1. 歌詞の概要
「Waiting for an Alibi(ウェイティング・フォー・アン・アリバイ)」は、Thin Lizzy(シン・リジィ)が1979年にリリースしたアルバム『Black Rose: A Rock Legend』の冒頭を飾る楽曲であり、彼らの後期の代表曲のひとつとして高く評価されるナンバーである。直訳すれば「アリバイを待ちながら」というこのタイトルには、罪と嘘、逃避と自己欺瞞というテーマが凝縮されており、ハードロックの激しいサウンドの中に、フィル・ライノット(Phil Lynott)特有の物語的かつ詩的な視点が潜んでいる。
歌詞は、まるで犯罪映画の一幕のように展開する。語り手は何らかのトラブルに巻き込まれ、自らの無実を主張するために「アリバイ」を必要としている。しかしその背後には、誰かに裏切られたか、あるいは自分自身の欲望に足を取られたかのような、哀しみと諦めが滲んでいる。
リズミカルでありながらもメランコリックなこの曲は、ギターの重なり、ヴォーカルの語り、そしてリリックの世界観が完璧に統合されたシン・リジィらしい完成度を誇る。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲が収録された『Black Rose: A Rock Legend』は、Thin Lizzyの9作目にあたり、ギタリストとしてゲイリー・ムーア(Gary Moore)が参加した唯一のスタジオ・アルバムでもある。彼のブルース・フィールに富んだ情熱的なギターワークは、バンドに新たな音楽的奥行きをもたらし、「Waiting for an Alibi」にもその片鱗が色濃く表れている。
この曲はイギリスでシングルカットされ、UKチャートでは最高9位を記録。キャリア終盤における商業的成功と、音楽的な円熟を同時に印象づけた作品である。また、バンド内の緊張が高まっていた時期でもあり、この曲には単なるフィクションを超えた“自らの内面の告白”としての色彩も感じられる。
フィル・ライノットはしばしば、登場人物を通じて自身の感情を描いていた。ここに登場する“アリバイを求める男”もまた、ロックスターでありながら社会の外縁に立つ“アウトサイダー”としての自分自身を重ね合わせた存在なのだろう。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Valentino’s got a bookie shop
ヴァレンティーノは賭博屋をやってるWhat he takes he gives for what he’s got
受け取るものと引き換えに、何かを返すって寸法さAnd what he’s got he says he has not
けど、持ってるものは持ってないって言うのが奴のやり方Stole from me and I hope he don’t get caught
俺のものを盗みやがって、捕まらなきゃいいがなI’m waiting for an alibi
アリバイを待ってるんだI’m waiting for an alibi
俺には“無実の証明”が必要なんだよI’m waiting for an alibi
誰かが助けてくれないと…Waiting just to say I told you so
「だから言っただろ」って言えるように
(参照元:Lyrics.com – Waiting for an Alibi)
この反復的なコーラスは、追い詰められた人間の焦燥と、出口のない状況への苦悩を見事に表現している。
4. 歌詞の考察
「Waiting for an Alibi」は、単なる犯罪者のモノローグではない。ここには、社会的・精神的に追い詰められた者の自己弁護とその空虚さが描かれている。歌詞の中で繰り返される「I’m waiting for an alibi」というフレーズは、“本当にアリバイが必要な状況”というよりも、「自分が間違っていなかった」と言い張るための言い訳を待っているように聞こえる。
これは言い換えれば、罪そのものではなく、“自分のしてしまったこと”に対する言い訳を探し続ける男の悲哀である。恋人への裏切り、金銭のトラブル、人生の選択……何か大きな過ちを犯してしまった人間が、それでも自分を正当化しようとする。だがその「アリバイ」は、いつまで経ってもやってこない。
この“待つ”という行為は、アクションではなく“停滞”であり、“逃避”でもある。そしてそこにこそ、フィル・ライノットのリリックが持つ詩人としての感性と、弱さへのまなざしが宿っている。彼はこの曲で、ただの反逆者ではなく、傷ついた自己と向き合う男の孤独を描いているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Still in Love with You by Thin Lizzy
失った愛と後悔をギターで語るバラード。感情の深さと表現力が圧倒的。 - The Spirit of Radio by Rush
リズムと展開の妙、社会的観察眼を融合させた知的ロック・ナンバー。 - Cold Sweat by Thin Lizzy
後期のハードなサウンドとスピード感が冴え渡る名曲。疾走する逃避者の心情。 - Victim of Changes by Judas Priest
自らの感情に追いつけず崩壊していく男の物語。ハードロックと哀愁の融合。
6. “アリバイなき時代”の歌として
「Waiting for an Alibi」は、Thin Lizzyの中でも最も現代的な感覚と心理的リアリズムに富んだ一曲である。犯罪や裏切りをテーマにしながら、それをドラマティックな物語ではなく、心の奥底にある自己弁護の欲求や逃げ場のなさとして描いた点にこそ、この曲の深みがある。
フィル・ライノットは、ロックンロールの荒くれ者でありながら、常に“語り手”だった。彼の物語は、自分自身をも登場人物に変えながら、聴き手に問いかけてくる。「お前にはアリバイがあるのか?」と。
そして現代に生きる私たちもまた、多かれ少なかれ、日々の中で“言い訳”や“逃避”を求めているのではないか。正当化したい過去、消したい記憶、選び直したい分岐点――「Waiting for an Alibi」は、そうしたすべての人の胸に響く“ロック版内省の詩”なのだ。
ギターが泣き、ベースがうねり、ヴォーカルが囁くたびに、“自分の声で真実を語る勇気”を問いかけるこの歌は、今も変わらず、夜の中で光り続けている。
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