
発売日:2005年10月4日
ジャンル:インディー・ロック、アート・ロック、ポスト・ロック、チャンバー・ポップ、ドリーム・ポップ、オルタナティヴ・ロック
概要
ブロークン・ソーシャル・シーンの『Broken Social Scene』は、2005年に発表された通算3作目のスタジオ・アルバムである。カナダ・トロントを拠点とするこのバンドは、ケヴィン・ドリューとブレンダン・カニングを中心に、ファイスト、エミリー・ヘインズ、エイミー・ミラン、ジェイソン・コレット、チャールズ・スピアリン、ジャスティン・ペロフ、アンドリュー・ホワイトマンなど、多数のミュージシャンが参加する大規模な音楽コレクティヴとして知られている。通常のロック・バンドのように固定された数人のメンバーで完結するのではなく、トロント周辺のインディー・シーン全体をゆるやかに巻き込みながら作品を作る点が、彼らの大きな特徴である。
本作は、2002年の代表作『You Forgot It in People』に続く作品として大きな期待を受けて登場した。『You Forgot It in People』は、2000年代インディー・ロックを象徴する名盤の一つとして評価され、ポスト・ロック的な音響、チャンバー・ポップ的なアレンジ、ローファイな親密さ、そして複数の声が重なり合う共同体的な高揚を見事に融合させていた。そこには、都市の若い音楽家たちが集まり、友情や偶然や衝動の中で新しいロックの形を作っていくような瑞々しさがあった。
それに対してセルフタイトル作である『Broken Social Scene』は、より大きく、より散漫で、より過剰なアルバムである。前作の成功によって、バンドは単なるローカルなコレクティヴではなく、国際的なインディー・ロックの重要存在として注目されるようになった。本作には、その拡大した状況がそのまま反映されている。音数は増え、曲構成は複雑になり、断片的なアイデアやインストゥルメンタル、ノイズ、ホーン、ストリングス、複数のヴォーカルが入り乱れる。結果として、本作は一枚のまとまったポップ・アルバムというより、巨大な共同体が同時に発する声と音の渦のような作品になっている。
アルバム・タイトルがバンド名そのものになっている点も重要である。通常、セルフタイトル作はアーティストの本質を示す作品として位置づけられることが多い。本作の場合も、ブロークン・ソーシャル・シーンという存在の複雑さがそのまま表れている。彼らの音楽は、完全に整理された美しさではなく、未整理の人間関係、都市のざわめき、複数の感情が同時に鳴る状態を含んでいる。「Broken Social Scene」という名前自体が、壊れた社会的な場面、断片化した共同体、または不完全な人間関係の集まりを思わせる。本作は、その名前を最も直接的に音にしたアルバムといえる。
音楽的には、前作よりもさらにアート・ロック的で、構造がゆるやかに広がっている。ギター・ロックを基盤にしながら、ポスト・ロックの反復、アンビエント的な音響、ドリーム・ポップの浮遊感、チャンバー・ポップの装飾、ノイズの粗さ、ジャム的な解放感が混ざり合う。代表曲として語られることの多い「7/4 (Shoreline)」は、変拍子的な感覚と大きなコーラスによって、バンドの祝祭性を象徴する楽曲である。一方、「Ibi Dreams of Pavement (A Better Day)」「Fire Eye’d Boy」「Major Label Debut」「Superconnected」などは、それぞれ異なる角度から、都市的な焦燥、インディー・ロックの自己意識、共同体の昂揚と不安を描いている。
本作の歌詞は、明確な物語を語るというより、断片的なフレーズ、感情のスケッチ、都市の風景、関係の残響として機能している。ブロークン・ソーシャル・シーンの音楽では、言葉は常に音の一部でもある。意味を一つに固定するより、複数の声が重なり、誰かの感情が別の誰かの感情と混ざっていく。そのため、本作を聴くと、特定の主人公の物語を追うというより、都市の中で多くの人々が同時に感じている不安や希望をまとめて浴びるような感覚がある。
2005年という時代背景を考えると、本作は2000年代インディー・ロックの一つの到達点である。アーケイド・ファイア『Funeral』、ファイスト『Let It Die』、メトリック『Live It Out』、スターズ『Set Yourself on Fire』など、カナダのインディー・シーンは国際的に強い注目を集めていた。ブロークン・ソーシャル・シーンは、その中心にありながら、一つのバンドというよりも、周辺アーティスト同士をつなぐハブのような存在だった。本作には、その豊かな人脈と混沌が最大限に表れている。
『Broken Social Scene』は、前作ほど即座に分かりやすい名盤ではない。曲数も多く、音も多く、アルバム全体は時に過剰で、散らかっている。しかし、その散らかり方こそが本作の魅力である。整理された完成度よりも、創作の熱量、仲間同士のぶつかり合い、都市の音楽共同体が膨張していく瞬間を記録している。日本のリスナーにとっても、2000年代インディー・ロックの空気、特にカナダのシーンが持っていた集団性と開放性を理解するうえで重要な作品である。
全曲レビュー
1. Our Faces Split the Coast in Half
冒頭曲「Our Faces Split the Coast in Half」は、アルバムの始まりとして非常に象徴的な楽曲である。タイトルからして、顔、海岸線、分裂という巨大なイメージが提示される。個人の顔が風景を割るという表現には、自己と環境、身体と地理、個人と共同体の境界が崩れる感覚がある。
音楽的には、いきなり完成されたポップ・ソングとして始まるのではなく、音が徐々に集まり、バンド全体が立ち上がっていくような感触を持つ。ギター、ドラム、ホーン、声が重なり、ブロークン・ソーシャル・シーン特有の大人数の空気が広がる。整然とした導入というより、すでにどこかで鳴っていた音楽の中へ聴き手が入っていくような始まりである。
歌詞は断片的で、明確な物語よりも、風景と感情が混ざった印象を与える。顔が海岸を割るというイメージは、個人の存在が世界に傷をつけること、または世界が個人の感情によって変形して見えることを示しているようにも読める。アルバム全体が、個人と集団、都市と内面の境界を曖昧にする作品であることを示す導入曲である。
2. Ibi Dreams of Pavement (A Better Day)
「Ibi Dreams of Pavement (A Better Day)」は、本作の中でも重要な楽曲の一つである。タイトルに含まれる「Pavement」は舗道を意味すると同時に、1990年代USインディー・ロックの重要バンド、ペイヴメントを想起させる。副題の「A Better Day」は「より良い日」を意味し、都市の路面、インディー・ロックの記憶、未来への微かな期待が重なる。
音楽的には、ギターの反復とドラムの推進力が中心となり、徐々に音が厚みを増していく。曲には都市的な焦燥感があり、舗道を歩きながら考えごとをするような感覚がある。ブロークン・ソーシャル・シーンの楽曲らしく、明確なサビで一気に解決するというより、音の層が積み重なることで感情を押し上げていく。
歌詞では、より良い日を夢見る感覚がありながら、それは楽観的な希望というより、現在の混乱や疲労の中からかろうじて見える希望に近い。舗道は日常の場所であり、都市生活の足元である。そこに夢を見るということは、非日常の幻想ではなく、都市の日常の中で何かを変えたいという願いでもある。本作の都市的なインディー・ロック感覚を代表する楽曲である。
3. 7/4 (Shoreline)
「7/4 (Shoreline)」は、本作を代表する楽曲であり、ブロークン・ソーシャル・シーンの中でも特に人気の高い曲である。タイトルの「7/4」は拍子を示し、一般的な4拍子とは異なる不安定な揺れを持つ。「Shoreline」は海岸線を意味し、境界、移動、波、到達できそうでできない場所のイメージを持つ。
音楽的には、変拍子的なリズムにもかかわらず、曲は非常に開放的でキャッチーに響く。ギターとドラムが軽快に進み、女性ヴォーカルが加わることで、楽曲には明るく広がるような感覚が生まれる。複雑な構造を持ちながら、聴き手には自然な高揚として届く点が優れている。
歌詞では、海岸線をめぐるイメージが、関係の境界や自己の不安定さと重なる。海岸線は陸と海の境目であり、常に波によって変化する。これは、ブロークン・ソーシャル・シーンの音楽における個人と集団の境界にも通じる。誰かの声が他の声と混ざり、曲の形が揺れながらも大きな一体感を作る。「7/4 (Shoreline)」は、本作の祝祭的な側面を最も分かりやすく示す名曲である。
4. Finish Your Collapse and Stay for Breakfast
「Finish Your Collapse and Stay for Breakfast」は、非常にブロークン・ソーシャル・シーンらしい奇妙なタイトルを持つ短い楽曲である。「崩壊を終えて、朝食までいなさい」と訳せる言葉には、精神的な崩れ、親密なユーモア、日常の回復が同時に含まれている。
音楽的には、小品的で、アルバムの流れの中の間奏として機能する。大きなロック・ソングではなく、音響の断片や空気感によって、前後の曲をつなぐ役割を持つ。本作にはこうした短いトラックが多く、アルバム全体を一つの連続した場面集のようにしている。
タイトルが示す通り、この曲には壊れることを過度に悲劇化しない感覚がある。崩壊した後も朝は来る。誰かの家に泊まり、朝食を食べる。精神的な破綻と日常の親密さが隣り合っている。この感覚は、ブロークン・ソーシャル・シーンの音楽における共同体性と深く関係している。壊れても、一人で終わるのではなく、誰かの近くに残ることができるという小さな救いがある。
5. Major Label Debut
「Major Label Debut」は、タイトルからして自己言及的で皮肉な楽曲である。ブロークン・ソーシャル・シーンはメジャー・レーベルの典型的な商業バンドではないが、「メジャー・レーベル・デビュー」という言葉をあえてタイトルにすることで、インディー・ロックと音楽産業の関係を軽妙に扱っている。
音楽的には、アルバム収録版では比較的ゆったりとした雰囲気があり、後に別バージョンとしてよりテンポの速い形でも知られる。ここでは、ロックの高揚感というより、少し夢見心地で、浮遊するような質感が強い。メジャー・デビューという派手な言葉とは対照的に、曲は柔らかく、内向的である。
歌詞では、成功や商業的な露出に対する複雑な感情が感じられる。インディー・バンドにとって、広く聴かれることは喜びである一方、自分たちの親密な共同体が商品化されることへの不安もある。タイトルの皮肉は、そうした矛盾を示している。ブロークン・ソーシャル・シーンは、売れることを単純に拒否するのではなく、その状況を自分たちの音楽の中へ取り込んでいる。
6. Fire Eye’d Boy
「Fire Eye’d Boy」は、本作の中でも比較的ロック色が強く、勢いのある楽曲である。タイトルは「炎の目をした少年」と訳せる。火の目というイメージには、怒り、欲望、若さ、焦燥、創造のエネルギーが含まれている。
音楽的には、ギターとドラムが前面に出たダイナミックな曲であり、バンドのライブ感が強く表れている。リズムはタイトで、ヴォーカルも力強い。大人数の音が混沌としながらも、ロック・ソングとしての輪郭を保っている点が魅力である。
歌詞では、少年性と破壊的なエネルギーが交差する。炎の目をした少年は、純粋であると同時に危険でもある。ブロークン・ソーシャル・シーンの音楽には、若い感情の爆発をそのまま美化するのではなく、その不安定さも含めて鳴らす感覚がある。この曲は、本作の中で最もストレートにロックの熱を感じさせる楽曲の一つである。
7. Windsurfing Nation
「Windsurfing Nation」は、タイトルからして奇妙で、遊び心と風刺を含む楽曲である。ウィンドサーフィンはレジャーやスポーツを連想させ、「Nation」は国家や共同体を意味する。つまり、遊びの文化と政治的な共同体の言葉が結びついている。
音楽的には、リズムの動きが独特で、ヒップホップ的な要素やポスト・ロック的な反復も感じられる。ブロークン・ソーシャル・シーンの作品の中でも、比較的実験的な色合いが強い曲である。通常のギター・ロックの枠に収まらず、声、ビート、音響が不規則に絡み合う。
歌詞では、国家、若者文化、都市的な混乱、メディア的なイメージが断片的に現れる。タイトルの「Windsurfing Nation」は、安定した地面を持たず、風と波に乗るような共同体を示しているようにも読める。2000年代のグローバル化した若者文化、消費、政治意識の曖昧さを、抽象的で不思議な形で描いた楽曲である。
8. Swimmers
「Swimmers」は、本作の中でも特に美しく、ドリーム・ポップ的な質感を持つ楽曲である。タイトルは「泳ぐ人々」を意味し、水、浮遊、身体、流れに身を任せることを連想させる。ブロークン・ソーシャル・シーンの音楽における柔らかい側面がよく表れている。
音楽的には、女性ヴォーカルを中心に、ギターとシンセの柔らかな響きが広がる。曲は大きく爆発するのではなく、水中を漂うように進む。音の輪郭は少しぼやけており、その曖昧さが曲の魅力を作っている。
歌詞では、水の中にいるような感覚、関係の中を漂う感覚が描かれる。泳ぐことは能動的な動きであると同時に、水に支えられなければ成立しない行為でもある。これは共同体の中で生きることにも重なる。個人は自分で動いているようで、実際には周囲の流れに支えられている。「Swimmers」は、アルバムの中で静かな親密さを担う楽曲である。
9. Hotel
「Hotel」は、短くシンプルなタイトルを持つが、本作の中では都市的な孤独を感じさせる楽曲である。ホテルは一時的な滞在場所であり、家ではない。移動、匿名性、ツアー、孤独、仮の関係を象徴する場所である。
音楽的には、やや断片的で、曲全体に一時的な滞在のような感覚がある。ブロークン・ソーシャル・シーンのアルバムでは、こうした短めの曲や断片が、作品全体の風景を広げる役割を果たす。大きな主題歌ではないが、都市的な空気を補強する重要なトラックである。
歌詞では、ホテルという場所にまつわる匿名性や距離感が漂う。誰かと一緒にいても、そこは永続的な居場所ではない。ブロークン・ソーシャル・シーンの音楽は共同体的だが、その裏には常に移動と不安定さがある。「Hotel」は、その仮の居場所としての感覚を静かに示している。
10. Handjobs for the Holidays
「Handjobs for the Holidays」は、挑発的で下世話なタイトルを持つ楽曲である。祝日や休暇の温かいイメージと、性的なスラングが結びつくことで、親密さ、孤独、冗談、身体性が同時に表れる。ブロークン・ソーシャル・シーンは、ロマンティックな共同体感だけでなく、こうした雑で人間臭いユーモアも持っている。
音楽的には、ざらついたギターと大きな音の層が印象的である。タイトルの滑稽さに対して、曲は意外に感情的な広がりを持つ。大人数のコーラスや音の重なりによって、私的で下世話な題材が、どこか大きな感情の中へ飲み込まれていく。
歌詞では、休日の孤独や、身体的な慰め、関係の不器用さが感じられる。祝日は本来、家族や恋人と過ごす幸福な時間として語られがちだが、実際には孤独や欲求不満が強くなる時期でもある。この曲は、その裏側を下品なユーモアとロックの高揚で描いている。本作の混沌とした人間味を象徴する一曲である。
11. Superconnected
「Superconnected」は、本作のテーマを非常によく表す楽曲である。タイトルは「超接続された」と訳せる。複数の人間、都市、メディア、音楽シーンが過剰につながる状態を示している。ブロークン・ソーシャル・シーンというバンドそのものが、多くの人間が接続された集合体であり、この曲はその自己像とも重なる。
音楽的には、ギターとリズムが大きくうねりながら進み、曲は徐々に厚みを増していく。複数の音が同時に鳴り、整理されすぎないまま大きな流れを作る。まさに「接続過多」の音楽である。聴き手は個々の音を完全に分離して聴くというより、全体の波に巻き込まれる。
歌詞では、つながりすぎることの興奮と疲労が描かれているように感じられる。人と人がつながることは救いである一方、自分の輪郭を失う危険もある。2000年代中盤は、インターネットやインディー・シーンのネットワークが拡大し、音楽共同体のあり方も変化していた時期である。この曲は、その時代の感覚を非常に的確に表している。
12. Bandwitch
「Bandwitch」は、タイトルからして造語的であり、「band」と「witch」を組み合わせたようにも、「bandwidth」を変形したようにも読める。バンド、魔女、通信帯域という複数の意味が重なることで、本作のネットワーク的で呪術的な共同体感が表れる。
音楽的には、短く、実験的な感触を持つトラックである。明確なポップ・ソングというより、アルバムの中の音響的な場面転換として機能する。ブロークン・ソーシャル・シーンは、こうした断片を挟むことで、アルバム全体を一つの都市的な音のコラージュにしている。
タイトルに通信を思わせる響きがあることを考えると、この曲は「Superconnected」とも関係する。音楽共同体は、バンドであり、ネットワークであり、時に魔術的な集まりでもある。説明しにくい力によって人々が引き寄せられ、音を鳴らす。その不思議な感覚が、短いトラックの中に凝縮されている。
13. Tremoloa Debut
「Tremoloa Debut」は、ギターのトレモロや揺らぎを思わせるタイトルを持つ楽曲である。「Debut」という言葉が再び使われている点も興味深い。アルバムの中で「Major Label Debut」があったように、本作にはデビュー、登場、始まりに対する自己意識が何度も現れる。
音楽的には、揺らぐギターや音響が中心となり、夢の中のような感覚を持つ。曲は明確なロック・アンセムではなく、音の質感を聴かせるタイプである。トレモロ的な揺れは、感情の不安定さや記憶の曖昧さとも結びつく。
この曲は、アルバム終盤へ向かう中で、再び音を抽象的な領域へ戻す役割を持つ。『Broken Social Scene』というアルバムは、力強いロック・ソングと、こうした夢のような小品が交互に現れることで、聴き手を一つの安定した地面に置かない。揺らぎそのものが、このバンドの美学である。
14. It’s All Gonna Break
アルバム最後を飾る「It’s All Gonna Break」は、本作の終曲として非常にふさわしい大曲である。タイトルは「すべて壊れるだろう」という意味を持ち、ブロークン・ソーシャル・シーンという名前に含まれる「壊れた」感覚を直接的に示している。アルバム全体に散りばめられた過剰な接続、共同体の高揚、都市の不安、関係の混乱が、ここで一つの大きな崩壊の予感へ向かう。
音楽的には、長尺で、複数の展開を持つ楽曲である。静かな部分から始まり、徐々に音が増え、バンド全体が大きな波のように膨らんでいく。ポスト・ロック的な構築、インディー・ロックの熱量、複数の声と楽器の衝突が一体となり、アルバムの終盤に強烈なカタルシスを生む。
歌詞では、すべてが壊れるという認識が繰り返される。しかし、この曲は単なる絶望の歌ではない。むしろ、壊れることを前提にしながら、それでも音を鳴らし続ける姿勢がある。ブロークン・ソーシャル・シーンにとって、共同体は完全ではない。人間関係は壊れ、音楽シーンは変わり、個人の感情も不安定である。それでも、その壊れやすさの中にこそ、音楽を鳴らす理由がある。
「It’s All Gonna Break」は、本作の過剰さと美しさを最も大きな形でまとめる終曲である。アルバム全体が散らかっていたとしても、この曲によって、その散らかりは一つの巨大な崩壊前夜の祝祭として意味づけられる。
総評
『Broken Social Scene』は、ブロークン・ソーシャル・シーンというバンドの本質である「過剰な共同体性」を最も露骨に示したアルバムである。前作『You Forgot It in People』が、偶然の輝きと親密なまとまりを持つ名盤だったとすれば、本作はその成功後に膨張した集団のエネルギーを、ほとんど制御しきれないまま記録した作品である。整理された美しさよりも、音が多すぎること、声が重なりすぎること、アイデアが溢れすぎることが、そのまま魅力になっている。
本作には、明確な中心があるようでいて、実際には複数の中心が存在する。「7/4 (Shoreline)」はポップな祝祭性を担い、「Ibi Dreams of Pavement」は都市的な焦燥を表し、「Fire Eye’d Boy」はロックの熱を放ち、「Swimmers」はドリーム・ポップ的な柔らかさを示し、「Superconnected」はバンドのネットワーク的な自己像を象徴する。そして「It’s All Gonna Break」は、それらの多様な要素を崩壊の予感とともにまとめ上げる。どれか一曲がアルバム全体を代表するというより、複数の曲が互いに押し合いながら全体像を作っている。
音楽的には、インディー・ロック、ポスト・ロック、チャンバー・ポップ、ノイズ、ドリーム・ポップ、ジャム、アート・ロックが混ざり合っている。一般的なロック・アルバムのように、ヴァースとサビが明快に並ぶ曲ばかりではない。短い断片や音響的な小品も多く、それらがアルバム全体をコラージュ的に構成している。この形式は、ブロークン・ソーシャル・シーンという大所帯バンドのあり方と一致している。彼らは一人の作家が統一した世界を作るのではなく、多くの人間の断片を集めて一つの作品にする。
歌詞面では、明確な物語よりも、都市の中での孤独、つながりすぎることへの疲労、壊れそうな関係、共同体の不安定さ、若さの熱、メディアや音楽産業への自己意識が漂っている。「Major Label Debut」や「Superconnected」は、インディー・バンドとして広く認知されることへの複雑な感情を示している。「Finish Your Collapse and Stay for Breakfast」や「It’s All Gonna Break」には、崩壊を受け入れながらも、そこに奇妙な親密さを見出す感覚がある。
本作の最大の魅力は、完成度の高さではなく、未完成のまま巨大化したような生命力にある。音が多すぎる、曲が散らかっている、アルバムが長い、焦点が定まらない。そうした弱点に見える要素は、同時に本作の魅力でもある。ブロークン・ソーシャル・シーンは、完璧に整ったバンドではなく、壊れかけた社会的な場面そのものを音楽にするバンドだからである。
一方で、本作は『You Forgot It in People』ほど入門向きではない。前作にあった明快な感動や親密な手触りに比べると、本作はより濃く、重く、聴き手に集中を求める。楽曲の個性は強いが、全体を一度で把握するのは難しい。しかし、繰り返し聴くことで、断片同士が少しずつつながり、アルバム全体が巨大な都市のように感じられるようになる。通り、部屋、地下室、ホテル、海岸線、舗道が、音の中で結びついていく。
2005年のインディー・ロックの文脈では、本作は非常に重要である。アーケイド・ファイアの『Funeral』が劇的で宗教的な共同体感を示した一方、ブロークン・ソーシャル・シーンの本作は、もっと雑多で都市的で、仲間内の混沌に近い共同体感を示した。美しい合唱だけではなく、ノイズ、冗談、疲労、下世話さ、自己意識が含まれている。その点で、本作は2000年代インディー・ロックの理想と矛盾を同時に記録したアルバムである。
日本のリスナーにとって本作は、カナダ・インディー・シーンの豊かさを知るために欠かせない一枚である。ファイスト、メトリック、スターズ、ドゥ・メイク・セイ・シンクなどの周辺アーティストに関心があるなら、本作はそれらの人脈と音楽的感覚が交差する場として聴くことができる。個々の曲だけでなく、音楽家たちが集まり、互いの声や音を重ねることで一つの場を作るという感覚が重要である。
総じて『Broken Social Scene』は、整った名盤というより、巨大で不完全な共同体の記録である。美しく、騒がしく、散らかっていて、時に感動的で、時に冗長で、しかし強烈に生きている。ブロークン・ソーシャル・シーンという名前をそのまま冠するにふさわしい、壊れた社会的な場面のロック・アルバムである。2000年代インディー・ロックの豊かさと過剰さを象徴する重要作である。
おすすめアルバム
1. Broken Social Scene『You Forgot It in People』(2002年)
ブロークン・ソーシャル・シーンの代表作であり、2000年代インディー・ロックを象徴する名盤である。『Broken Social Scene』よりもまとまりがあり、ローファイな親密さと共同体的な高揚が理想的なバランスで結びついている。バンドの核心を理解するために最も重要な一枚である。
2. Broken Social Scene『Forgiveness Rock Record』(2010年)
セルフタイトル作の混沌を経て、より整理された大きなロック・レコードとして作られた作品である。ジョン・マッケンタイアのプロデュースにより、音の輪郭が明確になり、共同体性と完成度がより高い次元で結びついている。本作の過剰さの後に聴くと、バンドの成熟がよく分かる。
3. Feist『Let It Die』(2004年)
ブロークン・ソーシャル・シーン周辺の重要アーティスト、ファイストの代表作である。よりシンプルで洗練されたインディー・ポップ/シンガーソングライター作品だが、声の親密さやカナダ・インディーの人脈を理解するうえで関連性が高い。
4. Metric『Live It Out』(2005年)
エミリー・ヘインズ率いるメトリックの作品であり、同じ2005年のカナダ・インディー・シーンのエネルギーを示すアルバムである。ブロークン・ソーシャル・シーンよりもニュー・ウェイヴ/ダンス・ロック寄りで、鋭いギターとシンセの推進力が特徴である。
5. Arcade Fire『Funeral』(2004年)
カナダ・インディー・ロックを国際的に押し上げた重要作である。ブロークン・ソーシャル・シーンとは異なる形で、共同体、喪失、祝祭性を大きなスケールで描いている。2000年代半ばのカナダ・インディーの広がりを理解するうえで欠かせない作品である。

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