
発売日: 2020年1月17日
ジャンル: ポストパンク、インダストリアル・ロック、エクスペリメンタル・ロック
崩壊する世界のサウンドトラック——Algiersが描く未来のない時代
Algiersの3rdアルバムThere Is No Yearは、政治的混乱、社会の崩壊、個人的な絶望を背景にした、暗く不吉なエネルギーを持つ作品である。
前作The Underside of Power(2017年)は、ポストパンクとゴスペルの融合を深化させたアルバムだったが、本作ではさらにミニマルなインダストリアル・ロックやエレクトロニックなサウンドを強調し、バンドの音楽性を進化させている。プロデュースはRun the JewelsのEl-Pとも仕事をしたRyan HopeとBen Greenberg(Uniform)が手がけ、鋭く硬質な音像が全編にわたって展開されている。
アルバムタイトルの「There Is No Year」は、世界が終焉に向かっているという感覚を象徴しており、現代の社会的不安と個人的な苦悩をサウンドに落とし込んだ、破壊的かつエモーショナルな作品となっている。
全曲レビュー
1. There Is No Year
タイトル曲であり、アルバムの序章を飾る楽曲。シンセのドローン音と重厚なベースが、冷たい空間を作り出す。「時間の概念が崩壊した世界」というアルバムのテーマを象徴するような不穏な雰囲気が漂う。
2. Dispossession
リードシングルであり、ポストパンクとゴスペル的な要素が融合した楽曲。サビの「Run, run, run」というフレーズが印象的で、追い詰められた社会の閉塞感を表現している。ダークながらもリズムがグルーヴィーで、ダンスビートの要素も感じられる。
3. Hour of the Furnaces
タイトルは1968年のアルゼンチンの革命映画『The Hour of the Furnaces』に由来。インダストリアルなビートと、フィッシャーの激しいシャウトが絡み合い、怒りと混乱を象徴する楽曲となっている。
4. Losing is Ours
80年代のダークウェーブの影響を強く受けたトラック。モノクロームなシンセの音像と、フィッシャーの深みのあるボーカルが、どこか幻想的なムードを作り出している。
5. Unoccupied
レトロなシンセとポストパンク的なミニマルなビートが融合した楽曲。タイトルが示すように、「無気力」「空虚」という現代社会の心理を描写している。
6. Chaka
最もインダストリアルな要素が強い楽曲。ディストーションのかかったベースラインが支配的で、ダークなポエトリーリーディングのような歌い方が印象的。
7. Wait for the Sound
シンプルなドラムマシンとシンセが特徴的なトラック。無機質なリズムとエモーショナルなボーカルのコントラストが際立つ。
8. Repeating Night
過去のAlgiersの楽曲の中では比較的メロディアスな部類に入る。どこか80年代のシンセポップを思わせる構成で、アルバムの中で一瞬の静寂を作り出している。
9. We Can’t Be Found
ゆったりとしたビートの中に、緊張感のあるメロディが重なる楽曲。まるでディストピアの中で逃亡を続ける人々の物語を描いているかのようなサウンドスケープが広がる。
10. Nothing Bloomed
アルバムのラストを締めくくるバラード。ピアノとシンセを基調にした静かな楽曲で、タイトルが示す通り、希望のない世界の終末を思わせる。
総評
There Is No Yearは、Algiersがポストパンクやゴスペルの枠を超え、よりエレクトロニックかつインダストリアルな方向に進化した作品である。
前作The Underside of Powerと比べると、楽曲はミニマルになり、メロディの比重よりもリズムや音響の質感が強調されている。しかし、それによってアルバム全体の雰囲気はさらにダークで、現代社会の不安や崩壊を象徴するような作品へと昇華されている。
また、「There Is No Year(年など存在しない)」というタイトルは、時間の流れが崩壊し、未来が見えなくなった現代の心理状態を表している。特に「Dispossession」や「Hour of the Furnaces」といった楽曲では、社会的な不満と個人的な絶望が交錯し、リスナーに強烈な印象を与える。
全体として、Algiersの音楽性はここでひとつの転換点を迎え、これまでのゴスペル+ポストパンクのスタイルを超え、より電子音楽やミニマルなインダストリアルの要素を取り入れることで、新たな表現の領域へと踏み込んでいる。
おすすめアルバム
- Nine Inch Nails – Hesitation Marks (2013)
インダストリアルなサウンドと内省的なテーマが、本作の音楽性と共鳴する。 - David Bowie – Blackstar (2016)
ミニマルなアレンジと社会的なテーマの扱い方が似ている。 - Radiohead – Kid A (2000)
エレクトロニカとロックを融合させ、冷たいサウンドスケープを生み出した点で本作と共通点がある。 - IDLES – Ultra Mono (2020)
ポストパンク的な攻撃性と政治的なメッセージが本作と通じる。 - Depeche Mode – Spirit (2017)
ダークで政治的なテーマを持つエレクトロ・ロック作品として、本作との親和性が高い。
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