
発売日:2023年5月5日
ジャンル:インディー・ポップ/ソフト・ロック/バロック・ポップ/パワー・ポップ/フォーク・ロック/チェンバー・ポップ
概要
The Lemon TwigsのEverything Harmonyは、1970年代のソフト・ロック、バロック・ポップ、パワー・ポップ、フォーク・ロックへの深い愛情を、現代のインディー・ポップの感覚で再構成したアルバムである。Brian D’AddarioとMichael D’Addarioの兄弟を中心とするThe Lemon Twigsは、デビュー当初から、The Beatles、The Beach Boys、Todd Rundgren、Big Star、The Raspberries、10cc、Nilsson、Paul McCartney、The Left Banke、The Zombiesなどへの強い参照を持つバンドとして注目されてきた。彼らの音楽は、単なるレトロ趣味ではなく、過去のポップ・ミュージックの形式を徹底的に研究し、それを自分たちの若い感覚と演劇的な表現力で再び鳴らすところに特徴がある。
初期のThe Lemon Twigsは、非常に派手で、演劇的で、曲構成も目まぐるしく変化するバンドだった。2016年のDo Hollywoodでは、グラム・ロック、ミュージカル、アート・ポップ、パワー・ポップが過剰なまでに詰め込まれていた。その後のGo to Schoolではロック・オペラ的な構想へ向かい、Songs for the General Publicではよりロックンロール/パワー・ポップ色を強めた。そうした過剰な魅力を経たうえで、Everything Harmonyは、彼らのディスコグラフィーの中でも特に抑制され、内省的で、美しいハーモニーを重視した作品となっている。
タイトルのEverything Harmonyは、非常に象徴的である。ここでの「ハーモニー」は、単に美しいコーラス・ワークを意味するだけではない。兄弟の声の重なり、楽器同士の調和、過去の音楽と現在の感覚の調和、傷ついた感情と穏やかなメロディの調和、そして世界の不安定さの中に一瞬だけ生まれる秩序を示している。本作では、バンドの持ち味である技巧的なアレンジやポップ史への引用が、以前ほど派手に誇示されることは少ない。むしろ、曲の感情を支えるために、柔らかく、慎重に配置されている。
音楽的には、1960年代末から1970年代前半のソフト・ロックとバロック・ポップの影響が非常に強い。アコースティック・ギター、ピアノ、ストリングス、繊細なコーラス、温かいベースライン、控えめなドラムが中心となり、全体にはアナログな温度がある。Big Starの繊細なメロディ感覚、Simon & Garfunkelのフォーク的なハーモニー、The Beach Boysのコーラスの透明感、Todd Rundgrenのスタジオ・ポップ的な職人性、そしてHarry Nilsson的な孤独と甘さが、本作の背後に感じられる。
ただし、Everything Harmonyは単なる「昔の音楽の再現」ではない。The Lemon Twigsの重要性は、過去のポップを現在の感情で鳴らしている点にある。歌詞には、孤独、自己不信、家族、愛の不安定さ、精神的な疲労、若さの終わり、逃避、喪失、そしてそれでも美しいメロディを信じる姿勢が表れている。音楽は非常に美しいが、その美しさの下には、現代的な不安が流れている。これは、1970年代のソフト・ロックを模倣しているのではなく、その形式を借りて、現在の傷を歌っている作品である。
本作はまた、兄弟バンドとしてのThe Lemon Twigsの強みが最も自然に出た作品でもある。BrianとMichaelの声は、それぞれ異なる個性を持ちながらも、重なると独特の柔らかさと透明感を生む。兄弟のハーモニーには、技術的な美しさだけでなく、長い時間を共有してきた者同士の呼吸がある。アルバム全体に漂う親密さは、その声の重なりによって支えられている。
日本のリスナーにとって、Everything Harmonyは、洋楽ポップの歴史を愛する人に特に響く作品だろう。The Beatles以降のメロディアスなロック、1970年代のソフト・ロック、Big StarやTodd Rundgrenのような繊細で職人的なポップ、あるいは近年のWeyes BloodやFoxygen、Andy Shaufなどのレトロ志向のインディー・ポップに親しんでいるリスナーには、非常に入りやすい。一方で、表面的な明るさよりも、陰影のあるメロディや歌詞の孤独をじっくり味わうアルバムでもある。
全曲レビュー
1. When Winter Comes Around
「When Winter Comes Around」は、アルバムの冒頭を飾る楽曲であり、Everything Harmony全体の内省的な空気を静かに提示する。タイトルは「冬がやって来るとき」を意味し、季節の変化、孤独、時間の経過、関係の冷え込みを連想させる。冬はこのアルバムにおいて、単なる気候ではなく、心の状態として響く。
音楽的には、穏やかなメロディと繊細なハーモニーが中心である。過去作にあった演劇的な展開や派手なロック的身振りは控えめで、曲は非常に丁寧に進む。アコースティックな響きと柔らかな声の重なりが、寒い季節の中で小さな灯りをともすような印象を与える。
歌詞のテーマは、変化への不安と、避けられない季節の到来である。冬は必ず来る。人間関係も、感情も、人生の段階も、いつまでも同じ温度ではいられない。この曲は、その事実を大げさに嘆くのではなく、静かに受け入れようとしている。
オープニング曲として、この楽曲は非常に効果的である。The Lemon Twigsが本作で目指しているのは、若々しい過剰さではなく、より成熟したメロディと感情の陰影であることがすぐに分かる。冬の入口から始まるこのアルバムは、以後、孤独と調和の間をゆっくり歩いていく。
2. In My Head
「In My Head」は、タイトル通り「頭の中」をテーマにした楽曲である。外の世界よりも、自分の内側で鳴り続ける思考や不安が中心にある。The Lemon Twigsの音楽は非常に美しいハーモニーを持つが、本曲ではその美しさが、内面に閉じ込められた感覚と結びついている。
音楽的には、パワー・ポップ的なメロディの明快さがありながら、全体には少し影がある。サビの開け方は非常に印象的で、耳に残る。しかし、そのポップな快感の裏側には、自分の頭から逃れられない苦しさがある。明るい曲調と内省的な歌詞の対比が、この曲の魅力である。
歌詞のテーマは、自己意識の過剰さ、思考の反復、現実よりも頭の中の世界に支配される感覚である。人は実際に起きていること以上に、自分の頭の中で作り出した物語に苦しめられることがある。この曲は、その状態をポップなメロディに変換している。
「In My Head」は、本作の中でも比較的即効性のある楽曲であり、The Lemon Twigsのメロディ・メーカーとしての力がよく表れている。同時に、アルバム全体のテーマである孤独と自己不信も明確に示している。美しいポップ・ソングでありながら、精神的にはかなり切実な曲である。
3. Corner of My Eye
「Corner of My Eye」は、本作の中でも特に柔らかく、美しい楽曲である。タイトルは「視界の片隅」を意味し、何かを直接見るのではなく、横目で、あるいは記憶の端で捉えるような感覚を持っている。この曖昧な視線が、曲全体の繊細な雰囲気を作っている。
音楽的には、1970年代のソフト・ロックやフォーク・ポップの影響が非常に強い。穏やかなギター、優しいメロディ、温かいハーモニーが重なり、Simon & GarfunkelやThe Beach Boysの静かな側面を思わせる。曲は派手に展開せず、感情の細かな揺れを大切にしている。
歌詞のテーマは、ふとした瞬間に思い出される相手、視界の端に残る記憶、完全には消えない感情である。誰かを忘れたと思っていても、日常の中でふいにその人の気配が戻ってくることがある。曲はそのような小さな記憶の瞬間を、非常に丁寧に描く。
「Corner of My Eye」は、Everything Harmonyの美学を象徴する曲の一つである。大きなドラマではなく、視界の片隅に残るものを歌う。その控えめな視線が、アルバム全体の成熟した魅力につながっている。
4. Any Time of Day
「Any Time of Day」は、アルバムの中でも特に明るく、クラシックなポップ・ソングの魅力を持つ楽曲である。タイトルは「一日のどんな時でも」という意味で、相手への思い、日常の中で続く感情、時間を超えて寄り添う感覚を示している。
音楽的には、非常に完成度の高いソフト・ロック/パワー・ポップである。メロディは親しみやすく、コーラスは美しく、アレンジは過度に飾りすぎない。The Lemon Twigsのポップ職人としての才能が、最も分かりやすく表れた曲の一つだといえる。The BeatlesやTodd Rundgren、Big Starを思わせる旋律感覚がありながら、単なる引用ではなく、彼ら自身の歌として成立している。
歌詞のテーマは、日常のどの瞬間にも相手が心にいるという感覚である。恋愛の高揚というより、生活の中に浸透した親密さが描かれる。朝でも夜でも、特別な瞬間でなくても、相手を思う。その自然な感情が、曲の穏やかな明るさとよく合っている。
この曲は、Everything Harmonyの中で重要な光を放つ。アルバムには孤独や不安が多く含まれているが、「Any Time of Day」は、その中にある希望や優しさを示している。The Lemon Twigsが単に懐古的な音を鳴らしているのではなく、現在でも通用する普遍的なポップ・ソングを書けることを証明する楽曲である。
5. What You Were Doing
「What You Were Doing」は、過去の相手の行動や、関係の中で起きていたことを振り返るようなタイトルを持つ楽曲である。「君が何をしていたのか」という問いには、疑念、未練、記憶、そして理解できなかった過去へのこだわりが含まれる。
音楽的には、比較的穏やかなトーンで進むが、曲の内側には微かな緊張がある。The Lemon Twigsらしいハーモニーは美しいが、その美しさが必ずしも安心にはつながらない。むしろ、美しいメロディが、過去を思い返す苦さを包み込んでいる。
歌詞のテーマは、関係の中で見えなかったもの、後から振り返って初めて分かる違和感である。人は一緒にいた相手のことを理解しているつもりでも、実際には多くのことを知らない。相手が何を考え、何をしていたのか。その空白が、関係が終わった後に残る。
この曲は、Everything Harmonyにおける記憶の不確かさを示している。過去は完全には説明されない。だからこそ、人は何度も同じ場面を思い返す。The Lemon Twigsはその反復を、穏やかで少し痛みを帯びたポップ・ソングとして描いている。
6. I Don’t Belong to Me
「I Don’t Belong to Me」は、本作の中でも特に内面的で重いテーマを持つ楽曲である。タイトルは「私は私自身のものではない」という意味であり、自己の所有感の喪失、他者や社会、家族、愛、あるいは過去に自分が支配されている感覚を示している。
音楽的には、繊細で、やや沈んだ質感がある。声の重なりは美しいが、曲全体には深い孤独が漂う。The Lemon Twigsはここで、華やかなレトロ・ポップではなく、自己の不安定さを静かに歌う。メロディの美しさが、歌詞の痛みをより際立たせている。
歌詞のテーマは、自己決定の困難である。自分の人生を自分で生きているつもりでも、実際には他者の期待、記憶、欲望、関係性に影響され続けている。自分は本当に自分のものなのか。この問いは非常に現代的であり、同時に普遍的でもある。
「I Don’t Belong to Me」は、アルバムの中で最も深い感情の核を持つ曲の一つである。美しいハーモニーの裏に、自己がほどけていくような不安がある。The Lemon Twigsが単なる懐古的ポップ・バンドではなく、非常に繊細な心理描写を持つソングライターであることを示す楽曲である。
7. Every Day Is the Worst Day of My Life
「Every Day Is the Worst Day of My Life」は、タイトルからして強い自己嫌悪とユーモアが同時に感じられる楽曲である。「毎日が人生最悪の日」という極端な言い方は、深刻な絶望を表すと同時に、少し戯画的でもある。The Lemon Twigsはここで、悲しみを過度に重くするのではなく、ポップな皮肉として提示する。
音楽的には、タイトルの暗さに反して、メロディには軽さや親しみやすさがある。これは本作の特徴の一つである。暗い感情を暗い音でそのまま表現するのではなく、美しいメロディやハーモニーによって包む。結果として、曲は悲しいのに聴きやすく、苦いのに甘い。
歌詞のテーマは、日常的な憂鬱、自己不信、繰り返される疲労である。大きな悲劇が起きているわけではなくても、毎日が耐えがたく感じられることがある。この曲は、そのような慢性的な落ち込みを、誇張されたタイトルとメロディの明るさによって表現している。
「Every Day Is the Worst Day of My Life」は、Everything Harmonyの中でも現代的な感情に近い曲である。過去のソフト・ロックの形式を使いながら、現在の若い世代にも通じるメンタルな疲労を歌っている。美しさと絶望のバランスが絶妙な楽曲である。
8. What Happens to a Heart
「What Happens to a Heart」は、「心には何が起こるのか」という大きな問いを持つ楽曲である。愛、失恋、時間、傷、成長によって心はどう変わるのか。The Lemon Twigsはこの問いを、クラシックなバラードの形式で丁寧に歌う。
音楽的には、アルバムの中でも特にバロック・ポップ/チェンバー・ポップ的な色合いがある。ピアノやストリングス的な響き、繊細なハーモニーが、曲に静かな荘厳さを与える。Brian WilsonやHarry Nilsson、Paul McCartneyのバラードに通じる、メロディの品の良さがある。
歌詞のテーマは、心の変化と傷の行方である。心は壊れるのか、癒えるのか、形を変えるのか、それとも同じ傷を抱え続けるのか。この問いに曲は明確な答えを出さない。むしろ、問いそのものを美しいメロディの中に置く。
この曲は、本作の感情的な中心の一つである。The Lemon Twigsのソングライティングが、単に過去のポップを再現するだけでなく、普遍的な問いを扱えることを示している。非常に繊細で、アルバムの中でも深い余韻を残す楽曲である。
9. Still It’s Not Enough
「Still It’s Not Enough」は、「それでも十分ではない」という意味を持つ楽曲であり、満たされなさをテーマにしている。何かを得ても、愛されても、音楽を作っても、それでも心の奥に残る不足感。この感情は、Everything Harmony全体に流れる内省とよく結びついている。
音楽的には、柔らかなハーモニーとメロディが中心で、曲は静かに進む。派手なサビで感情を解放するというより、同じ不足感の中を歩き続けるような印象がある。サウンドの抑制が、歌詞の切実さを引き立てている。
歌詞のテーマは、欲望と空虚である。人は何かを求め、それを手に入れたとしても、完全には満たされない。愛も、成功も、承認も、一時的には心を支えるが、根本的な欠落を完全には消せない。この曲は、その事実を非常に静かに見つめている。
「Still It’s Not Enough」は、アルバムの中でも控えめながら重要な曲である。The Lemon Twigsの音楽は美しいが、その美しさは不足を消すためではなく、不足とともに生きるためにある。この曲はその感覚をよく表している。
10. Born to Be Lonely
「Born to Be Lonely」は、アルバムの中でも特にタイトルが強い宿命感を持つ楽曲である。「孤独になるために生まれた」という言葉には、悲しみ、諦念、自己認識、そして少しの演劇性が含まれている。The Lemon Twigsはこの重い言葉を、美しいポップ・ソングとして提示する。
音楽的には、メロディは非常に甘く、ハーモニーも柔らかい。しかし、歌詞のテーマは深く孤独である。この対比は、本作全体の重要な魅力である。孤独を直接暗く描くのではなく、甘いメロディに乗せることで、かえって孤独の深さが際立つ。
歌詞のテーマは、自分が根本的に他者と完全にはつながれないという感覚である。人は誰かと一緒にいても、最終的には自分自身の孤独から逃れられないことがある。「Born to Be Lonely」という言葉は、その孤独を一時的な状態ではなく、生まれつきの性質のように捉えている。
この曲は、The Lemon Twigsが持つロマンティックな悲観主義をよく示している。孤独は苦しいが、その孤独を美しい歌に変えることができる。Everything Harmonyというタイトルの「調和」は、孤独を消すのではなく、孤独と美しさを共存させることでもある。
11. Ghost Run Free
「Ghost Run Free」は、本作の中でも比較的リズムが立ち、動きのある楽曲である。タイトルは「幽霊が自由に走る」といった意味を持ち、過去の記憶、消えた存在、未練、そして解放を連想させる。重いテーマを持ちながら、曲には軽快さもある。
音楽的には、パワー・ポップ的な推進力があり、アルバム後半に活気を与える。ギターやリズムの配置は明快で、メロディも前へ進む力を持つ。内省的なバラードが多い本作の中で、この曲は重要なアクセントになっている。
歌詞のテーマは、過去の亡霊を解き放つこととして読める。幽霊は過去に縛られた存在だが、ここでは走り、自由になる。これは記憶や後悔からの解放を示すかもしれない。ただし、完全に前向きな曲というより、過去がなお幽霊として存在し続けることも示している。
「Ghost Run Free」は、アルバムに動的なエネルギーを加える曲である。The Lemon Twigsのポップ・ロック的な魅力がよく表れており、重い内省の中に風を通すような役割を果たしている。
12. Everything Harmony
表題曲「Everything Harmony」は、アルバム全体の精神的な中心に位置する楽曲である。タイトルは、すべてが調和すること、あるいは調和を求める願いを示している。しかし、アルバム全体を聴くと、この調和は簡単に得られるものではないことが分かる。むしろ、不安や孤独や欠落の中で、ほんの一瞬だけ見える理想としての調和である。
音楽的には、非常に繊細で、ハーモニーの美しさが際立つ。兄弟の声が重なり、曲全体に柔らかな光が差す。派手な展開ではなく、歌そのものの美しさで聴かせる。The Lemon Twigsの強みであるコーラス・ワークが、最も自然な形で表れている。
歌詞のテーマは、世界や感情の断片が一つにまとまる瞬間への憧れである。人生は不調和に満ちている。人間関係は壊れ、心は満たされず、孤独は残る。それでも、音楽の中では一瞬、すべてが調和するように感じられる。その体験が、この曲の核心である。
表題曲として、「Everything Harmony」は本作の美学を最も直接的に示している。調和は現実の状態ではなく、音楽が作り出す奇跡のような瞬間である。The Lemon Twigsは、その瞬間を信じているからこそ、このようなアルバムを作っている。
13. New to Me
「New to Me」は、「私にとって新しい」という意味を持つ曲であり、アルバムの終盤に新鮮な感覚をもたらす。これまで孤独や過去、心の傷が多く歌われてきた中で、このタイトルは変化や再発見の可能性を示している。
音楽的には、穏やかでありながら、少し開けた空気がある。メロディは自然に流れ、ハーモニーは温かい。曲は大きく未来へ飛び出すというより、小さな新しさを見つけるように進む。The Lemon Twigsらしい慎ましい希望がある。
歌詞のテーマは、見慣れた世界の中で新しい感情を発見することとして読める。人生が変わるとき、それは必ずしも劇的な出来事として訪れるわけではない。日常の中で、ふと何かが新しく見える。その感覚がこの曲にはある。
「New to Me」は、アルバム終盤に必要な光を与える楽曲である。孤独や不安は消えないが、それでも新しく感じられるものがある。The Lemon Twigsの音楽における希望は、このように控えめで、現実的である。
14. I Wanna Prove to You
「I Wanna Prove to You」は、何かを証明したいという切実な願いを歌う楽曲である。相手に対して、自分の価値、愛情、誠実さ、あるいは変化した自分を示したい。その感情は若々しく、同時に少し不安定でもある。
音楽的には、アルバムの終盤に力強さを加えるポップ・ソングである。メロディは明快で、サビにはThe Lemon Twigsらしいパワー・ポップの魅力がある。これまでの内省的な流れの中で、この曲はより外へ向かうエネルギーを持つ。
歌詞のテーマは、承認への願いである。誰かに理解されたい、認められたい、信じてほしい。これは非常に普遍的な感情であり、The Lemon Twigsはそれをクラシックなポップ・ソングの形式で表現している。ただし、証明したいという願いの裏には、自分自身への不信もある。
この曲は、The Lemon Twigsのポップ・ロック的な活力を示すと同時に、アルバム全体の孤独や自己不信ともつながっている。明るく聴こえるが、その根には切実な承認欲求がある。そこが本作らしい。
15. What You Were Doing / I Don’t Belong to Me Reprise
アルバム終盤に置かれるリプライズ的な流れは、作品全体の主題を再び呼び戻す役割を持つ。「What You Were Doing」と「I Don’t Belong to Me」の感情が再び現れることで、アルバムは直線的に前へ進むだけでなく、記憶の中を循環する構造を持つ。
音楽的には、既に聴いた主題が少し違う光の中で戻ってくる。これは、過去の感情が完全に消えるのではなく、形を変えて再び現れることを示している。The Lemon Twigsはここで、ポップ・アルバムの中に記憶の回帰を組み込んでいる。
歌詞やテーマとしては、関係の不確かさと自己喪失が再確認される。相手が何をしていたのか、自分は本当に自分のものなのか。この二つの問いは、アルバム全体を通じて重要だった。終盤でそれが戻ることで、作品はより深い余韻を持つ。
このリプライズは、単なる繰り返しではない。アルバムを通過した後では、同じ言葉や旋律が異なる意味を持つ。孤独、記憶、自己不信、調和への願いが、最後にもう一度重なり合う重要な場面である。
総評
Everything Harmonyは、The Lemon Twigsのキャリアにおいて、過剰な演劇性や派手なロック的身振りを抑え、メロディ、ハーモニー、内省を中心に据えた成熟作である。彼らの音楽には以前から、1960年代から1970年代のポップ・ミュージックへの深い愛があったが、本作ではその参照がより自然になっている。過去の音楽を見せびらかすのではなく、曲の感情を伝えるために使っている。
本作の最大の魅力は、声の重なりである。BrianとMichael D’Addarioのハーモニーは、アルバム全体の核になっている。兄弟ならではの声質の近さと違いが、楽曲に独特の温かさと透明感を与えている。タイトルのEverything Harmonyは、この声の重なりを直接的に示すと同時に、不調和な感情を音楽の中で一時的に調和させるという作品全体の理念を表している。
音楽的には、ソフト・ロック、バロック・ポップ、フォーク・ロック、パワー・ポップが中心である。The Beatles、The Beach Boys、Big Star、Todd Rundgren、Simon & Garfunkel、Harry Nilsson、The Zombiesといった名前が自然に思い浮かぶ。しかし、The Lemon Twigsはそれらの影響を単なる模倣としてではなく、自分たちの時代の不安や孤独を歌うための言語として使っている。ここが本作の重要な点である。
歌詞面では、孤独、自己不信、過去の関係、心の変化、満たされなさ、そして小さな希望が繰り返される。「I Don’t Belong to Me」「Every Day Is the Worst Day of My Life」「Born to Be Lonely」などのタイトルからも分かるように、本作は決して明るいだけのアルバムではない。むしろ、非常に内省的で、時に深く落ち込んだ感情が中心にある。しかし、その感情が美しいメロディとハーモニーによって支えられることで、聴き手は絶望ではなく、静かな慰めを受け取る。
このアルバムは、派手な実験作ではない。The Lemon Twigsの過去作にあった急激な展開や奇抜な構成を期待すると、やや地味に感じられるかもしれない。しかし、その地味さは弱点ではなく、成熟の証である。彼らはここで、過剰に飾らなくても強い曲を書けることを示している。メロディと声だけで感情を伝える力が、本作にはある。
また、Everything Harmonyは、レトロ志向のインディー・ポップが陥りがちな「過去の音の再現」にとどまっていない。確かに音色やアレンジには明確な70年代的要素がある。しかし、歌われている感情は現在のものだ。メンタルな疲労、自己所有感の喪失、慢性的な孤独、承認への不安。これらは非常に現代的なテーマであり、古典的なポップの器に入ることで、かえって普遍性を持って響く。
日本のリスナーにとっては、派手なロックよりも、美しいメロディとコーラスをじっくり味わうアルバムとして聴くのが適している。朝や夜、静かな時間に聴くと、曲の細部がよりよく伝わる。特に、The Beatles以降の洋楽ポップ、70年代ソフト・ロック、Big StarやTodd Rundgrenのような繊細なポップに親しんでいるリスナーには、深く響く作品である。
Everything Harmonyは、The Lemon Twigsが単なる過去のポップ愛好家ではなく、優れたソングライターであることを強く示したアルバムである。不安定な心、孤独な日々、満たされない感情を、美しいハーモニーの中に置く。その結果、本作は懐かしくも新しく、甘くも痛い、非常に完成度の高いポップ・アルバムになっている。すべてが調和するわけではない世界の中で、音楽の中だけでも一瞬の調和を見つけようとする作品である。
おすすめアルバム
1. The Lemon Twigs『Do Hollywood』
2016年発表のデビュー作。グラム・ロック、バロック・ポップ、ミュージカル的な構成、パワー・ポップが過剰に詰め込まれた作品である。Everything Harmonyの抑制された美しさと比較することで、The Lemon Twigsの初期の演劇性と才能の爆発がよく分かる。
2. Big Star『#1 Record』
1972年発表のパワー・ポップ名盤。甘いメロディ、切ないハーモニー、若さの孤独が美しく結びついている。Everything Harmonyの繊細なメロディ感覚や、孤独をポップに変える方法の重要な源流として聴ける作品である。
3. The Beach Boys『Sunflower』
1970年発表のアルバム。美しいコーラス、柔らかなソフト・ロックの質感、メンバーそれぞれのソングライティングが自然に融合している。The Lemon Twigsのハーモニー志向や、温かくも少し影のある音作りと深くつながる作品である。
4. Todd Rundgren『Something/Anything?』
1972年発表の大作。スタジオ・ポップ、パワー・ポップ、ソウル、バラード、実験性が自由に入り混じり、ソングライター/マルチ・プレイヤーとしての才能が全面に出ている。The Lemon Twigsのポップ職人性と多彩なアレンジ感覚を理解するうえで重要な比較対象である。
5. Harry Nilsson『Nilsson Schmilsson』
1971年発表の代表作。美しいメロディ、ユーモア、孤独、声の表現力が見事に結びついている。Everything Harmonyの甘さと哀しみ、クラシックなポップ感覚に惹かれるリスナーには特に相性が良い作品である。

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