発売日: 2001年10月22日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポップ・ロック、ケルト・ロック
『Wake Up and Smell the Coffee』は、The Cranberriesが2001年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、
過去作で見せた怒りや悲しみ、社会批評といった強い感情を経た先に現れる“受容と慈愛”を主題とした、穏やかで人間味に満ちた作品である。
アルバム・タイトルの「Wake Up and Smell the Coffee(目を覚まして現実を見ろ)」は、しばしば警句的に使われるが、
ここではむしろ“日常の小さな幸せを大切にしよう”という、優しい覚醒のメッセージとして響いている。
再びStephen Streetをプロデューサーに迎えたことにより、音像は初期Cranberries作品に近い柔らかさを取り戻しており、
ドロレス・オリオーダンのヴォーカルも、かつてのシャウト主体から母性的な包容力のある歌声へと成熟している。
内容はパーソナルなものが中心ながら、世界の混乱や人類へのメッセージも垣間見られ、
まさに“今を大切に生きる”ことの意味を、優しく諭すように綴った作品と言える。
全曲レビュー
1. Never Grow Old
ピアノとリバーブの効いたギターが織りなす幻想的な幕開け。
“年を取らない”という願いは、若さの喪失というより、“時間を越える愛”の象徴として語られている。
静かでありながら深い余韻を残す。
2. Analyse
アルバムのリードシングル。
軽快なポップ・ロックサウンドの中に、心の自己分析と再出発への意志が込められている。
“Don’t analyse me”というリフレインが、自己防衛と自己肯定の狭間を浮き彫りにする。
3. Time Is Ticking Out
環境破壊や地球規模の問題をテーマにした社会派ロック。
ポップな音に包まれながらも、“時間は残されていない”という警告が静かに突き刺さる。
4. Dying Inside
内面の疲弊を率直に表現した楽曲。
ドロレスの歌声は、諦念というよりも“それでも歌う”という静かな決意を感じさせる。
5. This Is the Day
アップビートなアレンジで、希望と覚悟が込められた一曲。
日常の中にある奇跡を讃えるようなトーンが心地よく、アルバム中でもとりわけ明るい楽曲。
6. The Concept
シリアスな語り調から始まり、社会的欺瞞や偽善を暴こうとする硬派な内容。
アコースティックな始まりと重厚な後半のコントラストが印象的。
7. Wake Up and Smell the Coffee
タイトル曲にして、人生を見つめ直すための小さな呼びかけ。
ドロレスのヴォーカルが穏やかに、そして力強く、“今ここにある幸福”を教えてくれる。
8. Pretty Eyes
短く静かなインタールードのような曲。
愛する人の美しさを称えるシンプルなラブソングで、リリカルな余韻を残す。
9. I Really Hope
社会への希望と怒りが交錯する中盤のロック・ナンバー。
ヴォーカルの芯の強さが光り、祈りにも似たエネルギーが宿る。
10. Every Morning
繊細で穏やかなアコースティック・ナンバー。
“毎朝あなたを思う”というシンプルなフレーズが、無垢な愛の持続性を伝える。
11. Do You Know
シューゲイズ的なギターが印象的なミディアム・テンポの曲。
心の距離と記憶、伝えられなかった言葉たちをめぐる静かな探求。
12. Carry On
困難の中でも“続ける”という意思を高らかに歌う、アルバムの精神的中心。
Cranberriesの“強さ”が前向きに現れる楽曲である。
13. Chocolate Brown
7分超えの長尺で、重く揺れるベースとサイケデリックな浮遊感が特徴的な終曲。
官能と夢、現実と幻想が交差する音響的実験性もあり、アルバムを静かに閉じる美しい一曲。
総評
『Wake Up and Smell the Coffee』は、The Cranberriesが激動の90年代を経て辿り着いた、“音楽を通じた再生”の物語である。
過去の怒りや喪失、社会的メッセージを投げかける姿勢は本作でも健在だが、
その表現はときに母性的で、ときに詩的で、穏やかな眼差しに満ちている。
ドロレス・オリオーダンのヴォーカルは、もはや若き怒れる声ではなく、
世界を一度傷ついた目で見つめなおした者だけが持つ、静かな強さと慈愛をまとっている。
その歌声に導かれるように、楽曲はより多様で、広がりを持ち、
人生の美しさと痛みをそっと並べて見せてくれるのだ。
ポップで親しみやすくありながら、メッセージは深く、
“いまを大切にしよう”というささやかなテーマが、アルバム全体をやわらかく包み込んでいる。
それはまさに、時代や世代を超えて響く普遍的な音楽のかたちであり、
The Cranberriesが21世紀に届けた、最も成熟した一枚なのである。
おすすめアルバム
- Sarah McLachlan / Afterglow
静けさと情感が共存する大人のポップ。ドロレスと似た抑制の効いた表現力。 - Aimee Mann / Lost in Space
内省的な歌詞と穏やかな音像で構成された美しいアルバム。 - Natalie Imbruglia / Counting Down the Days
メロディと感情のバランスに優れたポップ・ロックの佳作。 - Norah Jones / Feels Like Home
日常と癒しをテーマにした静かなサウンドスケープ。Cranberries後期と近い感触。 - R.E.M. / Reveal
再生と光をテーマにした作品として、本作と精神的に重なり合う。
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