アルバムレビュー:Wish by The Cure

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発売日: 1992年4月21日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ドリームポップ、ゴシックロック


願いが叶う瞬間、同時に壊れていく——The Cure最大の“光と影”の祝祭

Wishは、The Cureにとって商業的な絶頂期を象徴するアルバムである。
1992年という時代にふさわしく、オルタナティヴ・ロックという潮流の中で彼らが再びシーンの最前線に立った作品であり、
全米チャートでは自身初のTop 10入り、全英チャートでは1位を記録するなど、名実ともに“バンドの頂点”を示す1枚となった。

しかし、そこにあるのは決して単純な成功の物語ではない。
このアルバムには、幸福の中に潜む不安、達成と喪失の同時性、愛の歓びと裏返しの痛みが巧みに織り込まれている。
華やかさと翳り、攻撃性と繊細さ、アートとポップが衝突し、そして奇跡のようなバランスで共存している。

ロバート・スミスのソングライティングは、この時点で“心情の物理法則”そのもののように作用している。
どこまでも私的で、どこまでも普遍的な感情の風景が、このアルバムには広がっている。


全曲レビュー:

1. Open

開幕からアルバムの二面性を提示する攻撃的なロックナンバー。
飲酒と高揚感の果てに感じる空虚をテーマにし、ギターのうねりが心の揺れを映す。

2. High

シングルとしても成功した、軽やかでドリーミーなラブソング。
浮遊感のあるギターフレーズと、スミスのファルセットが幸福感を演出するが、どこか“はかない夢”のようにも感じられる。

3. Apart

静謐なサウンドに乗せて、愛の終焉を描いた切ないバラード。
感情を爆発させるのではなく、静かに壊れていく関係を描く手つきが、かえって胸を打つ。

4. From the Edge of the Deep Green Sea

9分を超える大曲にして、本作の中心的存在。
恋愛の激情と崩壊、その混乱がギターの洪水の中で渦巻く。
感情をぶつけ合いながらも、何も残らない。だからこそ美しい。

5. Wendy Time

ファンキーなビートと皮肉な歌詞が際立つ、異色のナンバー。
「今さら戻ってきても遅い」と語る主人公の冷笑的な視線が、ほろ苦さを残す。

6. Doing the Unstuck

「暗い気持ちを振りほどけ!」というメッセージが詰まった、数少ないポジティブな楽曲。
The Cureにしては珍しく前向きなリリックと軽快なアレンジが、“希望”という言葉を信じたくなる瞬間をくれる。

7. Friday I’m in Love

本作最大のヒット曲であり、バンドの代表曲の一つ。
明るくカラフルなポップソングでありながら、その完璧さが逆に“一時的な幸福の儚さ”を浮き彫りにする。
金曜日に恋をし、土曜には舞い上がり、日曜には沈む——まさに人生そのもの。

8. Trust

ピアノとストリングスを基調にした荘厳なバラード。
タイトルの“信頼”とは裏腹に、不信と距離がテーマとなっている。
言葉少なにして豊かな感情の波が押し寄せる。

9. A Letter to Elise

古典的なラブレターをモチーフにした、メロディアスで叙情的なナンバー。
別れを予感しながらも、それを言葉にすることの難しさが丁寧に描かれる。
“君を愛している、でも——”という沈黙の余白が、美しくも残酷。

10. Cut

ギターのノイズが支配する攻撃的な一曲。
不安、怒り、破壊衝動が音に変換されており、本作の“ポップと暴力の両義性”を象徴している。

11. To Wish Impossible Things

夢のように儚い音像で、失われた理想や時を悼む。
タイトルが示すように、“叶わぬ願い”にしがみつく感情が、深い残響として残る。

12. End

「やめろ、やめてくれ」と繰り返す絶望のラスト。
ここでスミスは、ポップな仮面をすべて引き剥がし、真の疲弊と嫌悪を吐露する。
祝祭の終わりに訪れる、あまりにも赤裸々な終幕。


総評:

Wishは、The Cure感情の極点をひとつの作品の中にすべて収めようとした、稀有なアルバムである。

その中には、希望も絶望も、優しさも怒りも、すべてが平等に存在する。
まるでカラフルな風船が、浮かびながらもいつか必ず破裂することを知っているように——本作には“幸福の陰にある喪失”が常に忍び寄っている。

それでもスミスは、音楽に“願い”を託す。
たとえ叶わなくとも、願わずにはいられない。
だからこのアルバムは、美しくて、痛くて、そして真実なのだ。


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