
発売日:2014年3月24日
ジャンル:インディー・ロック、ガレージ・ロック、ポストパンク・リバイバル、サーフ・ロック、オルタナティヴ・ロック、ローファイ・ロック
概要
Howlerが2014年に発表したセカンド・アルバム『World of Joy』は、2010年代前半のインディー・ロック・シーンにおいて、ガレージ・ロックの粗さ、ポストパンク・リバイバルの鋭さ、サーフ・ロックの軽さ、そして若者特有の皮肉と焦燥を凝縮した作品である。Howlerは、ミネソタ州ミネアポリス出身のバンドで、Jordan Gatesmithを中心に結成された。2012年のデビュー作『America Give Up』では、The Strokes以降のインディー・ロック、The Jesus and Mary Chain的なざらつき、The VaccinesやWavvesにも通じる軽い不良性を武器に、勢いのある新人バンドとして注目を集めた。
『World of Joy』は、そのデビュー作の延長線上にありながら、より暗く、より硬く、より苛立った作品である。アルバム・タイトルは「喜びの世界」を意味するが、実際にここで鳴っているのは、素直な幸福感というより、幸福を信じられない若者たちが、皮肉として掲げる「Joy」である。明るいタイトルと、乾いたギター、投げやりなヴォーカル、短く切り詰められた曲構成の間には、明確なズレがある。そのズレこそが、Howlerというバンドの魅力である。
Howlerの音楽的な核にあるのは、2000年代以降のガレージ・ロック・リバイバルである。The Strokes、The Libertines、Arctic Monkeys初期、The Hives、The Vines、The Vaccinesといったバンドが作り上げた「ラフで、短く、ギター中心で、少し斜に構えたロック」の流れに、Howlerは明確に連なっている。ただし、彼らの音楽にはアメリカ中西部の乾いた空気もある。ニューヨークの都会的なクールさや、ロンドンのパブ文化的な猥雑さとは異なり、Howlerには郊外的な退屈、寒い町の閉塞感、若さを持て余すような感覚が強く漂う。
『World of Joy』におけるサウンドは、非常にシンプルである。鋭く歪んだギター、直線的なドラム、簡潔なベースライン、やや鼻にかかった投げやりなヴォーカル。曲は多くの場合短く、余計な展開は少ない。ギター・ソロや大きなアレンジで飾るよりも、リフとメロディの瞬発力で押し切る構成になっている。この簡潔さは、パンクやガレージ・ロックの伝統を受け継ぐものだが、同時に2010年代のインディー・ロックにおける「過剰な情緒への拒否」ともつながっている。
デビュー作『America Give Up』は、タイトルからしてアメリカへの皮肉、若者の無力感、諦念を含んでいた。『World of Joy』では、その皮肉がさらに内側へ向かっている。恋愛、都市、友人関係、若さ、バンド活動、退屈。これらが、明るい希望ではなく、どこか空虚で、うまく笑えないものとして描かれる。Howlerの歌詞は、深刻な文学性を前面に出すタイプではないが、短いフレーズの中に、気まずさ、苛立ち、自己嫌悪、冷笑が滲む。そこに、ポストパンク的な乾きがある。
本作のタイトル『World of Joy』は、ポップ・ミュージックがしばしば提示する「楽しさ」「若さ」「自由」への皮肉としても読める。ロック・バンドは若者に解放感を与える存在として語られがちだが、Howlerの音楽における解放は、決して完全なものではない。ギターは疾走するが、その先に明るい未来があるわけではない。曲は楽しいが、どこか空回りしている。笑っているが、目は笑っていない。この感覚は、2010年代以降のインディー・ロックに特有の倦怠とも重なる。
Jordan Gatesmithのヴォーカルは、本作の温度を決定づけている。彼は大きな感情を歌い上げるタイプのシンガーではなく、少し距離を取り、吐き捨てるように歌う。その声には、初期The StrokesのJulian Casablancas的な気怠さ、The Libertines的な崩れたロマンティシズム、さらにガレージ・パンク的な雑さが感じられる。ただし、Howlerの場合、それは完全にファッションとしての不良性ではなく、地方都市の閉じた空気の中で自分の居場所を探す若者の苛立ちとして響く。
本作は、2010年代のロック・シーンにおいて大きな商業的成功を収めた作品ではない。しかし、ガレージ・ロック・リバイバル以後の世代が、どのようにギター・ロックの形式を受け取り、どのようにそれを短く、冷たく、皮肉なものとして鳴らしたのかを知るうえで興味深いアルバムである。The Strokes以後のギター・ロックの「子ども世代」にあたる作品であり、同時に、そのスタイルがすでに古典化しつつあった時期の焦りも含んでいる。
日本のリスナーにとって『World of Joy』は、The Strokes、The Libertines、The Vaccines、Wavves、Cloud Nothings初期などを好む層に響きやすい作品である。大きな思想性や壮大な構成を求めるアルバムではない。むしろ、短く、乾いていて、少し雑で、若さの空虚さをギターで鳴らす作品として聴くべきである。『World of Joy』は、喜びの世界というタイトルとは裏腹に、喜びを信じきれない時代のインディー・ロックである。
全曲レビュー
1. Al’s Corral
オープニング曲「Al’s Corral」は、アルバムの始まりとして、Howlerの荒々しく乾いた音像をすぐに提示する楽曲である。タイトルはどこかローカルな場所、バー、溜まり場、あるいは安っぽい娯楽施設のような響きを持つ。Howlerの音楽には、しばしば大都市の洗練ではなく、地方的な場所の気配がある。この曲も、世界へ向けた大きな宣言というより、狭い場所で鳴り始めるバンドの衝動として響く。
音楽的には、短く鋭いギター・リフと、前のめりなリズムが中心である。曲は余計な導入を避け、すぐに本題へ入る。ガレージ・ロックらしい粗さがあり、プロダクションも過度に磨かれていない。ヴォーカルはやや投げやりで、曲全体に若いバンド特有の不遜さがある。
歌詞では、明確な物語よりも、場所の空気や気分が重視されている。Howlerは多くの場合、長い物語を語るより、短いフレーズと音の勢いで感情を伝える。この曲では、退屈な場所から何かが始まるような感覚がある。そこには期待よりも、苛立ちと皮肉が混ざっている。
「Al’s Corral」は、『World of Joy』がきれいに整えられたロック・アルバムではなく、粗さと瞬発力を重視する作品であることを示す。アルバムの入口として、十分に効果的な一曲である。
2. Drip
「Drip」は、タイトルからして、液体が垂れるような不快さ、ゆっくりした消耗、あるいは気分の悪さを連想させる楽曲である。Howlerの音楽には、表面的には軽快でありながら、どこか湿った不満や粘ついた感情がある。この曲は、その感覚をコンパクトに表している。
音楽的には、ギターの切れ味とリズムの直線性が中心である。曲は短く、余計な装飾を避けて進む。ポストパンク・リバイバル的な鋭いギターの使い方と、ガレージ・ロックの雑な勢いが混ざっている。ドラムはタイトだが、完全にクリーンではなく、曲に荒さを残している。
歌詞では、疲労、退屈、感情の漏れ出しのようなものが感じられる。Dripという言葉は、大きな爆発ではなく、少しずつ何かが失われていく状態を示す。若さの焦燥は、必ずしも大きな叫びとして表れるわけではない。むしろ、日常の中で少しずつ気分が垂れ落ちていくような形を取ることもある。
「Drip」は、Howlerの短い曲作りの強みが出た楽曲である。大きな展開はないが、音の質感とタイトルのイメージがよく結びついている。アルバム序盤の勢いを保ちながら、不快な余韻を残す曲である。
3. Don’t Wanna
「Don’t Wanna」は、Howlerの若者的な拒否感を非常に分かりやすく示す楽曲である。タイトルは「したくない」という意味で、明確な理由を説明する前に、まず拒絶がある。これはパンク以来の重要な感情である。社会に対して、恋愛に対して、将来に対して、あるいは自分自身に対して、うまく言語化できないまま「嫌だ」と言う。その単純さが曲の核になっている。
音楽的には、軽快でありながら荒いギター・ロックである。リフは簡潔で、リズムは前へ進み、サビは比較的キャッチーである。The Strokes以降のインディー・ロックらしい乾いたメロディ感があり、同時にガレージ・ロックのざらつきも残っている。
歌詞では、何かを拒む姿勢が繰り返される。具体的な対象は複数に読めるが、重要なのは説明ではなく態度である。やりたくない、合わせたくない、期待に応えたくない。こうした否定の言葉は、時に幼く聞こえるが、若いロックにおいては非常に重要なエネルギーになる。
「Don’t Wanna」は、Howlerが複雑な思想よりも、短い否定のフレーズとギターの勢いによって感情を伝えるバンドであることを示している。単純だが、その単純さが有効に機能している曲である。
4. Yacht Boys
「Yacht Boys」は、タイトルからして皮肉が強く感じられる楽曲である。ヨットは富裕層、余暇、上流的な遊びを連想させる。そこに「Boys」が付くことで、特権的な若者たち、あるいはそうしたイメージへの冷笑が浮かび上がる。Howlerの音楽は、しばしば軽いサーフ・ロック的な明るさを持つが、その明るさは本当に豊かで幸福なものではなく、どこか安っぽく、皮肉なものとして響く。
音楽的には、サーフ・ロック的なギターの軽さと、ガレージ・ロックの粗さが混ざっている。曲には夏のような開放感がわずかにあるが、それは明るいリゾート感ではなく、安いビーチ、退屈な若者、乾いた日差しのような感覚に近い。ギターは軽快だが、ヴォーカルには冷めた表情がある。
歌詞では、金銭、余暇、若者文化、見せかけの楽しさへの皮肉が感じられる。Yacht Boysという言葉は、実際の富裕層だけでなく、楽しそうに振る舞うことを求められる若者の空虚さも示している。外側には明るい遊びがあるが、内側には退屈や虚無がある。
「Yacht Boys」は、『World of Joy』というタイトルの皮肉を補強する曲である。喜びの世界、余暇の世界、若さの世界。その表面をHowlerはギターで軽くなぞりながら、実際にはその空虚さを露出させている。
5. In the Red
「In the Red」は、アルバムの中でも特に緊張感のある楽曲である。タイトルは「赤字である」「危険水準にある」という意味を持つ。経済的な赤字、精神的な限界、メーターが振り切れた状態など、複数の意味が重なっている。Howlerの音楽における若さは、自由で豊かなものではなく、しばしば余裕のなさとして表れる。この曲は、その切迫感をよく示している。
音楽的には、ギターの鋭さとリズムの焦燥が印象的である。曲は速く、短く、無駄がない。ポストパンク的な緊張感があり、ガレージ・ロックの勢いと結びついている。ヴォーカルはやや苛立っており、曲全体に「限界に近い」感覚がある。
歌詞では、金銭的、精神的、関係的に追い詰められている状態が感じられる。In the Redという言葉は、単にお金がないという意味だけでなく、自分の人生が警告灯を点滅させている状態としても読める。若いバンドが抱える生活の不安、将来への不確かさ、都市や音楽シーンの中での消耗が反映されているように響く。
「In the Red」は、『World of Joy』の中で、タイトルの明るさとは対照的な現実的な焦りを表す曲である。短いながらも、アルバムの感情的な核心に近い一曲である。
6. World of Joy
タイトル曲「World of Joy」は、アルバムの中心的なコンセプトを担う楽曲である。言葉だけを見れば、喜び、幸福、明るい世界を掲げた曲のように思える。しかしHowlerがこのタイトルを使うとき、その響きは明らかに皮肉を含む。ここでの「喜びの世界」は、実際に幸福に満ちた世界ではなく、幸福そうに見せかけることを求められる世界、あるいは空虚な楽しさが流通する世界である。
音楽的には、ギター・ロックとして比較的明快で、アルバムの中でも印象に残りやすい曲である。リズムは軽快で、メロディにもキャッチーさがある。しかし、ヴォーカルの冷めた質感やギターのざらつきによって、曲は完全なポップ・ソングにはならない。明るい外形の中に、どこかうまく喜べない感じが残る。
歌詞では、Joyという言葉が持つ肯定性が疑われる。世界は喜びに満ちていると言われても、それを実感できない。楽しむべき場所にいても、気分は醒めている。若者文化において、楽しさはしばしば義務になる。パーティー、恋愛、バンド、SNS的な自己演出。そこに本当の喜びがあるのかという問いが、この曲には潜んでいる。
「World of Joy」は、アルバム・タイトル曲として非常に重要である。Howlerはここで、喜びを信じるのではなく、喜びという言葉の空虚さを鳴らしている。軽いギター・ロックの形を取りながら、内側には冷笑と疲労がある。
7. Louise
「Louise」は、人名をタイトルにした楽曲であり、アルバムの中では比較的ロマンティックな印象を持つ曲である。ただし、Howlerのロマンティシズムは素直ではない。ここでのLouiseは理想化された恋人というより、距離、記憶、未練、あるいは曖昧な関係の象徴として響く。
音楽的には、メロディが比較的前に出ており、バンドのガレージ的な粗さの中にもポップな感覚がある。ギターはやや哀愁を帯び、ヴォーカルも他の曲より少し感情を含んでいる。ただし、過剰に甘くなることはなく、あくまで乾いた質感が保たれている。
歌詞では、Louiseという人物への呼びかけ、関係のずれ、記憶の断片のようなものが感じられる。Howlerの歌詞は詳細な物語を語らないため、Louiseが実在の人物なのか、象徴なのかは曖昧である。その曖昧さが、曲に余白を与えている。若い恋愛は、明確な結論よりも、短い記憶や呼び名として残ることが多い。
「Louise」は、『World of Joy』の中で、バンドの少し柔らかい側面を示す曲である。皮肉と焦燥ばかりではなく、どこか遠くにある感情の残像もここにはある。
8. Here’s the Itch That Creeps Through My Skull
「Here’s the Itch That Creeps Through My Skull」は、アルバムの中でも特に不穏で、タイトルからして神経症的な楽曲である。「頭蓋骨を這うかゆみ」とでも訳せるこの言葉は、身体的な不快感、精神のざわつき、消えない不安を非常に生々しく表している。Howlerの明るいガレージ・ロックの背後にある神経質な感覚が、ここで前面に出る。
音楽的には、鋭いギターと硬いリズムが、タイトルの不快感を支えている。曲は軽快というより、少し落ち着かない。リフやヴォーカルの質感には、頭の中で何かが引っかかっているような違和感がある。ポストパンク的な乾きとガレージの粗さが、不安の表現として機能している。
歌詞では、精神的な不快感、頭の中から消えない思考、身体化された不安が示される。若さの苛立ちは、時に明確な怒りではなく、頭の中のかゆみのように現れる。何かが気に障るが、原因がはっきりしない。世界全体が少しずつ不快である。この感覚は、2010年代のインディー・ロックにおける倦怠や不安とも結びつく。
「Here’s the Itch That Creeps Through My Skull」は、アルバムの中でもタイトルと音のイメージが非常によく合った曲である。Howlerが単なる軽快なガレージ・バンドではなく、神経質な不快感も音にできることを示している。
9. Indictment
「Indictment」は、「起訴」「告発」を意味するタイトルを持つ楽曲である。Howlerの音楽における皮肉や苛立ちが、ここではより直接的な告発の感覚として表れている。誰を告発しているのかは明確に限定されないが、社会、音楽シーン、恋愛関係、自分自身など、複数の対象が想定できる。
音楽的には、タイトで攻撃的なギター・ロックである。曲は短く、余計な展開を避け、鋭く進む。リズムには焦りがあり、ヴォーカルには苛立ちがある。ポストパンク・リバイバル的な線の細さと、ガレージ・ロックの乱暴さが合わさっている。
歌詞では、何かを責める姿勢が感じられる。ただし、Howlerの場合、その告発は大きな政治的声明というより、もっと個人的で、シーン内部的で、若者的なものとして響く。誰かが悪い。何かが間違っている。しかし、その怒りは完全には整理されていない。そこがリアルでもある。
「Indictment」は、『World of Joy』の中で攻撃的な側面を担う曲である。喜びの世界を掲げながら、その内側にある不満や告発を短いギター・ロックとして吐き出している。
10. Aphorismic Wasteland Blues
「Aphorismic Wasteland Blues」は、タイトルからして非常に言葉遊び的で、Howlerの皮肉な知性が表れている楽曲である。Aphorismicは「警句的な」「格言めいた」という意味を持ち、Wasteland Bluesは「荒地のブルース」と読める。つまり、気の利いた言葉や短いフレーズが飛び交うが、そこに広がっているのは荒れた空虚な場所である、というようなイメージがある。
音楽的には、ガレージ・ロックの粗さと、ブルース的な雰囲気の断片が混ざっている。ただし、伝統的なブルースへの深い回帰というより、ブルースという言葉を現代のインディー的な荒地感へ接続するような曲である。ギターは乾いており、ヴォーカルにはやはり投げやりな質感がある。
歌詞では、言葉の断片、荒れた風景、虚無的なユーモアが感じられる。Aphorism、つまり短い格言は、世界を理解したように見せる。しかし、その言葉が置かれている場所が荒地なら、どんな賢い言葉も空しく響く。Howlerは、気の利いた皮肉やロック的な言い回しに頼りながらも、その限界を自覚しているように聴こえる。
「Aphorismic Wasteland Blues」は、本作の中でもタイトルの文学的な皮肉が強い曲である。若いバンドらしい勢いの中に、言葉そのものへの冷笑が含まれている点が興味深い。
11. Pythagorean Fearem
「Pythagorean Fearem」は、アルバム終盤に置かれた、奇妙なタイトルを持つ楽曲である。Pythagoreanは古代ギリシャのピタゴラスに由来し、数学、秩序、比率、音階などを連想させる。一方でFearemという言葉は通常の英語ではなく、「fear」を含んだ造語のようにも見える。合理的な秩序と不安が組み合わさったタイトルであり、Howlerらしい不条理なユーモアを感じさせる。
音楽的には、ギター・ロックとしての勢いを保ちながら、どこか奇妙なひっかかりがある。曲は明快なポップ・ソングというより、少しずれた感覚を持っている。リズムやリフには単純な推進力があるが、タイトルの奇妙さが曲全体に不安定な印象を加える。
歌詞では、恐怖、秩序、計算できない感情のようなテーマが感じられる。ピタゴラス的な世界観では、世界は数や比率によって整理される。しかし、人間の不安や若さの混乱は、そう簡単に測定できない。タイトルは、その秩序化できない感情を皮肉っているようにも読める。
「Pythagorean Fearem」は、アルバム終盤でHowlerのひねくれた言語感覚を示す曲である。彼らは単に直線的なガレージ・バンドではなく、奇妙なタイトルや言葉のズレによって、楽曲に冷笑的な余韻を与えている。
12. To Make a Monkey
ラスト曲「To Make a Monkey」は、アルバムを締めくくるにふさわしい、皮肉と荒さを持った楽曲である。タイトルは「猿を作る」と読めるが、ここでの猿は、人間の愚かさ、模倣、原始性、あるいはからかわれる存在を示しているように響く。Howlerの歌詞世界では、人間はしばしば立派な存在ではなく、滑稽で、衝動的で、同じことを繰り返す存在として描かれる。
音楽的には、アルバムの最後まで大きく美しくまとめるのではなく、荒さを残したまま終わる。ギターはざらつき、リズムは直線的で、ヴォーカルは投げやりである。『World of Joy』は壮大な結末を目指す作品ではない。むしろ、短いギター・ロックの断片を積み重ね、最後もその粗さのまま終わるところに意味がある。
歌詞では、猿のように扱われること、人間の滑稽さ、社会の中での模倣や退化が示唆される。人は自由に見えて、同じ欲望や行動を繰り返す。喜びの世界にいるはずなのに、実際には訓練された猿のように振る舞っている。このような皮肉が、アルバムの最後にふさわしい。
「To Make a Monkey」は、作品全体をきれいに解決しない。むしろ、Howlerらしい冷笑とガレージ的な荒さを残して終わる。『World of Joy』という皮肉なタイトルのアルバムは、この曲によって、喜びの世界ではなく、滑稽な人間の世界として閉じられる。
総評
『World of Joy』は、Howlerのセカンド・アルバムであり、2010年代前半のガレージ・ロック/インディー・ロックの空気をよく捉えた作品である。デビュー作『America Give Up』が持っていた若さの勢いと皮肉を引き継ぎながら、本作ではより硬く、乾いたサウンドへ向かっている。アルバム全体は短く、曲もコンパクトで、余計な装飾は少ない。その簡潔さは、パンクやガレージ・ロックの伝統に根ざしている。
本作の魅力は、明るさと空虚さのズレにある。『World of Joy』というタイトルは、素直な幸福を示すものではない。むしろ、楽しさや若さや自由が商品化され、演じられる世界への皮肉として響く。曲はしばしば軽快で、ギターも勢いよく鳴る。しかし、その奥には苛立ち、疲労、退屈、不安がある。Howlerは、喜びを歌うのではなく、喜びを信じられない状態をギター・ロックとして鳴らしている。
音楽的には、The Strokes以降のインディー・ロックの影響がはっきりとある。短い曲、乾いたギター、投げやりなヴォーカル、都会的なクールさへの憧れと距離感。そこに、サーフ・ロック的な軽さや、ガレージ・パンクの粗さが加わる。The LibertinesやThe Vaccines、Wavves、初期Cloud Nothingsといったバンドに通じる感覚もある。Howlerはその系譜の中で、アメリカ中西部的な寒さと退屈を持ち込んでいる点が特徴である。
Jordan Gatesmithのヴォーカルは、技術的な歌唱力で聴かせるものではない。しかし、Howlerの音楽にはこの声が不可欠である。感情を大きく歌い上げず、少し冷めた調子で吐き出すことで、歌詞の皮肉や若さの倦怠が強く伝わる。彼の声は、感情を隠しているようで、実際には隠しきれない苛立ちを滲ませている。その曖昧さが本作の重要な魅力である。
一方で、『World of Joy』は、強い完成度を持つ名盤というより、特定の時代と気分を切り取ったアルバムである。曲によっては似た質感が続き、メロディや構成の面で大きな変化は少ない。The StrokesやThe Libertinesの名盤と比べると、歴史的なインパクトや楽曲単位の強度では劣る部分もある。しかし、その小ささ、荒さ、短さこそが本作の性格でもある。Howlerは大きなロック神話を作ろうとしているのではなく、神話がすでにくたびれた後の若者たちのギター・ロックを鳴らしている。
歌詞面では、明確な物語よりも、フレーズの感触が重要である。「Don’t Wanna」「In the Red」「Here’s the Itch That Creeps Through My Skull」「Indictment」などのタイトルだけでも、拒否、限界、不快感、告発といった感情が見える。これは、2010年代の若いインディー・ロックが抱えていた、未来への大きな希望のなさと関係している。Howlerはそれを重厚な社会批評として語るのではなく、短い曲と皮肉な言葉で表現する。
『World of Joy』は、ガレージ・ロック・リバイバル以後のギター・ロックが抱えた問題も映している。2000年代初頭には、The StrokesやThe Libertinesによってギター・ロックが再び新しく聴こえた。しかし2010年代に入ると、そのスタイル自体がすでに一つの型になっていた。Howlerはその型を受け継ぎながら、同時にその型の中でどう苛立ちを表現するかを試みている。つまり本作には、ギター・ロックの可能性と限界が同時に刻まれている。
日本のリスナーにとって本作は、気軽に聴けるインディー・ロックでありながら、聴き込むとタイトルや歌詞に皮肉が多く含まれていることが分かる作品である。明るいメロディや疾走感を楽しむこともできるが、その背後にある冷めた視線を意識すると、アルバムの味わいは深くなる。特に、The Strokes以降のギター・ロックに親しんできたリスナーにとっては、その影響と世代的な距離感の両方を感じられる作品である。
『World of Joy』は、喜びのアルバムではなく、喜びという言葉を疑うアルバムである。ガレージ・ロックの勢い、サーフ的な軽さ、ポストパンク的な乾き、若者の皮肉が短い曲の中に詰め込まれている。大きな名盤ではないかもしれないが、2010年代前半のインディー・ロックが持っていた焦燥、軽さ、空虚さをよく記録した作品である。
おすすめアルバム
1. Howler – America Give Up(2012年)
Howlerのデビュー・アルバム。『World of Joy』よりも勢いがあり、The Strokes以降のガレージ・ロック・リバイバルの影響がより分かりやすく表れている。バンドの初期衝動や、皮肉っぽい若者感覚を理解するうえで重要な作品である。
2. The Strokes – Is This It(2001年)
2000年代ガレージ・ロック・リバイバルの決定的作品。乾いたギター、投げやりなヴォーカル、短く鋭い曲構成は、Howlerを含む多くの後続バンドに大きな影響を与えた。『World of Joy』の音楽的前提を理解するために欠かせない。
3. The Libertines – Up the Bracket(2002年)
英国ガレージ・ロック・リバイバルを代表する作品。荒々しい演奏、文学的な皮肉、若者の崩れたロマンティシズムが特徴である。Howlerの投げやりな態度や、ロックンロールへの屈折した愛情と比較して聴ける。
4. The Vaccines – What Did You Expect from The Vaccines?(2011年)
短くキャッチーなギター・ロックを現代的にまとめた作品。Howlerと同じく、ポストStrokes世代のギター・ロックとして聴くことができる。明快なメロディとシンプルな構成が特徴で、『World of Joy』との関連性が高い。
5. Wavves – King of the Beach(2010年)
サーフ・ロック、ガレージ、ローファイ、パンク的な若者感覚を融合した作品。Howlerの持つ軽さ、皮肉、退屈、ビーチ的な明るさと空虚さの同居に近い感覚がある。2010年代インディー・ロックの気分を理解するうえで有効な一枚である。

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