発売日: 2007年10月1日
ジャンル: インディーロック、ガレージロック、ブリットポップ
壊れた夢のその先へ——“詩人”としてのピートの再構築
Shotter’s Nationは、Babyshamblesにとって2作目となるスタジオ・アルバムであり、前作Down in Albionの混沌を経たのちに訪れた“構築”のフェーズといえる。
プロデューサーにはStephen Street(BlurやThe Smithsを手がけた名匠)を迎え、サウンド面においては格段に洗練され、楽曲の輪郭が明瞭になった。
タイトルの“Shotter”はスラングでドラッグの売人を意味し、裏社会と退廃にまみれた世界を暗示しながらも、音楽的にはよりメロディアスで英国的なポップネスが前面に出ている。
ピート・ドハーティが詩人としての資質を取り戻し、混沌と破滅の美学から一歩引いた場所で語り始めた——そんな印象を与える作品である。
全曲レビュー
1. Carry On Up the Morning
不穏なギターで始まる幕開け。
夜明けと共に再起を試みるかのような歌詞が、アルバム全体のトーンを決定づける。
不完全であるがゆえの美しさがある。
2. Delivery
リードシングルであり、メロディアスなポップチューン。
「言葉の配達人」としてのピートの自己投影が込められている。
ビートルズ的なコード進行が印象的で、耳に残る軽快な一曲。
3. You Talk
甘くも毒のあるメロディが特徴的なブリットポップ調ナンバー。
会話によるすれ違いと、恋愛の苦みが綴られている。
4. UnBiloTitled
タイトルからしてピートらしい造語的センス。
過去と現在が曖昧に交錯する、夢のような一曲。
柔らかいギターサウンドと、儚げなヴォーカルが心地よい。
5. Side of the Road
直線的なガレージロック。
衝動とスピード感に満ちており、The Libertines時代を思わせる一曲でもある。
6. Crumb Begging Baghead
トリッキーなリズムと歌詞の断片性が特徴。
麻薬中毒の視点から語られる、皮肉と哀しみに満ちたモノローグ。
7. Unstookie Titled
幻想的なイントロと不穏なメロディが絡み合う。
現実逃避と自己解放をテーマにした、ピートの精神風景が表れた曲。
8. French Dog Blues
“アルビオン幻想”の継承曲とも言える作品。
詩的でありながら風刺的な要素も交え、英国ロックの伝統に対する自意識がにじみ出ている。
途中でシフトするメロディが実験的かつ魅力的。
9. There She Goes
1990年代のブリットポップ的エネルギーを内包する、親しみやすいラブソング。
明快なサビとキャッチーなギターフックが光る。
10. Baddie’s Boogie
ブルースロックの要素を取り入れた異色曲。
ユーモラスでどこか酔っぱらったような構成が、アルバムに独特の緩急をもたらしている。
11. Deft Left Hand
ギターリフが先導するサイケデリックなトラック。
「不器用な左手」はメタファーとして、選ばれなかった道や不安定さを象徴している。
12. Lost Art of Murder
アルバムの締めくくりは、アコースティックギターとピートの歌のみで構成された静謐なナンバー。
グレアム・コクソン(Blur)がギターで参加しており、内省的なリリシズムが光る。
「殺人という芸術が失われた」という比喩的タイトルが示すように、文明や感情の荒廃への嘆きがにじむ。
総評
Shotter’s Nationは、ピート・ドハーティが混沌の中から一歩踏み出し、“形ある音楽”としての構成力とメロディを取り戻した作品である。
その一方で、彼の持つ詩人性や倒錯的な美学は失われておらず、むしろより明瞭な言葉と音として描き出されている。
Stephen Streetの手腕もあって、作品全体にはブリットポップ的な流麗さと、90年代英国ギターロックの影が感じられる。
過去を引きずりながらも、未来を見据える意志がちらりと覗くアルバム——それがShotter’s Nationなのだ。
おすすめアルバム
- Blur – Modern Life Is Rubbish
Stephen Streetのプロデュースによる、ブリットポップの礎を築いた作品。知性と皮肉が共存する。 - The Smiths – Strangeways, Here We Come
内省的なリリックとメロディの美しさが共鳴する。ピートの影にあるもう一つの英国詩人像。 - The Libertines – Up the Bracket
ピート・ドハーティの原点とも言える初期リバティーンズの衝動がここにある。 - Graham Coxon – The Kiss of Morning
“Lost Art of Murder”で共演したグレアムのソロ作。個人的でありながら、鋭利なギターが冴える。 - Babyshambles – Sequel to the Prequel
本作の流れを受け継ぎながら、さらにバンドとしての一体感を高めた3作目。進化の系譜として聴きたい。
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