発売日: 1972年11月(UK)
ジャンル: フォークロック、ソフトロック、アコースティック・ポップ
声が変われば、風景も変わる——静けさの中に宿るホリーズの異色作
『Romany』は、The Holliesが1972年にリリースしたアルバムであり、バンド史上もっとも特異な立ち位置にある作品である。
というのも、本作はAllan Clarkeが脱退し、リードボーカルをスウェーデン出身のMikael Rickforsが務めた唯一のアルバムなのだ。
それまでのホリーズといえば、高音域のリードと華やかなハーモニー、そしてメロディアスなポップロックが持ち味だった。
だがRickforsの落ち着いたバリトンボイスが加わることで、サウンドの質感は一気に変化し、アコースティック主体の内省的で柔らかいサウンドへとシフト。
この変化は、当時のファンを困惑させる一方で、フォークロックやカントリー的な方向性を好む新たな層には新鮮に映ったとも言える。
全曲レビュー
1. Won’t We Feel Good That Morning
暖かいアコースティック・ギターに包まれた穏やかなオープニング。
夜明けの希望を描いた楽曲で、Rickforsの低音がしっとりと響く。
2. Touch
ささやくようなボーカルとリリカルなストリングスが溶け合う美しいバラード。
感情を過剰に押し出すことなく、静かな切なさを丁寧に表現している。
3. Words Don’t Come Easy
内面の葛藤を映すような、淡々としたメロディと詞。
愛の表現が難しいことを、飾り気のない言葉で綴るフォークポップの佳曲。
4. Magic Woman Touch
幻想的なタイトルが示す通り、神秘性とロマンを含んだ1曲。
シングルとしても人気があり、コーラスの重なりが従来のホリーズらしさを残している。
5. Lizzy and the Rainman
カントリー調の軽快なナンバーで、リズミカルなギターが印象的。
実話を基にした物語性の強い歌詞が、アルバムの中でも異彩を放つ。
6. Down River
ジェームズ・テイラーにも通じるような、静謐で深みのあるフォークロック。
流れゆく川をモチーフに、時間や記憶の移ろいが描かれる。
7. Slow Down – Go Down
タイトなリズムと柔らかいグルーヴが融合したスロー・チューン。
現代社会のスピードへの警鐘を鳴らすような、哲学的なメッセージ性を含む。
8. Delaware Taggett and the Outlaw Boys
西部劇を想起させるストーリーテリング型のカントリーロック。
バンドの遊び心と語りの巧みさがうかがえるユニークな楽曲。
9. Jesus Was a Crossmaker
Judee Sillによるスピリチュアルな名曲のカバー。
原曲の神秘的な雰囲気を壊すことなく、ホリーズらしいハーモニーで包み込んでいる。
10. Romany
アルバムの表題曲にして、寓話的な世界観を持つミディアムテンポのナンバー。
“ロマニー(ジプシー)”を象徴に、自由と放浪、そしてアウトサイダーの視点が描かれる。
11. Blue in the Morning
アルバムを締めくくる静かなバラード。
朝の孤独と、再出発への微かな希望を感じさせる穏やかなトーンで幕を閉じる。
総評
『Romany』は、The Holliesというバンドの柔軟性と表現の幅広さを証明したアルバムである。
中心人物を失ったにもかかわらず、バンドは音楽的再構築を図り、より内面に向かうフォーク・ソフトロック路線を提示した。
リックフォースの低く温かい声は、それまでの煌びやかなホリーズとは一線を画しており、そこに宿る静謐さや陰影がアルバム全体の統一感を生んでいる。
また、カバー曲とオリジナル曲が絶妙に混ざり合い、“ポップスの外側”を探索しようとする意志が感じられる。
『Romany』は、商業的成功には至らなかったが、アコースティックで誠実な音を求めるリスナーには長く支持されるべき作品である。
これは“ホリーズらしくない”ではなく、“もうひとつのホリーズの真実”なのだ。
おすすめアルバム
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James Taylor – Sweet Baby James (1970)
フォークロックの穏やかで内省的な名盤。『Romany』との精神的親和性が高い。 -
America – Homecoming (1972)
アコースティック主体のサウンドと西海岸的な叙情が魅力のソフトロック作。 -
Crosby, Stills & Nash – CSN (1977)
グレアム・ナッシュを含むトリオによるハーモニーとフォーク感覚の深化。 -
Al Stewart – Past, Present and Future (1973)
物語性の高いフォークポップ。『Romany』のナラティブ志向に通じる。 -
Gene Clark – White Light (1971)
The Byrdsの元メンバーによる深遠なソロ作。静かな美しさと時間感覚が共鳴する。
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