
発売日:1972年11月
ジャンル:ポップ・ロック、フォーク・ロック、ソフト・ロック、カントリー・ロック、ブリティッシュ・ロック
概要
The HolliesのRomanyは、1972年に発表されたアルバムであり、バンドの長いキャリアの中でも特に転換期に位置する作品である。1960年代のThe Holliesは、The Beatles、The Rolling Stones、The Kinks、The Searchersなどと並び、英国ビート・グループの時代を代表する存在だった。彼らの強みは、明快なメロディ、タイトな演奏、そして何よりも美しい三声ハーモニーにあった。「Bus Stop」「Carrie Anne」「Stop Stop Stop」「On a Carousel」「He Ain’t Heavy, He’s My Brother」などのヒット曲によって、The Holliesは1960年代英国ポップの中心的なバンドの一つとなった。
しかしRomanyが発表された1972年には、バンドを取り巻く状況は大きく変わっていた。1968年にはGraham Nashが脱退し、Crosby, Stills & Nashへ参加したことで、The Holliesは創作面でもイメージ面でも一つの時代を終えた。さらに1971年にはリード・ヴォーカリストのAllan Clarkeが一時脱退し、ソロ活動へ向かった。The HolliesにとってClarkeの声は、バンドの顔ともいえる重要な要素だったため、その不在は大きな変化を意味した。Romanyは、スウェーデン出身のMikael Rickforsを新ヴォーカリストに迎えて制作された初のスタジオ・アルバムであり、The Holliesが自らのアイデンティティを再定義しようとした作品である。
Mikael Rickforsの加入は、本作の音楽性に大きな影響を与えている。Allan Clarkeの声がシャープで明るく、ビート・ポップ時代からのHolliesらしさを強く象徴していたのに対し、Rickforsの声はより太く、やや土臭く、ブルーアイド・ソウルやフォーク・ロックに近い温度を持っている。そのためRomanyは、従来のThe Holliesのきらびやかなポップ感覚を保ちながらも、全体として落ち着いた、アメリカ西海岸風のフォーク・ロック/ソフト・ロックに接近している。1970年代初頭の英国ロックが、ハード・ロック、プログレッシブ・ロック、グラム・ロックへ分岐していく中で、The Holliesは本作において、より成熟したハーモニー・ポップとルーツ寄りのロックを融合しようとしている。
アルバム・タイトルのRomanyは、放浪、旅、異邦性、定住しない生き方を連想させる言葉である。本作の楽曲にも、旅、雨、川、別れ、信念、心の揺れといったテーマが多く現れる。これは、単に歌詞上のイメージに留まらず、バンド自身の状況とも重なる。The Holliesは1960年代のビート・グループとしての固定されたイメージから離れ、新しい声、新しい時代、新しい音楽的方向を探していた。その意味で、Romanyというタイトルは、バンドの移行期そのものを象徴している。
本作の特徴は、The Holliesらしいハーモニーの美しさが残されている一方で、楽曲選びやアレンジに1970年代初頭のシンガー・ソングライター的な感覚が強く反映されている点である。Judee Sillの「Jesus Was a Cross Maker」、David Acklesの「Down River」、そして後にTanya Tuckerのヒットでも知られる「Lizzy and the Rainman」など、外部作家による楽曲が重要な位置を占めている。これは、The Holliesが自作曲だけでアルバムを構築するというより、優れたソングライティングを自分たちのハーモニーとアンサンブルで再解釈するバンドであったことを示す。
また、The Holliesの音楽的背景には、英国ビート、アメリカン・ポップ、フォーク、カントリー、R&Bの要素が混在している。Romanyではその中でも、フォーク・ロックとカントリー・ロックの色合いが濃い。これは、1970年代初頭におけるアメリカ西海岸ロック、特にCrosby, Stills, Nash & Young、The Byrds、Poco、The Eagles初期などの流れとも響き合う。Graham Nashが脱退してCSNへ向かったことを考えると、The Holliesが本作で西海岸的なハーモニー・ロックへ近づいていることは非常に興味深い。ある意味で、Nashが向かった方向を、残されたThe Holliesも別の形で追っていたと見ることができる。
Romanyは、The Holliesの代表作として最初に挙げられることは多くない。バンドの最大のヒット期は1960年代であり、1970年代の作品はしばしばその陰に隠れがちである。しかし本作は、Mikael Rickfors期という短い時期のThe Holliesを記録した重要なアルバムであり、バンドが単なる60年代ノスタルジーに留まらず、70年代初頭の成熟したロック環境に適応しようとしていたことを示している。派手な革新作ではないが、ハーモニー、メロディ、穏やかなロック・アンサンブル、そして漂泊感のある歌詞世界が結びついた、味わい深い作品である。
全曲レビュー
1. Won’t We Feel Good That Morning
アルバム冒頭を飾る「Won’t We Feel Good That Morning」は、The Holliesらしいハーモニーと1970年代初頭の明るいフォーク・ロック感覚が結びついた楽曲である。タイトルからも分かる通り、夜を越えた後の朝、あるいは困難の後に訪れる安堵を歌う曲であり、アルバムの入口として前向きな空気を作っている。
音楽的には、軽快なリズムと温かいコーラスが中心である。Mikael Rickforsのヴォーカルは、Allan Clarke時代のHolliesとは異なる太さを持ちつつ、バンドのハーモニーに自然に溶け込んでいる。The Holliesの魅力である多声コーラスはここでも健在で、曲全体を柔らかく包んでいる。ギターやリズム・セクションは過度に主張せず、歌を中心にしたアレンジが取られている。
歌詞のテーマは、未来への期待と共同体的な安心である。朝が来れば気分が良くなる、という表現は単純だが、1970年代初頭のロックにおける穏やかな再出発の感覚とよく合っている。60年代の理想主義が過ぎ去り、ロックがより大人びた表現へ向かう中で、この曲は小さな希望を過度に劇的にせず提示している。
アルバム全体に漂う旅や変化のテーマを考えると、この曲の「朝」は単なる一日の始まりではなく、新体制The Holliesの出発点としても響く。Rickfors加入後の最初のアルバムで、冒頭にこのような希望を含む楽曲を置いたことは象徴的である。
2. Touch
「Touch」は、タイトル通り触れること、接触、親密さをテーマにした楽曲である。本作の中でも比較的ソフト・ロック的な質感が強く、The Holliesのハーモニーが柔らかく響く一曲である。60年代の明快なビート・ポップというより、70年代の成熟したラヴ・ソングとしての性格が強い。
音楽的には、穏やかなテンポと滑らかなメロディが中心で、Rickforsの声の温かさがよく生かされている。バンドの演奏は控えめで、ヴォーカル・ラインとコーラスが前面に置かれている。The Holliesの強みは、楽曲の構造を複雑にしなくても、声の重なりだけで豊かな感情を作り出せる点にある。この曲でも、その伝統が70年代的な柔らかさの中で表れている。
歌詞のテーマは、言葉ではなく身体的・感情的な接触によって関係を確認することにある。触れるという行為は、愛情、慰め、理解、欲望のすべてを含む。The Holliesの歌詞は時にストレートだが、この曲ではその率直さが穏やかな説得力を持つ。
アルバムの流れでは、冒頭曲の朝の希望から、より個人的で親密な感情へ移る役割を果たしている。Romanyは派手なロック・アルバムではなく、人間関係の微妙な温度や旅の途中の感情を丁寧に描く作品であり、「Touch」はその側面をよく示している。
3. Words Don’t Come Easy
「Words Don’t Come Easy」は、言葉にできない感情を扱う楽曲である。タイトルは非常に普遍的で、愛情、謝罪、別れ、感謝など、言葉にすべきことがあるのにうまく表現できない状態を示している。The Holliesのようなハーモニー・グループにとって、言葉が出てこないという主題は興味深い。彼らは声で美しく歌うバンドでありながら、その歌の中で言葉の限界を扱っている。
音楽的には、メロディアスでやや哀愁を帯びたポップ・ロックである。曲は大きく盛り上がるというより、感情を抑えたまま進む。Rickforsのリード・ヴォーカルは、言葉を探しているような慎重さを持ち、コーラスがその不確かな感情を支える。The Holliesのハーモニーは、単なる装飾ではなく、語り手が一人では言いきれない感情を複数の声で補うように機能している。
歌詞のテーマは、コミュニケーションの難しさである。ポップ・ソングでは愛を告げる言葉が明快に提示されることが多いが、この曲ではむしろ、その言葉が出てこない瞬間に焦点が当てられている。これは、1970年代初頭のより内省的なポップ・ロックの特徴ともいえる。感情を大げさに宣言するのではなく、言えなさそのものを歌う。
本作の中では、The Holliesの成熟した側面を示す曲である。若々しい恋愛の高揚ではなく、関係の中で生じる沈黙や不器用さが描かれており、60年代のシングル・バンドとしての彼らから一歩進んだ表現になっている。
4. Magic Woman Touch
「Magic Woman Touch」は、Rickfors期The Holliesを代表する楽曲の一つであり、本作の中でも最も印象的なポップ・ロック・ナンバーである。タイトルは神秘的な女性の魅力を示しており、The Holliesらしいキャッチーなメロディと、70年代的な柔らかなロック感覚が結びついている。
音楽的には、軽快なリズム、明快なサビ、豊かなコーラスが特徴である。The Holliesが長年培ってきたポップ・ソングとしての職人性がよく発揮されており、アルバムの中でもシングル向きの華やかさを持つ。Rickforsのヴォーカルは、曲のやや神秘的な雰囲気に合っており、Clarke時代とは異なる色気を加えている。
歌詞では、ある女性の触れる力、魅力、変化をもたらす存在感が描かれる。「Magic」という言葉が示すように、ここでの女性は現実の恋愛対象であると同時に、語り手の世界を変える象徴的な存在でもある。1960年代ポップにもよく見られる女性賛歌の形式だが、アレンジはより70年代的に落ち着いており、過度に陽気すぎない。
この曲は、The Holliesが新しいヴォーカリストを迎えてもなお、ポップ・グループとしての強いメロディ感覚を失っていないことを示している。Romanyの中では、最も外向きで聴きやすい楽曲の一つであり、アルバム全体の柔らかい漂泊感の中に明るいアクセントを与えている。
5. Lizzy and the Rainman
「Lizzy and the Rainman」は、物語性の強い楽曲であり、本作の中でもカントリー・ロック的な色合いが濃い曲である。後にTanya Tuckerがカントリーの文脈で取り上げたことでも知られる楽曲で、The Hollies版では英国のハーモニー・ポップ・バンドがアメリカン・ストーリーテリングに接近した形になっている。
歌詞は、雨乞い師のような存在であるRainmanとLizzyという人物をめぐる物語として展開する。乾いた土地、雨への期待、人々の信頼と疑念、そして人間関係の揺れが背景にある。これは、アメリカ南部や西部の民話的な空気を持つ曲であり、The Holliesの典型的な英国ポップとはやや異なる質感を持つ。
音楽的には、カントリー・ロック的な軽いリズムと物語を運ぶメロディが中心である。The Holliesのハーモニーは、語りの背景に広がる風景のように機能している。バンドがアメリカ的な素材を扱う時、単純な模倣ではなく、英国ポップの端正さを保ったまま再解釈する点が特徴である。
この曲は、Romanyの旅と漂泊のテーマに強く結びついている。雨を求める土地、そこへ現れる不思議な人物、信じることと疑うことの間に揺れる人々。そうした物語は、アルバム全体のロマニー的な放浪感を補強している。The Holliesが単なるラヴ・ソング集ではなく、より広い物語世界を扱おうとしていたことを示す重要曲である。
6. Down River
「Down River」は、David Acklesの楽曲のカバーであり、Romanyの中でも特に深い哀愁を持つ一曲である。David Acklesは、商業的な大成功こそ得なかったが、演劇的で文学性の高いソングライティングによって評価されるアメリカのシンガー・ソングライターである。The Holliesがこの曲を取り上げたことは、本作が単なる軽いポップ・アルバムではなく、より成熟した楽曲解釈を目指していたことを示している。
音楽的には、静かに流れるようなアレンジが印象的である。タイトル通り、川を下っていくような時間感覚があり、曲は急がずに進む。Rickforsのヴォーカルは、この曲の重さに合っており、感情を過度に誇張せず、内側に沈めるように歌っている。コーラスも控えめで、曲の孤独感を壊さない。
歌詞のテーマは、川、移動、別れ、人生の流れである。川を下るというイメージは、アメリカ音楽において非常に重要な象徴であり、逃避、死、再生、時間の不可逆性を示す。この曲でも、川は単なる風景ではなく、人生が一方向へ流れていくことの比喩として機能している。
アルバム前半の終わりに置かれたこの曲は、Romanyの内省的な側面を深める。The Holliesのハーモニー・ポップとしての明るさだけでなく、喪失や孤独を扱う表現力がここにはある。派手な曲ではないが、本作の精神的な中心の一つといえる。
7. Slow Down
「Slow Down」は、タイトル通り速度を落とすこと、急ぎすぎる人生や関係にブレーキをかけることをテーマにした楽曲である。ロックンロールにはしばしばスピードや若さへの賛美があるが、この曲ではむしろ、立ち止まること、落ち着くことが重要なメッセージとなっている。
音楽的には、軽快ながらもリラックスしたロック・ナンバーである。強い疾走感よりも、ゆるやかなグルーヴが重視されている。The Holliesの演奏はタイトだが、過度に硬くならず、曲のタイトルに合った余裕がある。Rickforsの声も、力みすぎず自然に響く。
歌詞のテーマは、急ぎすぎる相手への呼びかけとして読める。恋愛関係においても、人生全体においても、速度を落とさなければ見失うものがある。この感覚は、1970年代の成熟したロックにしばしば見られる。60年代の高揚とスピードの後、ロックは自分自身のペースを見直し始めていた。
Romanyの文脈では、この曲はアルバム後半の入口として、聴き手を再び穏やかな流れに戻す役割を果たしている。旅は続くが、急ぎすぎる必要はない。The Holliesの新体制にも重なるような、慎重な前進の曲である。
8. Delaware Taggett and the Outlaw Boys
「Delaware Taggett and the Outlaw Boys」は、タイトルからして西部劇やアウトロー・バラッドを思わせる楽曲である。本作の中でも特に物語性とアメリカーナ色が強く、The Holliesが英国ポップ・バンドでありながら、アメリカの民衆的な物語歌へ接近していたことを示している。
音楽的には、カントリー・ロックやフォーク・ロックの要素が強く、軽快な語り口で進む。曲のタイトルに登場する人物名は、実在感と架空性の中間にあり、聴き手に小さな西部劇のような世界を想像させる。The Holliesのハーモニーは、ここでは物語を盛り上げるコーラスとして機能している。
歌詞のテーマは、アウトロー、仲間、逃亡、伝説化された人物像に関わる。アメリカ音楽には、犯罪者や放浪者を英雄的に描く伝統がある。この曲もその系譜にあり、道徳的な教訓よりも、物語としての面白さとロマンが重視されている。The Holliesはその伝統を英国的なポップの整った形で表現している。
この曲は、Romanyのタイトルが持つ放浪性と強く結びついている。定住しない人々、社会の外側を生きる人物、旅する集団。そうしたイメージが、アルバム全体に漂う移動の感覚をさらに強めている。
9. Jesus Was a Cross Maker
「Jesus Was a Cross Maker」は、Judee Sillによる楽曲のカバーであり、本作の中でも特に重要な選曲である。Judee Sillは、1970年代初頭のアメリカン・シンガー・ソングライターの中でも、宗教的象徴、フォーク、バロック・ポップ、個人的な苦悩を独自に結びつけた存在である。この曲は彼女の代表作の一つであり、The Hollies版ではバンドのハーモニーによって、よりポップで開かれた形に再構成されている。
タイトルは非常に象徴的である。イエスは十字架を作る者だった、という表現は、救済者と苦しみの道具を作る者が同一であるという逆説を含む。歌詞には、愛、裏切り、救済、精神的な葛藤が重ねられている。Judee Sillの原曲が持つ神秘性は、The Hollies版でも重要な核として残っている。
音楽的には、The Holliesの美しいコーラスが曲の宗教的な響きを強めている。Rickforsのリード・ヴォーカルは力強く、バンドのハーモニーがその周囲を包む。原曲の繊細で個人的な質感に比べると、The Hollies版はより明るく、ポップ・ロックとしての輪郭がはっきりしている。しかし、歌詞の持つ深い矛盾や痛みは失われていない。
この曲は、Romanyの精神的な深みを支える重要曲である。単なるラヴ・ソングや旅の歌ではなく、信仰、罪、救済、愛の矛盾といった大きなテーマが持ち込まれている。The Holliesが外部作家の優れた曲を自分たちの声で解釈する能力を示す代表的な例である。
10. Romany
タイトル曲「Romany」は、アルバム全体の漂泊感を象徴する楽曲である。Romanyという言葉は、ロマの人々、旅、定住しない生活、異邦性を連想させる。もちろん、この言葉には歴史的・文化的に複雑な背景があるが、1970年代のロック文脈では、自由、放浪、既存社会からの距離を象徴する言葉として使われることが多かった。
音楽的には、フォーク・ロック的な温かさと、少し神秘的な雰囲気が結びついている。メロディは大きく派手ではないが、アルバムの中心にふさわしい落ち着きがある。The Holliesのコーラスは、旅する集団の声のようにも響き、曲に共同体的な広がりを与える。
歌詞のテーマは、自由と孤独の両義性である。放浪することは束縛から解放されることでもあるが、同時に安定した居場所を持たないことでもある。これは、The Hollies自身の状況にも重なる。長年のリード・ヴォーカリストを失い、新しい声とともに進むバンドは、過去の居場所から離れ、新しい土地を探す旅人のようだった。
タイトル曲としての「Romany」は、アルバムの主題を明確に示す。ここでの旅は、地理的な移動だけではなく、音楽的な移行、アイデンティティの再構築、過去から未来への流れを意味している。本作を理解するうえで欠かせない中心曲である。
11. Blue in the Morning
「Blue in the Morning」は、朝の憂鬱を歌う楽曲であり、アルバム冒頭の「Won’t We Feel Good That Morning」と対になるようにも聴こえる。冒頭曲では朝が希望として歌われていたが、この曲では朝がむしろ寂しさや不安を伴っている。この対比は、Romanyの感情の幅を示している。
音楽的には、ブルージーな哀愁を持つポップ・ロックである。曲調は重すぎず、The Holliesらしいメロディの明快さを保っているが、歌詞の内容には孤独感がある。Rickforsの声は、こうした少し陰のある曲によく合っている。Allan Clarke時代の明るい高音とは異なり、彼の声には朝の曇り空のような湿度がある。
歌詞のテーマは、夜が明けても気分が晴れない状態である。一般に朝は再生や希望の象徴だが、この曲では、朝になっても悲しみが残る。これは、大人のポップ・ソングとして非常に自然な感覚である。時間が経てばすべてが解決するわけではなく、朝の光がかえって孤独を露わにすることもある。
アルバム終盤にこの曲が置かれることで、Romanyは単純な希望の物語にはならない。旅や自由には孤独が伴い、朝には希望だけでなく憂鬱もある。The Holliesはその複雑さを、過度に重くならないポップ・ソングとして表現している。
12. Courage of Your Convictions
アルバムを締めくくる「Courage of Your Convictions」は、信念を持つ勇気をテーマにした力強い楽曲である。タイトルからも分かる通り、個人の態度、倫理、意志が中心に置かれている。Romanyの最後にこの曲が配置されていることは、アルバム全体の旅が、最終的に自分自身の信念へ戻ることを示している。
音楽的には、比較的力強いロック・ナンバーであり、アルバムの終曲として前向きな締めくくりを作る。コーラスは明快で、The Holliesらしいハーモニーがメッセージを支えている。Rickforsのヴォーカルも力強く、バンドの新しい体制が自信を持って前へ進もうとする姿勢が感じられる。
歌詞のテーマは、周囲に流されず、自分の信じるものを持つことにある。これは1970年代初頭のロックにおいて重要な主題であり、社会的な変化や価値観の揺らぎの中で、自分の立場をどう保つかが問われていた。The Holliesにとっても、これは単なる一般論ではない。バンドはメンバーの変化、時代の変化、音楽的な変化の中で、自分たちの声を保つ必要があった。
終曲として、この曲はRomanyを前向きに閉じる。アルバム全体には別れや迷い、旅や孤独があるが、最後には信念を持つ勇気が歌われる。これは、新しいThe Holliesの宣言としても読むことができる。
総評
Romanyは、The Holliesのキャリアの中で非常に興味深い転換期のアルバムである。Graham Nashの脱退に続き、Allan Clarkeも一時的に不在となった状況で、バンドはMikael Rickforsという新しい声を迎えた。これは単なるメンバー交代ではなく、The Holliesというバンドのアイデンティティそのものに関わる変化だった。本作は、その変化に対する回答であり、60年代のビート・ポップ・グループから、70年代の成熟したハーモニー・ロック・バンドへ移ろうとする姿が記録されている。
音楽的には、Romanyは派手な革新作ではない。プログレッシブ・ロックのような長大な構成も、グラム・ロックのような視覚的な過剰さも、ハード・ロックの重量感もない。その代わりに、フォーク・ロック、カントリー・ロック、ソフト・ロックを基盤とした穏やかなアンサンブルと、美しいコーラスがある。The Holliesの最大の武器であるハーモニーは、本作でも変わらず重要であり、新しいリード・ヴォーカルの下でもバンドの核が保たれている。
Mikael Rickforsの声は、本作の印象を決定づけている。彼のヴォーカルはAllan Clarkeとは明らかに異なり、より太く、渋く、アメリカン・ルーツ寄りの楽曲に合っている。そのため、RomanyはThe Holliesの他の代表作と比べると、やや地味で落ち着いた印象を持つ。しかし、その落ち着きは本作の弱点であると同時に魅力でもある。Rickforsの声によって、バンドは従来の明るいポップ感覚から少し離れ、より大人びた感情表現へ向かっている。
本作の歌詞や選曲には、旅、川、雨、朝、放浪、信念といったイメージが多い。これはアルバム・タイトルRomanyと深く結びつく。バンドはここで、固定された過去の成功に留まらず、新しい場所へ移動しようとしている。だが、その旅は華やかな勝利の行進ではなく、迷いと不安を伴う静かな移動である。「Down River」「Romany」「Blue in the Morning」などには、その漂泊感がよく表れている。
また、本作では外部作家の楽曲解釈が大きな意味を持っている。Judee Sillの「Jesus Was a Cross Maker」やDavid Acklesの「Down River」は、The Holliesが優れたソングライティングを自分たちのハーモニーで再構築する能力を示す。1960年代のThe Holliesはヒット・シングルのバンドとして知られたが、Romanyではアルバム全体の雰囲気を重視し、より成熟した楽曲解釈を行っている。
一方で、本作はThe Holliesの決定的な再発明には至っていない。楽曲の完成度は高いが、時代を大きく変えるような強烈な個性や、新しい市場を切り開くほどのインパクトは弱い。1972年という時代には、David Bowieのグラム・ロック、YesやGenesisのプログレッシブ・ロック、Led Zeppelinのハード・ロック、そしてシンガー・ソングライターの台頭など、強い個性を持つ作品が多く存在していた。その中でRomanyは、やや控えめに響いたことも事実である。
しかし、控えめであることは必ずしも価値の低さを意味しない。Romanyは、The Holliesが自らの強みであるハーモニーとメロディを、70年代の穏やかなロック感覚へ適応させようとした誠実な作品である。大きなヒット曲の集合ではなく、アルバム全体に流れる空気を味わうべき作品であり、特にフォーク・ロック、ソフト・ロック、英国ハーモニー・ポップに関心のあるリスナーにとっては、深く聴く価値がある。
日本のリスナーにとって本作は、The Holliesを「Bus Stop」や「He Ain’t Heavy, He’s My Brother」のバンドとしてだけでなく、70年代初頭の変化するロック環境の中で生き延びようとしたハーモニー・ロック・バンドとして理解するための重要な一枚である。派手さはないが、声の重なり、楽曲の丁寧な解釈、旅するようなアルバム全体の流れには、静かな魅力がある。
総合的に見て、RomanyはThe Holliesの隠れた重要作である。バンドの黄金期を象徴する作品ではないが、変化の時期にしか生まれない独特の柔らかさと不安が刻まれている。新しい声、新しい時代、新しい旅。The Holliesは本作で、過去の栄光をそのまま再現するのではなく、放浪者のように次の道を探している。その姿こそが、Romanyというアルバムの核心である。
おすすめアルバム
1. The Hollies – Distant Light(1971年)
Romany直前の作品であり、Allan Clarke在籍時のThe Holliesが70年代的なロックへ移行していく過程を示す重要作である。「Long Cool Woman in a Black Dress」を含み、従来のハーモニー・ポップに加えて、よりロック色の強いアプローチが見られる。Romanyとの比較によって、Rickfors加入による変化がより明確になる。
2. The Hollies – Hollies(1974年)
Allan Clarke復帰後の作品で、ヒット曲「The Air That I Breathe」を収録している。美しいハーモニー、成熟したポップ・ロック、ソフト・ロック的な感覚が結びついており、70年代The Holliesの代表作として重要である。Romanyの穏やかな方向性が、より商業的に成功した形で展開された作品といえる。
3. Crosby, Stills & Nash – Crosby, Stills & Nash(1969年)
元The HolliesのGraham Nashが参加した作品であり、ハーモニー・ロックの歴史を理解するうえで欠かせないアルバムである。アメリカ西海岸的なフォーク・ロックと美しいコーラスが特徴で、Romanyに見られる柔らかなハーモニー・ロックの背景を知るために重要である。
4. Judee Sill – Judee Sill(1971年)
「Jesus Was a Cross Maker」の作者であるJudee Sillのデビュー作であり、宗教的象徴、フォーク、バロック・ポップ、個人的な痛みが独自に結びついた名盤である。The Hollies版の「Jesus Was a Cross Maker」をより深く理解するために、原曲が持つ神秘性と内省性を確認できる作品である。
5. The Byrds – Ballad of Easy Rider(1969年)
フォーク・ロックとカントリー・ロックを結びつけたThe Byrds後期の重要作であり、Romanyのアメリカーナ的な側面を理解するために有効である。旅、川、放浪、穏やかなロック・アンサンブルといった要素が共通しており、The Holliesが本作で接近した70年代初頭のフォーク/カントリー・ロックの文脈を補足する作品である。

コメント