia / The Who
かつてのロックオペラの頂点。『Wire & Glass』の系譜としての比較に最適。 -
The Raven That Refused to Sing / Steven Wilson
老境の孤独と死を芸術的に描いた現代プログレの名作。『Endless Wire』と精神性が響き合う。 -
Blackstar / David Bowie
人生と死、芸術と表現を深く見つめた最晩年の傑作。音楽における“遺言”という点で重なる。 -
Time Out of Mind / Bob Dylan
沈黙からの復活、老いと孤独の詩。『Endless Wire』のような“静かな再出発”と重なる世界観。
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