
発売日:2013年4月16日
ジャンル:Indie Rock / Alternative Rock / Art Rock / Electronic Rock
概要
Mosquitoは、Yeah Yeah Yeahsが2013年に発表した4作目のスタジオ・アルバムである。Karen O、Nick Zinner、Brian Chaseというトリオを軸に、Dave SitekとNick Launayが主にプロデュースし、「Buried Alive」にはJames Murphyも制作で参加した。前作It’s Blitz!ではシンセサイザーとダンス・ビートを大胆に導入したが、本作はそこから再びギターや生々しいドラムへ重心を戻しつつ、電子音、サンプリング、ゴスペル的なコーラスまで混在させている。
初期のガレージ・ロックへ単純に回帰した作品ではない。Zinnerのギターは鋭いリフを鳴らす一方でノイズや音響効果の材料にもなり、Chaseのドラムには乾いたロックの感触と加工されたビートが共存する。Karen Oも叫び声からささやき、柔らかなバラードまで歌い方を頻繁に変える。蚊、地下、埋葬、地球といった少し不気味なイメージが並び、都市の夜を思わせるざらつきと、より大きな生命や世界へ視線を向ける曲が同居する。不揃いさを整理するより、その奇妙な組み合わせ自体を作品の個性にしたアルバムである。
全曲レビュー
1. 「Sacrilege」
低く抑えたギターとKaren Oの近い声で始まり、最初はかなり空間を残して進む。ところが後半へ向かうほど楽器と声が増え、最後にはゴスペル・クワイアが大きく広がる。タイトルの「冒涜」が示す宗教的な言葉と欲望が重ねられ、個人的な関係が罪や救済をめぐる劇のような規模へ膨らんでいく。小さなロック曲から巨大な合唱へ変化する構成によって、本作が従来のトリオ演奏だけに戻る作品ではないことを最初から示している。
2. 「Subway」
ニューヨークの地下鉄を思わせる列車音の反復が、そのまま曲のリズムへ組み込まれている。楽器で都市を描写するというより、実際の環境音と音楽の境界を曖昧にする作りで、Karen Oも旋律を強く押し出さず、ぼんやりと漂うように歌う。移動しているのに同じ音が繰り返されるため、地下を延々と進む感覚が生まれる。前曲の大きなクライマックスから急に音数を減らし、アルバムをより奇妙な場所へ導く曲だ。
3. 「Mosquito」
耳元を飛ぶ虫を思わせる高いギター音と、跳ねるようなリズムがタイトルの気味悪さをコミカルに表現する。Karen Oは蚊に血を吸われるという小さな出来事を、捕食する側とされる側の関係へ誇張し、叫び声まで交えて演じる。Zinnerのギターも美しい音色を狙わず、細く刺さるような音を意図的に使う。Yeah Yeah Yeahs初期の粗暴さを思わせながら、ユーモアと音響的な遊びを強く加えたタイトル曲である。
4. 「Under the Earth」
低音の強いビートと反響するボーカルによって、文字通り地下へ潜ったような閉塞感を作る。ギター・バンドらしいコードの勢いより、ベース域の反復と電子的な処理が曲を支えており、前作で広げたダンス・ミュージックへの関心も残っている。Karen Oの声は前面へ飛び出さず、伴奏の中へ半分埋め込まれるため、タイトルとサウンドの感触が一致する。前半の中でも特に暗く、内側へ沈み込む一曲だ。
5. 「Slave」
Chaseのドラムが強く曲を押し、Zinnerのギターも再び荒い輪郭を取り戻す。Karen Oは抑えたヴァースと強く声を張る部分を切り替え、欲望によって相手に縛られるような関係を身体的な歌唱で表現する。演奏は初期のYeah Yeah Yeahsに近い直接性を持つが、音の隙間や低音の処理はより作り込まれている。単純なガレージ・ロック再演ではなく、10年以上のスタジオ経験を経たトリオの荒さになっている。
6. 「These Paths」
電子的なリズムと細かな音の断片を重ね、ロック・バンドの輪郭を意図的にぼかす。Karen Oのボーカルも断片的に配置され、はっきりしたギターリフを追うというより、複数の音が交差する場所を歩いているように聞こえる。題名にある「道」は一直線の進路ではなく、選択肢が分かれ続けるイメージとして感じられる。曲そのものが迷路のような作りになっており、本作の実験的な中盤を代表する。
7. 「Area 52」
タイトルは「Area 51」をもじったもので、SFや宇宙人映画を思わせる遊び心が前面に出る。歪んだギターと力強いドラムに奇妙な電子音を加え、Karen Oも芝居がかった調子で歌うため、深刻なロックというよりB級SF的な楽しさが強い。演奏にはかなりの重量感があるものの、題材の馬鹿馬鹿しさを隠さないことで重苦しくならない。アルバムの不気味さをユーモアへ振り切った異色曲である。
8. 「Buried Alive」
Dr. OctagonことKool Keithをフィーチャーし、James Murphyもプロデュースに加わった曲である。重いビートと暗い電子音の上でKaren Oの歌とKool Keithのラップが交差し、ロック、ヒップホップ、エレクトロニック音楽の境界を崩していく。生きたまま埋められるというタイトル通り閉所的な恐怖があり、音も低い帯域へ沈み込む。ゲストを装飾として使うのではなく、本作の地下世界をさらに異質な方向へ広げている。
9. 「Always」
それまでの不穏な曲から離れ、柔らかなシンセと穏やかなボーカルによって急に視界が開く。Karen Oは叫びや誇張を抑え、相手へ語りかけるように旋律を置くため、アルバムの中でも特に親密だ。伴奏も音を大量に重ねず、長く伸びる電子音を背景にして声の温度を残す。奇妙なキャラクターや地下のイメージが続いた後だからこそ、この簡潔な感情表現が強く響く。
10. 「Despair」
題名は絶望そのものだが、曲はそこへ留まり続けない。静かなピアノとKaren Oの声から始まり、ドラムやギターが徐々に加わることで、閉じた感情が外へ向かって開いていく。サビでは声を大きく伸ばし、絶望を否定するのではなく、それを抱えた状態から前へ進もうとする力が生まれる。前半に多かった皮肉やグロテスクなイメージとは違い、感情を比較的まっすぐ扱うことで終盤の核になっている。
11. 「Wedding Song」
最後はKaren Oが結婚を前にした時期に書いた、非常に個人的なラブソングである。大音量のギターを使わず、シンセサイザーの柔らかな層と穏やかな声を中心にするため、アルバム冒頭の「Sacrilege」とは対照的な親密さがある。前半では欲望が危険や捕食のイメージと結びついていたのに対し、ここでは誰かと生活を共有することが静かに肯定される。派手な結末ではなく、私的な感情へ収束して作品を閉じる。
総評
Mosquitoは、Yeah Yeah Yeahsの作品の中でも意図的にまとまりを崩したアルバムである。Fever to Tellのガレージ・ロック、Show Your Bonesの広がりのある作曲、It’s Blitz!の電子音といった過去の要素が部分的に戻ってくるが、そのどれか一つを中心には置かない。ゴスペル、環境音、ヒップホップ、電子的な低音まで入り込み、曲ごとにサウンドの前提そのものが変わる。そのため一枚の流れは滑らかではないが、次に何が鳴るのか分からない面白さがある。
三人の役割も以前より柔軟になっている。Zinnerはギター・ヒーロー的にリフを押し続けるのではなく、ノイズや高周波の音、背景の質感まで作る。Chaseも生ドラムの爆発力を見せるだけでなく、電子ビートと共存しながら低音の空間を設計する。そしてKaren Oは、叫び、ささやき、ユーモラスな演技、バラードでの素直な歌唱を曲ごとに切り替える。この三人が固定された「バンドらしい音」から離れていることが、本作の散漫さと自由さの両方を生んでいる。
歌詞やイメージにも同じ振れ幅がある。蚊に血を吸われる恐怖から、地下、宇宙人、生き埋めといった奇妙な題材が続く一方、終盤には絶望から抜け出すことや結婚への愛情が現れる。前半のグロテスクなユーモアと後半の率直な感情は完全には滑らかにつながらず、その落差が作品の癖になっている。コンセプトを一貫させるより、当時のバンドが面白いと感じた音や感情を一枚へ押し込んだ印象が強い。
その意味で、MosquitoはYeah Yeah Yeahsの最も完成された作品というより、成功した方法を反復しなかったことに価値がある。強烈な「Sacrilege」、奇怪なタイトル曲、実験的な中盤、開放的な「Despair」から「Wedding Song」まで、出来上がりにはあえてばらつきが残されている。しかし、2000年代初頭のニューヨーク・ロックから登場したバンドが、ギター・ロックという枠だけでは説明できない存在へ変化していたことはよく分かる。整然とした統一感より、音色とキャラクターを次々に変える不安定さを楽しむためのアルバムである。
おすすめアルバム
It’s Blitz! by Yeah Yeah Yeahs
2009年の前作。シンセサイザーとダンス・ビートを大きく導入しながら、Karen Oの感情的な歌唱を中心に据えている。Mosquitoの電子的な曲がどこから発展したのかを最も直接的に確認できる。
Fever to Tell by Yeah Yeah Yeahs
2003年のデビュー作。鋭いギター、荒々しいドラム、Karen Oの予測不能なボーカルを前面に出した作品である。Mosquitoの「Slave」やタイトル曲に戻ってくる野蛮な感触の原点がここにある。
Show Your Bones by Yeah Yeah Yeahs
2006年作。初期の攻撃性を残しながら、アコースティックな響きや大きなメロディへ作曲を広げた。「Despair」などで聞ける開放的なロックへ至る過程を追うのに適している。
Sound of Silver by LCD Soundsystem
2007年作。ロックの反復と電子的なダンス・ビートを自然に結びつけ、ニューヨークの都市感覚を音へ変えている。James Murphyが関わった「Buried Alive」を含め、本作の電子的な側面と比較しやすい。
Return to Cookie Mountain by TV on the Radio
2006年作。Dave Sitekのプロダクションのもと、ギター、電子音、複数の声、密集したリズムを一つの奇妙な音像へまとめている。Mosquitoのざらついた実験性や、ロック編成を音響素材として扱う方法と深く響き合う。

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