Enter Entirely by Cloud Nothings(2017)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Enter Entirely」は、**Cloud Nothings(クラウド・ナッシングス)**が2017年に発表したアルバム『Life Without Sound』に収録された楽曲であり、バンドの中でも最も明晰かつ内省的な、自己の変化と向き合う一曲である。

この曲のテーマは、“変わること”の恐れと受容、そしてそれに伴う日常の風景の変化
語り手は、これまでに慣れ親しんだ場所を離れ、どこか新しい自分になっていくことへの躊躇と期待を同時に抱いている。その心理は、「I had to go / I had to know」という印象的な一節に集約されており、離れることは痛みを伴うが、それでも進まなければならないという、**“前進するための別れ”**が描かれている。

タイトルの「Enter Entirely(まるごと入っていく)」とは、ただ新しい世界に足を踏み入れるのではなく、心のすべてでそれを受け入れようとする姿勢を意味している。この曲は、**成長することの切なさと美しさを穏やかに描いた“移行のアンセム”**なのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

Cloud Nothingsは2012年の『Attack on Memory』以降、ローファイでアグレッシブなサウンドを武器にしながらも、作品ごとに着実に進化を遂げてきた。『Life Without Sound』では、プロデューサーに**John Goodmanson(Sleater-KinneyDeath Cab for Cutieも手がけた)**を迎え、これまでにないほどクリアで洗練されたサウンドプロダクションが導入された。

「Enter Entirely」は、まさにこの変化の象徴的なトラックであり、かつてのノイズや爆発力に頼らずとも、内面の揺らぎと強さを描けるバンドへと成長したことを示す重要な楽曲である。

また、リリース当時のインタビューでフロントマンの**ディラン・バルディ(Dylan Baldi)**は、「このアルバムでは、外へ向けて叫ぶのではなく、自分の内側に耳を澄ますような気持ちで書いた」と語っており、「Enter Entirely」はその言葉通り、静かな決意が光る叙情的な名品となっている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

“It’s like I’m reading pages in a book I haven’t touched in years”
まるで 何年も開いていなかった本のページを読んでいるみたいなんだ

“I’m not the one who’s always here”
ここにいつもいるのは もう僕じゃない

“I had to go / I had to know”
行かなきゃならなかった 知りたかったんだ

“I thought I might be more than this
僕は このまま以上になれると思ってた

“I enter entirely”
僕は すべてをかけて その中へ入っていく

引用元:Genius

4. 歌詞の考察

この曲の語り手は、変化のただなかにいる。
それは明確な「旅立ち」や「別れ」として描かれるのではなく、日常のなかに滲む違和感として始まり、やがて**“自分がもう、かつての自分ではない”ことへの静かな認識**に至っていく。

「I thought I might be more than this」というラインは、過去にも「Wasted Days」や「I’m Not Part of Me」で繰り返されてきたフレーズの変奏であり、**Cloud Nothingsのテーマとしての“自己期待と現実のズレ”**がここでも響いている。

ただし、ここでの語り手は過去作品に比べてずっと落ち着いており、怒りや焦燥ではなく、受容と希望を伴った視線で語っているのが印象的だ。

「Enter Entirely」という言葉は、そのままこの楽曲の感情の核心である。
すべての不安や未熟さを抱えたままでも、新しい自分に賭けてみる。中途半端ではなく、“まるごと”飛び込む覚悟。
それは恐ろしくもあるが、同時に人生の中で最も美しい決断の一つなのかもしれない。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Chinatown by Wild Nothing
    懐かしさと再出発の風景を、ドリーミーに描いたモダン・ネオアコ。
  • About Today by The National
    静かな日常の中で、愛や変化に気づく瞬間を描いた、抑制された感情の爆発。
  • Sea Within a Sea by The Horrors
    時間と意識の流れのなかで“自分”を再定義していくような構成美に満ちた一曲。
  • Young Lion by Vampire Weekend
    穏やかで優しいメロディの中に、人生の節目を越える静かな勇気が宿る。
  • New Slang by The Shins
    過去との訣別と未来への一歩を、軽やかに綴ったインディーロックの金字塔。

6. 変化を受け入れるということ——「Enter Entirely」が教えてくれる静かな勇気

「Enter Entirely」は、Cloud Nothingsが“怒りの音楽”から“成熟した内面の音楽”へと脱皮する節目を飾る曲であり、同時に誰しもが経験する“変わらなければならない瞬間”をそっと照らす光でもある。

この楽曲が伝えているのは、「変わることは怖い。でも、それは必ずしも自分を失うことではない」ということ。
むしろ、自分を変えることで初めて本当の自分に出会えるかもしれないという希望だ。

「I enter entirely」という一言には、人生の選択肢を前に立ちすくむすべての人に贈られた、背中を押すような祈りが込められている。
それは、どんなカタチの変化であっても、「あなた自身のもの」として受け入れていいんだ、というメッセージでもある。

この曲を聴くと、変わることを少しだけ肯定できる。そんな静かな勇気を与えてくれる、現代インディーロック屈指の名曲である。

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