
発売日:1971年8月14日
ジャンル:ハード・ロック/アート・ロック/プログレッシヴ・ロック/シンセ・ロック/クラシック・ロック
概要
The Whoの5作目のスタジオ・アルバム『Who’s Next』は、1970年代ロックの中でも特に重要な作品であり、ハード・ロックの肉体性、シンセサイザーによる反復、Pete Townshendの作家的構想、Roger Daltreyの力強いヴォーカル、John EntwistleとKeith Moonによる強烈なリズム隊が高い水準で結びついた名盤である。1969年のロック・オペラ『Tommy』によって、The Whoは単なるシングル・ヒットを持つモッズ・バンドから、アルバム全体で大きな物語を構築するロック・アーティストへと評価を広げた。その後に発表された『Who’s Next』は、当初Pete Townshendが構想していた大規模なマルチメディア・プロジェクト『Lifehouse』の断片から生まれた作品である。
『Lifehouse』は、音楽、観客参加、テクノロジー、精神的解放、未来社会への批評を含んだ非常に野心的な構想だった。近未来の管理社会を舞台に、人々が人工的な娯楽と情報によって孤立し、音楽を通じて共同体的な覚醒へ向かうというようなテーマを持っていたとされる。しかし、その構想はあまりに複雑で、当時の制作環境やバンド内部の状況では完全な形で実現しなかった。その結果、『Lifehouse』のために書かれた楽曲の一部が、より通常のロック・アルバムとして再構成され、『Who’s Next』として発表された。
この背景は非常に重要である。『Who’s Next』は、単体ではコンセプト・アルバムとして明確な物語を語っているわけではない。しかし、各曲には『Lifehouse』由来のテーマ、すなわち個人の孤独、社会からの疎外、音楽による解放、幻滅、革命への不信、精神的な結びつきが残っている。「Baba O’Riley」では、シンセサイザーの反復と青春の荒野が結びつき、「Behind Blue Eyes」では、暴力的な外面の内側にある孤独が歌われる。「Won’t Get Fooled Again」では、革命が別の支配へ変わることへの冷めた視線が、巨大なロック・アンセムとして表現される。つまり本作は、崩れたコンセプトの残骸でありながら、その断片が逆に強力なロック・アルバムとして結晶した作品である。
音楽的に最も革新的なのは、シンセサイザーとロック・バンドの融合である。1971年当時、シンセサイザーはまだロックにおいて一般的な楽器ではなかった。プログレッシヴ・ロックや実験的な電子音楽では使われ始めていたが、The Whoのようなハードなライヴ・バンドが、シンセの反復パターンを楽曲の中心に置くことは非常に先進的だった。「Baba O’Riley」と「Won’t Get Fooled Again」におけるシンセサイザーは、単なる装飾ではない。曲のリズム、構造、精神的な空間を作る中核である。これは後のシンセ・ロック、ニュー・ウェイヴ、エレクトロニック・ロックにもつながる重要な試みだった。
一方で、『Who’s Next』は非常に肉体的なロック・アルバムでもある。The Whoの演奏は、テクノロジーを導入しても決して冷たくならない。Pete Townshendのギターは鋭く、コードを叩きつけるように鳴る。Roger Daltreyのヴォーカルは、ここでキャリア屈指の力強さを見せる。特に「Baba O’Riley」や「Won’t Get Fooled Again」での歌唱は、スタジオ録音でありながらライヴのような強度を持つ。John Entwistleのベースは、低音を支えるだけでなく、独立した旋律楽器として動き回る。Keith Moonのドラムは、規則正しいビートを刻むというより、常に爆発しながら曲を推進する。結果として、本作はシンセサイザーの反復と、バンドの暴力的な有機性が共存する稀有なアルバムになっている。
『Who’s Next』はまた、The Whoの作風の中でも特に楽曲単位の完成度が高い作品である。『Tommy』は全体構造の面で重要だが、個々の曲は物語の一部として機能する側面も強かった。それに対して『Who’s Next』の各曲は、コンセプトの断片でありながら、単独のロック・ソングとして非常に強い。「Bargain」「The Song Is Over」「Getting in Tune」「Behind Blue Eyes」「Won’t Get Fooled Again」は、それぞれ異なる感情と構造を持ち、アルバム全体に多面的な深みを与えている。
歌詞の面では、Pete Townshendの精神的探求が強く表れている。彼は当時、インドの精神指導者Meher Babaへの関心を深めており、その影響は「Baba O’Riley」や「Bargain」にも感じられる。ただし、本作の歌詞は単なる宗教的賛歌ではない。むしろ、精神的な救済を求めながらも、現実の政治や社会、自己の弱さに対する不信を抱えている。理想と幻滅、信仰と怒り、解放への願望と失敗への予感が同時に存在している。
『Who’s Next』は、後の音楽シーンに大きな影響を与えた。シンセサイザーをロックの中心構造に組み込む方法、ハード・ロックとアート・ロックの融合、巨大なスタジアム・ロック的スケール、同時に個人的な孤独を歌う方法は、多くの後続アーティストに影響している。U2、Pearl Jam、The Jam、The Clash、Rush、さらにはニュー・ウェイヴ以降のバンドにも、本作の影響は聴き取れる。特に「Won’t Get Fooled Again」の政治的幻滅とアンセム性の結合は、ロックが社会的メッセージを持ちながらも単純な理想主義に陥らないための重要なモデルとなった。
日本のリスナーにとって『Who’s Next』は、The Whoの入門作として非常に適している。『Live at Leeds』が彼らのライヴ・バンドとしての凄まじさを伝える作品だとすれば、『Who’s Next』はスタジオ・アルバムとしての完成度、作曲力、音響的革新、演奏の強度を最もバランスよく示している。『Tommy』のような大きな物語を理解しなくても、楽曲単位で十分に楽しめる一方、背景にある『Lifehouse』構想を知ると、さらに深く聴くことができる。1970年代ロックを語る上で避けて通れない作品である。
全曲レビュー
1. Baba O’Riley
アルバム冒頭を飾る「Baba O’Riley」は、The Whoの代表曲であり、1970年代ロックの中でも屈指のオープニング・トラックである。曲名は、Pete Townshendが影響を受けた精神指導者Meher Babaと、ミニマル音楽の作曲家Terry Rileyへの参照を組み合わせたものだとされる。つまりタイトルの時点で、本曲は精神性と反復音楽、ロックと実験音楽の交差点に立っている。
冒頭のシンセサイザーの反復パターンは、当時としては極めて革新的だった。このパターンは、単なるイントロの装飾ではなく、曲全体の生命線である。シンセの細かな反復が機械的な規則性を作り、その上にピアノ、ギター、ベース、ドラム、ヴォーカルが重なることで、人間的な熱が加わる。ここには、『Lifehouse』構想にあったテクノロジーと人間性の関係が音として表れている。
歌詞では、「teenage wasteland」という有名なフレーズが登場する。これはしばしば若者文化への悲観や、戦後社会の空虚さを象徴する言葉として解釈される。若者たちは荒野の中にいる。しかし、その荒野は単なる絶望ではなく、新しい共同体や解放への可能性も含んでいる。曲の終盤でフィドル風の演奏が加わることで、ロック・アンセムはフォーク的な祝祭感へ変化する。
Roger Daltreyのヴォーカルは、ここで非常に力強い。彼は単に歌詞を歌うのではなく、曲の巨大なスケールを身体で受け止めている。Townshendのギターは要所で鋭く入り、Keith Moonのドラムはシンセの規則性を破るように爆発する。John Entwistleのベースも、曲の重量を支えながら独自の動きを見せる。
「Baba O’Riley」は、シンセサイザーとロック・バンドが対立するのではなく、互いを増幅し合う理想的な例である。『Who’s Next』の革新性とスケールを最初の曲で完璧に示している。
2. Bargain
「Bargain」は、精神的な献身とロックの力強さが結びついた楽曲である。タイトルは「取引」や「掘り出し物」を意味するが、歌詞では自分のすべてを差し出してでも、愛や救済、精神的な真実を得たいという強い願望が歌われる。これは恋愛の歌としても読めるが、Pete TownshendのMeher Babaへの信仰や精神的探求を背景に考えると、より宗教的な献身の歌としても響く。
サウンドは、アコースティック・ギターの軽やかな響きと、ハードなバンド演奏が交互に現れる構造を持つ。静かな部分と激しい部分の対比が非常に効果的で、The Whoのダイナミクスの巧みさがよく表れている。穏やかに始まるが、バンドが入ると一気に音圧が増し、感情が解放される。
Roger Daltreyの歌唱は、力強く、切実である。彼の声は、Townshendの精神的な歌詞を抽象的な思想に留めず、肉体的な願望として響かせる。The Whoの面白さはここにある。精神的な内容を扱っていても、音楽は常に身体的で、汗をかいたロックとして鳴る。
歌詞の「最高のものを得るために、すべてを失ってもいい」という姿勢は、単なるロマンティックな自己犠牲ではない。自己を超える何かへの到達を求める、Townshendらしいテーマである。だが、その願いは完全に清らかなものではなく、欲望や焦りも含んでいる。その矛盾が曲に深みを与えている。
「Bargain」は、『Who’s Next』の中で、精神性とハード・ロックが最も自然に融合した楽曲のひとつである。
3. Love Ain’t for Keeping
「Love Ain’t for Keeping」は、アルバムの中で比較的短く、フォーク/カントリー・ロック的な軽さを持つ楽曲である。タイトルは「愛は取っておくものではない」という意味で、愛を所有したり保存したりするのではなく、今この瞬間に生きるものとして捉えている。
サウンドはアコースティック・ギターを中心にした温かい質感を持ち、The Whoの激しい側面とは異なる柔らかさが表れている。『Who’s Next』は巨大なロック・アンセムの印象が強いが、このような小品によってアルバム全体に呼吸が生まれている。Pete Townshendのソングライターとしての繊細な側面がよく分かる曲である。
歌詞では、自然や身体感覚、愛の一瞬性が感じられる。愛は将来のために蓄えておくものではなく、今、相手と共有するものだという感覚がある。これは『Lifehouse』の大きな社会的テーマからは少し離れ、より日常的で親密な歌として響く。
Roger Daltreyの歌唱も、ここでは過剰に力を入れず、楽曲の軽さに合わせている。バンド全体の演奏もコンパクトで、The Whoが大音量の破壊的なバンドであるだけでなく、こうした素朴なロック・ソングにも優れていたことを示している。
「Love Ain’t for Keeping」は、アルバムの中では派手な代表曲ではないが、作品の流れにおいて重要な役割を持つ。緊張の強い曲が多い中で、愛と現在性を軽やかに提示する小さな名曲である。
4. My Wife
「My Wife」は、John Entwistleが作詞作曲し、リード・ヴォーカルも担当した楽曲である。アルバムの中でも異色の存在であり、Entwistleらしいブラック・ユーモアと、重くうねるロック・サウンドが特徴である。Pete Townshendの精神的・社会的なテーマが中心となる本作において、この曲は別の視点を提供している。
歌詞の内容は、妻に浮気を疑われた男が、彼女の復讐を恐れて逃げ回るというコミカルで妄想的なものだ。語り手は防弾チョッキや戦車、飛行機まで必要だと考えるほど怯えている。この過剰な被害妄想が、Entwistle特有の乾いたユーモアを生んでいる。
音楽的には、ベースが非常に力強い。EntwistleはThe Whoの中で「静かな男」と見られることもあったが、演奏面では極めて主張の強いミュージシャンだった。この曲でもベースは曲の中心にあり、重く動き回る。ホーン風のアレンジも加わり、The Whoの他の曲とは異なる色合いを持つ。
Keith Moonのドラムは、この曲でも非常に派手で、語り手の混乱や逃走感を煽る。DaltreyではなくEntwistleが歌うことで、曲は少し冷めた語り口を持ち、歌詞のユーモアがより際立つ。
「My Wife」は、アルバムの中で緊張を少し別方向へずらす曲である。社会的・精神的な大テーマの中に、家庭内の恐怖をコミカルに描く曲が入ることで、The Whoというバンドの多面性が表れている。
5. The Song Is Over
「The Song Is Over」は、『Who’s Next』の中でも特に感傷的で、壮大なバラードである。タイトルは「歌は終わった」という意味を持ち、何かが終わった後の余韻、喪失、そして次の段階へ向かう感覚が込められている。『Lifehouse』構想の断片としても、本曲は物語の一つの終幕を思わせる重要な位置にある。
曲は静かなピアノとヴォーカルから始まり、次第にバンド全体が加わって大きく広がる。Pete Townshendの繊細な歌唱と、Roger Daltreyの力強い歌唱が対比されることで、曲には内省と解放の両方が生まれる。Townshendの声は個人的な告白のように響き、Daltreyの声はその感情を外へ広げる。
歌詞では、歌が終わること、旅が一区切りを迎えること、しかし音楽や記憶は残り続けることが暗示される。これは、単なる終わりではなく、ある経験の完了と変化を示している。The Whoにとって音楽は、娯楽であると同時に、精神的な通過儀礼のような意味を持っている。この曲はその考え方を非常に美しく表している。
サウンドは、壮大でありながら過剰に装飾的ではない。ピアノ、ギター、リズム隊が感情を少しずつ高め、最後には大きなロック・バラードとして結実する。Keith Moonのドラムも派手だが、曲の情感を壊さず、むしろドラマを強めている。
「The Song Is Over」は、アルバム前半の締めくくりとして非常に重要である。『Who’s Next』の中で、The Whoが激しいロックだけでなく、深い情感を持つバンドであることを示す名曲である。
6. Getting in Tune
「Getting in Tune」は、音楽を作ること、心を合わせること、世界や他者と調和しようとすることをテーマにした楽曲である。タイトルは「調律する」「調子を合わせる」という意味を持つ。これは楽器のチューニングであると同時に、人間同士、あるいは自己と世界の調和を探す行為でもある。
曲はピアノを中心に静かに始まり、次第にバンドが加わって力強く展開する。『Who’s Next』の中でも、Townshendのソングライティングの美しさが際立つ曲である。メロディは非常に親しみやすく、歌詞のテーマもアルバム全体の音楽による解放という思想と深く結びついている。
歌詞では、語り手が曲を書き、音を合わせ、誰かへ向けて歌う姿が描かれる。音楽を通じて自分を整え、相手とつながろうとする感覚がある。これは『Lifehouse』構想の核心に近い。音楽は単なる表現ではなく、人々を調律する力を持つものとして考えられている。
Roger Daltreyのヴォーカルは、ここでも非常に感情的でありながら、押しつけがましくない。彼の声はTownshendの内省的な歌詞に肉体性を与え、曲を抽象的なメタ・ソングに終わらせない。バンドの演奏も徐々に熱を帯び、曲のテーマである「調和」が音として実現されていく。
「Getting in Tune」は、『Who’s Next』の精神的な中心のひとつである。音楽によって心を合わせるというテーマを、優れたロック・ソングとして自然に表現している。
7. Going Mobile
「Going Mobile」は、アルバムの中で軽快で遊び心のある楽曲である。Pete Townshendがリード・ヴォーカルを担当し、移動する生活、自由、定住しない感覚が歌われる。タイトルは「移動する」「モバイルになる」という意味で、現代的にも響く言葉だが、ここでは車や移動生活への憧れとして表れる。
サウンドは明るく、テンポも軽い。The Whoの重厚なアンセム群の中で、この曲は風通しの良いアクセントになっている。アコースティックな響きとロック的なグルーヴが混ざり、自由に道路を走るような感覚を作る。
歌詞では、家や社会的な義務から離れ、移動しながら生きることへの喜びが描かれる。これは単なるロード・ソングであると同時に、『Lifehouse』的な管理社会からの逃避としても読める。固定された場所に縛られず、テクノロジーや移動手段を使って自分の空間を作る。その発想は、1971年当時としても新鮮だった。
Townshendの歌唱はDaltreyほど強くはないが、曲の軽さと非常によく合っている。彼自身のユーモアや好奇心が表れており、アルバムに親しみやすい表情を加えている。シンセやギターの処理も遊び心があり、曲全体に実験的なポップ感覚がある。
「Going Mobile」は、本作の中で最もリラックスした曲のひとつだが、自由と移動というテーマを通じてアルバム全体ともつながっている。重い思想を軽やかなロックに変えるTownshendの才能が表れた楽曲である。
8. Behind Blue Eyes
「Behind Blue Eyes」は、The Whoの代表的なバラードであり、Pete Townshendのソングライティングの中でも特に優れた作品である。静かなアコースティック・パートと、激しいロック・パートの対比によって、内面の孤独と外側の怒りが劇的に表現されている。
歌詞では、青い目の裏側にある孤独、誤解、怒り、悪意、悲しみが歌われる。語り手は、自分が悪人のように見られること、自分の内面を誰にも理解されないことを訴える。この曲は、単なる失恋や自己憐憫ではなく、人間が持つ二面性を描いている。外から見える姿と、内側にある痛みは必ずしも一致しない。
静かな前半では、Daltreyのヴォーカルが抑制され、非常に親密に響く。アコースティック・ギターとハーモニーが、語り手の孤独を繊細に描く。しかし中盤以降、バンドが一気に激しくなり、内側に押し込められていた怒りが爆発する。この構成が非常に効果的である。
この曲は、『Lifehouse』構想における悪役的な人物の視点から書かれたとされることもある。その背景を踏まえると、歌詞の「理解されない者」の感覚はより複雑になる。悪と見なされる人物にも内面があり、孤独がある。Townshendは単純な善悪ではなく、人格の分裂や社会からの疎外を描いている。
「Behind Blue Eyes」は、The Whoが大音量のロックだけでなく、静けさと爆発を組み合わせた心理的なドラマを作ることに長けていたことを示す名曲である。
9. Won’t Get Fooled Again
アルバムを締めくくる「Won’t Get Fooled Again」は、The Whoの最高傑作のひとつであり、ロック史に残る巨大なアンセムである。約8分半に及ぶこの曲は、シンセサイザーの反復、ハードなギター、爆発的なドラム、Roger Daltreyの絶叫、そして政治的な幻滅を含んだ歌詞によって、『Who’s Next』を圧倒的に締めくくる。
冒頭のシンセサイザー・パターンは、「Baba O’Riley」と同様に曲の中核を担っている。機械的な反復が続く中で、バンドが加わると、人間的な怒りとエネルギーが爆発する。シンセの規則性とThe Whoの混沌とした演奏がぶつかることで、曲には独特の緊張感が生まれる。
歌詞は、革命や政治的変化への不信を描いている。古い支配者を倒しても、新しい支配者が同じような顔をして現れる。変化を求める人々は、結局また欺かれるかもしれない。この冷めた視線は、1960年代の理想主義が終わりを迎え、1970年代の幻滅が始まる時代感覚と深く結びついている。
しかし、この曲は単なる諦めの歌ではない。演奏は圧倒的に力強く、怒りとエネルギーに満ちている。政治的には冷めていても、音楽そのものは巨大な解放感を持つ。この矛盾が「Won’t Get Fooled Again」の核心である。理想を信じきれないが、音楽の力は信じている。そのように聴くこともできる。
終盤のシンセ・ブレイクからKeith Moonのドラムが爆発し、Roger Daltreyが放つ絶叫は、ロック史上最も有名な瞬間のひとつである。この叫びは、政治への怒り、個人の解放、バンドのエネルギー、すべてを一瞬に凝縮している。
「Won’t Get Fooled Again」は、『Who’s Next』の終曲として完璧である。アルバム全体にあったテクノロジー、精神性、社会批評、ロックの肉体性が、ここで最大化される。The Whoのスタジオ録音における到達点のひとつである。
総評
『Who’s Next』は、The Whoのスタジオ・アルバムの中でも最も完成度が高い作品のひとつであり、1970年代ロックの方向性を決定づけた重要作である。本作は、未完に終わった『Lifehouse』構想の断片から生まれたアルバムでありながら、その断片性が逆に楽曲単位の強度を高めている。明確な物語に縛られず、それぞれの曲が独立したロック・ソングとして機能しながら、全体としては孤独、解放、幻滅、音楽による共同体という大きなテーマを共有している。
本作の最大の革新は、シンセサイザーとロック・バンドの融合である。「Baba O’Riley」と「Won’t Get Fooled Again」におけるシンセサイザーは、単なる未来的な装飾ではない。反復する電子音が曲の土台を作り、その上でThe Whoの生身の演奏が爆発する。この組み合わせによって、機械的な規則性と人間的な混沌が同時に存在する音楽が生まれている。これは、後のシンセ・ロックやニュー・ウェイヴにもつながる重要な試みである。
一方で、『Who’s Next』は極めて強靭なハード・ロック・アルバムでもある。The Whoの4人は、それぞれが過剰なほど個性的でありながら、奇跡的なバランスでひとつの音楽を作っている。Daltreyのヴォーカルは、Townshendの複雑な思想を肉体的な叫びに変える。Townshendのギターは、コード、リフ、ノイズ、リズムを一体化させる。Entwistleのベースは、低音楽器の枠を超えて動き回る。Moonのドラムは、曲を支えるというより、常に曲を爆発させる。スタジオ作品でありながら、ライヴ・バンドとしてのThe Whoの凄みがそのまま刻まれている。
歌詞の面では、Pete Townshendの精神的探求と社会的幻滅が共存している。「Bargain」や「Getting in Tune」には、音楽や愛を通じて自己を超えたいという願いがある。一方で、「Behind Blue Eyes」には内面の孤独と誤解があり、「Won’t Get Fooled Again」には政治的変革への深い不信がある。つまり本作は、理想を求めながら、理想が裏切られることも知っているアルバムである。その二重性が、1970年代初頭の空気と非常によく合っている。
『Tommy』との関係も重要である。『Tommy』はロック・オペラとして、The Whoをアルバム・アーティストへ押し上げた。しかし『Who’s Next』では、よりコンパクトで力強い曲が並び、コンセプトよりも楽曲そのものの強度が前面に出ている。これはThe Whoが、物語構築だけでなく、単体のロック・ソングでも圧倒的な完成度を持っていたことを示している。『Tommy』が構想の勝利だとすれば、『Who’s Next』は楽曲と演奏の勝利である。
アルバムの流れも見事である。「Baba O’Riley」で未来的な反復と青春の荒野を提示し、「Bargain」で精神的献身を歌い、「Love Ain’t for Keeping」と「My Wife」で軽さとユーモアを加える。「The Song Is Over」「Getting in Tune」では音楽そのものへの内省が深まり、「Behind Blue Eyes」で個人の孤独が極まる。そして最後に「Won’t Get Fooled Again」で、社会的幻滅とロックの巨大なエネルギーが爆発する。この構成によって、アルバムは単なる名曲集以上の流れを持っている。
後のロックへの影響は非常に大きい。『Who’s Next』は、スタジアム・ロックのスケールを先取りしながら、単なる巨大化したロックに留まらない知性と緊張を持っていた。U2のアンセム性、Pearl Jamの身体的なロック、The JamのThe Who継承、Rushのシンセとロックの融合、ニュー・ウェイヴ以降の反復的な電子音とバンド演奏の結合にも、本作の遺伝子を感じることができる。
日本のリスナーにとって『Who’s Next』は、The Whoを知るための最重要作のひとつである。『Live at Leeds』が彼らのライヴの破壊力を示すなら、『Who’s Next』はスタジオでの到達点を示す。代表曲が多く、アルバム全体の完成度も高く、初めてThe Whoを聴く人にも入りやすい。一方で、『Lifehouse』の背景や歌詞のテーマを知ると、単なるクラシック・ロック名盤以上の深さが見えてくる。
総じて『Who’s Next』は、The Whoがテクノロジー、精神性、社会批評、肉体的なロック演奏を一枚のアルバムに凝縮した傑作である。未来的でありながら荒々しく、知的でありながら身体的で、理想を求めながら幻滅を抱えている。1971年という時代の転換点に、The Whoはロックがどこまで大きく、深く、鋭くなれるかを示した。『Who’s Next』は、クラシック・ロックの枠を超え、現在でも強い説得力を持つ作品である。
おすすめアルバム
1. The Who『Tommy』
1969年発表。ロック・オペラの代表作であり、The Whoをアルバム・アーティストとして大きく押し上げた重要作である。『Who’s Next』の背景にあるPete Townshendの物語構築力や、音楽を通じた精神的解放というテーマを理解するうえで欠かせない作品である。
2. The Who『Live at Leeds』
1970年発表。The Whoのライヴ・バンドとしての凄まじさを記録した歴史的ライヴ・アルバムである。『Who’s Next』がスタジオでの完成形なら、『Live at Leeds』はステージ上での破壊力を示す作品であり、両作を聴くことでThe Whoの全体像がより明確になる。
3. The Who『Quadrophenia』
1973年発表。『Tommy』に続く大規模なロック・オペラであり、モッズ文化、若者のアイデンティティ、人格の分裂を描いた作品である。『Who’s Next』の楽曲単位の強度とは異なり、コンセプト・アルバムとしてのPete Townshendの野心を再び大きく展開している。
4. Led Zeppelin『Led Zeppelin IV』
1971年発表。『Who’s Next』と同じ時代の英国ロックを代表する名盤であり、ハード・ロック、フォーク、ブルース、神秘的なイメージが融合している。The Whoの都市的で神経質な音とは異なるが、1970年代初頭のロックが巨大化していく流れを理解する上で重要である。
5. The Kinks『Lola Versus Powerman and the Moneygoround, Part One』
1970年発表。The Whoと同じ英国ロックの文脈にありながら、より皮肉で日常的な視点から音楽業界や社会を描いた作品である。Pete Townshendの大きな構想とは異なる形で、英国ロックが自己批評的な歌詞と優れたソングライティングを結びつけた例として聴く価値が高い。

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