発売日: 2022年9月30日
ジャンル: アートロック、シンセ・ポップ、インディーロック、オルタナティブ・ロック
概要
『Cool It Down』は、ニューヨークを拠点に活動するロックバンド、Yeah Yeah Yeahsが2022年にリリースした通算5作目のスタジオ・アルバムであり、前作『Mosquito』(2013年)以来、実に9年ぶりとなる復帰作である。
長い沈黙ののちに届けられた本作は、バンドの持つ美意識とエネルギー、そして進化への意志が凝縮された、静謐かつ力強い作品となっている。
アルバムタイトルの『Cool It Down』は、Velvet Undergroundの楽曲からの引用でもあり、70年代ニューヨークのアート感覚と現代の社会的混沌とを繋ぐメッセージ性の高いリファレンスとして機能している。
また本作では、気候変動、未来への不安、テクノロジーと人間性の葛藤といったテーマが、詩的かつミニマルな音像で描かれており、単なる“再結成アルバム”に留まらない深みと現代性を宿している。
Karen Oのヴォーカルは以前にも増して繊細かつ大胆に感情を操り、Nick Zinnerのギターとキーボード、Brian Chaseの緻密なリズムとともに、バンドの成熟を感じさせる構成美を提示する。
全曲レビュー
1. Spitting Off the Edge of the World (feat. Perfume Genius)
アルバムの幕開けを飾る壮大なバラード。
気候変動への怒りと絶望、そしてその先の希望が、Karen OとPerfume Geniusのコントラストの効いたボーカルで静かに、しかし力強く語られる。
荘厳なシンセと空間的なリバーブが、まるで“世界の縁に立つ”感覚を演出する。
2. Lovebomb
タイトル通り、“愛の爆弾”のようにゆっくりと炸裂するドリーミーなミッドテンポナンバー。
ノスタルジックで包容力のあるサウンドが広がり、繰り返される“Lovebomb”という語が瞑想的な響きをもつ。
3. Wolf
シンセ・ポップとアートロックの融合。
“私は狼になる”というテーマが、逃走、変容、野生への回帰といったモチーフと共に描かれる。
Karen Oのシャウトと妖艶な歌声が交錯する、バンドの持つ“動物的な美”の再定義。
4. Fleez
リズミカルなシンセベースとポリリズム的なドラムが特徴的な、アルバム中もっともダンサブルなトラック。
Liquid Liquidの“No More”をベースにしており、ポストパンク〜ディスコ・パンクの文脈を巧みに引用。
Yeah Yeah Yeahsの“踊れる暴動”感がここで炸裂する。
5. Burning
アジア的旋律とピアノの反復が印象的な、情念を帯びた一曲。
“Burning up”というフレーズが象徴するように、感情の高まりと崩壊の狭間を音で表現している。
6. Blacktop
最も静かなナンバー。
アスファルトの上で佇むような感覚と、無音に近い音響設計が印象的。
不安と静けさの境界線で揺れる楽曲で、Karen Oの呼吸がそのまま音楽になるような一曲。
7. Different Today
“昨日と違う今日”をテーマにした、淡いエレクトロ・フォーク的楽曲。
ギターとシンセが交差するなかで、時間と感情の断片が浮かび上がる。
8. Mars
1分半のクロージング・トラック。
語りとミニマルなピアノで構成され、まるで日記の一節のように私的で、余白の多い終幕をもたらす。
終わりというより、“中断”という感覚に近い。
総評
『Cool It Down』は、Yeah Yeah Yeahsが2020年代の音楽シーンに再び登場するにあたって選び取った“静かな表現”と“強い意志”の結晶である。
初期のガレージパンク的エネルギーや、2000年代のニューヨーク・ロックの尖鋭性を直接的に再現することはせず、代わりに現代の不安と複雑性に寄り添う、柔らかくも鋭利な音像で世界を切り取る姿勢が際立つ。
Karen Oの声は、もはや叫びや破壊の象徴ではなく、静けさと痛みを抱えた新たな“記録媒体”となり、Nick Zinnerのサウンドメイクはこれまで以上に空間的で映画的、Brian Chaseのドラムも楽曲に合わせて多彩に表情を変える。
このアルバムは、ロックバンドが成熟しながらもメッセージ性と芸術性を手放さず、“歳を重ねることでしか届かない表現”に挑んだ稀有な記録である。
Yeah Yeah Yeahsは、かつてのように叫ばずとも、同じくらい強く、私たちに問いかけてくる――「この世界の“縁”に、あなたは立っているか」と。
おすすめアルバム(5枚)
-
Fever to Tell / Yeah Yeah Yeahs
彼らの初期衝動を体現した2003年のデビュー作。『Cool It Down』との対比でバンドの進化が見える。 -
Set My Heart on Fire Immediately / Perfume Genius
本作にも参加したアーティスト。耽美かつ肉体的な表現と内省的世界観が共通する。 -
I See You / The xx
ミニマルで繊細な音作りと感情の断片性が『Cool It Down』と響き合う。 -
Masseduction / St. Vincent
女性的視点とアートロックの融合。社会性と官能性のバランス感覚が似ている。 -
To Love Is to Live / Jehnny Beth
ポストパンク的緊張と詩的な自己探求が交錯する作品。Karen Oと共鳴するアート性を持つ。
コメント