
発売日:1987年9月28日
ジャンル:インディー・ロック、ジャングル・ポップ、オルタナティヴ・ロック、アート・ポップ、ポスト・パンク
概要
The SmithsのStrangeways, Here We Comeは、1987年に発表された通算4作目にして最後のスタジオ・アルバムであり、1980年代英国インディー・ロックの最重要バンドが、解散直前に到達した成熟と分裂を同時に刻んだ作品である。1984年のデビュー作The Smithsで登場した彼らは、Johnny Marrのきらめくギター、Morrisseyの文学的で皮肉に満ちた歌詞、Mike JoyceとAndy Rourkeによるしなやかなリズム隊によって、ポスト・パンク以後の英国ギター・ポップを決定的に更新した。シンセ・ポップやニュー・ロマンティックが商業的な主流となっていた時代に、The Smithsはギター・バンドの美学を再定義し、インディー・ロックの精神的な基準を作った。
本作は、そのThe Smithsの最終章である。前作The Queen Is Deadは、バンドの代表作として最も広く評価されるアルバムであり、政治的皮肉、ロマンティックな挫折、ユーモア、ギター・ポップの完成度が高い水準で結びついていた。一方、Strangeways, Here We Comeは、より陰影が深く、音楽的にも拡張された作品である。Johnny Marrは従来のジャングリーなギターだけでなく、ピアノ、ストリングス風のアレンジ、シンセサイザー的な音色、重いリズム、サウンドの奥行きを用い、The Smithsの音楽をよりドラマティックで立体的なものへ押し広げている。
タイトルの「Strangeways」は、マンチェスターにある刑務所Strangeways Prisonを指すとされる。「Here We Come」という言葉を続けることで、そこには投獄、運命、破滅、閉じ込められた感覚、あるいは自ら終着点へ向かっていくような皮肉が込められる。The Smithsは労働者階級の英国的現実、孤独、性、抑圧、憧れ、自己憐憫、社会への違和感を歌ってきたが、本作ではその世界が一段と暗く、終末的な色を帯びている。まるでバンド自身が、解散という「閉じられた場所」へ向かっていることを無意識に音楽化しているようでもある。
制作時点で、The Smithsの内部にはすでに大きな緊張があった。MorrisseyとJohnny Marrの関係は悪化し、音楽的方向性やマネージメント、活動の負荷をめぐる問題が積み重なっていた。結果として、本作のリリース前後にバンドは崩壊する。しかし興味深いことに、メンバー自身は後に本作を高く評価しており、特にMarrとMorrisseyはそれぞれ本作をThe Smithsの最高作の一つとして語っている。つまりStrangeways, Here We Comeは、バンドが壊れかけていたからこそ散漫になった作品ではなく、むしろ崩壊寸前に異様な集中力を発揮したアルバムである。
音楽的には、The Smithsの従来の魅力を残しながら、より大きなアレンジ志向が見られる。「A Rush and a Push and the Land Is Ours」ではギターを前面に出さず、ピアノとリズムで曲を進める。「Death of a Disco Dancer」では反復的で重い構造を用い、「Last Night I Dreamt That Somebody Loved Me」では長い導入と荘厳なピアノによって、ほとんど悲劇的なバラードへ接近する。「I Won’t Share You」では、終曲としてアコースティックで静かな別れの感覚が置かれる。これは、単なるジャングル・ポップの延長ではなく、The Smithsがより複雑なアート・ポップへ向かっていたことを示している。
歌詞面では、Morrisseyの特徴である自己劇化、皮肉、孤独、愛への不信、社会的疎外がさらに濃くなる。「Girlfriend in a Coma」では死と恋愛を軽妙に結びつけ、「Unhappy Birthday」では祝福の形式を使って敵意を歌い、「Paint a Vulgar Picture」では死後に商品化されるポップ・スターへの皮肉を描く。Morrisseyの歌詞はしばしば極端で、滑稽で、残酷である。しかしその極端さは、日常的な感情の中にある醜さや恥ずかしさを誇張して見せる方法でもある。
後の音楽シーンへの影響も大きい。The Smithsは1980年代後半以降の英国インディー・ロック、ブリットポップ、ギター・ポップ、エモ、オルタナティヴ・ロックに決定的な影響を与えた。The Stone Roses、Oasis、Blur、Suede、Belle and Sebastian、The Sundays、Radiohead、The Libertines、Arctic Monkeysなど、直接的・間接的にThe Smithsの遺産を受け継いだバンドは多い。Strangeways, Here We Comeは、その中でもThe Smithsの終幕として、彼らが単なるギター・ポップ・バンドではなく、より大きな音楽的可能性を持っていたことを示す重要作である。
日本のリスナーにとって、本作はThe Queen Is Deadやコンピレーション的な代表曲から入った後に、The Smithsの深い成熟を知るためのアルバムとして聴く価値が高い。ポップな即効性は過去作に比べて少し控えめだが、曲ごとの表情、歌詞の毒、アレンジの広がり、終末感は非常に豊かである。解散直前の作品でありながら、未完成な終わりではなく、The Smithsが最後に自分たちの美学を拡張しようとした記録として評価すべきアルバムである。
全曲レビュー
1. A Rush and a Push and the Land Is Ours
「A Rush and a Push and the Land Is Ours」は、アルバムの冒頭として非常に異色である。The SmithsといえばJohnny Marrのギターが象徴的だが、この曲ではギターのきらめきよりも、ピアノ、ベース、リズム、Morrisseyの歌が前面に出る。従来のThe Smithsらしいジャングリーなギター・ポップを期待すると、冒頭から別の場所へ連れていかれるような印象を受ける。
タイトルは「突進と押し込みで、その土地は我々のもの」というような意味を持ち、征服、所有、階級的な闘争、あるいは運命へ押し出される感覚を連想させる。Morrisseyの歌詞は、幽霊や帰還のイメージを含み、死後の視点から世界を眺めるようにも響く。ここには、すでに終わった者がもう一度現世へ戻ってくるような不穏さがある。
音楽的には、曲は浮遊するように進む。Mike Joyceのドラムは軽快だが、全体の雰囲気は明るくない。Andy Rourkeのベースはしなやかに動き、曲に独特の躍動感を与える。Marrはここでギター・ヒーロー的な役割をあえて退き、バンド全体の音響を組み立てる作曲家として機能している。
歌詞では、生者と死者、所有と喪失、英国的な土地感覚が入り混じる。The Smithsの最終作の冒頭で、Morrisseyがまるで墓場から戻ってきた人物のように歌うことは象徴的である。これはバンドの終わりを予告する曲でありながら、同時に新しい音楽的方向性の始まりでもあった。
2. I Started Something I Couldn’t Finish
「I Started Something I Couldn’t Finish」は、タイトルからしてThe Smithsの終盤を象徴するような楽曲である。「自分は始めたが、終わらせることができなかった」という言葉は、恋愛、人間関係、創作、そしてバンドそのものにも重ねて読める。解散直前のアルバムにこの曲が収められていることは、偶然以上の意味を持つ。
サウンドは比較的明るく、リズムにも勢いがある。Marrのギターは軽快に鳴り、The Smithsらしいポップな推進力が戻ってくる。だが、歌詞の内容は自責と未完の感覚を含んでいる。音楽の明るさと歌詞の後ろめたさがずれている点が、The Smithsらしい魅力である。
歌詞では、何かを始めたものの、その責任や結果を引き受けられない人物が描かれる。Morrisseyの語り手は、しばしば自分の弱さや身勝手さを大げさに演じる。この曲でも、自分が原因を作ったことを認めながら、どこか滑稽な自己憐憫の中に逃げ込んでいる。
この曲は、The Smithsのポップな側面と自己劇化の才能が結びついた楽曲である。キャッチーでありながら、歌われているのは責任を取りきれない人間の情けなさである。バンドの終焉を知った後に聴くと、アルバム全体の意味をさらに深める一曲である。
3. Death of a Disco Dancer
「Death of a Disco Dancer」は、The Smithsの楽曲の中でも特に重く、反復的で、異様な雰囲気を持つ曲である。タイトルは「ディスコ・ダンサーの死」を意味し、ダンス・カルチャー、快楽、若さ、流行、社会的逃避の終焉を連想させる。Morrisseyはここで、平和や愛を語る言葉の虚しさも含めて、時代の理想の死を描いている。
サウンドは、The Smithsとしてはかなり異色である。曲は明快なポップ・ソングというより、重い反復によってじわじわと緊張を高める構造を持つ。Marrのギターはきらびやかに跳ねるのではなく、暗く沈み、ピアノやリズムとともに不穏な空間を作る。後半に向かうほど、曲はほとんど呪術的な重さを帯びる。
歌詞では、平和や愛という理想が現実の中で機能しないことへの失望が表れる。ディスコは快楽と解放の場所であるが、そのダンサーが死ぬということは、踊ることによる逃避や祝祭の終わりを意味する。Morrisseyの視線は冷たく、理想主義を信じたい気持ちと、それを嘲笑する感覚が同時にある。
「Death of a Disco Dancer」は、本作における音楽的拡張の代表例である。The Smithsが単なる短いギター・ポップだけでなく、長く暗い構造を持つ楽曲にも到達していたことを示す。解散がなければ、彼らがさらにどのような方向へ進んだのかを想像させる重要曲である。
4. Girlfriend in a Coma
「Girlfriend in a Coma」は、The Smithsの代表的なブラック・ユーモアの一つであり、重い題材を驚くほど軽いポップ・ソングとして提示した楽曲である。タイトルは「昏睡状態の恋人」を意味し、本来なら悲劇的で深刻な内容だが、曲調は短く、甘く、ほとんど軽快である。この落差が強い印象を残す。
サウンドは非常にコンパクトで、Marrのアレンジも美しく整っている。ストリングス風の響きや軽いリズムが、曲に上品なポップ感を与える。Morrisseyの歌唱も大げさに悲しむのではなく、どこか淡々としている。そのため、歌詞の不気味さがより際立つ。
歌詞では、語り手が昏睡状態の恋人について歌うが、その感情は純粋な悲しみとは言い切れない。彼は心配しているようでありながら、どこか相手の死を期待しているようにも聞こえる。この曖昧で不快な心理こそが、Morrisseyの書く人物像の特徴である。愛、退屈、依存、残酷さが混ざっている。
この曲は、The Smithsの美学を端的に示す。悲劇的な題材を美しいポップに乗せ、笑ってよいのか悲しむべきなのか判断できない状態を作る。ポップ・ソングの甘さが、人間の感情の残酷さを隠すのではなく、むしろ鮮明にしている。
5. Stop Me If You Think You’ve Heard This One Before
「Stop Me If You Think You’ve Heard This One Before」は、本作の中でも特にThe Smithsらしい疾走感と皮肉を持つ楽曲である。タイトルは「この話を前に聞いたことがあると思うなら止めてくれ」という意味で、自己反復、言い訳、過去の失敗の繰り返しをユーモラスに示している。
サウンドは軽快で、Marrのギターは流れるように鳴る。リズム隊も非常にタイトで、曲は爽快に進む。だが、歌詞には暴力、事故、言い訳、恋愛の失敗が含まれ、明るい曲調との間にThe Smiths特有のねじれがある。
歌詞では、語り手が同じような話、同じような失敗、同じような自己弁護を繰り返している。人は自分の過ちを物語化し、それを他者に語ることで自分を守る。しかし、その話があまりにも繰り返されると、相手は聞き飽きる。この曲は、自己劇化の滑稽さを鋭く突いている。
同時に、この曲はThe Smiths自身の自己言及としても読める。Morrisseyの歌詞には、孤独、拒絶、失敗、死、皮肉が繰り返し登場する。その反復を自覚しながら、なお歌い続ける。この自己認識が、曲のタイトルに込められている。
6. Last Night I Dreamt That Somebody Loved Me
「Last Night I Dreamt That Somebody Loved Me」は、The Smiths後期を代表する名曲のひとつであり、Morrisseyの孤独と自己憐憫が最も壮大な形で表現された楽曲である。タイトルは「昨夜、誰かが僕を愛してくれる夢を見た」という意味で、愛されたいという願望と、それが夢でしかないことの痛みが一文に凝縮されている。
曲は長い導入から始まる。群衆のような音、ピアノの重い響き、劇場的な空気が重なり、通常のポップ・ソングとは異なる荘厳な雰囲気を作る。歌が始まるまでの時間が長いことで、聴き手はすでに悲劇の場に連れていかれる。Marrのアレンジは非常に大胆で、The Smithsの音楽的成熟を示している。
歌詞では、愛される夢を見た後、目覚めて現実に戻る人物の孤独が描かれる。重要なのは、その夢が新しい希望ではなく、過去にも繰り返された「偽りの警報」として歌われる点である。愛は訪れたように見えるが、実際には何も起こらない。夢は救いであると同時に、現実の孤独をさらに強調する。
この曲は、Morrisseyの自己劇化の極致である。愛されないことを壮大な悲劇として歌う姿勢には、滑稽さもある。しかし、その滑稽さを含めて、孤独が深く響く。The Smithsが持つロマンティックな絶望を最も大きなスケールで示した楽曲である。
7. Unhappy Birthday
「Unhappy Birthday」は、祝福の形式を反転させた非常にMorrisseyらしい楽曲である。誕生日は通常、祝われる日である。しかしこの曲では、相手の不幸を願うような言葉が歌われる。タイトルの時点で、祝祭が敵意へ変わっている。
サウンドは明るく、軽快で、ギターも美しく鳴る。だが歌詞は非常に辛辣である。この明るい音楽と悪意ある歌詞の組み合わせは、The Smithsの代表的な手法である。Marrのメロディは優雅で、Morrisseyの言葉は残酷である。この対立が曲に強い魅力を与えている。
歌詞では、かつて近い関係にあった相手への怒りや軽蔑が、誕生日という形式を使って表現される。人は別れた相手や裏切った相手に対して、表向きには礼儀正しく振る舞うこともある。しかし内心では、相手の幸福を祝えないことがある。この曲は、その醜い感情を隠さず、むしろポップに歌う。
「Unhappy Birthday」は、Morrisseyの毒舌とThe Smithsのポップ・センスが結びついた楽曲である。人間の小さな悪意を、ここまで美しいギター・ポップに変換できる点に、The Smithsの特異性がある。
8. Paint a Vulgar Picture
「Paint a Vulgar Picture」は、ポップ・スターの死後の商品化、音楽業界の搾取、ファン文化への皮肉を描いた重要曲である。タイトルは「下品な絵を描く」という意味を持ち、死者のイメージを商業的に利用する業界への批判が込められている。
サウンドはミドル・テンポで、メロディは比較的明るく開けている。Marrのギターは流麗で、曲全体に親しみやすさがある。しかし歌詞は、レコード会社が死んだアーティストの未発表音源やベスト盤を次々に売り出す構造を痛烈に皮肉る。ポップな音楽と業界批判が同居している点が重要である。
歌詞では、亡くなったスターの作品が追悼という名目で繰り返し商品化される様子が描かれる。ファンは悲しみ、業界はそれを販売機会に変える。ここには、芸術と商業、記憶と消費、愛情と搾取の問題がある。Morrisseyはその構造を、非常に冷たく見つめている。
この曲は、The Smiths自身の未来を予言しているようにも聴こえる。解散後、彼らの作品は何度も再編集され、再評価され、商品化され続けることになる。Morrisseyはその構造をすでに見抜いていた。The Smithsの最後のアルバムにこの曲があることは非常に意味深い。
9. Death at One’s Elbow
「Death at One’s Elbow」は、アルバムの中では比較的短く、軽快なロックンロール色を持つ楽曲である。タイトルは「肘のそばの死」という奇妙な表現であり、死がすぐ近くにあることを示しながらも、どこかコミカルな響きを持つ。
サウンドは勢いがあり、The Smithsの楽曲の中でもよりロックンロール的な質感がある。Marrのギターは軽やかに動き、リズム隊も前へ進む。曲は深刻なテーマを扱いながらも、短く駆け抜けるように終わる。
歌詞では、死や不吉な出来事が身近にあることが描かれる。Morrisseyは死を常に壮大な悲劇として扱うわけではない。時には、日常の隣にある滑稽な影として描く。この曲では、死がドラマティックな運命ではなく、すぐ横にいる厄介な存在として表れる。
「Death at One’s Elbow」は、アルバム全体の重さの中で少し軽い刺激を与える楽曲である。大曲ではないが、The Smithsのユーモアと不吉さの組み合わせがよく表れている。
10. I Won’t Share You
アルバムの最後を飾る「I Won’t Share You」は、The Smithsのスタジオ・アルバムの最後の曲として非常に象徴的である。タイトルは「君を分け合うつもりはない」という意味を持ち、恋愛の独占欲としても読めるが、バンド内の関係や創作上の所有感にも重ねて聴こえる。
サウンドはアコースティックで、非常に穏やかである。オートハープのような響きが曲に繊細な美しさを与え、アルバムの終わりに静かな余韻を残す。これまでの曲にあった皮肉や毒は抑えられ、ここでは別れの後の静けさが中心になる。
歌詞では、相手を共有しない、手放さないという意志が歌われる。しかし、その言葉は力強い所有の宣言というより、すでに失われつつあるものへの最後の執着のように響く。The Smithsの終曲として聴くと、MorrisseyとMarrの関係、バンドという共同体、音楽そのものへの未練が重なってくる。
「I Won’t Share You」は、The Smithsの終わりとして非常に美しい曲である。大きな爆発ではなく、静かに閉じる。バンドは解散し、作品だけが残る。この曲の穏やかな響きには、終わりを受け入れきれない感情と、それでも幕を下ろさなければならない現実が同時にある。
総評
Strangeways, Here We Comeは、The Smithsの最後のスタジオ・アルバムであり、彼らの音楽的成熟とバンドの崩壊が同時に刻まれた作品である。The Queen Is Deadのような即効性や象徴的な完成度とは異なり、本作はより暗く、複雑で、アレンジの幅が広い。The Smithsが単なるジャングル・ポップ・バンドではなく、より大きな音楽的構築力を持っていたことを示すアルバムである。
本作の最大の特徴は、終末感である。タイトルに含まれるStrangewaysという刑務所のイメージ、死や昏睡、未完、孤独、商品化、別れのテーマが、アルバム全体に不穏な影を落としている。バンドの解散を知った後に聴くと、曲の多くが予言的に響く。「I Started Something I Couldn’t Finish」は未完の感覚を、「Last Night I Dreamt That Somebody Loved Me」は救われない孤独を、「I Won’t Share You」は最後の執着を示している。
音楽的には、Johnny Marrの作曲家・編曲家としての成熟が際立つ。彼はここで、ギターのきらめきだけに頼らず、ピアノ、シンセ的な質感、反復的な構成、アコースティックな響きを用いて、The Smithsの音楽を拡張している。「Death of a Disco Dancer」や「Last Night I Dreamt That Somebody Loved Me」は、初期のThe Smithsからは想像しにくいスケールを持つ。Marrがこの先さらにバンドを発展させる可能性を持っていたことが、本作からは明確に伝わる。
Morrisseyの歌詞も、本作で非常に濃密である。彼は愛されない自分、相手への悪意、死への憧れ、業界への皮肉を、いつものように極端な言葉で歌う。だが、本作ではその極端さがより終末的なムードに包まれている。彼のユーモアは笑いであると同時に、防衛でもある。傷つく前に皮肉を言い、愛されない前に自分を悲劇化する。その構造が、アルバム全体に濃く表れている。
The Smithsの魅力は、MorrisseyとMarrの対立的な相補性にあった。Morrisseyの言葉はしばしば暗く、残酷で、自己憐憫に満ちている。一方でMarrの音楽は、明るく、美しく、流麗である。その二つが衝突することで、The Smithsの楽曲は単なる悲しい歌にも、単なる美しいギター・ポップにもならない。Strangeways, Here We Comeでも、その関係は最後まで機能している。むしろ、崩壊寸前だったからこそ、緊張感が高まっている。
アルバムとしての完成度は非常に高いが、一方で過去作に比べてポップな統一感はやや後退している。曲ごとのスタイルが広がり、重い曲も多く、初期The Smithsの軽やかな魅力を求めるリスナーにはやや暗く感じられる可能性がある。しかし、その暗さと広がりこそが本作の意義である。The Smithsは最後に、自分たちの音楽を安全な型の中に留めなかった。
歴史的に見れば、本作は1980年代英国インディー・ロックの終わりと、1990年代以降のギター・ロックへの橋渡しとしても重要である。The Smithsの解散後、英国のギター・バンドはThe Stone Roses、Happy Mondays、Suede、Blur、Oasisなどを通じて新しい時代へ入っていく。The Smithsが提示した、文学的な歌詞、反主流の美学、ギター・ポップの繊細さ、労働者階級的な現実感は、その後の英国ロックに深く受け継がれた。
日本のリスナーにとって、本作はThe Smithsの最後のアルバムとしてだけでなく、バンドがどれほど多面的であったかを知るための作品である。「There Is a Light That Never Goes Out」や「This Charming Man」のような代表曲から入った場合、本作の暗さや重さは少し意外に感じられるかもしれない。しかし、Morrisseyの歌詞を読み、Marrのアレンジの変化を追うことで、The Smithsの最終段階の深さが見えてくる。
総合的に見て、Strangeways, Here We Comeは、The Smithsの別れのアルバムでありながら、単なる終幕ではない。そこには、もしバンドが続いていたらどこへ向かったのかを示す可能性がある。死、孤独、皮肉、未完、別れが美しい音楽の中に封じ込められている。The Smithsはこの作品で、最も成熟した姿を見せながら消えた。その矛盾こそが、本作を特別なものにしている。
おすすめアルバム
1. The Smiths — The Queen Is Dead
The Smithsの代表作として最も広く評価されるアルバム。政治的皮肉、ロマンティックな絶望、ユーモア、Johnny Marrのギター・ポップが高い完成度で結びついている。Strangeways, Here We Comeの前作として、バンドの頂点と比較して聴くべき重要作である。
2. The Smiths — Meat Is Murder
The Smithsのセカンド・アルバムであり、政治性、倫理性、社会批評がより明確に出た作品。音楽的にも荒さと繊細さが共存しており、Morrisseyの思想性とMarrのギター・ワークの発展を理解できる。Strangeways, Here We Comeの成熟へ至る過程として重要である。
3. The Smiths — The Smiths
1984年発表のデビュー作。まだサウンドには硬さがあるが、Morrisseyの歌詞世界とJohnny Marrのギター美学はすでに確立されている。「Reel Around the Fountain」「This Charming Man」などを通じて、The Smithsの原点を確認できる作品である。
4. Morrissey — Viva Hate
The Smiths解散後に発表されたMorrisseyのソロ・デビュー作。The Smithsの終焉後、彼の歌詞世界がどのように継続されたかを知るうえで重要である。Stephen Streetとの制作により、The Smiths後期の空気を一部引き継ぎながら、よりソロ・アーティストとしての自己演出が前面に出ている。
5. The Stone Roses — The Stone Roses
The Smiths以後の英国ギター・ロックを新しい時代へ進めた重要作。マンチェスターという地域性、ギター・ポップの美学、インディーからメインストリームへ向かう流れという点で関連性が高い。The Smithsの遺産が、マッドチェスターや90年代ブリットポップへどう接続されたかを理解できる。

コメント