
発売日: 2008年10月27日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ゴシックロック、ポップロック
夢の中の告白、あるいは“未完”の物語——揺らぎと回帰の13章
4:13 Dreamは、The Cureにとって通算13作目となるスタジオアルバムであり、
前作The Cure(2004年)に続く4年ぶりのリリースとなった。
その制作過程は混沌としていた。
当初は2枚組で構想され、光と闇、希望と絶望を対照的に描き出すという野心的なコンセプトがあったが、結果としては1枚に収められ、“ポップ寄り”の楽曲を中心に構成された。
そのため、リスナーによっては「軽い」と感じるかもしれないが、本作にはThe Cureらしい陰影と多面的な感情がしっかり息づいている。
夢(dream)というテーマは象徴的だ。
それは逃避ではなく、現実と妄想の境界を曖昧にし、“ロバート・スミスの内面の夢日記”を覗き見るような感覚を与えてくれる。
全曲レビュー:
1. Underneath the Stars
重厚でゆったりとしたアンビエント・バラード。
Disintegration時代を彷彿とさせる荘厳なサウンドで、夢の入口へと誘う。
「星の下で」感じる無重力の愛と喪失が、美しい残響として残る。
2. The Only One
軽快なラブソングに聞こえるが、リリックはどこか不穏。
「君しかいない」と繰り返す中に、執着と不安がにじむ。
ポップと不安が共存する、いかにもスミスらしい1曲。
3. The Reasons Why
過去の過ちや喪失を振り返るバラード。
死や別れを暗示するフレーズが多く、陰りのあるロックチューンに仕上がっている。
4. Freakshow
ファンク調のリズムに乗せた遊び心満載のナンバー。
しかし“見世物小屋”というタイトルが象徴するように、他者の目に晒されることの異物感と滑稽さをテーマにしている。
5. Sirensong
最短トラックながら、深く感傷的。
セイレーン(誘惑する歌声)の比喩を用いて、抗えない愛と破滅を描いている。
6. The Real Snow White
おとぎ話をモチーフにした、皮肉と怒りに満ちたギター・ロック。
「本物の白雪姫などいない」というフレーズに、夢と現実の非対称性が刻まれている。
7. The Hungry Ghost
仏教における“餓鬼”を暗喩とした、不満と執着のメタファー。
生への飽くなき欲望が、サイケデリックなリフと共にうねる。
8. Switch
攻撃的なギターとスミスのシャウトが印象的。
内面のスイッチが切り替わるような感情の断裂と衝動を描いた、ポストパンク色の強い楽曲。
9. The Perfect Boy
恋愛関係における理想像と現実のずれを描く、ほろ苦いロックソング。
どこか過去作「Friday I’m in Love」の自己パロディのようでもある。
10. This. Here and Now. With You
タイトル通り“今”この瞬間の刹那的な感情にフォーカス。
音像はシンプルだが、歌詞の密度が高く、関係性の儚さが浮き彫りになる。
11. Sleep When I’m Dead
クラシックなCure節に立ち返るようなキャッチーなナンバー。
「死ぬまでは眠らない」という反復が、生の不安とエネルギーを同時に伝える。
12. The Scream
アルバム随一のノイズと混乱を抱えた異色作。
叫びというより、心の内側が破裂するような迫力を持つ。
13. It’s Over
9分超に及ぶラストトラック。
崩壊寸前の音の奔流と、スミスの咆哮が交錯し、アルバムを激情的に締めくくる。
「終わった」という言葉に、絶望と再生の両方が宿る。
総評:
4:13 Dreamは、The Cureが2000年代の空気に合わせることなく、自らの“夢の文法”を再確認した作品である。
本作にはDisintegrationのような統一感はない。
Wild Mood Swingsのように振れ幅がありながらも、どこか完成しきっていない感覚がある。
しかしそれこそが、“夢”というテーマにふさわしいのかもしれない。
未整理なまま語られる感情、意図しない歪みや美しさ。
The Cureというバンドが、「年齢」や「時代性」を超えて音を鳴らし続ける理由が、このアルバムには静かに詰まっている。
おすすめアルバム:
-
Placebo / Meds
破れた感情を正面から描く、2000年代的エモーションの極致。 -
Depeche Mode / Playing the Angel
混乱と神性を同時に抱くダーク・エレクトロロック。 -
Smashing Pumpkins / Machina/The Machines of God
ロックのフォーマットを保ちつつ、感情の深部に踏み込む大作。 -
The Cure / Disintegration
本作の“夢”の原点を知るための必聴盤。 -
Cocteau Twins / Milk & Kisses
夢と現実の狭間を浮遊するラストアルバムの名作。
コメント