
発売日:2011年5月31日
ジャンル:インディーロック、サイケデリックロック、アメリカーナ、フォークロック、オルタナティブロック、ジャムロック
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Victory Dance
- 2. Circuital
- 3. The Day Is Coming
- 4. Wonderful (The Way I Feel)
- 5. Outta My System
- 6. Holdin On to Black Metal
- 7. First Light
- 8. You Wanna Freak Out
- 9. Slow Slow Tune
- 10. Movin Away
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. My Morning Jacket – It Still Moves(2003)
- 2. My Morning Jacket – Z(2005)
- 3. My Morning Jacket – Evil Urges(2008)
- 4. My Morning Jacket – The Waterfall(2015)
- 5. Wilco – Sky Blue Sky(2007)
概要
My Morning Jacketの『Circuital』は、2011年に発表された通算6作目のスタジオ・アルバムであり、バンドのキャリアにおいて「回帰」と「再統合」を強く意識させる作品である。ケンタッキー州ルイヴィル出身のMy Morning Jacketは、1999年の『The Tennessee Fire』、2001年の『At Dawn』、2003年の『It Still Moves』によって、広大なリヴァーブ、南部的なアメリカーナ、サイケデリックなギター、Jim Jamesの霊的な響きを持つヴォーカルを特徴とするバンドとして評価を高めた。その後、2005年の『Z』では、レゲエ、ダブ、シンセ、インディーロック的な音響設計を取り入れ、初期のサザン・ロック的なスケールから、より洗練された実験的ロックへ進化した。さらに2008年の『Evil Urges』では、ファンク、ソウル、R&B、プログレ、ハードロックを大胆に混ぜ合わせ、バンドの雑食性を前面に出した。
その流れの後に発表された『Circuital』は、『Evil Urges』のジャンル横断的な拡散から一転し、バンドの中心へ戻るような作品である。ただし、それは単純な初期回帰ではない。『It Still Moves』のような大きなアメリカーナ・ロックの響き、『Z』で獲得した音響的な洗練、『Evil Urges』で試みたリズムやジャンルの柔軟さが、より自然な形で統合されている。タイトルの『Circuital』は「円環的な」「回路のような」という意味を持ち、本作全体に流れる、戻ること、巡ること、中心へ帰ること、しかし同じ場所には戻れないことという主題を象徴している。
My Morning Jacketは、ライブ・バンドとしての評価も非常に高い。長尺の演奏、ギターの高揚、Jim Jamesのリヴァーブに包まれた声、バンド全体が一体となって大きな空間を作る力は、彼らの重要な魅力である。『Circuital』では、そのライブ的な空気が強く意識されている。録音も、バンドが一つの空間で鳴っているような自然な響きを持ち、過度に細かく編集された印象よりも、演奏そのものの呼吸が前面に出る。『Z』がスタジオで設計された音響作品としての完成度を持っていたのに対し、『Circuital』は、より円形に集まったバンドが音を鳴らすような感覚を持つ。
本作の歌詞には、人生の循環、幼少期や過去への回想、精神的な解放、死や有限性、愛、信仰に近い感覚が繰り返し現れる。Jim Jamesの歌詞は、具体的なストーリーを細かく語るよりも、感覚的で抽象的な言葉を使うことが多い。『Circuital』でも、その特徴は変わらない。しかし本作では、抽象性の中に、時間を経た人間が自分の道を振り返り、再び中心へ戻ろうとするような落ち着きがある。若い頃の衝動や拡散ではなく、経験を通した後の再確認が感じられる。
音楽的には、フォークロック、サイケデリックロック、アメリカーナ、ゴスペル的な高揚、インディーロック、時にレゲエやポップの感覚が混在している。しかし『Evil Urges』ほど曲ごとのジャンルの飛躍が極端ではなく、アルバム全体は比較的統一された空気を持つ。冒頭の「Victory Dance」から表題曲「Circuital」へ至る流れは、儀式的な導入から広大なロックの解放へ進むようであり、後半の「Wonderful (The Way I Feel)」や「Movin Away」では、より内省的で穏やかな感情へ向かう。アルバム全体が、一つの円を描いているように構成されている。
『Circuital』は、My Morning Jacketのディスコグラフィーの中で、突出した実験作というより、バンドの本質を再確認した作品として位置づけられる。『Z』のような革新性や、『It Still Moves』のような初期の雄大さとは異なるが、ここには長く活動してきたバンドが、自分たちの強みをもう一度見つめ直す姿がある。広がりのあるギター、Jim Jamesの霊的な声、共同体的な高揚、サイケデリックな余韻、そして南部的な温かさ。それらが、より成熟した形で響いている。
本作は、2010年代初頭のアメリカン・インディーロックにおいても重要な意味を持つ。ロック・バンドがアルバム単位で大きな精神的風景を作ることが以前ほど当然ではなくなりつつあった時期に、My Morning Jacketはあくまでバンド演奏とアルバムの流れを重視した作品を発表した。『Circuital』は、過去のロックの伝統を単に懐古するのではなく、現代のバンドとして、どのように広がりと共同体的な高揚を保つかを示したアルバムである。
全曲レビュー
1. Victory Dance
アルバム冒頭の「Victory Dance」は、『Circuital』の儀式的な幕開けとして非常に重要な楽曲である。タイトルは「勝利の踊り」を意味するが、曲調は単純な祝祭や勝利宣言ではない。むしろ、暗く、低く、地面の奥から立ち上がるようなリズムによって、何か大きな出来事の前触れを感じさせる。勝利はまだ完全には訪れておらず、むしろその勝利に向かうための儀式が始まっているような印象を与える。
音楽的には、重いドラム、うねるベース、不穏なキーボード、徐々に広がるギターが中心である。My Morning Jacketの楽曲としては、すぐに開放的なサビへ向かうのではなく、じわじわと緊張を高めていく構成になっている。Jim Jamesの声も、ここでは高く舞い上がるというより、暗い空間の中で呪文のように響く。曲全体に、古代的な儀式と現代的なロックが重なるような雰囲気がある。
歌詞では、勝利、踊り、運命、世界の変化を思わせるイメージが断片的に示される。Jim Jamesの言葉は具体的な物語を語るよりも、聴き手に大きな感覚を与えるタイプのものだが、この曲では特に、個人の勝利というより、人間が困難な時代の中で何かを越えようとする集団的な感覚が強い。勝利の踊りは、自分一人のためではなく、何か大きな循環の中で行われる動作のように響く。
「Victory Dance」は、アルバムのテーマである円環や回帰の入口として機能している。踊りは反復する身体の動きであり、円を描く儀式でもある。つまりこの曲は、タイトル曲「Circuital」へ向かう前に、身体的な円環を提示しているともいえる。重く不穏でありながら、どこか神聖な空気を持つこの曲は、本作が単なるロック・アルバムではなく、精神的な旅として構成されていることを最初に告げている。
2. Circuital
表題曲「Circuital」は、本作の中心にある楽曲であり、アルバム全体の主題を最も明確に示している。タイトルは「円環的な」「回路的な」という意味を持ち、人生が直線ではなく、巡り、戻り、また別の形で始まるものだという感覚を表している。My Morning Jacketのキャリアを考えても、この曲は、実験と拡散を経たバンドが、自分たちの中心へ戻ることを象徴する曲として聴くことができる。
音楽的には、ゆったりとした導入から始まり、やがて広大なロック・サウンドへ展開する。ギターは伸びやかに鳴り、リズムは大きく前へ進み、Jim Jamesの声は空間の中で高く響く。初期の『It Still Moves』にあった雄大さと、『Z』以降の洗練が自然に結びついた楽曲であり、My Morning Jacketの長所が非常にバランスよく表れている。
歌詞では、人生の道のりが円を描くように語られる。人は前へ進んでいるつもりでも、気づけば出発点に戻っていることがある。しかし、その戻りは失敗ではない。経験を重ねた後に戻ることで、同じ場所も違って見える。これは本作全体の大きな思想である。回帰とは後退ではなく、理解を深めたうえでの再接続である。
この曲は、バンド自身の自己認識とも重なる。『Evil Urges』でジャンルの外へ大きく広がった後、My Morning Jacketは『Circuital』で原点へ戻る。しかし、彼らは初期の自分たちをそのまま再現しているわけではない。『Z』で得た音響感覚、『Evil Urges』で試したリズムやジャンルの柔軟性を経たうえで、再び大きなロック・バンドとして鳴っている。この曲には、その成熟した回帰がある。
「Circuital」は、My Morning Jacketのキャリアの中でも重要な曲である。広がり、温かさ、反復、祈り、ロックの高揚が一つになり、アルバムの精神的中心を形成している。タイトル曲として、本作の意味を見事に凝縮している。
3. The Day Is Coming
「The Day Is Coming」は、未来への予感、変化の到来、希望と不安が交差する楽曲である。タイトルは「その日は来る」という意味で、何かが近づいている感覚を持つ。その「日」が救済の日なのか、変化の日なのか、終末の日なのかは明確ではない。しかし、曲全体には、いまはまだ到達していない何かへ向かう期待がある。
音楽的には、軽やかなテンポと明るいメロディを持ち、アルバム序盤の重厚な流れを少し開く役割を果たしている。ギターとキーボードは柔らかく、リズムは前向きで、Jim Jamesの声にも比較的明るい響きがある。ただし、My Morning Jacketらしく、その明るさにはどこか夢のような距離感もある。
歌詞では、未来が必ず来るという感覚が繰り返される。これは単純な楽観ではない。むしろ、現在が不完全であるからこそ、未来の到来が必要とされている。変化はまだ起こっていないが、その可能性はすでに空気の中にある。Jim Jamesの歌詞には、しばしばスピリチュアルな希望があるが、この曲ではそれが比較的ポップな形で表れている。
この曲は、アルバム全体の円環的なテーマと関係している。日が来るという表現は、太陽の運行、時間の循環、朝の到来を連想させる。夜が終わり、日が昇る。だが、その日は一度きりの奇跡ではなく、毎日繰り返されるものでもある。ここにも、直線的な進歩ではなく、循環する時間の感覚がある。
「The Day Is Coming」は、重厚な表題曲の後に置かれることで、アルバムに希望の光を差し込む楽曲である。My Morning Jacketの精神性が、比較的親しみやすいメロディと結びついた曲といえる。
4. Wonderful (The Way I Feel)
「Wonderful (The Way I Feel)」は、『Circuital』の中でも特に穏やかで、Jim Jamesのソングライティングの素朴な美しさが表れた楽曲である。タイトルは「素晴らしい、この感じ方が」という意味で、幸福や安らぎを非常に直接的に表現している。しかし、その直接性は軽さではなく、長い迷いや不安を越えた後にたどり着く静かな肯定として響く。
音楽的には、アコースティック・ギターを中心としたフォーク・バラードであり、過度な装飾はない。Jim Jamesの声は柔らかく、ほとんど祈りのように響く。My Morning Jacketの大きなロック・サウンドを期待すると非常に控えめな曲だが、この控えめさが本作の重要な感情的中心を作っている。
歌詞では、自分の感じ方が素晴らしいという、非常にシンプルな肯定が歌われる。ここで重要なのは、外部の成功や勝利ではなく、内面の状態が肯定されていることだ。世界が完璧だから素晴らしいのではない。自分がいま、このように感じられることが素晴らしい。これは、精神的な解放や自己受容に近い感覚である。
この曲は、My Morning Jacketがしばしば表現するスピリチュアルな感覚を、最も素朴な形で示している。大きな宗教的言葉を使わず、ただ「この感じ方が素晴らしい」と歌うことで、聴き手に静かな安堵を与える。抽象的だが、非常に人間的である。
「Wonderful (The Way I Feel)」は、アルバムの中で一息つく場所であり、同時に本作の核心でもある。『Circuital』が回帰と再接続のアルバムであるなら、この曲は、その回帰の先に見つけた穏やかな感情を表している。
5. Outta My System
「Outta My System」は、若さ、過去の衝動、失敗、経験の消化をテーマにした楽曲である。タイトルは「自分の中から追い出す」「やり尽くして抜け出す」といった意味を持ち、若い頃の無謀さや間違いを、人生の一部として振り返る内容になっている。My Morning Jacketの中では比較的ポップで軽快な楽曲であり、アルバム中盤に親しみやすいアクセントを加えている。
音楽的には、明るいメロディと軽やかなリズムが特徴で、インディーポップ的な聴きやすさがある。サウンドは過度に重くなく、Jim Jamesの声もどこかユーモラスに響く。深刻な自己反省というより、若い頃の馬鹿げた行動を少し距離を置いて眺めるような空気がある。
歌詞では、若い頃にしておくべきこと、あるいはしてしまったことを、自分の中から出し切る感覚が描かれる。無謀な行動、間違った選択、子どもじみた衝動は、成熟した後から見れば愚かに見える。しかし、それらを経験したからこそ、今の自分があるともいえる。この曲は、過去の自分を完全に否定するのではなく、通過点として受け入れている。
このテーマは、『Circuital』の円環的な主題と深く結びつく。人は過去を捨てるのではなく、巡りながら、その意味を変えていく。若い頃の衝動は、成熟した現在から見ると別の意味を持つ。過去を自分の中から出し切ることは、過去を忘れることではなく、過去に支配されない形へ変えることでもある。
「Outta My System」は、アルバムの中では軽やかな曲だが、成熟と回想という重要なテーマを担っている。My Morning Jacketの明るいポップ感覚が、人生の通過儀礼を柔らかく描いている楽曲である。
6. Holdin On to Black Metal
「Holdin On to Black Metal」は、『Circuital』の中でも最も奇妙で、ユーモラスで、音楽的に異色な楽曲である。タイトルに「ブラックメタル」とあるが、実際のサウンドは典型的なブラックメタルではない。むしろ、ホーン、コーラス、ファンク的なリズム、サイケデリックな祝祭感が混ざった、ジャンル名を裏切るような楽曲である。このズレが、曲の大きな面白さになっている。
音楽的には、重いギターリフというより、ブラスやコーラスを含む奇妙なファンク/ロックとして展開する。曲にはどこか儀式的で、少し悪魔的な祝祭感がある。My Morning Jacketはここで、ジャンルのイメージを真面目に再現するのではなく、ブラックメタルという言葉が持つ暗黒性や反抗性を、独自のサイケデリックな演劇へ変換している。
歌詞では、若さや反抗、暗い音楽への執着が、半ばユーモラスに扱われる。ブラックメタルはしばしば極端な音楽、反宗教性、暗黒美学、過激な若者文化と結びつく。しかしこの曲では、その「黒さ」にしがみつくことが、どこか滑稽で愛すべきものとして描かれているように響く。若い頃に自分を形作った暗い趣味や反抗心を、大人になっても手放せない感覚がある。
この曲は、『Circuital』の中で過去への回帰を別の角度から描いている。「Outta My System」が若さの衝動を消化する曲だとすれば、「Holdin On to Black Metal」は、若い頃の暗い美学にしがみつくことを、奇妙な祝祭として描く曲である。人は成熟しても、自分を作った音楽や暗い憧れを完全には手放せない。
「Holdin On to Black Metal」は、アルバムの中で賛否が分かれやすい曲かもしれない。しかし、My Morning Jacketのユーモア、雑食性、ジャンルを真面目に遊ぶ感覚が強く表れている。『Circuital』の中盤に異物感を与え、アルバムを単なる穏やかな回帰作にしない重要な楽曲である。
7. First Light
「First Light」は、タイトル通り「最初の光」を意味し、朝、再生、覚醒、希望を連想させる楽曲である。『Circuital』には時間の循環や精神的な再接続のテーマが流れているが、この曲はその中で、暗闇の後に差し込む光を描いている。アルバム後半に向けて、再び前向きなエネルギーを生む楽曲である。
音楽的には、リズムに推進力があり、ギターとキーボードが明るく鳴る。My Morning Jacketらしいサイケデリックな広がりを持ちながら、曲調は比較的ストレートで、ライブでも高揚感を生みやすいタイプの曲である。重さよりも、前へ進む明るさが強い。
歌詞では、光が差し込む瞬間、目覚める感覚、世界が再び見え始める感覚が示される。Jim Jamesの歌詞は具体的な描写よりも、精神的な状態を象徴的に表すことが多い。この曲でも、最初の光は物理的な朝日であると同時に、内面の覚醒や救済の比喩として機能している。
この曲は、アルバム前半の「The Day Is Coming」とも響き合う。「その日は来る」という予感が、「最初の光」として実際に差し込むような流れがある。『Circuital』は円環的なアルバムであり、夜と朝、暗さと光、迷いと再生が繰り返される。「First Light」は、その再生の瞬間を比較的明確に表現した曲である。
「First Light」は、アルバム後半に明るい推進力を与える重要曲である。My Morning Jacketの精神的な高揚を、シンプルで力強いロック・サウンドとして提示している。
8. You Wanna Freak Out
「You Wanna Freak Out」は、タイトルからして不安、混乱、感情の爆発を連想させる楽曲である。「freak out」は、取り乱す、パニックになる、あるいはサイケデリックな意味で意識が拡張することも含む言葉である。My Morning Jacketはこの曲で、内面の混乱と、それを解き放ちたい欲求を描いている。
音楽的には、ミドルテンポで、メロディにはやや憂いがある。大きく爆発する曲ではなく、内側に溜まった感情が揺れ続けるような構成になっている。ギターやキーボードは曲に柔らかい浮遊感を与え、Jim Jamesの声は、相手に語りかけるように響く。
歌詞では、誰かが感情を抑えきれず、取り乱したい、解放されたいという状態が示唆される。しかし曲は、その衝動を単純に肯定するのではなく、少し距離を置いて見つめている。人は時に、理性や社会的な役割から外れ、感情を爆発させたくなる。だが、その爆発は解放であると同時に、関係や自分自身を傷つける危険もある。
この曲は、『Circuital』における精神的なバランスの問題を扱っている。アルバムには「Wonderful」のような穏やかな自己肯定もあれば、「Holdin On to Black Metal」のような暗い衝動への執着もある。「You Wanna Freak Out」は、その中間にある。落ち着こうとする自分と、取り乱したい自分が同居している。
「You Wanna Freak Out」は、派手な曲ではないが、本作の内面的な揺れをよく示す楽曲である。円環的な回帰とは、単に安定へ向かうことではなく、混乱や衝動も含めて自分の中に戻ってくることなのだと感じさせる。
9. Slow Slow Tune
「Slow Slow Tune」は、タイトル通り非常にゆったりとした楽曲であり、『Circuital』の終盤に深い落ち着きを与える。タイトルの「遅い、遅い曲」という表現は、音楽そのものへの自己言及でもあり、急ぐことをやめ、時間を引き延ばし、感情をゆっくり味わう姿勢を示している。
音楽的には、スロウなリズム、柔らかなギターとキーボード、Jim Jamesの穏やかな歌唱が中心である。曲には古いソウルやバラードのような温かさもあり、My Morning Jacketのロマンティックな側面が表れている。音数は多くないが、余白が豊かで、聴き手を静かな空間へ導く。
歌詞では、相手のためにゆっくりした曲を歌うような親密な感覚がある。速い世界の中で、あえて遅い曲を奏でることは、愛情の表現でもある。急がないこと、待つこと、静かに相手のそばにいること。そうした成熟した優しさが、この曲には含まれている。
この曲は、My Morning Jacketの大きなサイケデリック・ロックとは別の魅力を示している。バンドは大音量で高揚するだけでなく、ゆっくりとしたテンポの中で、感情を丁寧に響かせることもできる。「Slow Slow Tune」は、アルバム終盤における親密な休息のような存在である。
『Circuital』の中でこの曲が重要なのは、円環的な時間の感覚を、音楽の速度そのものとして表現している点である。速く進むのではなく、ゆっくり回る。人生の中には、急がないことでしか見えないものがある。この曲は、その感覚を静かに伝えている。
10. Movin Away
アルバムを締めくくる「Movin Away」は、別れ、移動、距離、人生の転換を描いた楽曲である。タイトルは「離れていく」「引っ越していく」という意味を持ち、物理的な移動だけでなく、関係や人生の段階が変わっていく感覚を示している。『Circuital』の終曲として、非常に穏やかでありながら深い余韻を残す。
音楽的には、ピアノを中心とした静かなバラードであり、アルバムの最後に大きなロックの爆発ではなく、内省的な別れを置いている。Jim Jamesの声は柔らかく、どこか受け入れるような響きを持つ。演奏は控えめで、曲の感情を丁寧に支えている。
歌詞では、誰かが去っていくこと、あるいは自分が離れていくことが歌われる。重要なのは、その別れが単純な悲劇としてではなく、人生の流れの一部として受け止められている点である。人は同じ場所に留まり続けることはできない。関係も、生活も、心の状態も変化していく。その移動を完全に止めることはできない。
この曲は、アルバムの円環的な主題と一見矛盾しているようにも見える。円環は戻ることを示すが、「Movin Away」は離れることを示す。しかし、実際にはこの二つは対立しない。離れていくこともまた、いつか別の形で戻るための一部である。人生は離れ、巡り、また思いがけない場所へ戻る。この曲は、その循環の静かな一場面として響く。
「Movin Away」は、『Circuital』を静かに閉じる楽曲である。大きな結論を押しつけるのではなく、移動の途中でアルバムを終える。回帰のアルバムでありながら、最後に離れていく感覚を残すことで、本作は開かれた余韻を持つ。My Morning Jacketらしい、優しくも少し寂しい締めくくりである。
総評
『Circuital』は、My Morning Jacketが自分たちの音楽的中心へ戻りながら、過去の経験を成熟した形で統合したアルバムである。『It Still Moves』の広大なアメリカーナ・ロック、『Z』の音響的な洗練、『Evil Urges』のジャンル横断的な冒険を経て、本作ではそれらがより自然なバンド・サウンドとして結びついている。極端な革新作ではないが、バンドの本質を理解するうえで非常に重要な作品である。
本作のテーマは、タイトルが示す通り、円環である。人生は一直線に進むだけではない。出発点へ戻り、過去を振り返り、若い頃の衝動を消化し、暗い憧れを手放せず、再び光を見つけ、最後にはどこかへ離れていく。『Circuital』には、そのような人生の巡りが描かれている。表題曲「Circuital」はその思想を大きく示し、「Outta My System」や「Holdin On to Black Metal」では過去の衝動との関係が歌われ、「Wonderful」や「First Light」では再生と肯定が示される。
音楽的には、My Morning Jacketのバンドとしての呼吸が非常によく表れている。『Z』のような緻密なスタジオ実験よりも、演奏の自然さ、空間の広がり、バンドが一体となって鳴る感覚が重視されている。これは、初期作品への回帰ともいえるが、単なる懐古ではない。音の整理や曲の構成には、『Z』以降の経験が反映されている。つまり本作は、初期の直感と中期の洗練が出会ったアルバムである。
Jim Jamesの声は、本作でも中心的な役割を果たしている。彼の声には、ロック・シンガーとしての力強さだけでなく、祈り、夢、祝祭、孤独を含む不思議な霊性がある。「Victory Dance」では儀式的に響き、「Circuital」では広大な空へ開かれ、「Wonderful」では静かな自己受容を歌い、「Movin Away」では別れを柔らかく受け止める。声の表情の幅が、アルバム全体の精神的な流れを作っている。
『Circuital』は、My Morning Jacketの中でも、特に「バンドとしてのまとまり」を感じさせる作品である。Carl Broemelのギター、Bo Kosterのキーボード、リズム隊の安定したグルーヴが、Jim Jamesのヴィジョンを支えながら、全体として有機的な音を作っている。派手なソロやジャンル実験だけが前に出るのではなく、各楽器が一つの円の中で響いているような印象がある。この点もタイトルとよく合っている。
一方で、本作は『Z』のような衝撃的な転換点ではない。『Evil Urges』のような大胆な異色作でもない。そのため、キャリアの中で最も刺激的な作品として語られることは少ないかもしれない。しかし、『Circuital』には、成熟したバンドだけが作れる自然な深みがある。過去の自分たちを否定せず、しかし単純に戻るのでもなく、経験を一周させた後で鳴らす音。その穏やかな強さが本作の魅力である。
日本のリスナーにとって『Circuital』は、My Morning Jacketの全体像を理解するうえで聴きやすい作品である。『It Still Moves』ほど長大で土臭くなく、『Z』ほど音響的な変化を強く押し出さず、『Evil Urges』ほどジャンルの飛躍も激しくない。バンドのサイケデリックな広がり、フォークロック的な温かさ、ライブ的な高揚、精神的な歌詞が、バランスよくまとまっている。My Morning Jacketというバンドの成熟した姿を知るには適した一枚である。
本作の終盤にある「Slow Slow Tune」と「Movin Away」は、アルバム全体の余韻を決定づけている。円環や回帰を歌う作品でありながら、最後にはゆっくりした歌と、離れていく歌で終わる。この構成は非常に示唆的である。戻ることと離れることは、人生の中で何度も繰り返される。人は中心へ戻ろうとしながら、同時に変化し続ける。『Circuital』は、その矛盾を無理に解決しない。むしろ、矛盾したまま円を描くことを受け入れている。
総じて『Circuital』は、My Morning Jacketの回帰と成熟を示す重要作である。儀式的な「Victory Dance」、大きな円を描く「Circuital」、静かな肯定の「Wonderful」、若さを振り返る「Outta My System」、奇妙な祝祭の「Holdin On to Black Metal」、再生の「First Light」、別れの「Movin Away」。これらの曲は、バンドが自分たちの過去、現在、未来を一つの円として捉え直していることを示している。これは、派手な革命のアルバムではなく、長く続くバンドが自分たちの中心を再発見した、深く温かいロック・アルバムである。
おすすめアルバム
1. My Morning Jacket – It Still Moves(2003)
My Morning Jacketの初期を代表する大作であり、広大なリヴァーブ、アメリカーナ、サザンロック、長尺のギター展開が最も雄大な形で表れた作品である。『Circuital』の表題曲にある大きなスケール感や、バンドの自然な演奏の原点を理解するうえで重要である。
2. My Morning Jacket – Z(2005)
バンドの評価を決定的に高めた代表作であり、サイケデリック、ダブ、インディーロック、音響的な実験を取り入れた重要作である。『Circuital』の成熟したサウンドの背景には、『Z』で獲得したスタジオ的な洗練がある。両作を聴き比べることで、バンドの進化がよく分かる。
3. My Morning Jacket – Evil Urges(2008)
『Circuital』の前作であり、ファンク、ソウル、R&B、ハードロック、プログレ的な要素を大胆に取り入れた異色作である。『Circuital』が再統合のアルバムだとすれば、『Evil Urges』は拡散のアルバムである。バンドがどれほど広い音楽性を試していたかを知るうえで欠かせない。
4. My Morning Jacket – The Waterfall(2015)
『Circuital』の後に発表された作品であり、自然、癒やし、精神的な再生、関係の変化をテーマにしたアルバムである。『Circuital』の内省的でスピリチュアルな側面が、より柔らかく開かれた形で展開されている。My Morning Jacketの成熟期を理解するうえで重要な一枚である。
5. Wilco – Sky Blue Sky(2007)
実験的な時期を経たバンドが、より自然で演奏中心のサウンドへ向かった作品として、『Circuital』と比較しやすいアルバムである。Wilcoにおける回帰と成熟が刻まれた作品であり、アメリカーナ由来のバンドがどのように大人のロックへ到達するかを考えるうえで関連性が高い。



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