アルバムレビュー:The Underside of Power by Algiers

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:2017年6月23日

ジャンル:ポストパンク/インダストリアル・ロック/ゴスペル/ソウル/エクスペリメンタル・ロック

概要

Algiersの2作目『The Underside of Power』は、2010年代後半の政治的ポストパンクを代表する作品の一つであり、ゴスペル、ソウル、インダストリアル、ノイズ、電子音楽、パンクを一つの緊張したサウンドへ統合したアルバムである。Franklin James Fisherの圧倒的なヴォーカルを中心に、Ryan Mahan、Lee Tesche、Matt Tongらが作る機械的かつ肉体的な演奏によって、権力、人種、歴史的暴力、資本主義、抵抗、死、記憶が扱われる。

Algiersの音楽を特徴づけるのは、単に「政治的な歌詞を持つロック・バンド」で終わらない点にある。

彼らは音そのものを政治化する。

ゴスペルのコール・アンド・レスポンス。

黒人教会音楽を思わせる高揚。

インダストリアルの無機質なリズム。

ポストパンクの冷たさ。

ノイズの暴力性。

ソウル・ヴォーカルの人間的な熱。

これらが互いに調和するというより、衝突した状態のまま共存する。

その衝突が、『The Underside of Power』というタイトルの意味とも結びつく。

“underside of power”とは、権力の表側ではなく、その下側にあるものを意味する。

国家や制度が掲げる秩序。

繁栄。

安全。

進歩。

しかし、その秩序を成立させるために誰が排除されているのか。

誰の労働が見えなくされているのか。

誰の死が忘れられているのか。

誰が暴力を受ける側に置かれているのか。

Algiersは「権力が自らについて語る物語」ではなく、「権力を下から見た時に見える現実」を音楽にする。

2017年という時期も重要である。欧米では排外主義、警察暴力、人種問題、経済格差、極右政治への不安が大きくなり、政治的緊張がポップ・カルチャーにも強く反映されていた。Algiersはそうした現在を、単なるニュースへの反応としてではなく、奴隷制、植民地主義、反黒人主義、労働搾取など長い歴史の連続線上に置く。

つまり本作では「今起きていること」が突然始まったものとして扱われない。

現在の暴力には過去がある。

現在の不平等には制度の記憶がある。

現在の恐怖には長い系譜がある。

そのため『The Underside of Power』は時事的でありながら、同時に歴史的である。

音楽的にも過去と現在が激しく接続される。Sam CookeやCurtis Mayfieldに通じるソウルの伝統、ゴスペルの霊性、SuicideやThis Heat、Public Image Ltd.のようなポストパンク/実験音楽、Nine Inch Nailsやインダストリアルの機械的な感触、さらにはヒップホップ以降のビート感覚までが交差する。

その結果、本作は「ロック」という一語では収まりにくい。

教会音楽のようでありながら機械的。

革命歌のようでありながら絶望的。

身体を動かすリズムを持ちながら、内容は非常に重い。

この二重性こそ、Algiersの最大の特徴である。

全曲レビュー

1. Walk Like a Panther

アルバムは「Walk Like a Panther」で始まる。

タイトルの“Panther”は、動物としての黒豹だけでなく、ブラックパンサー党をはじめとする黒人解放運動の政治的イメージを強く連想させる。

“Walk like a panther”という命令形には、恐れず進めという意味がある。

姿勢。

歩き方。

身体そのものが抵抗になる。

Algiersにとって政治は思想だけではない。

身体が公共空間をどう移動するか。

誰が安全に歩けるか。

誰が監視されるか。

その差が政治である。

音楽は低く不穏な電子音とパーカッションから始まり、Franklin James Fisherの声が説教者のように入る。

彼のヴォーカルはゴスペルの熱を持つが、曲そのものは教会的な安心へ向かわない。

むしろ反復によって緊張が高まる。

コール・アンド・レスポンスは共同体を作る。

しかし、その共同体は平和な祝祭のためではなく、抵抗するために集まっている。

アルバム冒頭から、Algiersが「信仰の形式」を政治的な音楽へ変換していることが分かる。

2. Cry of the Martyrs

「Cry of the Martyrs」は、「殉教者たちの叫び」を意味する。

ここでの“martyrs”は宗教的な殉教者だけでなく、国家暴力、差別、戦争、抑圧によって命を奪われた人々全体へ広げることができる。

死者はもう話せない。

しかし社会には、その死の記憶が残る。

Algiersはその「残った声」を音楽へ変えようとする。

歌詞では、過去の暴力が現在へ戻ってくる感覚が強い。

忘れたつもりでも、歴史は消えない。

名前を消しても、傷は残る。

音楽はゴスペル的な高揚と電子的なノイズを同時に持つ。

Fisherの声は祈りのようであり、告発のようでもある。

この曖昧さが重要である。

祈る。

しかし同時に怒っている。

嘆く。

しかし同時に抵抗する。

宗教的な“martyr”という言葉を、歴史と政治の言語へ変換した一曲である。

3. The Underside of Power

タイトル曲「The Underside of Power」は、本作の中心思想を最も直接的に表現する。

音楽は驚くほどソウルフルである。

強いビート。

明快なコーラス。

ゴスペル的なヴォーカル。

一聴すると高揚感がある。

しかし歌詞が扱うのは権力の暴力性だ。

ここでの“power”は、単純な政治家や政府だけではない。

警察。

経済制度。

企業。

人種秩序。

国境。

メディア。

社会の「普通」を決めるあらゆる仕組みが含まれる。

重要なのは、その権力の“underside”を見ることだ。

繁栄には搾取があるかもしれない。

秩序には排除があるかもしれない。

安全には、誰かへの監視があるかもしれない。

Algiersは、権力が掲げる正面の看板ではなく、その裏側にいる人間を見る。

音楽がソウル的に美しいことも意味深い。

抑圧を扱うからといって、音楽まで完全に絶望へ沈むわけではない。

むしろ抑圧の中でも人間が歌い、踊り、共同体を作ってきた黒人音楽の歴史を参照する。

その意味でこの曲は、批判と生存が同時に存在する。

4. Death March

「Death March」は、タイトル通り死の行進を思わせる非常に重い楽曲である。

“march”は軍隊的な規律を連想させる。

一定のテンポ。

集団。

命令。

個人の意思より大きな制度。

そのリズムが“death”と結びつくことで、人々が制度的に死へ運ばれていくイメージが生まれる。

音楽は機械的で、ドラムと電子音が冷たい反復を作る。

これはインダストリアル・ミュージックの語法と強く結びついている。

工場。

機械。

大量生産。

そして人間の身体がシステムの一部になる感覚。

Algiersはこの無機質なリズムへソウル・ヴォーカルを置く。

機械と人間。

制度と身体。

その対立が曲そのものになる。

タイトルは極端だが、本作全体を考えれば、社会が特定の人々を徐々に消耗させ、死へ近づける構造の比喩として読むことができる。

5. A Murmur. A Sign.

「A Murmur. A Sign.」は、アルバム前半の激しい曲と比べて、より抑制された空気を持つ。

タイトルは「ささやき。兆候。」。

巨大な事件ではない。

まだ明確ではない。

しかし、何かが起きようとしている。

この感覚が曲の中心にある。

政治的な変化も、社会崩壊も、抵抗運動も、最初から巨大な形で現れるとは限らない。

小さな不満。

噂。

違和感。

誰かの一言。

そうした“murmur”が積み重なって“sign”になる。

音楽もその曖昧さに合わせ、余白が多い。

ノイズはあるが全面的ではない。

ヴォーカルも叫びではなく、緊張を内部に保つ。

『The Underside of Power』が単なる怒鳴り続ける政治ロックではないことを示す重要な曲である。

6. Mme Rieux

「Mme Rieux」は、文学的な響きを持つタイトルである。

“Rieux”という名前はAlbert Camusの『ペスト』を連想させ、疫病、社会、倫理、連帯といったテーマを想起させる。

Algiersは文学や歴史的引用を、知的装飾として使うのではなく、現在の社会状況を考えるための鏡として使う。

疫病というモチーフは、単に身体的な病気だけではない。

社会に広がる差別。

暴力。

恐怖。

ファシズム。

それらも感染する。

一人の偏見が共同体へ広がる。

政治的な嘘が反復され、事実のように扱われる。

その意味で“plague”や病の比喩は、本作全体の政治観と深く結びついている。

音楽はポストパンク的な緊張を持ち、リズムが前へ進みながらも安心できる着地点を作らない。

7. Cleveland

「Cleveland」は、本作で最も具体的な政治的背景を持つ楽曲の一つである。

タイトルはアメリカ・オハイオ州クリーヴランドを指し、とりわけ警察暴力や黒人の死をめぐる現代アメリカの状況と強く結びつく。

Algiersの政治性は、抽象的な「世界はおかしい」という表現だけには留まらない。

具体的な都市。

具体的な制度。

具体的な死。

そうした現実へ音楽を接続する。

「Cleveland」では、黒人の身体が国家権力によってどのように扱われるのかという問題が強く浮かび上がる。

しかし曲はニュース報道のようには進まない。

Fisherの声は、個別事件を歴史全体の中へ拡張する。

過去にも同じことがあった。

現在にもある。

そして構造が変わらなければ未来にも起きる。

この時間の連続性が恐ろしい。

サウンドは暗く、ゴスペルとインダストリアルが極端な形で衝突する。

教会の叫びと機械の騒音。

人間の尊厳と制度の暴力。

本作の核心を担う一曲である。

8. Animals

「Animals」は、人間を動物として捉えるタイトルを持つ。

“animal”という言葉は二重の意味を持つ。

一方では、本能的で暴力的な存在。

もう一方では、人間も結局は身体を持つ生物にすぎないという事実。

政治や文明は、人間を高度な存在として語る。

しかし戦争や暴力の場面では、その文明の薄さが露出する。

Algiersはそこを見る。

理性。

法律。

道徳。

それらが存在していても、人間は他者を暴力的に扱う。

では「文明」とは何なのか。

音楽は比較的直接的で、リズムの身体性が強い。

タイトルの“Animals”と音の肉体性が一致し、人間の理性より先に身体が反応するような曲になっている。

9. Plague Years

「Plague Years」は、「疫病の時代」を意味する。

ここでの疫病は、単に医学的な病気としてだけではない。

社会全体が病んでいる状態。

差別。

不平等。

政治的憎悪。

恐怖。

孤立。

そうしたものが長期間続く時代そのものが“plague years”になる。

タイトルが複数形なのも重要である。

一瞬の危機ではない。

何年も続く。

一つの政権、一つの事件、一つの選挙だけで説明できない。

その長期性が、Algiersの歴史観と一致する。

音楽も反復が強く、簡単に解放へ向かわない。

同じ問題が何度も戻ってくる。

それ自体が曲の構造になっている。

現在の政治的危機を、長い歴史の疾病として捉える一曲である。

10. A Hymn for an Average Man

「A Hymn for an Average Man」は、「普通の男のための賛美歌」という意味を持つ。

“Hymn”は宗教的な讃美歌を指す。

しかし歌われる対象は神でも英雄でもない。

“average man”。

普通の人間である。

この組み合わせが非常に重要だ。

歴史は偉人を記録する。

政治は指導者の名前を残す。

しかし社会を実際に支えるのは無数の普通の人々である。

労働する人。

家族を持つ人。

失業する人。

病気になる人。

名前を歴史書に残さない人。

Algiersはその人々へ“hymn”を捧げる。

しかし、単純な民衆礼賛にはしない。

「普通」であること自体が、制度によって作られたカテゴリーでもある。

誰が標準なのか。

誰がそこから外れるのか。

その問いまで含まれる。

音楽は宗教的な荘厳さを持ちながら、どこか壊れた感触がある。

聖歌であり、同時に反聖歌でもある。

11. Bury Me Standing

「Bury Me Standing」は、本作でも最も強いタイトルの一つである。

「立ったまま埋葬してくれ」。

普通、死者は横たえられる。

しかしここでは最後まで立っている。

これは屈服を拒否する姿勢として読むことができる。

死んでも立っている。

敗北しても姿勢を崩さない。

このイメージは、アルバム全体の抵抗というテーマを象徴する。

ただし、単純な英雄主義ではない。

Algiersの音楽における抵抗は、勝利を保証されていない。

むしろ負ける可能性が高い。

それでも立つ。

この点が重要だ。

音楽はゴスペル的な高揚を持ち、Fisherのヴォーカルも説教者のように強くなる。

しかし、その高揚は救済の確信にはならない。

むしろ最後の瞬間まで尊厳を守ろうとする意志として響く。

12. The Cycle/The Spiral: Time to Go Down Slowly

アルバムを締めくくる「The Cycle/The Spiral: Time to Go Down Slowly」は、タイトル自体が本作の歴史観を表している。

“The Cycle”。

循環。

“The Spiral”。

螺旋。

歴史は繰り返す。

しかし完全に同じ場所へ戻るわけではない。

少し形を変えながら、似た構造が再登場する。

差別。

搾取。

暴力。

抵抗。

敗北。

再び抵抗。

それらは円ではなく螺旋のように進む。

この考え方は『The Underside of Power』全体の核心である。

現在の危機は新しい。

しかし完全に新しくはない。

過去と同じ力学が別の形で戻ってくる。

“Time to Go Down Slowly”という後半の言葉には、沈降、衰退、死を思わせる感覚がある。

しかし急激に崩壊するのではなく、ゆっくり下がっていく。

社会も。

個人も。

制度も。

終わりは一瞬ではなく、長い時間をかけて進む。

音楽も終曲らしく、明確な勝利より不穏な余韻を残す。

アルバム全体が提示してきた政治的問題は解決されない。

むしろ「この循環は続く」という認識を残して終わる。

それでも、循環を認識すること自体が抵抗の第一歩になる。

忘れない。

構造を見る。

名前を残す。

その姿勢によって本作は閉じられる。

総評

『The Underside of Power』は、政治的なロック・アルバムであると同時に、「政治的な音とは何か」を問い直した作品である。

政治的歌詞を書くこと自体は難しくない。

社会問題について直接歌えばよい。

しかしAlgiersはそれだけでは不十分だと考えている。

彼らは、音楽の形式そのものに歴史を持ち込む。

ゴスペル。

ソウル。

ポストパンク。

インダストリアル。

ノイズ。

エレクトロニック・ミュージック。

これらは単なるジャンルの組み合わせではない。

それぞれが異なる社会的・歴史的背景を持つ。

ゴスペルは黒人教会と共同体の歴史を持つ。

ソウルは黒人の自己表現と公民権運動の時代に深く結びつく。

ポストパンクは都市の荒廃、疎外、資本主義社会への不信を音へ変えた。

インダストリアルは工場、機械、管理社会、人間疎外の感覚を持つ。

Algiersはそれらを一つの曲の中で衝突させる。

だから彼らの音楽そのものが歴史の衝突になる。

Franklin James Fisherのヴォーカルは、この作品の中心である。

彼の声はソウルフルで、ゴスペル的で、時に説教者のように響く。

しかし彼が歌う世界には簡単な救済がない。

ここが大きい。

伝統的なゴスペルでは、苦しみの先に神や救済がある。

Algiersはその音楽的高揚を借りながら、救済を保証しない。

歌う。

叫ぶ。

共同体を作る。

しかし世界はまだ変わっていない。

この未解決性が、音楽に強い緊張を与える。

つまり『The Underside of Power』のゴスペルは、「救われた者の音楽」というより「まだ救われていない者が歌い続ける音楽」である。

この点で、本作は非常に現代的である。

政治的テーマとして最も重要なのは、「暴力は例外ではなく構造である」という認識だ。

警察暴力。

人種差別。

経済的不平等。

排外主義。

これらを個別の事件として扱うだけなら、事件が終われば問題も終わったように見える。

Algiersはそうしない。

「Cleveland」では具体的な都市と現代アメリカの暴力を扱いながら、それを歴史的な反黒人主義の連続線上に置く。

「Plague Years」では危機を長期的な疾病として捉える。

「The Cycle/The Spiral」では、歴史が同じ構造を変形させながら反復すると考える。

この歴史意識が、本作を単なる2017年の時事作品から引き離している。

2017年に聞けば緊急性があった。

しかし、その後の社会状況を経ても古びにくい。

なぜなら個別の政治家やニュースだけを扱っていないからである。

問題の根にある構造を扱っている。

また、アルバムには強い身体性がある。

政治的な作品というと、歌詞を読むことが中心になりやすい。

しかし『The Underside of Power』は身体で聞く音楽でもある。

ドラム。

ベース。

反復。

電子ビート。

ゴスペルの手拍子的な感覚。

タイトル曲には明確なグルーヴがある。

これは重要だ。

Algiersは抵抗を思想だけにしない。

抵抗は身体でもある。

歩く。

集まる。

踊る。

叫ぶ。

行進する。

歌う。

「Walk Like a Panther」という最初のタイトルから、それは明確である。

身体の使い方そのものが政治になる。

一方で、インダストリアル的な機械音は身体を抑圧する力として機能する。

一定のビート。

機械的な反復。

冷たい電子音。

そこに人間の声が抗う。

つまり本作のサウンドには、機械と身体の対立がある。

制度は人を番号や統計へ変える。

しかし声は個人の存在を取り戻す。

Fisherのヴォーカルがこれほど前面に出る理由はそこにある。

人間の声が、機械の中で消えないようにする。

音楽史的には、Algiersはポストパンクの系譜を非常に独自に更新している。

Gang of Four、Public Image Ltd.、This Heat、Suicideなどの音楽は、ロックを娯楽だけではなく、社会の不安や疎外を音響化する手段として使った。

Algiersはその遺産を受け継ぐ。

しかし、そこへ黒人音楽の伝統をより明確に入れる。

この点が決定的である。

ポストパンク史はしばしば白人インディー・ロックの文脈で語られる。

Algiersはそこにゴスペル、ソウル、ブラック・ラディカルな政治意識を持ち込み、ジャンルそのものの歴史認識を拡張する。

その結果、本作は「ポストパンク+ゴスペル」という珍しい組み合わせ以上の意味を持つ。

誰の歴史がロック史に含まれるのか。

誰の声がオルタナティヴ音楽の中心に置かれるのか。

その問いを音楽そのもので提示している。

アルバムのタイトル『The Underside of Power』も、最終的には非常に広い意味を持つ。

権力は上から見ると秩序である。

下から見ると圧力である。

政府から見れば治安維持。

対象にされた人間から見れば恐怖。

企業から見れば効率化。

労働者から見れば搾取。

国家から見れば国境管理。

移民から見れば排除。

同じ制度でも、立っている位置によって見えるものが違う。

Algiersは常に「下側」から見る。

その視点こそ本作の政治性である。

ただし、アルバムは絶望だけでは終わらない。

希望を簡単には言わない。

しかし「Bury Me Standing」のように、最後まで立つ姿勢を示す。

この違いは大きい。

希望が保証されているから抵抗するのではない。

勝利する確信がなくても抵抗する。

それが本作の倫理である。

だから『The Underside of Power』は、政治的に同意するためだけの作品ではない。

社会の暴力がどのように歴史化され、身体化され、音楽化されるのかを聞く作品である。

ゴスペルの共同体性。

ソウルの感情。

ポストパンクの不安。

インダストリアルの冷たさ。

ノイズの暴力。

これらを一枚へ統合し、Algiersは「抵抗の音楽」を2010年代の言語で再構築した。

『The Underside of Power』は、2010年代後半の政治的オルタナティヴ・ロックを代表する作品であると同時に、黒人音楽の歴史とポストパンク/インダストリアルの実験性を結びつけた、極めて重要なアルバムである。

おすすめアルバム

Algiers – Algiers(2015)

バンドのデビュー作。ゴスペル、ソウル、インダストリアル、ポストパンクというAlgiers独自の組み合わせはすでに完成しており、『The Underside of Power』でその政治性と音響がどのように拡張されたかを比較できる。

This Heat – Deceit(1981)

ポストパンク、テープ実験、ノイズ、政治的不安を極端な形で融合した重要作。冷戦、国家、破壊への恐怖を音響そのものへ変換する方法は、Algiersのインダストリアル/実験的な側面と深く共鳴する。

Public Image Ltd. – Metal Box(1979)

重いベース、断片的なギター、反復、疎外感によってポストパンクの可能性を大きく広げた作品。Algiersの機械的なリズムと不穏な空間設計を理解するうえで重要な基準点となる。

Sly and the Family Stone – There’s a Riot Goin’ On(1971)

ファンク、ソウル、政治的幻滅、薬物的な暗さを一つの濁った音像へまとめた傑作。黒人音楽の身体性を保ちながら、社会への不信をサウンドそのものへ刻み込むという点で『The Underside of Power』との関連が深い。

Young Fathers – White Men Are Black Men Too(2015)

ヒップホップ、ソウル、インダストリアル、ポップを横断しながら、人種、アイデンティティ、社会的緊張を扱った作品。Algiersとは編成も方法も異なるが、黒人音楽と実験的オルタナティヴ・サウンドを2010年代的に再構築したという点で近い位置にある。

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