
発売日:1996年5月7日
ジャンル:Alternative Rock / Pop Rock / Gothic Rock
概要
The Cureが1996年に発表した10作目のスタジオ・アルバムがWild Mood Swingsである。大成功した前作Wishから4年を経て制作され、その間にPorl ThompsonとBoris Williamsが離脱。Robert Smith、Simon Gallup、Perry Bamonteを軸に、復帰したRoger O’Donnell、新加入のJason Cooperらが関わる新しい体制へ移った時期の作品である。SmithとSteve Lyonがプロデュースを担当し、複数のドラマーを起用したセッションを経て完成した。
タイトル通り、作品は一つの雰囲気へ統一することを意図的に避けている。重いギターを使った内向的な曲から、ホーンが派手に鳴るポップ、ラテン音楽を思わせるリズム、ストリングスを使ったバラードまで振れ幅が大きい。The Cureは以前からThe Head on the DoorやKiss Me, Kiss Me, Kiss Meで多彩な音楽性を示していたが、本作ではその落差そのものをアルバムの性格にしている。
歌詞でもSmithは幸福と絶望、恋愛への憧れと嫌悪、酩酊と翌朝の虚無を行き来する。明るいアレンジだから明るい歌とは限らず、祝祭的な音の裏で自己嫌悪が進行する曲も多い。この不安定さは統一感の弱さにもつながったが、90年代半ばのThe Cureが過去の「ゴシック」なイメージだけに収まらず、ポップ・バンドとしてどこまで音色を広げられるか試した記録でもある。
全曲レビュー
1. 「Want」
低くうねるベースとギターの層を長く積み重ね、アルバムは重苦しい緊張から始まる。Smithの語り手は、欲しいものを手にしても満足できず、さらに多くを求め続ける欲望に取りつかれている。演奏もその心理に合わせ、同じ感情から簡単には抜け出さずに音圧を徐々に高める。華やかな曲も多い本作だが、冒頭ではまずThe Cureの暗く巨大な側面を正面から提示している。
2. 「Club America」
歪んだギターと粘りのあるリズムを使い、享楽的なナイトライフを皮肉な視線で眺める。Smithは華やかな社交の場へ魅了されながら、そこにいる人々や自分自身をどこか冷めた目でも見ている。ボーカルも通常より誇張した低い声色を使い、登場人物を演じるように進む。「Want」の内面的な欲望が、ここでは具体的な夜の社交空間へ移されたように聞こえる。
3. 「This Is a Lie」
ストリングスを大きく取り入れ、ロック・バンドの演奏よりSmithの旋律と歌詞を前へ出す。人はなぜ特定の相手や生き方を選び、それを正しいと信じるのかという疑問を扱い、恋愛の確信そのものを疑っている。弦の優雅な響きに対して歌詞は不安定で、そのずれが曲を単なる美しいバラードにしない。答えを出さないまま疑問を残すところにも、本作の揺れる心理がよく表れている。
4. 「The 13th」
ラテン音楽を思わせるパーカッション、ホーン、ギターを使った、本作で最も大胆に従来のThe Cure像から離れる曲の一つである。Smithの歌唱も芝居がかっており、誘惑に巻き込まれて理性を失っていく人物をコミカルさと不安の両方を含めて演じる。リズムは陽気なのに、語り手は状況を制御できていない。この「楽しい音楽の中で崩れていく人物」という構図が、曲の奇妙な魅力を作る。
5. 「Strange Attraction」
軽快なギターと明るいメロディを使いながら、恋愛が期待した形には進まない過程を描く。手紙や言葉によって育った「奇妙な魅力」が、実際の関係になると別の姿を見せるという物語性があり、Smithのポップな作詞能力がよく出ている。サビは非常に親しみやすいが、その明るさがむしろ失望を際立たせる。初期の暗いThe Cureとは異なる、後期ポップ面の典型である。
6. 「Mint Car」
きらめくギターと弾むリズムで、幸福をほとんど無条件に肯定するポップ・ソングである。「Friday I’m in Love」に近い即効性を持つが、こちらはさらに高揚を誇張し、Smith自身も幸福すぎて現実感が薄れるような歌い方をする。本作では疑いや自己嫌悪が頻繁に現れるため、この極端な明るさもタイトルの「mood swing」の一方の端として機能する。ギターの細かな装飾もサビの開放感を支えている。
7. 「Jupiter Crash」
夜空と天体のイメージを使った静かな曲で、期待していた出来事が意外なほどあっけなく過ぎ去る感覚を恋愛へ重ねる。ギターは強く歪ませず、柔らかなアルペジオを重ねることで広い空間を作る。Smithも声量を抑え、観察するように歌うため、「Mint Car」の幸福な爆発から急に時間が遅く感じられる。大きな事件より、期待と現実の小さなずれを丁寧に描いた曲だ。
8. 「Round & Round & Round」
タイトル通り、同じ場所をぐるぐる回るような感覚を短いポップ・ソングへ落とし込む。リズムは軽快だが、歌詞には人間関係や社会的な振る舞いへの苛立ちがあり、楽しいだけの曲にはならない。Smithは言葉を畳みかけ、考えが止まらない状態をボーカルの速度で表現する。アルバム中盤の静かな空気を再び動かしながら、精神的には出口のない一曲である。
9. 「Gone!」
ホーンとピアノを使った華やかなアレンジで、The Cureとしては珍しくジャズやラウンジ・ポップを思わせる色を持つ。閉じこもって考え続けるより、外へ出て行動することを促す内容で、Smithの歌唱にも軽いユーモアがある。バンドの典型的なギター・サウンドから大きく離れるため好みは分かれるが、本作が意図する音楽的な振幅を最も明確にする曲の一つだ。
10. 「Numb」
薬物や精神的な麻痺を思わせる人物像を、遅く沈んだ演奏で描く。ギターとキーボードは空間を大きく取り、音を詰め込まないことで、外界との接触が薄れていくような感覚を作る。Smithは対象を単純に非難するより、何も感じられなくなった状態を距離を置いて観察しているように歌う。「Gone!」の外向きな活気の直後だけに、突然すべての動きが止まったような落差が大きい。
11. 「Return」
勢いのあるドラムと明るいギターによって再び速度を上げる。過去や特定の関係へ戻ることを求める感情には切迫感があるが、アレンジは沈み込まず、前へ走り続ける。Smithの声もサビで大きく広がり、内向的な「Numb」とは対照的だ。本作ではこうした急激な曲調変更が頻繁に起こり、それ自体が感情の不安定さを表現する構成になっている。
12. 「Trap」
硬いギターと攻撃的なボーカルを使い、恋愛が逃げられない罠へ変わった状態を描く。Smithの語り手には怒りと自己防衛があり、ロマンティックな理想をほとんど残さない。ギターは細かな装飾より厚いコードの圧力を優先し、ドラムも強く前へ出るため、後半では特にロック色の濃い曲となっている。「Mint Car」の幸福からここまで振れることで、タイトルの意味が改めて実感できる。
13. 「Treasure」
柔らかなギターと控えめなリズムを背景に、失われた相手への思いを静かに歌う。ここでのSmithは怒りを爆発させず、残された記憶を慎重に扱うため、悲しみがかえって強く伝わる。旋律にもThe Cureらしい甘さと寂しさが共存しており、本作の多彩なアレンジの中では比較的伝統的なバラードに近い。「Trap」の刺々しさを受け止め、終曲へ向けて感情を沈めていく。
14. 「Bare」
約8分に及ぶ終曲で、別れを受け入れようとする長い独白を中心に進む。アコースティックな響きと穏やかな伴奏を保ちながら、Smithは関係の終わりについて一つずつ言葉を重ねる。劇的な音量変化で結論を作るのではなく、同じ悲しみの中に長く留まることで時間の重さを感じさせる。曲調を激しく変えてきたアルバムが、最後には装飾を減らした喪失へ着地するのが効果的である。
総評
Wild Mood Swingsという題名は、作品の長所と弱点をそのまま説明している。重厚な「Want」からラテン色の強い「The 13th」、極端に明るい「Mint Car」、ホーンが跳ねる「Gone!」、そして静かな「Bare」まで、アルバムは意識的に一つの音へ落ち着かない。そのためDisintegrationのような強い統一感を求めると散漫に聞こえるが、一曲ごとのアレンジにはThe Cureが長年培ってきたポップへの好奇心がある。
重要なのは、明暗の違いが単にジャンルの違いだけではないことだ。Smithの歌詞では幸福な瞬間にも疑いが入り込み、逆に絶望的な状況にも美しい旋律が付く。「The 13th」や「Gone!」の派手な演奏を含め、音の表情と語り手の心理が完全には一致しない。このずれによって、気分が一方向へ安定しない人物の感覚がアルバム全体に生まれている。
新しいメンバー構成への移行期だったことも、音の落ち着かなさと無関係ではない。特にドラマーの交代を経た本作は、Wishまでのバンドの勢いをそのまま継続する作品ではなく、The Cureの次の形を探している。その探索の結果としてホーンやラテン的なリズムまで取り込み、時にはバンドの典型的な美学から大きく外へ出た。実験が常に自然につながっているわけではないが、その不均一さには90年代半ばの彼らの実情がよく刻まれている。
The Cureの代表作を選ぶ際には後回しにされやすい作品だが、「Want」「Jupiter Crash」「Bare」のような曲にはSmithの作曲家としての強さが十分に残っている。さらに、暗いThe CureとポップなThe Cureを別々の顔として整理せず、その間を乱暴なほど行き来した点も本作ならではだ。完成された世界へ聞き手を閉じ込めるアルバムではなく、感情も音楽的な趣味も一定しないこと自体を形にした、キャリアの中でも特に不安定で興味深い一枚である。
おすすめアルバム
Wish by The Cure
1992年の前作。巨大なギター・サウンドと「Friday I’m in Love」のような鮮やかなポップを同居させ、世界的な成功を収めた。Wild Mood Swingsがそこからどれほど音色とリズムの範囲を広げたかを比較しやすい。
Kiss Me, Kiss Me, Kiss Me by The Cure
1987年作。サイケデリック・ロック、ファンク、暗いバラード、明るいポップを大胆に並べた作品である。一つの雰囲気へ統一せず、曲ごとの振幅そのものを魅力にする点ではWild Mood Swingsの重要な先例となる。
Disintegration by The Cure
1989年作。長い曲、深いシンセサイザー、重なるギターによって暗く統一された世界を作った代表作。多方向へ動くWild Mood Swingsとは対照的で、同じバンドが「統一」と「振幅」をどう使い分けるかが分かる。
Coming Up by Suede
1996年作。同年の英国ロック作品で、グラム・ロック由来の華やかなギターと強いポップ・メロディを前面へ出した。The Cureとは異なる美学ながら、90年代半ばに暗さと鮮やかなポップを共存させた作品として比較できる。
This Is Hardcore by Pulp
1998年作。成功後の疲労、欲望、年齢への不安を、華やかなポップと暗い演劇性の両方で描いた作品である。Wild Mood Swingsより統一感は強いが、祝祭的な音の裏側に不安や自己嫌悪を置く感覚には共通点がある。

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