
発売日:2018年3月2日 ジャンル:Alternative Rock / Indie Rock
概要
All Nerveは、The Breedersが2008年のMountain Battles以来約10年ぶりに発表した5作目のスタジオ・アルバムである。大きなポイントは、1993年の代表作Last Splashを作ったKim Deal、Kelley Deal、Josephine Wiggs、Jim Macphersonという編成が再び揃ったことだ。2013年にLast Splash20周年ツアーで再結集した4人は、その後も活動を続け、過去の再現だけではなく新しい曲を録音する段階へ進んだ。プロデュースはバンド自身が中心となって行い、Steve AlbiniやMike Montgomeryらも録音に関わっている。
ただし、All Nerveは90年代のオルタナティヴ・ロックをそのまま復元した作品ではない。Kim Dealらしい短く簡潔なメロディ、ざらついたギター、太いベース、必要以上に音を埋めないアレンジは健在だが、演奏には以前よりも余白があり、静かな部分の不穏さが目立つ。曲の途中で急に音量が膨らむ構成や、反復によって緊張を作る方法も多く、勢いだけで押し切らない。11曲約33分という短さの中で、初期から続く即物的なロックの感触と、年齢を重ねたバンドならではの落ち着きが無理なく同居している。
全曲レビュー
1. 「Nervous Mary」
低く歪んだギターとKim Dealの声が近い距離で鳴り、アルバムはほとんど前触れなく始まる。ヴァースでは音数を絞りながら、途中からギターとドラムが厚くなり、短い曲の中で静けさと騒音を往復する構成だ。きれいなイントロで世界観を説明するのではなく、演奏のざらつきそのものを最初に聞かせることで、再結成後のバンドが過去を飾り立てるつもりではないことを示すようなオープニングになっている。
2. 「Wait in the Car」
2分ほどに圧縮された、The Breedersらしいポップ感覚がよく表れた曲である。冒頭から声とギターがぶつかり、短いフレーズを繰り返しながら、ドラムが演奏を前へ押し続ける。メロディには親しみやすさがある一方、ギターは滑らかに整えられず、ノイズや声の重なりもそのまま残されている。曲を長く展開させるより、一つの強いアイデアを最短距離で形にする作曲法が効いている。
3. 「All Nerve」
タイトル曲ではテンポを落とし、前曲の勢いとは反対に、抑えた演奏の中から緊張を作る。Kimの歌声はささやきに近い部分から徐々に強さを増し、ギターもそれに合わせて広がるため、感情の揺れが音量の変化として伝わってくる。「あなた」を求める語りには親密さと危うさが同時にあり、単純なラブソングには収まりにくい。強く言い切るのではなく、執着や不安を残したまま進むところがこの曲の魅力だ。
4. 「MetaGoth」
Josephine Wiggsがリードボーカルを取ることで、アルバムの色がはっきり変わる。低く一定の動きを続けるベースと乾いたドラムの上にギターが薄く重なり、Kim中心の曲よりも冷たく無機質な感触が強い。旋律を大きく盛り上げるのではなく、同じパターンを反復することでじわじわと圧力を高めていく。前半の中でも特に暗い曲であり、バンドが一種類のギター・ポップだけに戻ったわけではないことを伝えている。
5. 「Spacewoman」
ゆったりしたテンポと広い空間を残したギターによって、ここでは夢を見るような感覚が前面に出る。Kimのボーカルも強く押し出さず、言葉が楽器の間を漂うように配置されているが、曲が進むにつれて歪んだ音が増え、穏やかな表面にノイズが入り込んでくる。宇宙的なイメージを使った歌詞と、遠くから聞こえるような演奏の質感がよく合っており、前半を静かに締める役割を果たす。
6. 「Walking with a Killer」
もともとKim Deal名義で発表されていた曲をThe Breedersとして録音したもので、簡素なギターと声を軸にした不穏な一曲だ。題名が示す危険な状況に対して、歌唱は意外なほど落ち着いており、その温度差が怖さを強めている。大げさなホラー的演出を加えず、一定の歩調で進む演奏を保つことで、何か悪いことが起こりそうな状態を長く持続させる。アルバム後半への入口として空気を一度冷やす曲でもある。
7. 「Howl at the Summit」
複数の声が重なるコーラスと、荒く鳴るギターによって、それまで内側に向かっていたエネルギーが外へ開く。Courtney Barnettらもゲストボーカルとして参加しており、一人の声を中心に据えるというより、集団で声を上げるような厚みが作られている。タイトル通り「吠える」感覚がアレンジにも反映され、整ったハーモニーより声の勢いが優先される。短いながらも後半の音量を一段引き上げる曲だ。
8. 「Archangel’s Thunderbird」
ドイツのバンドAmon Düül IIが1970年に発表した曲のカバーで、アルバムの中でも異質な推進力を持つ。原曲のサイケデリックで反復的な性格を残しながら、The Breedersはギター、ベース、ドラムの輪郭を太くし、より直接的なロックとして演奏している。フレーズが何度も回り続けることで生まれる催眠的な感覚は、バンド自身の簡潔な作曲とは違う種類の展開を持ち込み、後半のアクセントになっている。
9. 「Dawn: Making an Effort」
ピアノを中心とした静かな導入から始まり、Kimの声も力を抜いて置かれている。ここで重要なのは大きなサビではなく、少しずつ楽器が加わって景色が明るくなっていく過程である。タイトルの「努力する」という言葉にもあるように、完全な解放というより、停滞した場所からわずかに動こうとする感覚が漂う。荒いギターを中心にしてきた前曲までとは音の肌触りが違い、終盤に必要な余白を作っている。
10. 「Skinhead #2」
静けさを引き継ぐのではなく、ここでは再び短く硬いロックへ戻る。ギターとリズム隊は装飾をほとんど加えず、同じモチーフを押し出すことで緊張を維持する。歌詞も詳しい物語を説明するタイプではなく、断片的な言葉と演奏の刺々しさが結びついて人物像を浮かび上がらせる。終盤にこうした粗い曲を置くことで、アルバムが穏やかな方向へ一方的に収束するのを防いでいる。
11. 「Blues at the Acropolis」
最後はタイトルに「Blues」とあるものの、定型的なブルースを演奏するわけではない。ゆるやかな反復の上でKimの声とギターが揺れ、演奏にはどこか疲れたような重さが残る。歌詞には崩壊や混乱を思わせるイメージが現れ、古いものが残る場所と現在の不安定さが重なって見える。劇的な解決を用意せず、少し奇妙で落ち着かない状態のまま終えるところまで、このアルバムの控えめな作りに合っている。
総評
All Nerveの強みは、Last Splash期の4人が揃った事実を売り物にしながら、作品そのものを懐古趣味にしなかった点にある。The Breedersの特徴だった簡潔なメロディと荒いギターは残っているが、ここでは速さや大音量よりも、楽器を鳴らさない空間や反復が大きな役割を持つ。静かなヴァースから突然ギターが膨らむ場面も、90年代的な「静と動」の公式を機械的に再現するのではなく、曲ごとの感情の変化として使われている。
演奏にも再結成バンド特有の過剰な力みが少ない。Josephine Wiggsのベースは目立つフレーズを連発せず低い位置から曲を支え、Jim Macphersonのドラムも必要なところだけを強く叩く。Kelley DealとKim Dealのギターは整然と役割分担するより、歪みやノイズを含めて重なり合うことで独特の厚さを生む。その上に乗るKimのボーカルも、技巧的に歌い上げるのではなく、弱さやかすれを残した声そのものを表現として利用している。
歌詞にも明快な物語や大きな主張を掲げる曲は少なく、人物、場所、欲望、不安といった断片が提示される。説明を省いた言葉と、空白の多いアレンジが同じ方向を向いているため、聞き手が意味を埋められる余地が大きい。カバー曲やJosephineのボーカル曲を含めても散漫にならないのは、どの曲でも「必要以上に足さない」という演奏上の判断が共有されているからだろう。
結果として本作は、代表作の編成を復活させながら、その代表作を作り直さなかったアルバムになった。即効性の高い「Wait in the Car」のような曲がある一方、「MetaGoth」や「Walking with a Killer」のように時間をかけて不穏さを作る曲もあり、33分ほどの中に十分な起伏がある。若いバンドだった頃の粗さを完全に磨き上げず、それを現在の抑制された演奏と組み合わせたことが、All Nerveを単なる復帰作以上のものにしている。
おすすめアルバム
Last Splash by The Breeders
1993年の代表作であり、All Nerveと同じ4人の編成を知るうえで最も直接的な比較対象になる。より明るく即効性のある曲が多く、25年を経て演奏の余白がどう増えたかも分かりやすい。
Pod by The Breeders
1990年のデビュー作。Steve Albiniによる乾いた録音と、音数を絞ったギター、奇妙な間の取り方は、後年のAll Nerveに残るThe Breedersの基本的な美学を理解する手掛かりになる。
Title TK by The Breeders
長い活動休止を経て2002年に発表された3作目。華やかなギター・ポップより、低い音量や反復、不穏な空間を重視しており、All Nerveの落ち着いた側面に近い作品である。
Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I Just Sit by Courtney Barnett
乾いたギターと日常的な言葉を使いながら、力みのない歌唱でロックの勢いを生み出す2015年作。Courtney BarnettはAll Nerveにもゲスト参加しており、世代を越えた共通点が聞き取れる。
Yeti by Amon Düül II
1970年のジャーマン・ロックを代表する作品の一つ。All Nerve収録の「Archangel’s Thunderbird」の原曲を含み、The Breeders版と比較すると、反復と即興性の強いサイケデリック・ロックを彼女たちがどう簡潔に組み替えたかが見えてくる。

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