アルバムレビュー:Lousy with Sylvianbriar by of Montreal

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:2013年10月8日

ジャンル:インディー・ロック/サイケデリック・ロック/フォーク・ロック/ガレージ・ロック/グラム・ロック/アート・ポップ

概要

of MontrealのLousy with Sylvianbriarは、Kevin Barnesがそれまでのエレクトロ・ファンク、グラム・ポップ、サイケデリック・ポップの過剰なスタジオ構築から一歩退き、より生々しいバンド・サウンドとフォーク/ガレージ・ロック的な質感へ向かった作品である。2013年に発表された本作は、of Montrealの長いディスコグラフィーの中でも、比較的アナログで、土臭く、演奏の呼吸が前面に出たアルバムとして位置づけられる。

of Montrealは、1990年代後半にElephant 6周辺のインディー・ポップ/サイケデリック・ポップの流れから登場した。初期作品ではThe Beatles、The Beach Boys、The Kinks、The Zombies、サイケデリック・ポップ、ローファイな宅録感覚が結びついていたが、2000年代半ば以降、Kevin Barnesはより過激な方向へ進む。特に2007年のHissing Fauna, Are You the Destroyer?は、精神的崩壊、自己分裂、エレクトロ・ファンク、グラム・ロックを結びつけた代表作となり、of Montrealの評価を大きく高めた。

その後のSkeletal Lamping、False Priest、Paralytic Stalksでは、Kevin Barnesの音楽はさらに複雑化し、曲構成は断片的になり、歌詞は性的・政治的・心理的なイメージで過密になっていった。シンセサイザー、ファンク・ベース、エレクトロニックなビート、変幻自在のヴォーカル、キャラクター的な自己演出が作品の中心となり、of Montrealは単なるインディー・ポップ・バンドではなく、過剰なアート・ポップの実験場のようになっていた。

その流れを考えると、Lousy with Sylvianbriarは大きな転換である。本作では、電子的な装飾や過密な編集が後退し、ギター、ベース、ドラム、オルガン、コーラスを軸にしたバンド演奏が前面に出る。音は比較的ラフで、1960年代後半から1970年代初頭のフォーク・ロック、サイケデリック・ロック、ガレージ・ロック、カントリー・ロック、グラム・ロックの影響が色濃い。Bob DylanThe Rolling StonesThe ByrdsThe Velvet UndergroundNeil YoungT. Rex、David Bowie、The Grateful Dead、さらにSly & the Family Stone以後の自由なロック感覚まで、複数の参照が透けて見える。

タイトルのLousy with Sylvianbriarは、非常に奇妙な響きを持つ。「lousy with」は「〜だらけの」「〜にまみれた」という意味を持つ表現であり、「Sylvianbriar」は造語的で、森、植物、棘、古風な英語の響き、幻想的な自然を連想させる。直訳しにくいタイトルだが、全体としては「森の棘のようなものにまみれた」「奇妙な植物性のものに覆われた」というイメージが浮かぶ。これは本作の音楽性ともよく合っている。過去作の人工的でネオン色のスタジオ空間から、より土と植物と埃のある音楽へ移った感覚がある。

ただし、本作は単なる自然回帰や素朴なフォーク・アルバムではない。Kevin Barnesの歌詞は相変わらずひねくれており、愛、裏切り、階級、政治、怒り、性、自己嫌悪、社会への不信が鋭い言葉で描かれる。音が生々しくなったぶん、歌詞の刺々しさもより直接的に響く。以前の作品では、複雑なアレンジや派手なサウンドが言葉の過剰さを包み込んでいたが、本作では比較的シンプルなバンド演奏の中で、Kevin Barnesの毒舌と観察眼がむき出しになる。

本作の制作背景として重要なのは、Kevin Barnesが当時サンフランシスコに滞在し、Sylvia Plath、Jean Genet、映画、文学、60年代ロック、アメリカの社会的不安などから影響を受けながら、短期間で楽曲を書き上げたことである。of Montrealの作品には常に文学性があるが、本作ではそれがサイケデリックな言葉遊びというより、より乾いた社会批評や個人的な失望として現れている。愛の歌であっても、甘いロマンスではなく、権力関係、侮辱、依存、軽蔑、欲望が絡み合う。

日本のリスナーにとって、Lousy with Sylvianbriarはof Montrealの中でも比較的ロック的に聴きやすい作品である。Hissing Fauna以降の過剰なエレクトロ・ファンクや断片的な構成に戸惑う場合でも、本作のギター中心のサウンドは入りやすい。一方で、歌詞や声の表情にはKevin Barnes特有の毒と複雑さが残っているため、単なるレトロ・ロックとして聴くにはあまりにねじれている。アナログな演奏に戻ったからこそ、of Montrealの歪んだ知性と感情がよりはっきり見えるアルバムである。

全曲レビュー

1. Fugitive Air

「Fugitive Air」は、アルバムの冒頭を飾る楽曲であり、本作のサイケデリック・フォーク/ガレージ・ロック的な方向性をはっきり示す。タイトルは「逃亡する空気」「逃げるような空気」と訳せるが、実体がつかめず、移ろい、すぐに消えてしまうものを連想させる。アルバム全体に漂う不安定な自由、逃避、そしてつかめない感情を象徴するようなタイトルである。

音楽的には、過去作のエレクトロニックな質感から離れ、ギターとバンド演奏の生々しさが前面に出る。リズムは軽快で、メロディには60年代ロックの影がある。オルガンやコーラスの使い方も、サイケデリック・ロックやフォーク・ロックの伝統を思わせる。ただし、Kevin Barnesの声の置き方や歌詞のひねりによって、単なる懐古的なロックにはならない。

歌詞のテーマは、逃避、自己の不安定さ、どこにも定着できない感覚として読める。空気は目に見えないが、確かに存在する。しかも「fugitive」とされることで、それは常に逃げている。ここには、関係や場所、自分自身の感覚からも逃げ続ける人物像がある。

「Fugitive Air」は、Lousy with Sylvianbriarの入口として非常に効果的である。of Montrealがスタジオ内の人工的な迷宮から、より埃っぽいバンド・サウンドへ出てきたことを示す一方、Kevin Barnesの内面は相変わらず不安定で、逃げ場を探している。その二重性が本作の出発点である。

2. Obsidian Currents

「Obsidian Currents」は、黒曜石を意味するobsidianと、流れを意味するcurrentsを組み合わせたタイトルを持つ。黒曜石は黒く光る火山ガラスであり、美しく、鋭く、硬い。そこに流れという言葉が加わることで、暗く硬いものが液体のように動いているイメージが生まれる。Kevin Barnesらしい、抽象的で視覚的なタイトルである。

音楽的には、やや不穏なムードを持ちながらも、バンド・サウンドは比較的明快である。ギター、ベース、ドラムが作るロックの骨格の上に、メロディとコーラスが乗る。過去作のように曲が極端に分裂するのではなく、演奏の流れの中で少しずつ毒が滲むような作りになっている。

歌詞のテーマは、内面の暗い流れ、抑圧された怒りや欲望、あるいは美しくも危険な感情として読める。黒曜石は古代から刃物にも使われる素材であり、ここでは感情が鋭い刃となる可能性を示している。表面的には落ち着いていても、内部には黒く硬い流れがある。

「Obsidian Currents」は、本作の音楽的な方向性と歌詞の毒性がよく結びついた曲である。音は過去作よりも自然でロック的だが、そこに流れる感情は決して穏やかではない。of Montrealらしい美しさと攻撃性の共存が見える楽曲である。

3. Belle Glade Missionaries

「Belle Glade Missionaries」は、フロリダ州の地名Belle Gladeと、宣教師を意味するMissionariesを組み合わせたタイトルを持つ。南部、宗教、貧困、地域性、布教、文化的衝突といったイメージが浮かび上がる。of Montrealの作品では、場所の名前がしばしば社会的・心理的な背景を帯びるが、この曲もその例である。

音楽的には、フォーク・ロックやカントリー・ロック的な感触があり、比較的土臭い。アメリカ南部や田舎町を思わせる響きがありながら、歌詞や歌い方にはKevin Barnes特有の皮肉がある。牧歌的な音の裏に、宗教や社会の矛盾が透けて見える。

歌詞のテーマは、信仰、偽善、社会的な役割、あるいは救済を語る者たちへの不信として読める。宣教師という存在は、救いをもたらす者として描かれることもあれば、文化や価値観を押しつける存在として批判されることもある。この曲では、その両義性が重要である。

「Belle Glade Missionaries」は、本作が個人的な恋愛や内面だけでなく、アメリカの社会的・宗教的な風景にも目を向けていることを示す曲である。of Montrealのサイケデリックな言語感覚が、ここではより土着的なアメリカの風景と結びついている。

4. Sirens of Your Toxic Spirit

「Sirens of Your Toxic Spirit」は、本作の中でも特にKevin Barnesらしい毒のあるタイトルを持つ楽曲である。Sirensはギリシャ神話に登場する、人を誘惑して破滅へ導く歌声の存在であり、toxic spiritは「毒性のある魂」「有害な精神」を意味する。つまり、魅力的だが破壊的な相手、または内面の毒に引き寄せられる状態が示されている。

音楽的には、メロディアスでありながら、どこか乾いた皮肉がある。バンド演奏は比較的軽やかだが、歌詞の内容はかなり辛辣である。Kevin Barnesのヴォーカルには、相手を非難しながらも、完全には離れられないような複雑な感情が含まれている。

歌詞のテーマは、有害な関係への引き寄せられ方である。人は自分を傷つける相手や、精神的に不安定にさせる関係に惹かれることがある。サイレンの歌は美しいが、その先には破滅がある。この曲では、その誘惑と毒性が恋愛や人間関係の比喩として使われている。

「Sirens of Your Toxic Spirit」は、Lousy with Sylvianbriarの中でも歌詞の鋭さが際立つ曲である。音楽は親しみやすいが、歌われている感情はかなり苦い。of Montrealが甘いサイケデリック・ポップではなく、関係の中にある毒を描くバンドであることをよく示している。

5. Colossus

「Colossus」は、巨大な像、巨人、圧倒的な存在を意味するタイトルを持つ楽曲である。この言葉は、個人を押しつぶすほど大きな力、または相手への過剰な投影を連想させる。Kevin Barnesの歌詞では、恋愛対象や社会、自己像がしばしば巨大化し、制御不能な存在として現れる。

音楽的には、比較的ゆったりとしており、曲に広がりがある。演奏は大げさに重くなるわけではないが、タイトルの持つ巨大なイメージに合わせるように、メロディとサウンドには一定のスケール感がある。ギターやオルガンの響きが、少し古いロックの感触を与えている。

歌詞のテーマは、圧倒的な存在への対峙として読める。相手が大きすぎるのか、自分の中で相手を巨大化させているのかは曖昧である。人は時に、誰かを自分の人生全体を支配するほど大きな存在にしてしまう。その結果、自分の輪郭が小さくなる。

「Colossus」は、本作の中で内面的なスケールを広げる曲である。ガレージ/フォーク的な音の中に、神話的な大きさを持つ言葉が置かれることで、個人的な感情が象徴的な風景へ変わっている。

6. Triumph of Disintegration

「Triumph of Disintegration」は、アルバムの中でも最も強烈なタイトルの一つである。「崩壊の勝利」と訳せるこの言葉は、破壊や分解が単なる失敗ではなく、ある種の達成として提示されている。of Montrealの音楽では、自己が壊れることがしばしば創造の契機になる。この曲はその思想を端的に示している。

音楽的には、サイケデリック・ロックとフォーク・ロックの中間にあり、メロディは美しいが、歌詞には不穏な感覚がある。バンド演奏は比較的落ち着いているが、曲の内側には崩れていくような感情がある。崩壊を勝利として歌うには、派手に爆発するよりも、このような乾いた調子の方が効果的である。

歌詞のテーマは、自己解体、関係の終わり、崩壊による解放として読める。何かが壊れることは通常、敗北と見なされる。しかし、of Montrealの世界では、壊れることでようやく自由になることもある。古い自己、古い関係、古い価値観が分解されることで、新しい形が生まれる。

「Triumph of Disintegration」は、本作の核心に近い楽曲である。アルバム全体が、過去のof Montrealの電子的で過密なスタイルを一度分解し、別のバンド・サウンドへ組み直す作品であることを考えると、このタイトルは作品そのものの制作姿勢にも重なる。

7. Amphibian Days

「Amphibian Days」は、「両生類の日々」という奇妙なタイトルを持つ楽曲である。両生類は水と陸の両方で生きる存在であり、境界をまたぐ生き物である。このイメージは、Kevin Barnesの音楽に非常によく合っている。彼の作品は、性別、ジャンル、感情、現実と幻想の間を常に移動するからである。

音楽的には、少しゆったりとしたサイケデリック・フォーク調で、曲全体に水辺のような浮遊感がある。ギターの響きは柔らかく、リズムも過度に強くない。アルバムの中で少し夢のような空気を作る楽曲である。

歌詞のテーマは、境界的な存在、どちらにも完全には属せない状態として読める。水にも陸にも適応する両生類は、柔軟である一方、どちらか一方の世界に完全に根を張ることはない。この曲には、そのようなアイデンティティの浮遊感がある。

「Amphibian Days」は、of Montrealのクィアな感性やジャンル横断的な美学を、自然の比喩で表現したような曲である。本作の中でも、タイトルと音の雰囲気が特に美しく結びついている。

8. She Ain’t Speakin’ Now

「She Ain’t Speakin’ Now」は、相手が話さなくなった状態を描く楽曲である。タイトルの口語的な響きから、南部的、フォーク的、ブルース的な感覚も漂う。沈黙、拒絶、関係の断絶がテーマとして浮かび上がる。

音楽的には、ガレージ・ロックやフォーク・ロックの影響が強く、少し荒さのある演奏が魅力になっている。過去作のように音を細かく加工するのではなく、バンドがその場で鳴っているような質感がある。Kevin Barnesの声も、やや投げやりで、関係の壊れた空気をよく伝えている。

歌詞のテーマは、沈黙による断絶である。相手が話さないことは、単なる無言以上の意味を持つ。そこには怒り、失望、諦め、あるいは完全な拒絶がある。言葉がないことが、かえって関係の終わりを強く示す。

「She Ain’t Speakin’ Now」は、of Montrealの中でも比較的ストレートなロックとして聴けるが、歌詞の裏には関係の冷えきった空気がある。軽快な演奏と苦い内容の対比が、本作らしい。

9. Hegira Émigré

「Hegira Émigré」は、非常に文学的で歴史的な響きを持つタイトルである。Hegiraはイスラム史におけるヒジュラ、つまり移住や逃避を意味し、émigréは亡命者、移民、故郷を離れた者を指す。二つの言葉が重なることで、移動、亡命、追放、自己の場所の喪失が強く示される。

音楽的には、アルバムの中でもやや不穏で、旅や流浪を思わせる質感がある。リズムは大きく疾走するというより、漂流するように進む。曲全体に、どこにも完全には属せない者の空気がある。

歌詞のテーマは、移動する主体、精神的な亡命、文化的なずれとして読める。Kevin Barnesの歌詞では、自己はしばしばひとつの場所に定着しない。恋愛、社会、政治、身体、ジェンダーのどれにおいても、安定した居場所がない。この曲は、その感覚をより歴史的・宗教的な語彙で拡張している。

「Hegira Émigré」は、本作の中でも言葉の強度が高い楽曲である。ガレージ/フォーク的なサウンドの中に、亡命や移住のイメージが置かれることで、個人的な不安がより広い文化的なテーマへ開かれている。

10. Raindrop in My Skull

「Raindrop in My Skull」は、頭蓋骨の中に雨粒があるという、非常にシュールで印象的なタイトルを持つ。雨粒は小さく、柔らかく、透明なものだが、それが頭蓋骨の中にあることで、思考、記憶、感情、内面にぽつりと落ちる違和感のように響く。Kevin Barnesらしい身体的で詩的な比喩である。

音楽的には、少し内省的で、アルバムの後半に静かな奇妙さをもたらす。派手なロックではなく、言葉のイメージが曲の空気を支配している。演奏は比較的控えめで、ヴォーカルのニュアンスが前面に出る。

歌詞のテーマは、頭の中で鳴り続ける小さな感情、消えない違和感、精神の中に侵入する外部のものとして読める。雨粒は大きな嵐ではない。しかし、一滴でも頭の中に落ち続ければ、意識を支配する。小さな不安や記憶が、精神の中で反復される感覚がある。

「Raindrop in My Skull」は、of Montrealの詩的な奇妙さがよく表れた曲である。大きな物語ではなく、身体の中に入り込んだ小さなイメージによって、精神状態を描く。アルバム後半の不穏な美しさを担う楽曲である。

11. Imbecile Rages

「Imbecile Rages」は、「愚か者の怒り」と訳せるタイトルを持つ。ここには、社会や他者への軽蔑、あるいは自分自身の怒りの愚かさを見つめる視点が含まれている。of Montrealの歌詞では、怒りはしばしば正当な反応であると同時に、自分を醜くするものとして描かれる。

音楽的には、やや荒く、ガレージ・ロック的な勢いがある。タイトルにふさわしく、演奏には苛立ちが感じられる。整った美しいポップというより、感情がそのままバンド・サウンドに乗っている印象である。

歌詞のテーマは、愚かな怒り、社会的な苛立ち、または制御できない感情として読める。怒りは時に必要だが、それが思考を失わせると、ただの「imbecile rage」になる。Kevin Barnesは、他者の愚かさを批判しながら、自分自身もその怒りに巻き込まれていることを理解しているように響く。

「Imbecile Rages」は、本作の中で攻撃的なエネルギーを担う曲である。音のラフさと歌詞の辛辣さが結びつき、Lousy with Sylvianbriarが単なるレトロ志向の穏やかな作品ではないことを示している。

12. Authentic Pyrrhic Remission

「Authentic Pyrrhic Remission」は、非常に複雑で知的なタイトルを持つ終曲である。Pyrrhicは「犠牲が大きすぎる勝利」を意味するPyrrhic victoryに由来し、remissionは病気や罪、負担の一時的な軽減を意味する。Authenticは「本物の」という意味である。つまり、「本物の、しかし代償の大きい寛解」といった響きを持つ。

音楽的には、アルバムの最後にふさわしく、やや達観した雰囲気がある。演奏は過度に派手ではなく、言葉の重さを支えるように進む。Kevin Barnesのヴォーカルにも、怒りや混乱を経た後の疲労と皮肉が感じられる。

歌詞のテーマは、回復、しかし完全ではない回復である。寛解は治癒とは違う。症状が一時的に軽くなるが、根本的にすべてが解決したわけではない。しかもPyrrhicであるなら、その回復には大きな代償が伴う。このタイトルは、of Montrealの精神的な世界観を非常によく表している。

終曲として「Authentic Pyrrhic Remission」は、アルバム全体の結論を示している。崩壊、怒り、毒性、逃避、亡命、沈黙を経た後に訪れるのは、完全な救済ではない。あるのは、代償を伴う一時的な回復である。その苦い現実感が、本作を締めくくるにふさわしい。

総評

Lousy with Sylvianbriarは、of Montrealのディスコグラフィーの中で、サウンド面では比較的シンプルに見えるが、実際には非常に重要な転換作である。Hissing Fauna, Are You the Destroyer?以降のKevin Barnesは、エレクトロ・ファンク、グラム・ポップ、断片的なアート・ポップを過剰に展開してきた。しかし本作では、そのスタジオ的な過密さを意図的に抑え、バンド演奏、ギター、オルガン、フォーク・ロック的な質感へ向かっている。

この変化は、単なるレトロ趣味ではない。むしろ、of Montrealの過剰な内面を別の器に入れ直す試みである。電子音や複雑な編集が後退したことで、Kevin Barnesの歌詞、声、メロディ、言葉の毒がより直接的に響くようになった。音は以前より素朴に聞こえるが、感情は決して穏やかではない。むしろ、怒り、失望、皮肉、孤独、社会への不信は、より露出している。

本作の音楽的な背景には、1960年代後半から1970年代初頭のロックがある。The Rolling Stones的なラフさ、Bob Dylan以降の言葉の強さ、The Velvet Underground的な毒、Neil Young的な乾いた哀愁、グラム・ロック的な演劇性、フォーク・ロックの土臭さが、of Montreal流に再構成されている。ただし、Kevin Barnesはそれらを忠実に再現するのではなく、自分の屈折した歌詞世界のための素材として使っている。

歌詞面では、本作は非常に刺々しい。愛は癒しではなく、毒性や支配と結びつく。「Sirens of Your Toxic Spirit」では有害な関係への引力が描かれ、「Triumph of Disintegration」では崩壊が勝利として提示される。「Hegira Émigré」では亡命や移動の感覚が現れ、「Authentic Pyrrhic Remission」では回復すら代償を伴うものとして描かれる。Kevin Barnesの世界では、幸福は単純な到達点ではない。関係は壊れ、自己は分解し、救済は一時的で不完全である。

タイトルのLousy with Sylvianbriarも、こうした作品の感触をよく表している。森や植物や棘を思わせる言葉は、自然の美しさと傷つけるものを同時に含む。本作の音は、過去作の人工的なネオン空間から、より植物的で、埃っぽく、アナログな場所へ移った。しかしその場所は安全な自然ではない。棘があり、毒があり、迷い込むと簡単には抜け出せない。

of Montrealのアルバムとしては、本作は比較的聴きやすい部類に入る。曲は極端に長くなく、構成も過去作ほど断片的ではない。ギター・ロックやフォーク・ロックに親しんでいるリスナーには、入りやすいサウンドである。しかし、歌詞やムードは決して平易ではない。むしろ、音がシンプルになったことで、Kevin Barnesの言葉の奇妙さや攻撃性がよりはっきり見える。

このアルバムの面白さは、過去のof Montrealの過剰さを完全に捨てていない点にもある。表面的にはバンド・サウンドへ戻ったように見えるが、タイトル、比喩、言葉の選び方、関係性の描き方には、従来のof Montrealらしい異常な密度がある。つまり、本作は音響面での引き算と、言語面での過剰が同時に成立しているアルバムである。

一方で、Hissing FaunaやSkeletal Lampingのような派手な劇的展開を求めるリスナーには、本作は地味に聞こえる可能性もある。大きなダンス・グルーヴやエレクトロ・ファンクの快楽は少なく、曲のテンションも比較的抑えられている。しかし、その抑制こそが本作の意義である。Kevin Barnesはここで、過剰な演出に頼らず、自分のソングライティングとバンドの音だけで毒を伝えようとしている。

日本のリスナーにとっては、of Montrealの入門としても有効な作品である。初期のサイケデリック・ポップや、2000年代後半のエレクトロ・ファンク期とは違うが、Kevin Barnesの歌詞世界とメロディ感覚を比較的ロック寄りの形で味わえる。特に60年代から70年代のフォーク・ロック、ガレージ・ロック、サイケデリック・ロックに関心があるリスナーには、本作の音作りは理解しやすいだろう。

Lousy with Sylvianbriarは、of Montrealが自らの過剰さを一度土の上に置き直したアルバムである。電子的な変装を脱ぎ、バンド・サウンドの中で、怒り、毒、崩壊、亡命、回復の不完全さを歌う。派手な代表作ではないかもしれないが、Kevin Barnesの作家性が別の角度から見える重要作である。棘に覆われた森のように、美しく、刺さり、道に迷わせるアルバムである。

おすすめアルバム

1. of Montreal『Hissing Fauna, Are You the Destroyer?』

2007年発表の代表作。精神的崩壊、自己分裂、エレクトロ・ファンク、グラム・ポップが圧倒的な密度で結びついたアルバムである。Lousy with Sylvianbriarの比較的生々しいロック・サウンドと対照的に、Kevin Barnesの過剰なスタジオ・ポップの到達点を知ることができる。

2. of Montreal『Paralytic Stalks』

2012年発表の前作。複雑なアレンジ、断片的な構成、内面的な不安が濃く表れた作品であり、Lousy with Sylvianbriarがなぜよりシンプルなバンド・サウンドへ向かったのかを理解するうえで重要である。過剰から引き算への変化が見える。

3. Bob Dylan『Highway 61 Revisited』

1965年発表のロック史における重要作。言葉の毒、フォークとロックの接続、社会への皮肉という点で、Lousy with Sylvianbriarの背景にあるアメリカン・ロックの伝統を理解できる。Kevin Barnesの辛辣な歌詞感覚とも遠く響き合う。

4. The Velvet Underground『Loaded』

1970年発表のアルバム。簡潔なロック・ソングの中に、都市的な毒、皮肉、甘さを混ぜ込む手法は、of Montrealの本作にも通じる。過剰な実験性を抑えながら、言葉とメロディで奇妙な魅力を作る点で関連性が高い。

5. T. Rex『Electric Warrior』

1971年発表のグラム・ロック名盤。シンプルなリフ、アコースティックな質感、官能的な歌い回し、幻想的な言葉が結びついた作品である。Lousy with Sylvianbriarにあるレトロなロック感覚や、Kevin Barnesの演劇的なヴォーカル表現を理解するうえで相性が良い。

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