
発売日:2005年10月4日
ジャンル:インディーロック、サイケデリックロック、オルタナティブロック、アメリカーナ、ドリームポップ、レゲエ/ダブ影響下のロック
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Wordless Chorus
- 2. It Beats 4 U
- 3. Gideon
- 4. What a Wonderful Man
- 5. Off the Record
- 6. Into the Woods
- 7. Anytime
- 8. Lay Low
- 9. Knot Comes Loose
- 10. Dondante
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. My Morning Jacket – It Still Moves(2003)
- 2. My Morning Jacket – Evil Urges(2008)
- 3. My Morning Jacket – Circuital(2011)
- 4. Wilco – Yankee Hotel Foxtrot(2002)
- 5. The Flaming Lips – Yoshimi Battles the Pink Robots(2002)
- 関連レビュー
概要
My Morning Jacketの『Z』は、2005年に発表された通算4作目のスタジオ・アルバムであり、バンドのキャリアにおける決定的な転換点となった作品である。ケンタッキー州ルイヴィル出身のMy Morning Jacketは、1999年の『The Tennessee Fire』、2001年の『At Dawn』、2003年の『It Still Moves』を通じて、広大なリヴァーブ、南部的なアメリカーナ、サザンロック、フォーク、サイケデリックな浮遊感を融合した独自の音楽を築いてきた。特に『It Still Moves』は、長尺のギター、伸びやかなメロディ、Jim Jamesの深い残響に包まれたヴォーカルによって、バンドの初期スタイルを大きなスケールで完成させた作品だった。
しかし『Z』は、その初期の広大なアメリカーナ・ロックから一歩離れ、よりコンパクトで実験的、かつ洗練されたインディーロック作品として構築されている。My Morning Jacketはここで、単に南部のロック・バンドとしての自己像を拡張するのではなく、サイケデリック、ダブ、レゲエ、ソウル、ニューウェーブ、ドリームポップ、プログレッシブな構成感を取り込み、より多面的なサウンドへ向かった。『Z』は、バンドが「大きな残響の中で鳴るアメリカーナ」から、「音響そのものを設計する現代的なロック・バンド」へ変化した瞬間を記録している。
本作の重要な背景には、メンバー編成の変化がある。キーボードのBo KosterとギターのCarl Broemelが加わり、バンドの音楽的な幅は大きく広がった。従来のMy Morning Jacketでは、Jim Jamesの声とギターの残響が中心にあり、長い曲の中で徐々に高揚していくサウンドが特徴だった。『Z』では、キーボード、シンセサイザー、リズムの処理、楽曲構成の変化がより重要になり、曲ごとのキャラクターが明確になっている。音は依然として広いが、その広さは荒野や体育館の残響というより、細かく設計された音響空間として響く。
プロデューサーにはJohn Leckieが起用されている。彼はThe Stone RosesやRadioheadなどの作品でも知られ、ギター・ロックの有機的な響きと、サイケデリックで立体的な音作りを両立させる手腕を持つ。『Z』においても、音は過度に磨かれすぎず、しかし初期作品のような粗く広がる残響だけではない。各楽器の位置が明確で、ベースやドラムの動き、キーボードの色彩、ギターの揺らぎ、ヴォーカルの空間処理が、緻密に配置されている。このプロダクションの変化が、本作の印象を大きく決定づけている。
タイトルの『Z』は、非常に短く、抽象的である。これまでの作品名が『At Dawn』『It Still Moves』のように詩的な情景を持っていたのに対し、『Z』は記号のようなタイトルであり、意味を明確に説明しない。アルファベットの最後の文字であるZは、終わり、眠り、未知、記号化された存在を連想させる。同時に、短く強いタイトルは、バンドが過去の大きな風景的ロックから、より鋭く、凝縮された作品へ向かったことを象徴しているようにも響く。
歌詞の面では、『Z』はMy Morning Jacketの作品の中でも、内面の不安、愛、距離、破綻、再接続、精神的な解放が複雑に絡み合うアルバムである。Jim Jamesの歌詞は、Jason IsbellやLucinda Williamsのように具体的な人物や土地を細密に描くタイプではない。むしろ、感情の輪郭、夢の中の会話、祈りのようなフレーズ、抽象的な問いかけによって、聴き手に広い解釈の余地を与える。『Z』ではその抽象性が、サウンドの多様性と結びつき、個人の心の中をさまようような感覚を生んでいる。
本作は、2000年代半ばのインディーロックの文脈でも重要である。Radiohead以降の音響的なロック、The Flaming Lips的なサイケデリック・ポップ、Wilcoの実験的アメリカーナ、GrandaddyやMercury Revの宇宙的なインディーロック、さらにはAnimal CollectiveやArcade Fireが示していた共同体的な高揚感とも並走しながら、My Morning Jacketは『Z』で独自の場所に到達した。彼らはインディーロックの知的な実験性を取り入れながら、ライブ・バンドとしての肉体性と、クラシック・ロック的な大きな感情を失わなかった。
『Z』は、My Morning Jacketにとって単なる実験作ではない。実験的でありながら、曲は明確で、メロディは強く、アルバム全体の流れも緊密である。初期の長大なサザン・サイケデリック・ロックを好むリスナーにとっては、コンパクトになった印象を受けるかもしれない。しかし、本作ではその凝縮によって、バンドの本質がより鋭く見える。広がり、浮遊感、祈り、ロックの高揚、孤独、愛への渇望。それらが、より多彩な音の中で再構築されている。
全曲レビュー
1. Wordless Chorus
アルバム冒頭の「Wordless Chorus」は、『Z』の方向性を最初に示す重要曲であり、My Morning Jacketの代表曲の一つである。タイトルは「言葉のないコーラス」を意味し、歌詞による意味の伝達よりも、声そのもの、音そのものによって感情を伝えることを示している。Jim Jamesのヴォーカルはここで、言葉を超えて伸びていく楽器のように機能する。
音楽的には、ゆったりとしたリズム、柔らかいキーボード、抑制されたグルーヴが中心にある。初期My Morning Jacketのギター中心の広大なサウンドとは異なり、この曲ではキーボードとベースの動きが重要で、音の隙間もよく設計されている。曲が進むにつれてJim Jamesのファルセットが高く舞い上がり、タイトル通り、言葉を持たないコーラスのような高揚へ到達する。
歌詞では、言葉にしきれない感情や、伝達の限界が示唆される。人は多くの言葉を使うが、本当に重要な感情は言葉の手前、あるいは言葉の外にあることがある。この曲では、意味よりも響きが優先される。Jim Jamesの声が伸びる瞬間、聴き手は具体的な物語ではなく、感情そのものの波に触れる。
「Wordless Chorus」は、『Z』が単なるギター・ロックのアルバムではなく、声と空間を中心にした音響的な作品であることを示している。バンドはここで、アメリカーナ的な地上の風景から少し離れ、より抽象的で宇宙的な場所へ向かう。アルバムの幕開けとして非常に象徴的な楽曲である。
2. It Beats 4 U
「It Beats 4 U」は、タイトルからして心臓の鼓動、愛、生命のリズムを連想させる楽曲である。「それは君のために鼓動する」という言葉は、ラブソングとしても読めるが、My Morning Jacketらしく、個人的な愛を超えて、音楽や生命そのものが誰かのために鳴っているような広がりを持つ。
音楽的には、ミニマルなリズムと浮遊するキーボードが印象的で、前曲「Wordless Chorus」の柔らかなグルーヴを引き継ぎながら、より内省的な空気を持つ。ドラムは過度に前に出ず、一定の脈拍のように曲を支える。ギターやキーボードは空間をゆっくり広げ、曲全体に夢の中を漂うような感覚を与える。
歌詞では、誰かへの呼びかけと、内側で鳴り続けるものへの意識が重なる。心臓の鼓動は、自分の意思で完全に制御できるものではない。愛や音楽も同じように、説明する前に身体の中で始まってしまうものとして描かれている。Jim Jamesの歌詞は具体的な物語を避けるが、その曖昧さによって、感情が広い意味を持つ。
この曲は、『Z』の序盤において、内面のリズムを強く意識させる役割を持つ。初期My Morning Jacketのように外へ向かって大きく広がるのではなく、ここでは身体の内側で鳴る鼓動が、音楽の中心になっている。サウンドは静かだが、生命感は強い。
「It Beats 4 U」は、アルバムの精神的な基礎を作る曲である。愛、鼓動、音楽、呼吸が重なり、聴き手は『Z』の夢のような空間へさらに深く入っていく。
3. Gideon
「Gideon」は、『Z』の中でも最も力強いロック・ナンバーの一つであり、バンドのライブ的な高揚感が強く表れている楽曲である。タイトルのGideonは聖書の人物を連想させる名前であり、呼びかけ、信念、導き、戦いのイメージを帯びる。ただし、曲は明確な宗教的物語を語るというより、切迫した問いかけと解放感を持つロック曲として展開する。
音楽的には、ギターの力強いストロークとドラムの推進力が中心である。序盤の浮遊するような2曲から一転し、ここではMy Morning Jacketのロック・バンドとしてのエネルギーが前面に出る。Jim Jamesの声は大きく開き、サビでは感情が一気に空へ放たれるように響く。
歌詞では、誰かに向けた問いかけや、信じることへの迷いが感じられる。Gideonという名前が象徴するように、ここには導きや試練の感覚がある。しかしMy Morning Jacketの歌詞は明確な物語を避けるため、宗教的な意味は抽象化され、より普遍的な「誰を信じるのか」「何に従うのか」という問いとして響く。
この曲の魅力は、サウンドの解放感にある。『Z』は実験的な作品だが、「Gideon」ではバンドが巨大なロック・アンセムを鳴らす力を持っていることが示される。音の作りは初期より洗練されているが、根本にある感情の大きさは変わらない。
「Gideon」は、アルバム序盤のクライマックスとして機能する。浮遊と内省から始まった『Z』は、この曲で一度、空へ向かって大きく開かれる。My Morning Jacketの壮大さと新しい音響感覚が交差する重要曲である。
4. What a Wonderful Man
「What a Wonderful Man」は、軽快でユーモラスなロックンロールの感覚を持つ楽曲である。タイトルは「なんて素晴らしい男なんだ」という意味だが、その言葉には純粋な称賛だけでなく、どこか皮肉や戯画性も含まれているように響く。『Z』の中では比較的短く、勢いのある曲であり、アルバムに明るいアクセントを加えている。
音楽的には、ガレージロック的なラフさと、My Morning Jacketらしい伸びやかなコーラスが組み合わさっている。テンポは軽快で、ギターも歯切れよく鳴る。前曲「Gideon」の大きなスケールとは異なり、この曲はコンパクトで、バンドが楽しげにロックンロールを鳴らしているような印象を与える。
歌詞では、ある人物への言及が中心になるが、その人物像は明確に英雄的とは限らない。タイトルの「wonderful man」という言葉は、称賛とも、誇張された冗談とも受け取れる。My Morning Jacketの歌詞には、抽象的な精神性と同時に、こうした軽いユーモアも存在する。
この曲は、アルバム全体の重さや浮遊感を一時的に軽くする役割を持つ。『Z』は音響的に洗練された作品だが、過度に深刻になることはない。「What a Wonderful Man」には、ロック・バンドとしての即興的な楽しさ、短い曲で勢いを出す能力が表れている。
アルバムの中では小品的ながら、曲順上は非常に効果的である。重厚な「Gideon」の後にこの曲が来ることで、作品にリズムの変化が生まれ、My Morning Jacketの多面性がさらに強調される。
5. Off the Record
「Off the Record」は、『Z』の中でも最も特徴的な楽曲の一つであり、レゲエやダブの影響を取り入れたリズムが印象的である。タイトルは「非公式に」「記録に残さずに」という意味を持ち、秘密、言えないこと、公式な言葉の裏側にある真実を連想させる。My Morning Jacketはここで、リズムと空間の扱いを大きく変化させている。
音楽的には、冒頭のギターリフとリズムがレゲエ的な跳ねを持ち、バンドの従来のアメリカーナ/サザンロック的イメージから大きく離れる。中盤以降はダブ的な空間処理や、サイケデリックな展開が現れ、曲は単なるポップソングから長い音響の旅へ変化する。特に後半のインストゥルメンタル展開は、バンドの実験性を強く示している。
歌詞では、公式には語られない感情や出来事が示唆される。「off the record」という表現は、表向きの発言と本音の間にある距離を表す。恋愛関係、社会的な関係、自己認識の中で、人は多くのことを記録に残さず、隠したままにする。この曲は、その隠された部分を軽やかなリズムの中で扱っている。
この曲の重要な点は、My Morning Jacketがジャンルの境界を柔軟に越えていることである。レゲエ的なリズムをそのまま様式として借りるだけでなく、バンド自身のサイケデリックな空間性と結びつけている。そのため「Off the Record」は、異色でありながらアルバムの中で自然に機能している。
「Off the Record」は、『Z』の実験性とポップ性が最もよく結びついた楽曲の一つである。聴きやすいフックを持ちながら、後半では音響的な冒険へ進む。My Morning Jacketがこの時期にどれほど柔軟なバンドへ成長していたかを示す代表曲である。
6. Into the Woods
「Into the Woods」は、タイトル通り「森の中へ」と進む感覚を持つ楽曲であり、『Z』の中でも特に奇妙で演劇的な雰囲気を持っている。森は、童話や神話において、迷い、変身、危険、無意識の象徴として頻繁に登場する場所である。この曲でも、森へ入ることは、日常的な現実から離れ、奇妙で不確かな領域へ入っていくことを意味している。
音楽的には、スローで不思議な揺れを持ち、どこかキャバレー的、あるいはサイケデリックな童話のような質感がある。ピアノやキーボードの使い方、Jim Jamesの歌唱の距離感が、曲に夢のような不安定さを与えている。ロック・アンセムとしての高揚よりも、奇妙な物語空間の構築が重視されている。
歌詞は、断片的で幻想的であり、聴き手に明確な物語を与えない。森の中に入ること、何かを探すこと、あるいは何かから逃れることが示唆される。My Morning Jacketの歌詞はこの曲で、The Decemberistsのような具体的な物語性とは異なる形の寓話性を持つ。意味は開かれており、サウンドと声によって感覚的に伝わる。
この曲は、『Z』の中で最も好みが分かれる曲かもしれない。メロディの明快さよりも、雰囲気の奇妙さが前面にあるため、アルバムの流れの中では異物のようにも聴こえる。しかし、その異物感こそが重要である。『Z』は整ったロック・アルバムではなく、夢の中で場面が変化していくような作品であり、「Into the Woods」はその夢の深部にあたる。
「Into the Woods」は、My Morning Jacketのサイケデリックな想像力を示す楽曲である。明るい空や広い道路ではなく、暗い森の中へ進むことで、アルバムはより不穏で幻想的な側面を獲得している。
7. Anytime
「Anytime」は、『Z』の中でも最もストレートで力強いロック曲の一つであり、バンドのライブ的なエネルギーが凝縮された楽曲である。タイトルは「いつでも」という意味で、呼びかけ、待機、即応、愛や行動への準備を感じさせる。曲全体には、迷いを振り切って前へ出るような勢いがある。
音楽的には、ギターとドラムの推進力が中心で、My Morning Jacketのロック・バンドとしての強さが前面に出ている。曲は比較的コンパクトで、無駄がなく、サビでは大きく開ける。『Z』の実験的な側面の中に、こうした明快なロック曲が置かれることで、アルバム全体のバランスが取れている。
歌詞では、誰かに対して「いつでも」と応える姿勢が示される。これは恋愛の歌としても、仲間への呼びかけとしても、音楽そのものへの献身としても読める。Jim Jamesの歌詞は直接的な説明を避けるため、言葉はシンプルながら広い意味を持つ。重要なのは、その言葉がサウンドの勢いと結びつき、解放感を生んでいることだ。
「Anytime」は、My Morning Jacketが初期から持っていたクラシック・ロック的な高揚感を、より洗練された形で提示した曲である。長いジャムや過剰なリヴァーブに頼らず、短い構成の中でバンドの爆発力を示している。
アルバムの後半に置かれることで、「Anytime」は停滞しがちな夢の空間を一気に前へ押し出す。『Z』の中で、最も身体的に反応しやすいロック曲の一つであり、ライブでも強い力を持つ楽曲である。
8. Lay Low
「Lay Low」は、『Z』の後半に置かれた長めのロック曲であり、My Morning Jacketのギター・バンドとしての魅力が最もよく表れた楽曲の一つである。タイトルは「身を低くする」「目立たずにいる」という意味で、逃避、自己防衛、感情を抑えることを連想させる。しかし曲は、その抑制から徐々に解放へ向かう。
音楽的には、前半はメロディアスなロック曲として進み、後半ではギターの長い展開が大きな役割を持つ。ツインギター的な絡み、ソロの伸び、リズム隊の安定した支えが、初期My Morning Jacketのジャム的な魅力を洗練された形で蘇らせている。『Z』の中では、最もクラシック・ロック的なカタルシスを持つ曲といえる。
歌詞では、関係の中で身を潜めること、感情を表に出さずにいることが示唆される。しかし音楽は、言葉の抑制とは対照的に、後半へ向けて大きく広がる。つまり、歌詞では「lay low」と言いながら、演奏は内側に溜まった感情を解放していく。この対比が曲の大きな魅力である。
この曲は、My Morning Jacketが持つライブ・バンドとしての本質を『Z』の文脈に取り込んだものといえる。アルバム全体は実験的で音響的だが、「Lay Low」ではギターの身体性と、ロックの高揚がしっかりと存在する。バンドが過去の自分たちを捨てたのではなく、新しい構成の中で再配置したことが分かる。
「Lay Low」は、『Z』の後半における大きな山場である。内向きのタイトルとは裏腹に、曲はギターによって大きく外へ開かれる。My Morning Jacketの魅力である「抑制から解放へ」という動きが、非常に明確に表れた名曲である。
9. Knot Comes Loose
「Knot Comes Loose」は、アルバム終盤に置かれた静かなバラードであり、タイトルは「結び目がほどける」という意味を持つ。関係、心の緊張、抑えていた感情、人生の絡まりがほどけていく感覚が、曲全体に漂っている。『Z』の中でも特に内省的で、穏やかな悲しみを持つ楽曲である。
音楽的には、アコースティックな質感が強く、初期My Morning Jacketのフォーク的な側面に近い。しかし音作りはより繊細で、Jim Jamesの声の余韻や楽器の配置が丁寧に整えられている。大きなリヴァーブの中に沈むというより、静かな空間の中で言葉が落ちていくように響く。
歌詞では、何かがほどける瞬間が描かれる。結び目は、人と人をつなぐものでもあり、同時に縛るものでもある。それがほどけることは、解放であると同時に、別れや喪失でもある。Jim Jamesの歌唱には、抵抗するのではなく、ほどけていくものを静かに見つめるような感覚がある。
この曲の重要な点は、感情の大きな爆発ではなく、諦めや受容の静けさを描いていることにある。『Z』には「Gideon」や「Anytime」「Lay Low」のような高揚する曲もあるが、「Knot Comes Loose」では、人生の変化はもっと静かに起こる。ある日、結び目が自然にほどける。その瞬間を受け入れるしかない。
「Knot Comes Loose」は、アルバム終盤に深い余韻を与える曲である。大きなロックの高揚の後に置かれることで、聴き手は再び内面へ戻される。『Z』の感情的な奥行きを支える重要なバラードである。
10. Dondante
アルバムを締めくくる「Dondante」は、『Z』の中でも最も深く、長く、精神的な重みを持つ楽曲である。タイトルの意味は明確ではないが、曲全体には喪失、追悼、闇、祈り、解放の感覚が流れている。My Morning Jacketの全キャリアの中でも屈指の重要曲であり、静かな導入から大きなクライマックスへ至る構成は、バンドの持つサイケデリックで霊的な力を最大限に示している。
音楽的には、非常に静かなイントロから始まる。Jim Jamesの声は遠く、かすかに響き、夜の闇の中から立ち上がるようである。曲はゆっくりと進み、サックスやギター、リズムが少しずつ加わり、後半では巨大な音の波へ発展する。これは単なるロック曲というより、喪失から昇華へ向かう儀式のような楽曲である。
歌詞では、失われた人物への思い、届かない声、暗闇の中での呼びかけが感じられる。具体的な物語は語られないが、その曖昧さによって、曲は個人的な追悼を超えて広がる。聴き手は自分自身の喪失を重ねることができる。Jim Jamesの声は、誰かを呼ぶ声であると同時に、闇に向かって放たれる祈りでもある。
「Dondante」の後半の展開は、My Morning Jacketのライブ的な強さとスタジオでの音響設計が結びついた名場面である。ギターとサックスが絡み、バンドは抑制を解いていく。しかし、それは単純な勝利のクライマックスではない。むしろ、悲しみが音になって外へ出ていく過程である。喪失は消えないが、音楽によって別の形へ変わる。
終曲として、「Dondante」は完璧に近い役割を果たしている。『Z』は、言葉を超える声から始まり、最後には喪失を超えようとする長い音の儀式へ到達する。アルバム全体で描かれてきた愛、不安、浮遊、解放、孤独が、この曲で深い夜の中に溶けていく。My Morning Jacketの精神的なスケールを示す、圧倒的な締めくくりである。
総評
『Z』は、My Morning Jacketのキャリアにおける最重要作の一つであり、2000年代インディーロックを代表するアルバムの一つでもある。本作でバンドは、『It Still Moves』までに築いた広大なアメリカーナ/サザン・サイケデリック・ロックのスタイルを一度解体し、より多様で洗練された音響的ロックへ進化した。結果として、『Z』は過去の延長線上にありながら、明らかに新しいバンドの姿を提示している。
本作の最大の特徴は、凝縮と拡張が同時に存在している点である。曲は初期作品に比べてコンパクトになり、構成も明確になっている。しかし、音楽的な世界はむしろ広がっている。レゲエ/ダブ的な「Off the Record」、奇妙な童話性を持つ「Into the Woods」、ストレートなロックの「Anytime」、長いギター展開を持つ「Lay Low」、追悼の儀式のような「Dondante」。アルバムは10曲ながら、非常に多様な風景を持つ。
Jim Jamesの声は、本作でも中心にある。しかし、その扱われ方は初期とは異なる。以前の作品では、声は巨大なリヴァーブの中で山や体育館のように響いていた。『Z』では、声はより細かく音響空間に配置され、時に楽器の一部となり、時に言葉を超えた叫びとなる。「Wordless Chorus」はその象徴であり、Jim Jamesの声が意味を超えて感情の光になる瞬間を捉えている。
バンド・サウンドも大きく進化している。Bo Kosterのキーボードは、My Morning Jacketの音に新しい色彩を加え、Carl Broemelのギターは、従来の広がりに加えてより明確な輪郭を与えている。リズム隊も、単なる土台ではなく、グルーヴや空間の設計に重要な役割を果たしている。『Z』は、Jim James個人のヴィジョンだけでなく、バンド全体が新しい形へまとまった作品である。
歌詞の面では、本作は抽象的である。土地、人物、物語を具体的に描くアメリカーナ作品とは異なり、『Z』では感情や精神状態が中心にある。言葉にならないコーラス、誰かのために鳴る鼓動、秘密にされる会話、森の中への迷い、ほどける結び目、闇の中での追悼。これらは具体的なストーリーではなく、内面の場面である。My Morning Jacketはここで、物語よりも感覚を重視している。
『Z』の重要性は、アメリカーナ的なバンドがインディーロックの音響的実験へ自然に接続した点にもある。Wilcoが『Yankee Hotel Foxtrot』でオルタナティブ・カントリーを電子音響や実験的な構成へ拡張したように、My Morning Jacketは『Z』でサザンロックやフォークの広がりを、より現代的なサウンドへ変換した。ただし、Wilcoが分解と不安に向かったのに対し、My Morning Jacketはより宇宙的で、霊的で、身体的な高揚を保っている。
日本のリスナーにとって『Z』は、My Morning Jacketの入門として非常に有効な作品である。初期の『It Still Moves』は広大で長く、よりアメリカ南部的な質感が強い。一方、『Z』は曲ごとの個性が明確で、音も洗練されているため、インディーロックやサイケデリック・ポップに親しんだリスナーにも届きやすい。同時に、「Lay Low」や「Dondante」には、バンドのライブ的な本質も濃く刻まれている。
本作は、実験的でありながら閉じていない。聴き手を突き放す難解さではなく、音の広がりとメロディの力によって引き込む実験性である。そこが『Z』の大きな魅力である。バンドはジャンルを越えるが、楽曲の感情的な核は失われない。むしろ、音楽的な多様性によって、愛、孤独、解放、喪失の感情がより豊かに響く。
総じて『Z』は、My Morning Jacketが自らの可能性を大きく拡張した傑作である。初期の広大なアメリカーナ・ロックの魅力を保ちながら、サイケデリック、ダブ、インディーロック、ドリームポップ的な音響を取り込み、バンドは新しい段階へ進んだ。言葉のない声から始まり、深い追悼の音響へ終わるこのアルバムは、2000年代のロックがまだ大きな変化と発見を持ち得たことを示している。『Z』は、My Morning Jacketの創造性が最も鮮やかに開いた瞬間を記録した名盤である。
おすすめアルバム
1. My Morning Jacket – It Still Moves(2003)
『Z』以前のMy Morning Jacketの初期スタイルを代表する大作である。広大なリヴァーブ、サザンロック、アメリカーナ、長尺のギター展開が特徴で、バンドの原点となるスケール感を味わえる。『Z』で何が変化したのかを理解するためにも重要な作品である。
2. My Morning Jacket – Evil Urges(2008)
『Z』の実験性をさらに押し広げ、ファンク、ソウル、R&B、プログレッシブ・ロック的な要素を大胆に取り入れた作品である。賛否を生みやすいアルバムだが、My Morning Jacketがジャンルを越えようとする姿勢を理解するうえで欠かせない。『Z』の次の展開として聴く価値が高い。
3. My Morning Jacket – Circuital(2011)
『Z』以降の実験を経て、バンドがより円環的で原点回帰的なサウンドへ向かった作品である。フォークロック的な温かさとサイケデリックな広がりが共存し、My Morning Jacketの成熟したバンド像が表れている。『Z』の緻密さとは異なる、自然な開放感を持つ。
4. Wilco – Yankee Hotel Foxtrot(2002)
アメリカーナ/オルタナティブ・カントリーを、電子音響、ノイズ、実験的な構成へ拡張した2000年代の重要作である。My Morning Jacketの『Z』とは音楽性は異なるが、ルーツ音楽的な基盤を持つバンドが、現代的な音響実験へ向かった点で強く関連している。
5. The Flaming Lips – Yoshimi Battles the Pink Robots(2002)
サイケデリック・ポップ、電子音、ロックの高揚、内省的な歌詞を結びつけた2000年代の重要作である。『Z』にある宇宙的な浮遊感、ポップなメロディ、音響的な実験性と響き合う作品であり、同時代のインディーロックが持っていた想像力の広がりを理解するうえで有効である。

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